第三百十八話「そうか……」
週が明けて今日は三月十四日、ホワイトデーだ。この日のためにきちんと備えていた俺に抜かりはない。前世でもホワイトデーなんて関係ない人生を送っていた俺が、まさか女の子になってからお返しする方で関わることになろうとは夢にも思っていなかった。
まぁ?もちろん?前世で関係ない人生だったと言っても?一度もホワイトデーを返したことがないわけじゃないんだぞ?ちゃんと返したこともあるさ!九分九厘親族相手だったとしても!返したことがあるのならそれは間違いではない!
はぁ……、はぁ……。
えーっと……、何だっけ?あぁ……、とにかく今日はホワイトデーだ。気合を入れていこう。
「いってらっしゃいませ咲耶様」
「いってきます!」
気合十分の俺は威風堂々と学園へと乗り込んで行った!
「え~……、御機嫌よう……」
「御機嫌よう九条様」
「九条様おはようございます」
こそ~っと教室の扉を開けて小さく声をかけたんだけど、すぐにクラスメイト達に反応されてしまった。あぁ……、これで絶対早く来てるメンバー達には俺が来たってバレちゃったよ……。あぁ……、まだ覚悟が決まってないのに……。うぅ……。
「おはようございます九条さん」
「御機嫌よう、咲耶ちゃん」
「御機嫌よう、芹ちゃん、皐月ちゃん……」
もうバレてしまったものは仕方がない。覚悟を決めて教室に入るとやっぱりいつもの二人に声をかけられた。そして今日俺は明らかにいつもより荷物が多い。二人も俺が何か持ってきていることはわかっているだろう。
ええい!ここまできたらもう突っ走るしかない!
「芹ちゃん、皐月ちゃん、私の席まで来てください」
「ええ……」
「いつも一緒に向かってますけどね?」
何か困惑している二人の言葉を聞かなかったことにして俺は自分の席に向かった。まずは通常の荷物を置いてから……、いつもより一つ多い鞄から包みを取り出す。
「えっ、え~……、これはホワイトデーのお返しです。受け取って下さい」
「「え……?」」
俺がそう言って包みを渡そうとすると二人は意外そうな顔をしてから顔を見合わせていた。少し困惑しているような様子だった二人に強引に一つずつ包みを渡す。あまりいつまでもこのやり取りをしていると俺が居た堪れない。
「…………ご迷惑でしたか?」
「ああ、違うんです……」
「バレンタインチョコのお返しだとしても、私達も咲耶ちゃんからチョコを受け取ったじゃないですか?だからそれでもうお返しは終わりだと思っていたんです」
あぁ……。確かに俺も皆にバレンタインチョコを配ったことになるのかもしれないけど、あれは実は俺が用意したものでもないし、食堂で一日限定特別メニューとしてチョコレートフォンデュをしただけのようなものだ。あれをバレンタインチョコだと言い張るのは少し無理があるかもしれない。
「まさか九条さんがホワイトデーでお返しまで配ってくださるとは思っていなかったので……」
「私達の方はチョコレートフォンデュのお返しを用意してなかったのです……」
…………なるほど。皆が俺にチョコをくれて俺がホワイトデーにお返しをしたら、俺からチョコを貰った形になるのなら自分達もホワイトデーにお返しをしなければならなかったことになる。でもまさか俺からホワイトデーがあるとは思っていなかったから、自分達は何も用意していなかったと……。
バレンタインデーに皆がチョコを用意していたのに、俺だけ何も用意してなくてかなり焦った。今俺は二人に対して同じことをしてしまったわけだな……。
俺は男の感性だから、バレンタインデーは貰うもの、ホワイトデーは返すもの、と思っていた。でも女子である皆からすればバレンタインデーにチョコを渡すという感覚しかなかったんだ。しかも当日に俺からもチョコレートを貰ってるわけで、そこからさらにホワイトデーでお返しするとは思いも寄らなかったと……。
「おはようございます咲耶様!」
「あ~……、御機嫌よう薊ちゃん……」
そこへさらに薊ちゃんが登校してきてしまった。芹ちゃんと皐月ちゃんが持っている包みを見て薊ちゃんが口を開いた。
「お揃いの包み?どうしたのそれ?」
「え~……、薊ちゃん……、落ち着いて聞いてくださいね……。私からのホワイトデーのお返しです。受け取ってください」
そう言って俺は鞄からもう一つ同じ包みを出して薊ちゃんに差し出した。きっと薊ちゃんも困惑して……。
「わぁ!本当ですか?咲耶様からホワイトデーのお返しがいただけるなんて思ってもみませんでした!ありがとうございます!」
……あれ?何か普通に喜んでるだけのように見えるな……?
芹ちゃんと皐月ちゃんはちょっと困ったというか、自分達は用意していなかったから『しまった』という感じの顔をしていた。きっと皆もお返しを渡されたら困惑するだろうと思ったのに……、そんなこともないのか?
「薊……。私達も咲耶ちゃんからチョコレートをいただいたのに、お返しを用意していないでしょう?」
「あぁ、そうね。それでは咲耶様!私もまた後日お返しをご用意しますね!」
「「「あ~……」」」
そうか……。薊ちゃんって凄いな……。俺も皐月ちゃんも芹ちゃんも、自分は用意していないとなった時に『しまった!』とか『まずい!』とか『やってしまった!』と考えたはずだ。でも薊ちゃんは貰えたことを素直に喜び、感謝を表し、そして自分は用意していなかったから後日用意しますと素直に告げた。
俺達は失敗しないように、粗相がないように、何でも完璧にこなそうとしている。そして失敗があったらそこで失敗してしまったと落ち込んでお終いだ。
だけど薊ちゃんは違う。まずお返しを受け取ったことに感謝し、自分がそのお返しを用意していなかったのなら素直に詫びて、どうにかそれをリカバリーする方法として、日が過ぎてからでもいいから後日に渡すとすぐに言えた。これは本当に凄いことだ。
「芹ちゃんも、皐月ちゃんも、薊ちゃんも、私のホワイトデーのお返しのことを気にする必要はありませんよ。皆さんが揃ったらそのことについてきちんと私からお話します」
薊ちゃんのお陰で俺もようやく覚悟が決まった。そもそも俺がバレンタインデーの日に失敗したことから始まったことだ。だったら俺がきちんと皆に説明しよう。
~~~~~~~
椿ちゃんや譲葉ちゃん達全員が揃って、それぞれにホワイトデーのお返しを渡してから、俺は皆を集めて話し始めた。ちなみにお返しに対して薊ちゃんと譲葉ちゃんはまずお返しへのお礼を言ってくれた。素直に受け取ってくれたと言うべきか。他の皆は全員『しまった……』という感じだった。俺が無計画だったために皆にそんな思いをさせてしまって申し訳ない。
「皆さんに言っておかなければならないことがあります……。私が今日ホワイトデーのお返しを用意したのには理由があるのです」
「理由?」
「どういうことでしょう?」
グループの皆にそうやって話を切り出すと皆不思議そうな顔をしていた。だから俺はちゃんと自分の失敗を告白する。
「実は……、私はバレンタインデーの日に本当は何も用意していなかったのです……。それなのに皆さんが私にチョコレートを贈ってくださったので……、慌てて辻褄を合わせるために急遽あのチョコレートフォンデュを用意したのです……」
俺はそこで一度言葉を切った。皆の反応を窺いつつも、何か言われる前に続きを話し出す。
「ですのであれは実質的には私から皆さんへ贈ったバレンタインチョコではなかったのです。そのため私はホワイトデーを用意しました。ですから皆さんがチョコレートフォンデュのお礼を用意していなくとも気に病む必要はないのです」
俺がホワイトデーのお返しをするのが当然だと思っていたのは、もちろん俺が男で男性側に立って考えていたから、バレンタインチョコを貰ったらホワイトデーにお返しするのが当たり前だと思っていたというのはある。
でもそれだけじゃなくて、そもそも俺が皆に振る舞ったことになっているチョコレートフォンデュ自体が、俺が皆のために用意して贈った物じゃなかったから、俺自身があれを皆へのバレンタインチョコだと思っていなかったからだ。
俺は自分だけバレンタインチョコを用意していなかったという失敗を隠したかった。だから辻褄を合わせようと急遽椛にアレを用意してもらって、自分もちゃんと用意していたかのように装った。
俺は卑怯な奴だ……。
薊ちゃんはあれだけあっさりと自分の失敗を認めて、まずはお礼を言ってから、失敗を正直に詫びて、それをどうにかすると言ってくれた。それに比べて俺はどうだ……。小手先の誤魔化しを使って自分の失敗を隠そうとして、その結果さらに皆に気を使わせてしまった。
「そういうことでしたか……」
皆呆れているかな……。俺がこんなことをしたためにかえって気を悪くさせてしまったかもしれない。
「ごめんなさい咲耶ちゃん」
「……え?」
文句の一つでも言われてもおかしくないと思っていた。それなのに皆に頭を下げられてしまった。一体何事かわからず困惑する。
「私達が咲耶ちゃんを驚かせようとバレンタインチョコのことを秘密にしていたから……」
「まさか咲耶ちゃんにこんなに気を使わせてしまうなんて思ってもみませんでした……」
「私達が浅はかでした!ごめんなさい!」
「え……?え……?」
皆が頭を下げてくれるけど、俺は未だに状況がわからない。ぼんやりと皆が言っていたことはわかるけど……。
「今年は咲耶ちゃんを驚かせようと思って、皆で咲耶ちゃんにだけ内緒にしてバレンタインチョコを贈ることにしてたんです」
「それなのに咲耶ちゃんがチョコレートフォンデュを用意してくれていて驚いていたんですけど……」
「まさか咲耶様にそこまでご苦労をおかけしていたなんて……」
皆に話を聞いてわかった。どうやら今年のバレンタインデーは俺を驚かせようと思って、俺にだけ内緒で皆でチョコを用意していたようだ。でもそれに慌てた俺が急遽チョコレートフォンデュを用意した。皆はそれに驚いたけど、バレンタインのサプライズはそれで終わりのつもりだった。
皆からチョコは貰ったけど、俺からもチョコを貰ったから、それでお互い贈りあってるからな。それでトントンだと思うだろう。皆は何も間違っていない。そこへ俺がバレンタインチョコは俺からじゃなかったから、皆にホワイトデーに何かお返しをしなくちゃ!となったのが問題だった。
でも皆は俺が悪いんじゃなくて、自分達がバレンタインデーにサプライズのつもりであんなことをしてしまったからだと自分達を責めてくれているようだ。
「違いますよ。私がバレンタインの日にきちんと自分が用意していないことを打ち明けて、素直に謝っておけばよかったのです。そして後日私からもお返しをすると言っておけばこんなことにはなりませんでした。私が自分の失敗を隠そうとしたのが悪かったのです」
「違うよー!」
「私達が咲耶ちゃんに内緒でそんなことをしようとしたからです」
皆で自分が悪い、いや、自分達が悪いとお互いに言い合う。もう何を言い合っているのかわけがわからなくなってくる。
「はい!はい!はい!」
「「「…………」」」
俺達がそうやって言い合っていると薊ちゃんが間に入って皆を止めた。皆も薊ちゃんを見る。
「もうそれはいいじゃないですか。咲耶様を驚かせようと思っていた私達が悪かったのは間違いありません。そして咲耶様が急遽私達にもチョコレートを用意しなければと手を打ち、さらにそれを忘れて別でお返しを用意してしまった。それでいいじゃありませんか」
「「「う~ん……」」」
何か薊ちゃんの言い方だと俺の方が悪くなくて、皆の方が悪い比重が高いように聞こえる。でも確かに薊ちゃんが言うように、ここでこのまま自分が悪い、いやいや自分の方が悪いと言い合っていても意味はない。
「それよりもこれで私達の方が一つ余分に貰ってしまったんですから、日はズレてしまいますけど、今度また私達から咲耶様にお返ししましょうよ!それで丁度良いじゃないですか。ね?咲耶様」
「それなら……」
「まぁ……」
皆も薊ちゃんの言葉で納得したようだ。お互いにバレンタインチョコを渡し合って、ホワイトデーのお返しを渡し合う。それでいいじゃないかという薊ちゃんの言葉が一番その通りだと思う。
確かに予想外の出来事で用意出来ていなくて、日にち自体はズレてしまうかもしれない。でもそれがどうしたというのか。俺達がそれで納得して満足出来るのならば、世間一般のホワイトデーの日からズレていたって何の問題もない。そんなことは些細な問題だ。
「薊ちゃんは凄いですね……」
「えへへ」
ちょっと照れ臭そうに笑っている薊ちゃんだけど本当に凄いと思う。一番誰もが納得出来て、何の問題にもならない解決法を提示出来るなんて……、自分の失敗も恐れず、素直に出せる薊ちゃんだからこそだ。
今回のことで俺はまた一つ、薊ちゃんが凄いことを知った。うちのグループの子達は本当に凄いなぁ……。俺なんて前世でそこそこ良い年まで生きていたというのに……、こんな簡単な答えも出せなかった。薊ちゃん、君は本当に凄い子だよ。