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第二百六十六話「未遂?」


 靴のサイズやデザインの好みからそうだろうなと思っていたけど、やっぱり持ち主は桜だったらしい。ギャーギャー騒ぎながらやってきた桜をかわしながら家に入る。


「咲耶お姉様!どうしてですか!どうして私だけ除け者なんですか!」


「あ~、もぅ……、少し静かにしなさい……」


 一度部屋に戻って準備してから対応しようかと思っていたのに、部屋へと向かう俺に桜がぴったりついてくる。このままじゃ部屋の前……、いや、部屋の中までついてこられるだろう。そうなれば俺の着替えシーンを桜に見られることになるわけで……、そんなのは絶対にお断りだ。


 部屋に戻って荷物を置いたり着替えたり準備するのを諦めた俺は、そのまま桜を連れて応接室へと向かった。でも応接室には桜に出されたお茶やお茶請けがない。どうやら桜は俺が戻ってくるまでリビングにでも居たようだ。でなければここに来客用の物が出されているはずだからな。


「まずは落ち着きなさい。そっちに座って……、用件だけ明瞭簡潔に言いなさい」


 あまりに騒がしい上に同じことばかり言っている桜にそう言う。まぁ……、もう用件はわかったけどな。タイミングと話題の内容からして、恐らく近衛家のパーティーで誰かにアレのことについて聞いたんだろう。予想はついているけどあくまで予想なので本人にきちんと用件を言ってもらう。


「咲耶お姉様達はコンサートを開かれるんでしょう?それなのにどうして私はそのメンバーに誘っていただけていないんですか?」


 やっぱりな……。近衛家のパーティーがあってから間もなくやってきて、自分だけ除け者だと言うようなことで思い当たることと言えば今度の演奏会についてだろうと思った。他に桜を除け者にしていることなんて……、いっぱいあるな……。というかほとんど桜は除け者にしている。


 いや、それは語弊がある。桜は男だし俺達女の子の集まりに入ること自体おかしいだろう。『俺達女の子の集まり』とか言いながら、俺自身が本当に女の子と言えるかどうか微妙なところではあるけど……。肉体的には間違いなく女の子なんだからセーフということにしておこう。


「今度の演奏会のメンバーは女の子だけのガールズバンドです。桜は男でしょう?だから呼ばれないのは当然です」


 そう……。別にそうしようと思ったわけじゃなくて、俺と親しい男の子なんてほとんどいない上に、楽器が出来る男の子の知り合いなんてさらに少ないから自然とそうなっただけなんだけど、それでも実際にメンバーに男は一人も入っていない。


 竜胆が入っているんだから榊も入っているかと思われるところだけど、今回は榊も入っておらず現在男はゼロだ。だから桜を断っても何の問題もない。男は全てお断りという理屈が通る。


 ちなみに何故榊が入っていないかというと、別に榊が楽器が出来なかったからというわけじゃない。やっぱり良い所育ちのボンボンは色々と楽器を習ったりしている。ピアノのようなよくある楽器から、バイオリンのようなものまで様々な楽器を習っている子が多い。榊がお断りになったのは竜胆が榊を呼ばないと言ったからだ。


 別に喧嘩しているわけでもないし、仲が悪くなったわけでもない。ただ竜胆にとってはまさにガールズバンドのイメージだったようで、今度の演奏会に男を入れる必要はないと最初から竜胆が反対していた。だからその流れで榊は呼ばれないことになったというわけだ。だから当然桜を加えるなんて俺から言えるはずもない。


「――っ!?いいえ!私は体は男ですけど心は女の子です!だからメンバーに入れてください!」


「はぁ……。桜……、嘘を吐くのですね?」


 それまでは一応桜の話を聞いていたけどスッと冷めてしまった。都合の良い嘘を吐くような者は嫌いだ。それならまだ単純に馬鹿な伊吹の方がマシだろう。伊吹ならそんな嘘は吐かずに『俺様も加えろ!』と要求するだけだろう。


「あっ……、うっ……」


 俺にそう言われて桜はオロオロし始めた。桜はあくまで『可愛い格好をするのが好き』なだけで『心が女』というわけじゃない。だから桜の恋愛対象は女なわけで、『恋に咲く花』でも桜は女の子である主人公と恋をすることになる。


 それは高等科になってからの話というわけじゃなくて、今でも桜は女の子が好きだ。今までチラホラと女の子との噂も立っている。桜は全て否定しているけど火のない所に煙は立たないとも言うし、実際桜が女の子好きなのは間違いない。小学校四年生くらいで恋愛だの噂だのって何の冗談だと思わなくもないけどね……。


 まぁとにかく桜の心が女だというのは嘘であり、演奏会のメンバーに加えて欲しいからとそんな嘘を吐くのは許せない。


「私は都合の良い嘘を吐く者は嫌いです」


「ごめんなさい咲耶お姉様!許してください!うわぁ~~んっ!」


 あぁ面倒臭い……。桜は俺の足元に縋り付いて泣き始めた。しかも微妙にベタベタ足を触られて気持ち悪い。一瞬蹴り飛ばしそうになったのをグッと堪えて、とりあえず足から手を離させて隣に座らせる。


「落ち着きなさい桜。そうやって泣き落としをしようとするのも卑怯者のすることです。男ならば自分の言動に責任を持ちなさい」


「うぅ……、ぐすっ……」


 とりあえず足にくっついていたのは離せてよかったんだけど……、結局横にぴったり座ってまだメソメソ泣いている。恋に咲く花の時はもっとしっかりした感じだったのになぁ……。


 もちろんゲームでは高等科に入ってくるくらいの年齢になっている。今の初等科とでは違って当たり前だろう。ゲームでの桜も昔は泣き虫だったのかもしれない。でも外では女装のことで何か言われても泣くどころか気にしている素振りすらないのに、こんな簡単に泣くような子なんだろうか?この涙も嘘なのかと思ってしまいそうになる。


 ゲームの『女装王子』二条桜は確かに格好こそ女装だけど、年下なのにいじめられている主人公を助けてくれてしっかり守ってくれるキャラだったはずなのに……。


 いや、待てよ……?『俺様王子』近衛伊吹はこの世界では残念王子となっている。『白雪王子』鷹司槐は腹黒王子だ。ということは『女装王子』二条桜もこの世界では変わってしまっていても不思議じゃない。いや、むしろ変わっていて然るべきだ。


 俺が九条咲耶お嬢様になってしまったことで、本来九条咲耶お嬢様が歩むはずだった道から大きく逸れてしまった。それは間違いない。その結果九条咲耶お嬢様と関わった人間が経験するはずだったことも、歩むはずだった道も、全てが変わってしまった。


 母との関係性も、伊吹や槐とも、グループの皆だって……。だったら桜だって本来九条咲耶お嬢様と接して経験するはずだったことが全て変わり、その過程での成長にも変化があって当然だろう。


 もし……、もし桜が変わっていたら?本当に女の子になりたいと思っていたら?どういう風に変化したのかは俺にはわからないけど、もし女の子に興味がないような、本当に身も心も女になるような変化だったならば……、ヤバイかもしれない。


 他の皆はまだ何だかんだ言ってもゲーム時と同じような人生を歩んでいる……、はずだ。このまま高等科まで成長して主人公と関わっていくことになるだろう。


 でも……、もし桜が女に興味のないそっちの道へ入ってしまったら……、主人公と関わらなくなる可能性がある。それで具体的に何がどう変わって、俺がどう困るのかはわからない。ゲーム時の破滅エンドのパターンから考えて桜が咲耶お嬢様の破滅に関わるエンドがなくなるのなら喜ばしいことだけど……、良い変化や影響ばかりと言い切れるだろうか?


 例えばゲーム中で桜が主人公を助けるイベントで、桜が主人公に興味がなくて助けなくなれば?あるいは桜のお陰で何とかなったことが何ともならなくなれば?今後の展開にどんな影響があるかわからない。これはまずいんじゃないのか?


「桜……、貴方……、まさか本当に心まで女になりたいと思っているわけではありませんよね?」


「…………」


 おいいっ!黙って俯くな!嘘だろ?何故だ……。まさか桜が本当にそっちの道へ走ってしまったのか?学年中の女の子を侍らせている癖に、心まで女になりたいというのか?


 どうすればいい?どうしたら桜が真っ当な道へ戻る?桜が心までそっちへ行ってしまうのは影響が大きすぎて今後の展開がどうなるのか予想もつかない。せめて主人公には興味を持ってもらうくらいにはなってもらわないと、桜が最初から関わらなくなってしまったら影響が大きすぎる。


「ふ~……」


 落ち着け……。落ち着いて冷静に聞き出せ。まだ慌てるような時間じゃない。ここは慎重に、ゆっくり問い質そう。慌ててはいけない。怒ってもいけない。冷静に、落ち着いて……。


「桜は……、可愛い格好をするのが好きなのですよね?」


「はい……」


 うんうん。とりあえず素直に答えてくれるようだ。ゆっくり慎重に聞こう。焦るな。まだ大丈夫だ。


「桜は……、自分が可愛くなって男の子達に好きになってもらいたいのですか?」


「何を気持ち悪いことを言っておられるんですか!?私は女の子が好きです!」


 いきなりガバッ!と顔を上げた桜が必死でそう言ってきた。その様子は鬼気迫るという感じだ。自分を誤魔化したり嘘を吐くために勢いで言っているという感じとも違う。本気で男との関係なんて気持ち悪いと思っている感じがする。


「え~……、それでは……、自分が可愛い格好をして、相手も可愛い女の子が良い。それはまるで女の子同士が良いというような感覚ということでしょうか?」


「…………」


 真っ赤になってまた俯いてしまった。どうやらそういうことらしい。こいつは……、この世界の二条桜は女の子同士のようなものが好きなんだ。だから自分も女装して、相手も女の子で、擬似的に百合百合して楽しんでいるということだろう。


 こいつは俺と一緒じゃないか……。そうだ。俺の同志なんだ。


 俺だって百合百合が好きだった。今でこそ俺は肉体的に女に生まれ変わったから自分自身でも百合百合出来る体になってしまったけど、前世ではそれを眺めて楽しむだけだった。桜は……、それをどうにかして擬似的にでも楽しめるように必死で自分を磨いて、自分を女の子らしくして、そこまで努力して百合百合を楽しもうとしている。


 確かに生まれつき見た目の差というものがあるだろう。前世の俺が桜のような格好をしようと自分を磨いても醜い女装おやじが出来上がっていただけだろう。桜はゲームでそういう設定として作られたからとはいえ、見た目に恵まれて女装も似合っている。でも自分の全てを捨ててでも百合百合するためにここまで出来るんだ。


 素晴らしいじゃないか……。凄いじゃないか……。桜は俺達ユリスキーの究極形じゃないか。ここまで出来るなんて尊敬に値する。


「咲耶お姉様が女の子が好きだから!私も頑張って女の子に……」


「ちょっ!大声で何を言い出すのですか!?」


 突然大声で俺がユリスキーとか言い出すから慌てて桜の口を抑えた。こいつは一体何を言い出すんだ。家族に言い触らして俺を苦しめようとでもいうのか?俺に口を抑えられてモゴモゴ言っているけど放すわけにはいかない。何を言われるかわからない。


 そりゃ桜は家族にもカミングアウトして平気なのかもしれないけど、俺はそうじゃない。俺がユリスキーだなんてあちこちに言い触らされたら大変なことになってしまう。主人公と出会って伊吹達に破滅させられる前に破滅してしまう。そんな結末はお断りだ。


「んーっ!んーっ!んっ……、ん……」


「ん?」


 バタバタと暴れていた桜が急に静かになった。気になって桜の方を見てみれば……、何やらぐったりしている。これは……、興奮しすぎて気絶したのかな?


「失礼いたします咲耶様。一体何事ですか?」


 桜が騒がしすぎたらしい。椛が緊急事態かと思ってこちらに確認もせずに部屋に入って来た。普通なら外から声をかけるだけで勝手に入ったりはしないけど、中の様子がおかしくて緊急事態だと判断すればこうして許可なく入ってくることもある。主人の身を守るのも彼女らの仕事だからおかしいと思えば当然の判断だろう。


「ああ……、ついに()ってしまいましたか……。後始末はお任せください。咲耶様は何も知らないとお答えしていただければ結構です」


 そう言いながら椛はぐったりしている桜をズルズル引き摺ってどこかへ連れて行こうとしている。


「ちょっ!?何を言っているのですか?桜は興奮しすぎて気を失っただけですよ!?」


「いいのですよ咲耶様……。私は咲耶様が二条桜の口と鼻を抑えている姿など見ておりません。咲耶様は今夜二条桜とは会わなかった。それで良いのです」


 いやいや!何言ってんの?それじゃまるで俺が桜を殺して証拠隠滅しようとしてるみたいじゃんか!?


 この後俺と椛がやんややんやと言い合っているうちに桜は意識を取り戻し、フラフラしながらも帰って行ったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] そのまま埋めるのは論外。重石を付けて沈めても腐敗によるガスの浮力で浮くのでアウト。液化窒素で凍らせて砕き、粉にして海に撒くのがお薦めです。
[一言] 同じ女の子好きだからといって同志になれるとは限りませんぜ。同族嫌悪という言葉があるぐらいですし。同じ女の子好きでも咲耶様と桜は資本主義と共産主義ぐらいにイデオロギーが違うと思う。
[良い点] 今世の咲耶様の影響力が凄すぎるww。 関わった人物のほとんどの者に、尽く人格への影響を与えてるしwww。 [一言] 桜は、咲耶様の外見の美しさと、百地流による淑やかな所作や雰囲気に見惚れて…
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