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第二話「第一攻略対象発見」


 俺には咲耶お嬢様にはなかった『恋花』の知識がある。このままこいつの追っかけをするのは最大の悪手だ。


 ゲーム本編は高等科からだから直接の描写はないけど設定では咲耶は初等科で近衛伊吹と出会い、一目惚れして許婚候補として擦り寄ることになる。『初等科で出会い』と明記されている通り当人達同士にとってはこれが初対面だ。ただし先ほどの会話からもわかる通り親同士は顔見知りだ。


 日本の頂点に君臨する大財閥、近衛財閥と世界に羽ばたく古の名家九条グループはお互いに顔見知りでも当然だろう。そしてこの二大財閥の合併も視野に両親同士が咲耶と伊吹の結婚に乗り気になり一先ず許婚候補ということになる。


 正式な許婚というわけではないけど許婚候補ということで咲耶はますます伊吹に傾倒し追っかけまわし伊吹に嫌がられる。両親が言うから渋々我慢している伊吹は高等科で入学してくる主人公と出会い恋に落ち、二人の妨害をしてくる咲耶にほとほと嫌気が差して咲耶を破滅させることを決断する。


 さすがに伊吹ルートでは死ぬことはないけど九条グループの不正を明るみにされて会社は傾き、オーナー一族である九条家は責任を取らされ負債のために財産を全て奪われ、莫大な借金を背負わされて放り出されるというのが伊吹ルートだ。


 ここでポイントなのが咲耶が伊吹に一目惚れして追っかけまわすことと、両親が乗り気になって許婚候補にしてしまうということだろう。幼い咲耶が伊吹にベタ惚れなのは大人達から見れば一目瞭然だったことだろう。そんな咲耶と伊吹を結婚させれば近衛財閥と九条グループの合併の契機となり超巨大な財閥が誕生することになる。子供の気持ちを利用して大人達も汚い目論見をするということだ。


 だけどここで俺が伊吹に一目惚れしなければ両親もその気にならないんじゃないだろうか?少なくとも子供の気持ちという言葉をダシにすることは出来なくなる。両親が勝手に許婚にしようとしても咲耶が惚れていないのならば子供の気持ちを大事にしろと言えるだろう。


 俺は絶対『俺様王子』伊吹なんて好きにならない。むしろ俺の脳内では咲耶と主人公の仲を邪魔する邪魔者でしかない。ならばここは近衛家のお母さんにもうちの母にも俺が伊吹なんて好きじゃないということを徹底的にアピールしておくべきだ。それなら咲耶と伊吹の婚約話なんて馬鹿げた妄想もしないだろう。


「口の利き方がなっていませんわね」


「あ?なんだと?」


 俺が前を譲らずに踏ん反り返ってそう言うと伊吹は目つきを悪くして睨みながらドスを利かせた声を出そうとしていた。でも残念ながらお子ちゃまがいくら頑張って凄んでも声が高くて滑稽にしか聞こえない。


「聞こえませんでしたか?耳が遠いのかしら?それともおつむが弱いのかしら?」


「なんだと!この!言わせておけば!おれを近衛伊吹と知ってのことか!」


 おー、おー。こんなミエミエの挑発に乗っちゃうなんて所詮は俺様王子だねぇ……。咲耶もこんな奴のどこがよかったんだか……。ともかく俺の狙い通りあっさり挑発に乗ってきた俺様王子伊吹君をちょっと転がしてやりましょうか。


「近衛財閥の御曹司で藤花学園に入学しようという者でありながらレディファーストも出来ませんの?自分では何も出来ないお坊ちゃんが、家の名を笠に着て立場の弱い者、それも女の子を相手に凄んでみっともない。今の自分のお姿がどれほど情けないかご自覚がありませんの?」


「――ッ!?このっ!」


 図星を指されて顔を真っ赤にした伊吹君が手を振り上げる。さすがに俺が女だからグーじゃなくてビンタで済ませようとしているようだ。だけどそんなものを食らってやる謂れはない。小学校に入る前程度の子供のビンタなんて当たるわけがない。


「ヒョイッと」


「あっ……?」


 ビンタを避けつつ足を引っ掛けてやれば俺様王子君はあっさり転んで呆然としていた。身体能力的には俺だって六歳児になってるけどビビッて目を瞑りさえしなければ六歳児のビンタやパンチやキックなんて当たるはずがない。このくらいの年齢なら男女差もそれほどないだろうし伊吹の相手なんて簡単だ。


「こっ、こいつっ!」


 俺にビンタを避けられて足を引っ掛けて転ばされた伊吹は顔を真っ赤にしながら立ち上がった。


「転んだのに泣かないなんて偉いでちゅね~?」


「ふっ、ふざけるな!」


 今度はパンチをしてくるけどこれまたヒョイヒョイと避ける。わははっ!どうした俺様王子!その程度か!


「伊吹!いい加減にしなさい!」


「でっ、でもこいつが……」


 あっ、やべっ……。ここには近衛家のお母さんも居たんだった……。さすがにあれはやりすぎだったか。伊吹とのフラグをへし折ろうとして挑発しすぎて別のフラグが立つ可能性だってある。あまり近衛財閥を敵に回すようなことは控えるべきだった。親が見ていない所でならよかったけど流石に俺と伊吹の親が見ている前ですることではなかったか……。


「ごめんなさいね咲耶ちゃん。伊吹にはよく言って聞かせておくから許してあげてちょうだい」


「……え?私のことをご存知なんですか?」


 俺の記憶では伊吹の親に会うのもこれが初めてのはずだ。それなのにどうして……。


「ええ。噂はかねがね聞いているわよ。でもまさかこんなにお転婆さんだったとは思わなかったけどね」


「あっ……、返す言葉もございません……」


 そうか……。そりゃ同世代の子供がいる顔見知りの家同士なら子供の話もするよな……。そしてうちの親に連れられているということは俺が九条家のご令嬢だということくらい大人ならすぐに察しがつく。


「別に責めているわけじゃないのよ。伊吹はちょっとわがままに育ってしまってね……。その伊吹にあれだけはっきり言ってくれる子なんてとても貴重だわ。……そうだ!九条様、うちの伊吹と咲耶ちゃんを許婚にしましょうよ。ね?とっても良い考えだわ」


「えっ!?」


 ちょっと待て!何を言い出すんだ!そのフラグをへし折るためにわざわざ俺様王子を挑発したっていうのにこのまま許婚候補にされたら意味がない!


 何故こうなった?どこで俺は間違えたんだ?


 俺は伊吹なんかに惚れてはいない。当然咲耶が伊吹伊吹と言わない限りうちの両親だってわざわざ俺と伊吹を婚約させようなんて思わないだろう。それなのに何故ここにきて近衛のお母さんが……。


 これが世界の強制力って奴か?俺がどう動こうとも物語の本筋から外れることは出来ないってわけか……。


「絶対にお断りです!」


「そうだ!こんな奴絶対嫌だ!」


 おお……、まさか俺様王子と意見が合う日がこようとは……。でもこれで両者が嫌がっているんだから……。


「二人とも息ぴったりじゃないの。急なことで最初のうちは戸惑うかもしれないけどそうしている間に二人の愛も育まれると思うわよ」


 このオバハンは何を言っているんだ?俺と伊吹が愛を育むぅ?寝言は寝てから言ってくれ。何で男の俺が男なんかと。そんなことは死んで女に生まれ変わってもあり得ない!


 あっ、もう死んで女に生まれ変わってたわ……。


「近衛様……、咲耶も驚いていますし急にそのようなことは……」


「う~ん……、とっても良い案だと思ったのだけど……」


 おおっ!まさかのうちの母からのお断りが入るとは!ゲームでは何かうちの両親が近衛財閥と合併するために積極的に動いているみたいな感じだったのにまるで立場が逆になっている。


「まぁ確かに今急に決めることでもないわね。それではこの話はまた後でお話しましょう」


「はぁ……」


 何とか一応この場で許婚候補にされるのは避けられた……、のか?わからない。近衛母がこんなに積極的なんて描写や設定はゲームではなかった。これは俺がゲームにない行動をしたからその反動というか世界の意思による揺り戻しとかそういうやつか?


「お前……、覚えてろよ!」


「まぁ怖い」


「ちっ!」


 伊吹は盛大に舌打ちして近衛母に連れられて向こうへ行った。って、あっ!結局順番抜かされてるじゃん!レディファーストはどうした!まぁ別にどうでも良いけど。


「それにしてもお母様なら近衛財閥との婚姻を喜ぶかと思いましたがどうして断られたのですか?」


 これは是非聞いておきたい。今後の攻略の参考になるかもしれない。


「あのねぇ……、あなたのようなお転婆を近衛様の家に送り出せるわけがないでしょう!」


「あっ、はい……。そうですね……」


 それはそうだな……。今も男の子相手に大立ち回りを演じたようなご令嬢を近衛家のような由緒正しい大財閥に嫁になんて出せないわな。それには全面的に賛成するわ……。むしろあの近衛母のようなことを言い出す奴の方が珍しい。


 この後俺は母と一緒に入学はほぼ確定している藤花学園の形ばかりの面接を終えて帰路についたのだった。




  ~~~~~~~




「ほう!近衛様の奥様がなぁ」


「ええ、まったく……。咲耶のようなお転婆を近衛様の家になんて送り出せるわけないじゃありませんか……」


 夕食の席で……、母は父に近衛母のことを話していた。さすがに俺が伊吹相手に大立ち回りしたことは言っていない。父に対してでもあんなことは言えないんだろう。


「子供の頃は少しくらい元気な方が良いだろう?」


「あなた!あなたがそうやって咲耶を甘やかすからこんな子に育ってしまったんですよ!」


 うげっ……、また父と母の喧嘩が始まりそうだ。まぁ喧嘩っていうか父が一方的に責められるだけだけど……。俺の記憶では元々は母はあまりこうして怒ることはなかったけど少し前から母は随分怒りやすくなった。更年期かな?


「子供は成長するものだ。今はお転婆でも将来はきっと美しい娘に育つさ。それより今近衛財閥と進めているプロジェクトも二人が結婚するとなればもっと踏み込んで進められる。両家にとってもとても良いことだぞ」


 げっ!父は俺と伊吹の結婚推進派か!?このまま突っ走らせては駄目だ。もし父がその気になって会社経営にも影響したら俺は破滅エンドまっしぐらになってしまう!


「お父様!冗談でもそのようなことをおっしゃるのはやめてください。私はあの方嫌いだわ。それともお父様は娘の気持ちなど考えずに政略結婚の道具にされるようなお方なのかしら?」


「あっ、あ~、いやいや、違うんだよ咲耶。パパはそんなことしないぞ~?な?だから機嫌を直しておくれ」


 チョロイ……。父親は娘に甘いとは聞いていたけどうちの親父は甘いなんてものじゃない。ラノベのチョロインよりチョロく、ルグズナムより甘い。


「それでは安易に私の婚約相手を決めたり結婚話をしたりしないでくださいね?」


「あぁ、あぁ、わかっているとも。咲耶はパパと結婚するのだものな?」


 はぁ?何を言っているんだ?この馬鹿親父は?何で俺がこの親父と結婚せにゃならんのだ……。


 あっ……。あれか……。子供が『パパと結婚する~!』とか『ママと結婚する~!』というやつを期待しているのか?


 アホか……。俺は中身は良い年をしたおっさんだぞ?まぁおっさんってほど年でもなかったけど……。そんな俺が同じくおっさん相手にそんなことを言うとでも思っているのか?


「チラッ……」


「チラッ……」


 ええい!だからチラチラこちらを見るな!絶対に『パパと結婚する』なんて言ってやらんぞ!


「とにかく絶対に近衛家との結婚や婚約の話なんてしないでくださいね!冗談でも他所様に聞かれるような所でなんて絶対に言ってはいけませんよ!」


「わかったわかった。もう言わないからそう怒らないでおくれ」


 やれやれ……。本当にわかっているんだろうか?どうせ子供相手だから適当に言っておけば良いと思ってるんじゃないだろうな?


「ごちそうさまでした」


 もうこれ以上ここに居ても意味はないから俺は早々に部屋に戻ることにした。食堂を出て椛を連れて部屋へと戻る。暫く部屋であれこれ用意を済ませてから寝る準備に入る。


「咲耶お嬢様、もうお休みになられますか?」


「う~ん……、椛が添い寝してくれるなら……」


 冗談でそう言いながらチラチラと椛を見てみれば……。


「…………」


 あ~……、これはあれだな。俺もさっき親父がチラチラ見てきていた時にきっとこんな表情をしていたんだろう……。親父の気持ちが少しだけわかった。これからはもう少しだけ優しくしてやるか……。


「おやすみなさい」


「おやすみなさいませ。それでは失礼いたします」


 椛が出て行ったのを確認してから考える。俺の目的はこの『恋花』の世界で百合百合することだ。だけどただ漠然と過ごしているだけじゃ駄目だろう。それは近衛母とのやり取りでもわかった。


 この世界の強制力なのか何なのかわからないけど俺が本来あるべきルートから外れようとしてもまるで揺り戻しのように同じ結果に流れようとする。だからこのまま漠然と過ごすんじゃなくて完全にフラグを折りつつ百合百合出来るようにしなければならない。


 これから俺は何をして、どう立ち回っていけば良いのか。ぐるぐると考えているうちにいつの間にか俺は眠りに落ちていた。



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ゲームで親は都合がいいから娘の気持ちをお題目に掲げて許婚候補にしたのならお題目は無くとも許婚の話が出るのはおかしくないのでは。強制力や揺り戻しとは少し違うような……
[良い点] 私は、強力で「古いお金」の両親が、家をつなぎ、さらに豊かで強力になるための単なる方法として結婚を決定する方法についてのこの議論が本当に好きです。 それは、厳密にファンタジーでなくても、ほと…
[気になる点] お母さん同士でしたか
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