第二百八十六話「一難去ってまた一難」
昨日はとても素晴らしい一晩を過ごせた。秋桐や竜胆や射干達と一緒にお風呂に入ったり、食事をしたり、ゲームをしたり……。そして何よりも射干達が色々と告白してくれて皆とも打ち解けられるようになったと思う。
まだ心からお互いに信頼し合っている俺と薊ちゃん達のような関係にはなれていないだろう。それは一朝一夕でなるようなものじゃない。それでも秋桐や竜胆達と射干達の関係は確実に進むようになった。これからお互いが本当の意味で信頼関係を重ねていけば、いつか俺達のような親友同士のグループになれるだろう。
夜寝苦しいなと思ったら、朝皆が俺にくっついたり、上に乗ったりして寝てたのに気付いた時は驚いたけど……、それも含めて昨日のお泊り会は大成功だったと胸を張って言える。特に俺は可愛い可愛い二年生達にお姉ちゃんお姉ちゃんと言われて……、とてもウハウハだった。
いや!そうは言っても!言ってもだ!別に俺はロリでもペドでもないから?秋桐達や竜胆や射干達の裸を見たからって何か性的興奮があったとかそんなことは断じてないぞ?本当だぞ!
まぁそれはさておき……、今朝も百地流の朝練は免除してもらっているからいつもより朝ゆっくり出来るんだけど……、その代わり父に言わなければならないことがある。射干達には俺が勝手に処分を言い渡したけど、それには父の協力も必要だ。皆がまだ色々と登校の用意などをしている間に俺は父に話をつけようと、朝の忙しい時間に父に会っていた。
「このような忙しい時に申し訳ありません」
「咲耶がパパにお願いなんて珍しいな。どうしたんだい?」
俺がお願いがあると言ったら父はすぐに会ってくれた。多少朝の準備でバタバタしているからじっと向かい合って座って話しているわけじゃない。手短に用件だけ伝えよう。
「倉橋家、丹下家、室津家を一条派閥から脱退させて、九条派閥の庇護下においてください」
「…………派閥を抜けてすぐに鞍替えとなれば色々と角が立つ。そういうことがわかった上で言っているのか?」
それまでニコニコだった父が経営者や政治家のような顔になってそう言った。子供のわがままや冗談で済ませられることではないということだ。もちろんそれは俺だってわかってる。こっちだって冗談で言っているつもりはない。
「はい。三家には暫くの間無派閥でいるようにと伝えました。その間はこの九条咲耶付きのお世話係をさせるつもりです。その後ほとぼりが冷めましたら九条派閥に……」
「…………三家が抜けるのは簡単だろうな。でもいくら咲耶のお世話係にしても実際に九条派閥に所属しているわけじゃないんだよ?いくら咲耶のお世話係と言っても当然嫌がらせや仕返しをしてくる者は出るだろう。それだけの覚悟があるのか?」
「それは……」
それは俺もわかっている。確かに俺の世話係に喧嘩を売れば俺に喧嘩を売っているも同然だと言うことは出来る。でも正式に九条派閥に入れているわけではない。九条派閥の者が攻撃されれば九条派閥全体で対処出来るけど、俺の世話係と言っても九条派閥ではない者のことについて九条派閥で対処は出来ない。
「三人も……、多少の嫌がらせや仕返しについては覚悟の上だと思います。ですがあまりに度が過ぎるようであれば……、私が表に立ちましょう」
「…………」
「…………」
手を止めてこちらを真っ直ぐ見ている父に俺も視線を逸らせず真っ直ぐ見詰め返す。ここで視線を逸らせたり、自信がなさそうにしていれば父は駄目だと言うだろう。だからここは堂々と受けて立たなければならない。
「ふ~……。わかったわかった。パパの負けだ。三家にはパパから連絡しておく。咲耶から余計なことを言うんじゃないぞ?」
「はい。わかりました。お手数をお掛けして申し訳ありません」
父にとってはあまり利益のない話だ。元々敵対しているから今更とはいえ、わざわざ一条派閥と揉めてまで引き入れるのが倉橋、丹下、室津では吊り合わない。労力やリスクに比べて得られる物は少なく、九条家の負担が増えるだけだ。
俺が父におねだりしたのはちょっと子供がわがままで言って良い範疇を超えている。それでも……、俺は父に頭を下げるしかない。そして父はそれを聞き入れてくれた。だから……。
「ありがとうパパ」
「――っ!?デュフフッ!咲耶がパパだって!聞いたか?聞いたな?おい!全員に知らせておけ!今日咲耶が私のことをパパと呼んでくれたとな!わははっ!」
ヘラヘラと……、父が何か気持ち悪い笑みを浮かべて朝の手伝いをしているメイドや家人達にそんなことを言っていた。そして……、何故か一部の家人達はハンカチで目元を拭っていた。何故だ……。それほどのことなのか?俺がパパありがとうというのはそれほどのことなのか?
まぁ……、あまり気にしないでおこう。ともかく三家のことについては父がどうにかしてくれることになった。きちんと話して説明したから情報に齟齬があるとか、三家の扱いに関して勘違いがあるということはないだろう。
父にとっては三家を叩き潰す方が楽で簡単だったに違いない。それなのに……、ちゃんと三家を一条派閥から足抜けさせて、九条派閥に招くまでの間は保護してくれることになった。これで射干達が大変な目に遭うことも……、かなり減っただろう。
絶対に一切何もないとは言えない。むしろ絶対に復讐や仕返しをしてくる者がいるだろう。今まで一条派閥ということで好き勝手していた分だけあちこちから恨みも買っているはずだ。
それでも……、それを乗り越えて……、三人にはこれから立ち直ってもらいたい。そう願いながら父の部屋を後にしたのだった。
~~~~~~~
朝食も済ませて、着替えも済ませた二年生達と一緒に藤花学園にやってきた。今朝は朝練もなかったからゆっくり出来たし、二年生達の着替えもメイドさん達がちゃんと用意してくれた。たぶん……、下着とかは買ってきたのかな?制服は昨日着ていた物を夜の間にクリーニングしておいたんだと思うけど……。
お風呂に入った時も皆服を脱いだはずなのに着替えが用意してあったし、たぶんメイドさん達が急いで買ってきたか、うちのどこかに来客用にそういう物の予備があるのかもしれない。詳しいことはわからないけど、三台のリムジンに分乗した俺達が学園にやってくると、案の定今日もマスコミが殺到していた。
パシャパシャパシャ!
俺達の車が通ると滅茶苦茶フラッシュがたかれる。やっぱりこのマスコミの狙いは俺のようだ。色々としゃべっているリポーターの言葉の内容はわからないけど、明らかに俺が出入りしている時に反応している。他の生徒はスルーしていることが多いからな。
ただ他の生徒達にもインタビューと称してあれこれ付き纏ったりしているみたいだし、近隣には中継車を停めたり、スタッフが乗って来たであろうバンがあちこちに路駐されている。
普段は閑静な藤花学園前の通りが、人でごった返し、ゴミはそこらに散乱し、プカプカとタバコをふかしている人間がたむろし、路上駐車で溢れ返っている。非常に腹立たしい。彼らは何様のつもりでこんな迷惑を当たり前のような顔をしてかけているのだろうか。
でも……、俺が何か言えばまた格好の餌食にされるだけだ。昨日はついカッとなって言ってしまったけど今朝はもう放っておこう。俺が口で彼らに何か言っても都合の良い部分だけを切り貼りして悪用されるだけだ。だから……、こちらも心強い味方に応援を頼んでいる。きっと彼女ならこの状況もどうにかしてくれるだろう。
そんなわけでパシャパシャとフラッシュがたかれ、マイクを向けられながら『一言!』とか言われているけど全て無視して玄関口へと入る。彼らも門の前にはたむろしているけど敷地内には入れない。向こうの方で何か言っていても無視しておけば良い話だ。
「それでは皆さん、昨日は急にあんなことに巻き込んでしまってごめんなさいね。それでは今日も一日勉強を頑張りましょう」
「はい。それでは御機嫌よう咲耶お姉様」
「御機嫌よう咲耶様」
「またね!さくやおねーちゃん!」
「いってきますくじょうさま!」
皆に手を振って見送る。二年生の校舎は俺とは別だから玄関口まででお別れだ。
「今までご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。そして……、ありがとうございました、九条様」
「ふふっ。良いのよ。誰でも間違えることもあるわ。それに上から言われては逆らえないこともあるでしょう。でも、それを乗り越えていけるのが人間よ。射干ちゃん達は今回のことで人間として大きく成長出来たはずよ。後はそれを今後にどう活かしていけるのか。それは射干ちゃん達次第……。だから……、これから苦しい時が来ても頑張って」
「はい……。私達がこれから大変なのは覚悟出来ています……。それも自分達のせいですから……。だから……、きっと乗り越えて……、私達も本当の意味で九条様のお傍に……」
何だか気合が入りすぎている射干達の頭を順番にポンポンしてあげる。何もそんなに難しく考えることなんてない。人間案外適当に生きていても何とかなるものだ。そして自分だけではどうしようもなくなれば誰かに助けを求めれば良い。
「そう気負う必要はないのよ。もっとリラックスして気楽にいきましょう。あまり硬いとこの先もたないわよ?」
「~~~っ!はいっ!」
「いってきます九条様」
「御機嫌よう九条様」
射干達も自分達の教室へと向かう。少し先で秋桐達が待っていた。皆と合流して二年生達は自分達の教室へと向かって行った。これから色々と大変なこともあるだろうけど……、きっと大丈夫。友達が支えてくれていたら大抵のことはどうにかなる。俺が実際にそうだったんだから……。きっと大丈夫。
~~~~~~~
「御機嫌よう」
「おはようございます九条様!」
「御機嫌よう九条様!」
「きゃー!私に言ってくださったのよ!」
「違うわよ!私よ!」
う~ん……。昨日に引き続き今日も何かずっとこんな感じだ。下駄箱にも今日もたくさんのファンレターが入っていたし、少なくとも皆が飽きるまで暫くはこのままかもしれないなぁ……。
「おはようございます九条さん」
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
「御機嫌よう芹ちゃん、皐月ちゃん」
まぁ俺だってキャーキャー言われること自体は嫌なわけじゃない。そりゃ相手が小学生とはいえキャーキャー黄色い声援を送られて嫌な気がする者はまずいないだろう。ただ今までの態度から一変して急に掌返しをされるとどうもしっくりこないというか何というか……。はっきり言えば随分調子の良い奴らだなと思ってしまう。
「芹ちゃんや皐月ちゃんもまたたくさんファンレターをいただいたりしたのですか?」
「ええ……。そうですね……」
「芹には一部の者から妬みも受けているようです……」
ああ、やっぱり……。それはわかっていたけど皐月ちゃんにもそう言われるほどということは相当だろうな。どうにかしたいけど、あまり良くわかっていない俺が下手に余計なことをすれば事態が悪化する可能性が高い。この問題は皆ときちんと相談した上で行動した方が良いだろう。
俺は正直上流階級の小学生達が何を考えてどういう行動を取るのかよくわからない。俺自身のことなら俺が勝手に何かして自爆しても自分のことだからで済むけど、芹ちゃんのことを俺が余計なことをして引っ掻き回して悪化させるわけにはいかない。
「おはようございます咲耶様!」
「御機嫌よう薊ちゃん」
今日も元気に薊ちゃんがやってきた……、と言いたい所だけど何か様子がおかしい。慌てているというか焦っているというか……。
「咲耶様!大変です!これを見てください!」
そう言ってすぐに俺の席まで来た薊ちゃんがスマートフォンからテレビか何かの動画を再生してくれた。
『……お話することは何もありません。御機嫌よう』
『九条咲耶さんねぇ……。これっていわゆる炎上商法ってやつじゃないですか?自分から芸能界に寄生しようとしておいて、注目されたらこうして高飛車な態度で……』
『こういう態度はいただけませんねぇ……。やはりお嬢様育ちということで相当甘やかされて育てられたんじゃないでしょうか?』
流れている映像には昨日俺がマスコミに対して苦言を呈した映像が流れていた。それを聞いてコメンテーターや芸人があれこれと好き勝手に言ってくれていた。
俺の発言部分は自分達に都合の悪い部分はカットされ、いかにも俺が高圧的にマスコミに偉そうに言ったような印象を与えるように加工され、その部分だけが何度も何度も繰り返し放送されているようだ。その場面だけを観せられた視聴者がどう思うかは想像に難くない。
こんなものはテレビ業界の常套手段でお手の物だろう。印象操作、偏向報道、都合の悪い情報は伝えず自分達に都合の良い部分だけを切り貼りしてまったく別の印象へと持って行く。テレビしか観ない層はそういうものに簡単に誘導されてしまう。
同じ芸能人でも業界で気に入られなければこうやって吊るし上げられた人が何人もいるだろう。政治問題や誰かのスキャンダル、企業による何らかの問題も、誰かの問題発言も、ほとんどはこうしてマスコミが勝手に都合の良いように加工して切り貼りし、真逆のことを言っている場合でも事実を捻じ曲げて印象操作してしまう。
「昨日からテレビではずっと咲耶様のことが繰り返し放送されています!どうしましょう!?」
「はぁ……。次から次に問題が……」
折角射干達の問題が片付いたかと思った所なのに……、面倒なことばかりが起こるものだ……。
「ですが……、今回はどうにかなるかもしれませんよ。すでに心強い味方に対応をお願いしていますからね」
「「「え……?」」」
皆はポカンとした顔をしていたけど、俺だって昨日マスコミが殺到していた時点でこうなるだろうことは予想していた。だからこちらもあの子に連絡して協力を要請してある。あの子ならこの手のことは得意だろう。任せてくれと言っていたし、今はあの子からの連絡待ちという所だな。