第三百十三話「バレンタインデー!」
パーティーの準備も順調に進んできた二月も半ば頃、学園へとやってきて下駄箱を開けると……。
バサバサバサッ!
と、大量の手紙や箱らしきものが落ちてきた。
「何だかこれほど大量なのは久しぶりですね……」
一時期のフィーバーの頃は毎日のように下駄箱一杯に手紙が入っていたけど、それもずっと毎日続くわけもなく、最近では何通か入っていれば多いような感じになっていた。まぁそれでもまったくのゼロっていう日はなかったんだけど……、ともかくファンレターはかなり減っていた。
でも今日下駄箱を開けてみれば久しぶりに手紙が山盛りだった。しかも何やらラッピングされた箱や袋もたくさん入っている。
「……はて?」
零れ落ちた箱の一つを拾い上げてみれば……、これはチョコレートか?こっちの袋もチョコレート?何で今日は俺の下駄箱にチョコレートがこんな山盛りに?まぁこのまま放置したり捨てるわけにもいかず、とりあえず鞄に仕舞ってから教室に入る。
「御機嫌よう」
「御機嫌よう、九条様!」
「おはようございます!あのっ!九条様!これを受け取ってください!」
「あっ!ずるい!私も渡そうと思ってたのに!九条様!これも受け取ってください!」
「え?はぁ?ありがとうございます?」
今日の朝はいつもより若干人数が多い。いつも朝いるメンバーはほぼ決まっているのに、今日はいつも朝もっと遅い子が来ているようだ。そして皆俺に箱や袋を渡してくる。あれ?何だっけ?今日俺の誕生日だったっけ?違うよな?何かお祝いの日だっけ……。
まったく身に覚えもないし何が何だかわからないんだけど、とりあえず渡されたら受け取るしかない。一人受け取って後は受け取らないというのはないだろう。俺が食べるかどうかは別にしても受け取るだけは受け取らないと扱いに差をつけてしまうことになる。
席に向かう前に今日早めに来ていた子全員から箱や袋を渡されてしまった。もう鞄にも入りきらないし持ち切れない。何で今日はこんなことになっているんだろう?
「おはようございます、九条さん」
「咲耶ちゃん御機嫌よう」
「御機嫌よう、芹ちゃん、皐月ちゃん」
席に向かうといつもの二人に声をかけられた。二人とも俺の大量の荷物を見て苦笑いしている。
「さすがは咲耶ちゃんですね。きっとまだまだ増えますよ。大丈夫ですか?」
「えっ……?まだ……?」
何がさすがなのかもわからないし、どうしてこんなに大量に贈り物をされているのかもわからない。しかもまだ増えるってどういうことだ?
「えっと……、九条さん、これは私からです」
「本当はもっと良い雰囲気の時にお渡ししたかったですが仕方ありませんね。どうせ今日一日中、咲耶ちゃんはずっとこんな調子でしょうし、渡せる時に渡しておかないと受け取りも拒否されてしまうかもしれませんし……」
「え?え?ありがとうございます?」
さらに芹ちゃんと皐月ちゃんにまで包みを渡されてしまった。俺の机の上にはもう箱や袋の山が出来ている。何だこれは?本当に今日俺の誕生日とかだっけ?……いや、違うよな……?
「おはようございます!咲耶様!」
「御機嫌よう薊ちゃん」
俺が困惑していると薊ちゃんが登校してきた。そして一直線に俺の机に向かってくる。その手にも何やら包みがある……。まさか……。
「私からのバレンタインチョコです!受け取ってください!」
「あぁ……、バレンタイン……」
そういえば今日は二月十四日だったか。前世から今までほとんど関わりのないイベントだったからすっかり忘れていた。
「って、ええぇぇぇっ!?」
いや、いやいやいや!待て!もしかしてこれ全部俺へのバレンタインチョコなのか!?やばい……。こんなに受け取ったらホワイトデーが大変なのでは……。じゃなくて、俺は皆に一切用意していなかった。今までこんなことしてなかったじゃん!何で今年から急にし出すんだよ?俺にも教えておいてよ!?
ああぁぁっ!どっ、どどどっ、どうしたらいいんだ?
餅つけ!いや、落ち着け!こういう時はまずは深呼吸だ!
「ヒッ、ヒッ、フーッ、ヒッ、ヒッ、フーッ」
よし!落ち着い……、た、わけないだろ!
「九条さんって時々一人で何かされていますね……」
「芹……、それは言わない約束よ」
「そうですよ。そういうところも含めて咲耶ちゃんの可愛い所なんですから」
皆が何か言ってる気がするけど耳に入ってこない。それよりもまずはこの状況をどうにかしなければ……。まず……、これだけもらったバレンタインチョコの山をどうにかする必要がある。それから俺は皆に何も用意していなかった。その手配も頼まなければならない。
ということはまずすべきことは決まった!
「ごめんなさい。私は少し用が出来たので一度席を外します」
「「「いってらっしゃい」」」
三人に見送られて教室を出る。当然廊下にも大勢の女子生徒がこちらの様子を窺っていた。皆その手にはラッピングされた箱や袋を持っている。このままではまずい。ここで囲まれたらあのバレンタインチョコを持ち切れない。
「ごめんなさい。少し失礼するわね!」
こちらの様子を窺っていた生徒達の間を切り抜けて最短で脱出する。何とか包囲を抜けた俺は玄関ロビーに向かいながらスマートフォンを取り出した。
「もしもし?椛?至急用意して欲しいものがあります。まずはいただいた贈り物を入れられる袋を……。それから私がお友達に配るためのバレンタインチョコもお願いします!」
『かしこまりました。学園の玄関ロビーまでお越しください』
「すぐ向かいます!」
途中で登校してきている生徒達に狙われそうになっているのを掻い潜り、声もかけさせずに全てかわしていく。一人でも声をかけられたり、前に立ち塞がれては一気に囲まれてジ・エンドだ。はしたなくならないように、しかし相手に隙を与えず、最短最速で登校中の生徒の波を切り抜けて玄関ロビーへと向かう。
「つっ、着いた……」
長く辛い戦いだった。こちらを狙っている全ての生徒を回避し、声もかけさせず切り抜けてきた。もう一度同じ芸当をやってみろと言われても成功する自信はない。でも俺はやったんだ!やり遂げたんだ!
「咲耶様、こちらです」
「椛!」
俺が玄関ロビーについたらすでに椛がいた。何故椛がもういるのかはわからないけど俺は助かったんだ!これで俺は……。
「九条様!これを受け取ってください!」
「あっ!私のも受け取ってください!」
「咲耶様~~ん!私の愛を受け取ってください!」
「あっ……」
やってしまった……。俺は最後の最後で油断した。もうゴールだと思って気を抜いてしまった。映画とかで一番死ぬパターンだ。『やった!出口だ!ぐふぅっ!』みたいなテンプレだ。
出られると思ったのに……、切り抜けて脱出したと思ったのに……、最後の最後で捕まってしまうなんて……。
「貴女達、きちんと並びなさい!咲耶様は全てお受け取りになります。ですがそうやって順番も守らず押し寄せてくるような方に咲耶様がどういう印象を抱くか考えてみなさい」
「「「「「…………」」」」」
女子生徒の波に飲み込まれてしまった俺はもう駄目だと諦めていた。でも……、そんな俺をこの波から救い出してくれた女神がいた。椛が俺を囲んでいた女子生徒にそう言うと、お互いに無言で目配せし合っていた女子生徒達はきちんと整列して並び始めた。
「受け取ってください!」
「ありがとう」
「私の気持ちです!」
「うれしいわ」
「私のお姉様になってください!」
「一人だけは難しいわ。皆さんの、ということで良いかしら?」
整列した女子生徒達一人一人からバレンタインチョコを渡されて、それを受け取ってから一言ずつ言葉を交わしていく。でも受け取るとすぐに後ろに控えている椛に贈り物を渡している。俺が直接受け取っているけど、持っているのはその子との会話が終わるまでだけだ。
さらに俺から受け取った椛は袋を持っている黒服達にそれを渡していく。袋が一杯になった黒服は車へと運んでいるようだ。どうやらロータリーの一角でうちの車が待機しているらしい。
玄関ロビーでやってるから、次から次に生徒達が登校してきては俺にバレンタインチョコを渡していく。一体いつ終わるのかと思うほどに終わりが見えない。結局チャイムが鳴る前まで経っても行列はなくならず、授業に遅れてしまうからということで朝の受け取りは一時終了となった。
「はぁ……。一先ず助かりました。ありがとう椛」
「いえ。今日はこうなるでろうことは予想しておりましたので、最初から用意したまま、咲耶様をお見送りしてからも待機しておりましたので……」
えぇ……、こんなことになるって予想してたのか?というかわかっていたのなら何故教えてくれなかったんだ?そもそも俺はバレンタインデーなんてことすら忘れていた。
まぁ今日がバレンタインデーだと言われていても、まさか俺にこんなにチョコを持ってきてくれる子がいるなんて思ってもみなかったし、今まで皆ともチョコの交換なんてしてなかった。きっと今日が二月十四日のバレンタインデーですと教えられていても結果は変わらなかっただろうな。
「教室にもまだ山盛りあるのです。それも取りにきてもらえますか?それからまだたくさん行列が出来ていましたよね……。また休み時間になると同じことが起こりそうですが……」
「ご心配には及びません。今日は一日咲耶様の周りに待機して荷物の引き受けをいたします」
そうか……。授業中にまで入ってこないと言ってるし、学園からは許可を貰っているというのでそれは大丈夫なんだろう。まぁ学園だって俺があんなに山盛りのチョコレートを教室に置いてたら授業にならないだろうし、今日くらいは使用人達がちょっとウロウロしていても何も言わないというか言えないんだろう。
「あっ……!そう言えば私から皆さんに贈る分はどうしましょう?そちらの用意はないのですよね?」
椛を見ても何も持っていない。俺が皆に贈る分も頼むとは言ったはずだけど、こんな朝早くからやってるお店もないだろう。
「お昼休みにお持ちいたします。その時に届けますので食後のデザートとして皆様でお楽しみください」
「それは……、持ち帰ったりするものではなくその場で食べる形で持って来るということでしょうか?」
「はい」
「そうですか……」
本当なら皆にも包みで渡して持って帰ってもらいたい。俺がすでにそういう形で受け取っているんだから……。でも流石に今から用意しようとしてそう都合の良い物も用意出来ないだろう。中には明らかに手作りとわかる物を贈ってくれている子もいる。俺も事前に手作りでもしておけばよかったかなぁ……。
まぁ今更言っても仕方がない。過ぎた時間は戻らないし、明日持ってきたんじゃ『こいつ絶対忘れてたんだよ』って思われてしまうだろうしな。実際忘れてたんだからその通りではあるんだけど……、やっぱり忘れてようが何だろうが最後の辻褄くらいは合わせておかないと……。
「え~……。それでは今日のお昼に食堂で私がバレンタインチョコを渡したい子達に集まってもらっておけば良いのですね?」
「はい。何人でも構いませんので全員集めておいてください」
椛がそう言うので全ての段取りは任せることにして教室へと向かう。教室に着くと机や鞄に山盛りになっていたバレンタインチョコを椛と黒服達に渡した。これで何とか朝受け取った分は片付いた。でも教室でも朝受け取れなかった子達が俺のことを狙っている。視線だけでわかる。あの目は獲物を見る目だ。
「おはよー!咲耶ちゃーん!朝、入れ違いになっちゃったから渡せなかったよー!また後で渡すねー!」
「御機嫌よう譲葉ちゃん」
「私が来た時にはもうあんな行列になってたから……、教室で待ってたら渡せると思ったのに……」
「ごめんなさいね、蓮華ちゃん」
「凄い行列でしたね。私もまた後で渡しますね」
「ええ、ありがとう。椿ちゃん」
席に向かいながら皆と挨拶を交わしていく。他にもチラチラ見ている子がいるけどもう朝のチャイムは鳴っている。先生も俺があんなにバレンタインチョコを渡されているのを持って行くのは黙認してくれているようだ。椛や黒服達が入ってきて出て行ったけど何も言わずに見送ってくれていた。
「え~……、それでは朝のホームルームを始めます」
俺が席に着いたのを見計らって声をかける。すんません先生。ご迷惑をおかけしました……。というか多分今日一日ずっとあんな感じになるかもしれない……。一人ずつ受け取っているから、残り全員から受け取ろうと思ったら相当時間がかかってしまいそうだ。
でも折角バレンタインチョコを持ってきてくれているのに、いっぺんに受け取ってただ黒服達に渡すのではあまりに不義理だろう。せめて俺が直接受け取って、お礼の一言でも言ってあげるべきだ。
だから……、今日は大変な一日になりそうだな……。




