第二百八十八話「週刊誌」
コンサートも無事に終わって、秋桐達と射干達の問題も解決して数日が過ぎた。コンサートが終わって以来学園生達の俺達への態度も随分変わってきて、今では俺が声をかけたらほとんどの学園生は挨拶を返してくれるまでになっている。
学園生活のほとんどは順調で、あとは十月の初旬にある運動会に向けて頑張るだけだ!……と言いたい所なんだけど、射干達の件が片付いたと思ったらまた次の問題が発生している。それはお察しの通りマスコミ達だ。
今週の月曜日以来、朝の登校時間と放課後の下校時間にマスコミが校門の前に殺到している。しかも登下校の時だけじゃなくて、一日中張り付いて監視でもしているかのような者までいる始末だ。登下校時はマスコミ関係者が多いけど、それ以外でもずっと張り付いて見張っている役がいるということだろう。
初日につい余計なことを言ってしまった以外はあの子のアドバイスに従って何も言わないことにしてスルーしている。でもたまにうちの車をつけてきているマスコミもいるようで非常にストレスが溜まってしまう。もし何もアドバイスを受けていなければ、俺はまたマスコミの前で大暴れしていたことだろう。
ただ家まで追いかけられるだけなら良いけど、蕾萌会や百地流の道場にまで迷惑をかけるのはいただけない。出来るだけまいてもらってからそういう場所に向かっているけどそれが非常に時間の無駄だ。しかもイライラしてくるし……。
「……というわけなのですが、師匠にまでご迷惑がかかっていないでしょうか?」
「ふん。百地流の道場がここにあることは周知の事実じゃ。それでもここに殺到してくるマスコミなどおるまい?それが答えだ」
いや、それが答えとか言われても何がどういうことなのかわからないけど……。とりあえず師匠に迷惑をかけて突撃取材とかしてくる馬鹿なマスコミがいないということはわかった。師匠に迷惑がかかっていないのなら良いけど……。
「それと師匠……、最近修行が厳しすぎませんか!?」
足が辛い!腕が辛い!もう限界だ。これ以上姿勢を維持出来ない!
「コンサートの練習で遅れた分を取り返さねばならん。まだまだ厳しくしてゆくぞ!」
「ひぃっ!」
俺の言葉で手を緩めてくれるどころかますますヒートアップした師匠に、本当に体の限界まで厳しい修行をさせられたのだった。
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もう体がボロボロだ。土曜日、日曜日と師匠は朝から晩まで俺をしごき続けた。今までは多少は休みもくれていたのが一切休みもなしになったという感じだろうか。まさか土日丸々しごかれるとは思ってもみなかった。そして今日も月曜日の朝からまたひどいしごきだ……。
「師匠……、私はこの手のものを極めたわけではないので、何もわからない者が生意気なことを言っていると思われるかもしれませんが……」
「ふむ?」
朝から厳しい修行を課されている俺は何とか声を絞り出して師匠に語りかける。
「こういう修行は詰め込みで無理やりやらせたから身に付くというものではないのではないでしょうか?」
試験のための勉強の一夜漬けなら確かに瞬間的には効果があるかもしれない。でも格闘技の修行とか肉体の鍛錬、技の習得とかを無理やり詰め込みでやっても効果はないんじゃないだろうか?
肉体の鍛錬も技の習得も、長い時間をかけて反復練習を行い、体に馴染ませてこそ意味がある……、と俺は思う。ただ勉強で徹夜の一夜漬けをするように、無理やり体を酷使して短期的にやらせても効果は低いんじゃないかと思う。
「もちろんその通りじゃ。ただ体を酷使させても効果は低い。わしがその程度のことも見極めずやらせておると思っておるのか?」
「それは……」
まぁ……、師匠のことだからただ詰め込みでやらせてるわけじゃなくて、ちゃんと効果や限界を考えて内容を決めているとは思うけど……。
「生意気な口を叩く前にきちんとわしの言ったことをやり遂げてみせよ!」
「ひぃっ!」
結局今朝も師匠に散々にしごかれて、ボロボロのくたくたで学園へと向かったのだった。
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パシャパシャ!パシャパシャパシャ!
うちの車が学園に近づくといつも以上にマスコミのカメラが光っていた。ここ最近は朝のマスコミの人数も少し減ってきていたのに今日は最初の時より多いくらいの人が押し寄せている。
「九条咲耶さん!記事について一言!」
「あの記事は本当なんですか?どうなんですか?」
「質問に答えてください!あれが本当なら許されることじゃありませんよ!」
んん?何だ?今日はいつもよりマスコミの騒ぎ方が激しい。とりあえず無視するように言われているので今日も車から降りたらそのまま無視して校舎の中へと入った。学園内の雰囲気も……、先週とは少し違うな。先週は俺が通るだけでもキャーキャー言われてたけど、今日は若干遠慮がちというかちょっと距離を感じるというか。
「御機嫌よう」
「あっ……、おっ、おはようございます……」
「御機嫌よう……」
気にしていても仕方がないので気にせず教室に入って声をかけたら、やっぱり今日は反応が遠慮気味だった。前までのように無視されることもないけど、先週までのように熱烈な反応が返ってくるわけでもない。
「御機嫌よう咲耶ちゃん!ちょっと来てください!」
「おはようございます九条さん。こちらへ!」
「御機嫌よう皐月ちゃん、芹ちゃん。どうかしましたか?」
二人が慌てて俺を引っ張っていくから素直についていく。一体何事なのか……。
「見てくださいこれ……」
「はい?」
俺の席に着いてから皐月ちゃんが差し出してきた物を見てみる。それは有名な週刊誌だ。ほとんど見たことはないけど名前だけなら俺でも良く知っているとても有名な……。
「なっ!?何ですかこれはっ!?」
その週刊誌の表紙には俺達の写真が載せられている。見出しや煽りには好き勝手な文言が並んでいた。表紙の写真は俺達がテラスで昼食を摂っているシーンだ。そして……、射干達三人は俺の給仕として周囲に控えて立たされている。
当たり前だろう。お世話係で給仕をしているんだから俺の後ろに立って控えているのは当たり前だ。そのシーンを写した写真には『お嬢様達のいじめの実態!』とか『明らかな年下で低学年の生徒を寄って集っていじめる上級生達!』などの言葉が踊っていた。
ペラペラと捲って中身を確認してみれば、俺達が食事をしている風景が何枚か掲載されており、俺が後ろに控える射干達に給仕してもらっているのがはっきりわかるものだった。そこには俺達上級生が座って食事をしているのに、明らかに年下の射干達を立たせて食事の世話をさせ、自分達が食べ終わるまで射干達に座って食べることも許さないなどのことが記事の内容として書かれていた。
それはこの状況がどういう状況なのか知りもしない者が、勝手に推測と自分達の価値観だけで書いた偽善、いや、人を貶めてやろうという悪意に満ちて書かれた捏造記事に他ならない。
確かに射干達は俺の給仕をしている。それはレストランで給仕係りがしていることと同じだ。何もおかしなことはない。自分がレストランに出掛けたら、そこの給仕係りが自分の席に勝手に相席して食事を始めるなんてことがあるだろうか?あるわけがない。そんなことをしたら大問題になるだろう。
射干達が給仕やお世話係をしているのを俺達がいじめているとか、旧態依然とした悪習だとか、好き勝手に書いているけど、俺達自身だって誰かのお給仕をしたことはある。礼儀作法を習ったり、人の給仕をしたり、作法などの先生についてそういうことを習うことも普通にある話だ。
俺達の界隈では自分がマナーや作法を学ぶ時に自分より出来る人のお世話をしながら勉強して学ぶことは良くある。それを旧態依然だとか、過去の悪しき因習とか、それは習ったこともない外部の人間による穿った見方の曲解だろう。
簡単に言えば師匠の下について、師匠のしていることを補助しながら間近で見て習っているようなものだ。それの何がおかしいというのか。
そこで何かの強要や強制があるとか、嫌がっているのに無理やりやらせているとか、出来ていないからと責めたり暴力を揮うのは良くないかもしれない。でも別にそんなことはしていない。射干達が俺達の後で食事を摂るのも俺の世話をしながら俺の作法などを見て習っているからだ。
俺達が食い終わるまでお前達は食うな!とか言ってるわけじゃなくて、わかりやすく言えば俺の世話をしている間は射干達の授業中と同じということであり、その間は授業に集中して、終わってから食事をしているに過ぎない。
勝手な価値観の押し付けと邪推、いや、わざと悪いレッテルを貼るための曲解を正しいかのように書き綴って、完全に印象操作や偏向報道を行なっている。
「咲耶様!大変です!あっ……」
「御機嫌よう薊ちゃん」
その後続々と登校してきた皆が同じことで慌てていた。どうやらこの土日の間にこの週刊誌の記事が広まって、テレビ番組でも取り上げられて相当放送されているらしい。
俺以外の子達は顔が隠されているけど、座って食事をしている俺達は笑っているのがわかるように口元は隠されておらず、一緒に談笑している射干達は顔全体が隠されていてどのような表情をしているのかわからないようにされている。被害者である射干達が一緒に楽しそうに笑っていたら都合が悪いから射干達の顔は隠されているんだろう。
「この記事や週刊誌への対応も必要ですが……、何よりも……、この写真の出所ですね……。これは明らかに学園の敷地内から撮られています。少しまた校長と理事長とお話をしなければならないようですね」
この週刊誌や記事への対応も必要だろうけど、この写真はテラスの前にある植え込み辺りに潜んで撮ったものだろう。校内にマスコミが侵入しているのならば許されることではない。まずは校長と理事長にその辺りを詳しく聞かなければ……。
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あの週刊誌の記事のお陰で今日一日学園中が変な雰囲気だったけど、ようやく一日が終わった。今日の放課後に校長室に来るようにと校長と理事長に連絡しておいたので俺達も校長室へと向かおう。
「失礼します」
ノックしてから校長室へと入る。俺達が校長室に入ると同時に校長と理事長が揃って土下座をした。一体何事?
「申し訳ありませんでした!」
「今回の不手際は藤花学園の落ち度です!」
え~っと……、何これ?俺はただ少し話をしにきただけなのに……。
「校長、理事長、そのようにしていては話が出来ません。まずはきちんと話をしましょう」
「「ははーっ!」」
いや……、本当にわかってる?ますます頭を下げてどうするんだよ……。
とりあえずいつものように校長と理事長と向かい合って座る。全員は座れないので俺の両横は薊ちゃんと皐月ちゃんが座っているだけだ。残りの皆は後ろに立ったままで申し訳ない。出来るだけ早く終わらせよう。
「色々とお聞きしたいことはありますが……、まず前回の騒動の時に無秩序な取材をしないように学園とマスコミ各社で協定が結ばれたのではありませんでしたか?」
まず疑問なのがそれだ。この週刊誌の写真や記事もそうだけど、それ以前にまずああやって校門に押しかけてくるような取材は禁止になったはずだ。それなのに今回はまたあんなことになっている。そこからして疑問だった。
「それは……、その……、ヒッ!」
理事長が言い淀んでいるので少しそちらに視線を向ける。すると理事長が変な声を漏らしたのを見て校長が引き継いで話し始めた。
「え~……、以前の協定はですね……、近衛財閥がマスコミ各社とかけあって結ばれたものでして……、今回はその……、近衛財閥が表に出ていないのでですね……、マスコミ各社も前回の協定は今回には適用されないという判断のようです……」
なるほど?前回の協定は近衛財閥、たぶん近衛財閥のテレビ関係、マスコミ関係、プロダクション関係などの部門が、他のテレビ局や週刊誌を無理やり従わせるような形で協定を結んでいたんだろう。
でも今回その近衛関係の者達が出てこない。何も言ってこない。だったら前回の協定なんて関係なく好き勝手に取材も報道もしても良いんじゃないか?とマスコミ各社が思ってその通りにしていると……。
「それでは今回のマスコミ各社の取材方法を学園が容認していたり、ましてや校内への立ち入りを許可しているわけではないということですね?」
「もちろんです!この週刊誌の写真は明らかに校内から撮られています。これが不法侵入であったならば許されない行為であり相応の措置を取るつもりです」
どうやら今回の件では学園側も困っているようだな……。
何となく見えてきたぞ……。近衛母がまるで俺達が近衛母に泣きつくかのような態度だったのはこのためだろう。
いつも矢面に立ってマスコミなどの外の勢力の干渉を防いできたのは近衛財閥だったんだろう。だけど今回近衛母はその役をやめた。いつもなら近衛財閥が止めに入ってきていたのに今回はそれがない。だからマスコミ各社は今回は何をしても良いんだと、他所でしているのと同じような取材や非合法な撮影まで平然とやってくるようになったと……。
近衛母の余裕の態度とあの時の発言の真意はこれだろう。俺達だけじゃこの事態に対応出来ないからどうせ自分に泣き付いてくるだろうと思っているに違いない。そして助けて欲しければ近衛系列のプロダクションに入って俺達の曲をCDやDVDとして発売させろというんだろう……。
元々あまり好きじゃなかったけど……、俺は今回のことでますます近衛母のことが嫌いになりそうだ……。