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第二百九十話「潜入取材」


「おい!加場!取材に行くぞ!」


「へ~い」


 週刊ヒュンダイの記者、(くず)益込(ますこみ)はカメラマンの加場(かば)忠之(ただゆき)を連れて編集部を出た。週刊ヒュンダイはこの国でもそこそこ売れている、まぁまぁ上位の、それなりの週刊誌だ。


 日頃から嘘、捏造、偏向報道お手の物の週刊誌らしい週刊誌であり、先週の藤花学園と九条グループのご令嬢のスクープ記事を載せたのもこの葛だった。


 先週は他社に先駆けて藤花学園へと不法侵入し、下級生達を後ろに立たせてウェイトレス?の真似事のようなことをさせていた場面を写真に収めた。現実にその場を見ていた葛はその雰囲気が決して悪いものではなく、むしろ後ろに立っていた下級生達もとても楽しそうにしていたことを知っている。しかしそんなことは関係ない。


 世間は金持ちのお嬢様達が和気藹々と楽しく仲良く暮らしていることなど望んでいないのだ。もっとドロドロの、妬み嫉みから足の引っ張り合いをし、表では笑顔で話しながら裏で相手を貶めるような、そんなことを期待している。だから作る。そんな嘘を、虚像を。


 マスコミの仕事とは本当にあったことを世間に広めることではない。それらを主張している自分達にとって都合が良いように嘘だろうと、捏造だろうと、挙げ足取りだろうと、言葉や事実の曲解だろうと、とにかく偏向し、思い通りに操作し、馬鹿な民衆を誘導することが仕事だ。それが出来るマスコミとはいわばこの世界を牛耳る神なのだ。


 報道のためならば何をしても許される。自分達の主張のためならば嘘も、捏造も、偏向も全ては真実となる。民衆とは馬鹿で愚かな者達であり、それを自分達の思い通りに掌で転がせる特権階級こそがマスコミ関係者、ジャーナリストなのだ。だから自分達は何をしても許される。


 先週撮れたスクープ写真はとある筋からのタレコミがあったから撮れたものだ。侵入可能な経路や、そこで下級生を後ろに立たせて自分達だけが食事を先に摂っているという事前情報があったからこそ撮れた。今日もまた藤花学園に侵入してやろうとは思っているが、だからといってまた先週のようにスクープが撮れるとは思っていない。


 先週の侵入の際には葛は一人でやってきた。写真を撮影したのも葛一人でのことだ。それなのに今回はカメラマンの加場を連れてきた。先週侵入したこともすでにバレていて警戒されているだろう。それなのに今回はさらに人を増やして侵入すればすぐに見つかる可能性が高い。


 葛はそれをわかった上でわざわざ加場まで連れてやってきた。全ては狙い通り……。


 スクープは撮るものじゃない。作るものだ。ただスクープが降って湧くのを待っているのは二流以下の記者だ。葛ほどのどっぷりとジャーナリズムに浸かった一流記者ともなれば火のない所に煙を立たせる。火がなければ火をつけてまわる。それが本物のジャーナリストというものであり業界の常識なのだ。それが出来ない奴は二流以下で終わる。


「葛さ~ん、こんなとこ乗り越えて勝手に入っていいんすかぁ?」


「あ~?いいに決まってるだろ?俺たちゃ天下の週刊ヒュンダイの記者様だぞ?ジャーナリズムのためなら許されるに決まってるだろ?」


 葛はヤレヤレと心底加場を馬鹿にしたような顔でそう言った。冗談で言っているわけではない。葛は、いや、この業界にどっぷり浸かっている者達は誰も彼もそれを当たり前のこととして理解しているのだ。


 マスコミ各社が協力すれば何でも出来る。愚かな民衆は思い通りに動く。上を見ろと言えば上を見て、前へ進めと言えば前へ進む。左を向けと言えば左を向く。民衆とはそうやって踊らせるものであり、それが出来る自分達こそが真の特権階級なのだ。


「お前達!何をしている!こっちへ来い!」


「あ~あ……、見つかっちゃいましたよ、葛さ~ん……」


 加場は大して慌てていない声でそう言う。そして葛もニヤニヤと笑っていた。全ては狙い通り。密かに仕込んであるカメラとボイスレコーダーのスイッチを操作しながら、葛はこれで次のスクープもいただきだとほくそ笑んだのだった。




  ~~~~~~~




「それで?あんた達は?」


「週刊ヒュンダイの記者で~す」


「同じくカメラマンで~す」


 守衛室のような所へ連れて行かれた葛と加場は守衛を馬鹿にしたようなことばかり言いまともに質問に答えない。


「いい加減にしろ!不法侵入は立派な犯罪だぞ!自分達のしていることがわかっているのか!」


「私達は取材に来ただけの真っ当な記者ですよ?その我々を犯罪者扱いしてこんなところに閉じ込めて、藤花学園さんの方こそおわかりなんですかぁ?これは立派な監禁罪ですよねぇ?そのことについて一言お願いしますぅ」


「犯罪者がいけしゃあしゃあと!」


 守衛をわざと怒らせながらニヤニヤしている葛と加場にますます守衛の怒りがヒートアップする。しかしこのままでは埒が明かない。葛達もいつまでもここで守衛の相手をしているつもりはない。


「いやぁ……。実はですねぇ。先週の記事を書いたのは私なんですよ。それで九条咲耶さん?に随分ご迷惑をおかけしたようで、その謝罪のために訪れたんですよぉ。だから九条咲耶さんを呼んでいただけませんか?我々がご迷惑をおかけしたので謝罪したいだけなんですよぉ。ねぇ?」


「「…………」」


 守衛達は黙って顔を見合わせていた。そして……。


「アプリコッ……、上司に確認する。少し待っていろ」


 一人が立ち上がり部屋を出て行った。ほとんど待つこともなくすぐに戻ってくる。


「こちらが指定した部屋で、こちらが指定した人物立会いの下でなら話を聞くとのことだ」


「ありがとうございますぅ」


 最初は横柄な態度で、途中からこちらが下手に出れば、それも謝罪したいと言えばお人好しのこの国の人間なら簡単に騙される。もちろん葛と加場は謝罪などするつもりはない。いや、自分達が悪いことをしているとすら思っていない。これはマスコミの中では当たり前のことなのだ。自分達は当たり前のことをしているだけで何も悪いことをしていないと心の底から本気で思っている。


 九条咲耶とかいう小娘と会えればそれでいい。会いさえすればあとはどうにでもなる。謝罪したいと言っただけでいともあっさり信用して通してくれる藤花学園とはどんなお人好しの馬鹿なのかと、葛と加場は内心で馬鹿にしながらほくそ笑みつつその部屋へと案内されたのだった。




  ~~~~~~~




 守衛室ではなく学園の応接室のような場所に通された二人は、待たされている間に隠しカメラとボイスレコーダーの確認に余念がなかった。


「おい、折角ここまで来れたんだ。失敗は出来ないぞ。ちゃんと盗撮と録音が出来るように確認しておけよ」


「へ~い」


 鞄に仕込んだカメラのアングルを確認し、向かいに座るであろう九条咲耶がばっちり映る位置に置いておく。それからボイスレコーダーも音が拾えていなかったなどということにならないように、きちんと声が拾えていることを確認した。これで準備は万端だ。


 まさか自分達だけにしてここまで万端に準備させてもらえるとは思っていなかった。そのまま誰かが見張っていたり、監視されているかと思ったが、ここまでくればお人好しを遥かに通り越してただの馬鹿だ。この国は平和ボケしてお人好しの馬鹿ばかりで実にやりやすい。


「自分達が盗撮と録音されるとも知らずに……、本当に藤花学園ってのはお目出度い連中の集まりみたいだな」


「ほんとっすね。こんなに無警戒なんて馬鹿すぎて笑えますよ」


 二人でそんなことを話していると扉がノックされた。そして二人の子供が入って来た。一人は噂の九条咲耶。もう一人は食事の時に後ろに立たされていた三人の下級生のうちの一人だった。


「はじめまして。九条咲耶と申します」


「倉橋射干です」


「ど~も、週刊ヒュンダイ記者の葛です」


「カメラマンの加場です」


 二人が入ってきてから簡単な挨拶や自己紹介をしてから席に着く。


「先週の記事について謝罪したいとお伺いしましたが……」


「いやぁ、九条咲耶さん?まずはいじめについて一言お願いしますよ。我々としても事実関係を確認したいので、こちらが間違っているのかどうかまず確認しないことには謝罪のしようもないでしょう?」


 会えばこちらのものだ。所詮小学生程度では口八丁で生きている記者の口に勝てるはずがない。論点ずらし、どっちもどっち論、相手が少しでも非を認めればそこを徹底的に追及する。そんなつもりで言ってなかろうが関係ない。それをどうにかするのがジャーナリストの腕の見せ所なのだ。


「私はいじめなどしておりません。写真に写っている当事者である倉橋射干ちゃんにも来ていただいておりますが、あれは作法見習いなどが行なうお世話係というものです。習い事などや、職人の皆さんは師匠の後ろについて、師匠の補助をしながらその技術ややり方を習うものです。それと同じものでありいじめなどではありません」


「そうです!私は九条様にいじめられてなんていません!」


「「…………」」


 葛と加場はお互いに顔を見合わせる。小学生程度適当に話していればそのうち余計なことを言うかと思ったがそう簡単ではなさそうだ。


「下級生へのいじめを認めるんですね?」


「今の会話のどこに私がいじめをしたという言葉が含まれていたのでしょうか?」


「それではそのいじめられた下級生に謝罪してください」


「ですから私はいじめなどしていないと言っているではありませんか」


「ごめんなさいも言えないんですか?ちょっと一言ごめんなさいと言えばそれで済むんですよ?いつまでもこんなことで長引くよりも、一言謝った方が良いんじゃないですか?」


「何故私がごめんなさいと言わなければならないのですか?」


 葛はしめしめと思った。やはり小学生は小学生だ。欲しいキーワードを簡単に言ってくれる。そもそも葛達が謝罪すると言って会ったのに論点をずらして会話すればすぐに乗せられてくれる。しっかりしているように見えても所詮は小学生だったとほくそ笑む。


 しかしどれだけあれこれ話をしてもなかなか決定的な言葉を言わない。それに冷静に淡々と話している。これでは駄目だ。もっと感情的にさせなければ音声データとして利用しにくい。


 ご令嬢だけあって人と話すのも、余計な口を滑らせないのも流石だが、逆にこれほどのお嬢様ならば……、他人の大の男に声を荒げて怒られたことなどないだろう。今まで人にそんな態度も取られたことがないに違いない。ならば少し脅せばすぐに泣き出すはずだ。


「おうおうおう!こっちが下手に出てりゃ図に乗りやがってクソガキが!あ?大人を舐めてんのか?九条だって名乗れば誰でもひれ伏すとでも思ってんだろうが!」


 ダンッ!とテーブルを蹴ると倉橋と名乗っていた下級生が飛び上がった。やはりお嬢様育ちはこんな相手に怒鳴られたことなどないのだろう。


「おい!どうなんだよ?あ?お前がそっちの子をいじめたんだろうが!世間はお前みたいなクソガキを許さないんだよ!こっちが大人しく聞いてりゃ調子に乗りやがって!おら!謝れ!さっさと謝れ!」


 向かいに座る二人は不安そうな顔をしながら手を取り合っていた。もう一押しだ。所詮お嬢様育ちなんて奴らは世間の荒波に揉まれたこともない。少し脅せばこの通りだ。


「ごめんなさいって言えや!」


「どうして……」


「どうしてもクソもねぇんだよ!お前は俺に言われた通りに言えばいいんだよ!さっさと言え!」


「ひっ!ごめんなさい!ごめんなさい!」


 折れた。これで勝ちだ。葛と加場はニヤニヤが止まらない。


「お前が下級生をいじめたんだな?謝罪したんだから認めたんだよなぁ?おら!はっきりそう言え!」


「違います……。そのようなことは……」


「本当のことなんてどうでもいいんだよ!お前はただそう言えばいいんだよ!私はいじめをしましたって言え!認めろ!」


 ダンッ!ダンッ!とテーブルを叩きまくる。その度に少女達がビクビクとして気持ち良い。これだからジャーナリストはやめられない。犯罪のないところに犯罪を作り上げる。無実の人間を犯罪者に仕立て上げる。これこそがジャーナリズム!世界の神たるジャーナリストなのだ!


「私はそのようなことはしておりませ……」


「黙れ!そんな言葉は聞いてねぇんだよ!九条の力を使ったらどうにかなるとでも思ってるんだろ?あ?でもなぁ、こっちのバックには一条がついてんだよ!九条ごときにビビるとでも思ってんのか?前回の侵入経路も、お前らが下級生を後ろに立たせて昼飯食ってるのも一条からのタレコミだったんだよ!」


「それは脅迫ではありませんか?」


「あぁ!?ジャーナリストは何をしても許されるんだよ!報道の自由を知らねぇのか!ジャーナリストは報道のためなら何をしても許されるんだよ!てめぇ……、俺を本気で怒らせたな?てめぇはもう終わりだぜ!俺が記事に書いたことが真実になるんだよ!本当にあったことなんて関係ねぇ!ジャーナリストが書いたことが真実なんだよ!」


 最後に立ち上がってテーブルを踏みつける。小学生のガキがこれだけ脅されれば何でも言うことを聞くだろう。


「私はただの一私人です。その私人のことをこのように……」


「何言ってやがる。芸能界デビューしようとしてんだろうが?お前のどこが私人なんだよ!芸能人ってのはなぁ、こうして記事にされることも仕事なんだよ!お前はその世界に入ろうとしてんだ!ジャーナリストに、マスコミ関係者に、テレビ関係者に媚を売れよ!それがお前の仕事なんだよ!こっちはてめぇの宣伝をしてやってんだ!宣伝費を払えや!」


「私は芸能界デビューする予定などありません。それにそれは恐喝ですよね?」


「このクソガキが!まだそんなことを言うのか!ああ、そうかよ!もう容赦しねぇぜ!てめぇのことは徹底的に記事にしてもうどこにも居場所がなくなるまで追い込んでやるよ!覚悟しとけや!」


 葛は加場を連れて勝手に出て行った。口答えをするガキは嫌いだ。黙って言う通りに言葉を言っていればこのいじめ記事だけで済ませてやろうと思っていたが、こうなれば徹底的に追い込んでやる。ジャーナリストは何をしても許される。そして何でも出来る。そう……、相手が自殺するまで追い込むことも……。


「あの生意気なクソガキ……。自殺するまで追い込んでやる!」


 次の号の週刊ヒュンダイの見出しには『独占インタビュー!芸能界デビューを目指す九条家のご令嬢がついにイジメを認めた!インタビューの全文公開!音声データも入手!』の文字が躍っていたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 葛益込←葛益 込 という名前かと一瞬思ったけどクズマスコミだと気づいてちょっと笑ったw リアルでもマスゴミとよく聞くけどホント怖い
[気になる点] 多分これ全部現実でも起きてそうな所が怖いんだよな~   [一言] 【偏向し、思い通りに操作し、馬鹿な民衆を誘導することが仕事だ。】            どっかの入社式で似たような事言…
[一言] そして完全な音声データが"どこかから"流出して自滅とかかな?
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