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第二百六十話「そりゃそうだ」


「しっ、師匠!皆の練習の時と違いすぎませんかっ!?」


「当然じゃろうが!」


「わきゃっ!」


 今日もまた道場の床に叩きつけられる。皆と演奏の練習をしている時はあんなにニコニコと人の良さそうな顔をしていたのに、今はまるで鬼のような顔をしている。しかも小学五年生の女の子相手に殴るわ蹴るわ投げるわ容赦がない。


 いや、わかってるよ?師匠はこれでも手加減している。まだまだ本気じゃないだろう。でも今もまたお尻から床に思いっきり落とされて脳天まで痛みが駆け抜けて体が痺れている。女の子にしていいことじゃないだろう!


「ぼーっとしておる暇があるのか?」


「うひぃっ!」


 師匠の追撃をかわして床を転がる。それ以上は追撃してこなかったようで距離を取ってから立ち上がった。この距離でも師匠なら一瞬で間合いを詰めてくる。油断せずに構えながら呼吸を整える。


「咲耶よ。お前は百地流古舞踏の門下生であり、そして裏の顔である百地流古武道の門下生でもある!わしも表の百地流古舞踏の門下生にこのようなことはさせん。裏の百地流古武道の者にのみこのようにしておるのだ。その意味はわかろう?」


「うぅ……、はい……」


 師匠の言うこともわかる。表である百地流古舞踏は舞踊はもちろん、作法や楽器などの芸事、芸術、あらゆるジャンルのことを教えている。名前は舞踏なのにな……。それはともかくそんな調子で芸術や女性の作法、マナーを教える教室だと思えば良いだろう。それに比べて裏の百地流古武道は武芸十八般全てを教えている。


 俺は元々武道や武術が習いたくて、兄の取り計らいで表向きは古舞踏を習っているフリをしながら古武道を習ってきた。もちろんフリと言いながら百地流古舞踏もきっちり仕込まれているけど……。


 今皆とやっている演奏の練習は古舞踏に含まれる内容だ。だから師匠も百地流古舞踏の先生として教え、接しているんだろう。俺が今やっているのは百地流古武道であり古武道の師匠として接しているから顔も態度も何もかも違う。確かにその通りなんだろうけど……、あまりに厳しすぎる!


「師匠!それでも修行がどんどんハードスケジュールになってきていませんかっ!?」


「コンサートの練習であれほど時間がかかるとは思わなんだからな……。あちらを増やしておる分こちらが疎かになっておる。時間が取れぬのなら密度を上げるのみ!」


「ヒッ!ちょっ!?うにゃぁっ~~~!」


 結局容赦のない師匠に滅茶苦茶な修行をさせられ、道場には俺の悲鳴が響き渡った。俺のぷりちーなお尻が青あざだらけになったらどうしてくれるんだ……。




  ~~~~~~~




 演奏会の練習は当初の予定よりかなり頻度が増えている。毎回必ず全員が揃うということはないけど、ある程度決まった予定があり、参加出来る子はその日に出てくるという感じだ。なるべく皆が集まりやすい日にちや時間が選ばれているけど、それでもさすがに毎回全員出席とはいかない。お嬢様って案外暇じゃないからな。


「さくやおねーちゃん!いっしょに弾こ?」


「はわぁっ!秋桐ちゃん!可愛いっ!」


「むぎゅぅっ……」


 木琴の練習をしようと俺の所へ来てくれた秋桐が可愛すぎる!それにつられるように他の二年生達も『さくやおねーちゃん』『くじょうさま』『さくやさま』とやってきてくれる。とても可愛い!


「あ~ん!もう!皆可愛すぎです!」


 皆を抱き寄せて顔や頭を撫で回す。自分の頬をくっつけてスリスリする。もう連れて帰って食べちゃいたい!


「咲耶ちゃん、お姉さんここがわからないわ」


「え?あぁ……、えっと……、一緒にしましょうか」


 地下家以下の二年生達は一番参加率が高い。何しろ秋桐とかはほとんど習い事とかをしていないからだ。一応藤花学園に入ってからマナー教室とかには行くようになったらしいけど、それもそんな毎日毎日あるものでもないし、社交場に出て行くこともないし、かなり暇を持て余しているらしい。


 他の子達はたまに習い事やパーティーなどに行っていて来れないこともあるけど、やっぱり地下家や一般生徒はそんなに予定も詰まっていないんだろう。


 茅さんと杏は毎回必ずいる。今まで一度も休んだことがない。芹ちゃんも地下家だけど芹ちゃんは色々と忙しいようだ。結構休むことが多いけど演奏の腕前もそれなりに高いから自分のパートを覚えて、後は皆で合わせていけば問題なくクリア出来そうだった。


 他の咲耶お嬢様グループの皆はかなり忙しいようで休むというか不参加のことが多い。それでも無理をして他の予定を詰めてでも顔を出してくれているけど、演奏会のためにあまり無理や無茶はしないで欲しいとは言っておいた。


 茅さんと一緒にピアノの練習をしながら二年生達も一緒にポンポンと木琴を叩く。ここだけまるでお遊戯会の練習のようだ。


「咲耶、随分余裕そうじゃな?もうあれは暗記したのか?」


「うっ……」


 コソッと師匠が嫌なことを言っていく……。俺が渡されたのは全部で三十曲もあった。まさか三十曲全て演奏会で披露するわけじゃないだろうけど、師匠は俺にあれを全て覚えろと言う。しかも同じ曲の別の楽器の楽譜もあったりだ。


 俺も百地流古舞踏の門下生なので師匠にいくつか楽器も仕込まれている。ピアノだって習ったのは百地流でだった。当然俺程度じゃ師匠のようにどんな楽器でも使えて、何でも演奏出来るということはない。師匠は俺の腕前を知っているから俺が演奏出来そうな曲は他の楽器も全部つけてきていた。


 曰く『もし一人しか演奏者がいない楽器の担当者が当日何かあって弾けなくなったらどうするつもりだ?』とのことだ。


 つまり、ドラムが一人しかいなくて、その一人が当日怪我や病気とか、何らかの事情で参加出来なくなったとか、そういう時にドラムがいないんで演奏会が出来ません、というわけにはいかないということだ。一言で言えば予備だな……。


 俺だってピアノとか絶対に外せない楽器の担当なんだけど……、それでも万が一の時に編成を変えたり、色々余裕を持てるように俺だけ他の楽器も覚えろということらしい。


 まぁさすがに習っていない楽器までこの機会に覚えろとは言われていないのは幸いだろうか。いつもの師匠だったらそれくらい言いそうだけど、今回はさすがに修行時間も削っているのに他の楽器まで覚えさせようと思ったら、百地流古武道の修行が滞るからだろうなと思う。


 それから師匠は最初に渡した楽譜だけじゃなくて、他の皆にもあれこれ追加で渡している。誰がどんな曲の何の楽器の楽譜を渡されているのかは知らないけど、段々大規模というか、覚える曲が増えているというか……。何か大事になってきてないか?


「それで咲耶ちゃん、次はどうすれば良いのかしら?」


「え?あぁ、そうですね」


 とりあえず……、茅さん達に教えるか……。どうせ俺が考えても悩んでも意味はない。近衛母がスポンサーとセッティングを行なって、師匠が皆に曲を教えている。実際どうなるかは大人達が考えることで俺はただ自分の担当を覚えて練習するしかない。


「それでは皆さんで一緒に練習しましょうか。さんはい」


 最終的にどうなるかはわからないけど、とにかく今は覚えるべきことを覚えていこう。




  ~~~~~~~




 あれこれと毎日忙しくしているうちにあっという間に八月になり盆休み前になってしまった。世間のお盆休みはまだもう少し先だけど、うちの父はお盆とお正月など決まった時期しかまとまった休みが取れない。まぁそれは世間でも一緒なんだけど……、その年に数回の機会のために父は本来の休みの前後にも休みを取って長い休みにしている。


 うちは毎年お盆とお正月は家族旅行に行っており、父はそのために長めに休みを取っているというわけだ。


 今年は……、というか、今年もというべきか。お盆の旅行も日程が短くなっている。いつもお盆の終わり頃に近衛家のパーティーがあるから、近衛家のパーティーに出るつもりがある年は最初から旅行の日程に制限がかかってしまう。


 近衛家のパーティーさえなければお盆の前からお盆の後まで前後に追加の休みを取れば長い連休にすることが出来る。昔はそうして長い連休を利用して海外にも行っていたのに、最近は近衛家のパーティーまでには戻らなければならないと日程がタイトになってしまっている。


 そんな状況ではゆっくり海外に行っている暇もなく、国内旅行で日程に余裕があるようなものばかりだ。しかも今年の旅行も近衛家のパーティーのために短めにしてあるのに、結局伊吹のわがままでパーティーには参加しないことになったし……。それなら今のうちから来年以降も誘いませんって宣言でもしろよ。そうすればお盆の旅行をもっと楽しめるのに……。


 パーティーに出ない、呼ばれない前提で日程を組んでいたらもっとゆっくり海外旅行でも行けるのにさ……。


 まぁ……、今年は演奏会の練習があるからあまり長々と旅行に行っている暇もない。今年は旅行が短いことも近衛家のパーティーに不参加なのもこちらには都合の良いことだ。


 ……いや、待て待て。そもそもその近衛母がパーティーに呼ばない代わりに、みたいな話で演奏会をしようと言い出したんじゃなかったか?そう考えたらこの演奏会に向けた練習自体が近衛家のせいなわけで、何も都合が良いことでもなければありがたいことでもないじゃないか。うっかり騙されるところだった。


 夏休み中も皆とああやって会えるのは良いんだけど、そのお陰で百地流の修行も大変なことになっているし、全部予定は狂うし、迷惑しかかけられていない。本当に近衛家は近衛母も伊吹も俺に迷惑しかかけないな……。


「咲耶、準備出来ているのかい?」


「はーい!今参ります」


 兄が呼びに来たから部屋を出る。これから楽しい家族旅行だ。最初は家族と言っても俺にとってはまるで他人のようでどこか遠慮があった。でも……、こう何年も一緒に暮らしていたら俺達はもう本当の家族だ。向こうが嫌がるのなら仕方がないけど、俺の方から一方的に壁を作って距離を置くことはない。


「さぁお兄様!参りましょう!」


「お?どうしたんだい咲耶?今日は随分機嫌が良いんだね」


 部屋から出て扉の前で待っていた兄の手を取って腕を組む。『今日は』とは失礼な良実君だな。俺は大体いつも機嫌が良いと思うぞ。


「近衛家も向こうからパーティーに不参加にするように言いに来られるのでしたら、もっと前に言ってくだされば良かったですよね。そうすれば旅行の日程もまだ調整出来たかもしれませんのに……」


「おいおい……。咲耶はそうかもしれないけど僕や両親は行くんだよ?」


「……え?」


 兄の言葉にポカンとしてしまう。兄や両親は行く……?近衛家のパーティーに……?


「あっ……、あ~っ!そっ、そうですね。そうです……」


 完全に失念していた。パーティーに呼ばれていないというか、呼ばれたけどやっぱり来るなと言われたのは俺だけだ。兄にだって招待状は届いているし両親だって参加するだろう。当日近衛家のパーティーに行かないのは俺だけなんだ……。そりゃそうだよな……。すっかり忘れていたというか、考えてもいなかった。


「咲耶も近衛家のパーティーに行きたかったのかい?」


「……は?いえいえ!違いますよ?別に近衛家のパーティーになど参加したくはありません。って、お兄様!何を笑っておられるのですか?」


 俺が別に近衛家のパーティーなんて出たくないと言っているのに、兄は何かニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。これじゃまるで俺が本当は近衛家のパーティーに出たかったのに、拗ねて強がっているみたいじゃないか。


「ははっ!別に笑ってないよ」


「いいえ。笑っておられます。私の言っていることがわかっておられないのでしょう?私は本当に近衛家のパーティーになど出たくありませんから!来年以降ももう金輪際二度と招待していただきたくないと思っております!」


「うんうん。そうだね。わかるよ」


 絶対わかってない!そのニヤニヤ顔をやめろ!これは絶対に俺だけ参加出来ないからって拗ねてると思われている!とても心外だ!俺は本気でもう近衛家のパーティーになど呼んで欲しくないと思っている。


 でも……、そうか……。忘れてたなぁ……。『また』俺だけお留守番か……。


 昔……、俺が社交界デビューする前まではよく俺一人だけ家に残されてお留守番してたっけ……。同級生達は皆もう社交界デビューして参加しているパーティーなのに、俺だけ社交界デビューもせず家でお留守番だったな……。


 別に俺はそれはそれでよかったけど、あの頃はまだ前世の記憶を取り戻したばかりの頃で、両親や兄ともうまくいかず距離があった。それは俺が壁を作っていただけなんだけど……、母からすればそれまで両親の言うことを聞いてきちんとお嬢様に育っていた娘が、突然奇行に走るようになったと思ったに違いない。


 だからそれから俺と母は段々反りが合わなくなって、母は俺に冷たく厳しくなり、俺も母に何となく反発してたっけ……。反発といっても反抗期のような感じじゃなくて、母に言われたことはするけど俺も自分の意見は曲げないみたいな……、お嬢様として育てようとしている母と、そうはなってたまるかという俺の静かな争いだった。


 少しは大きくなって……、初めての『あの日』の時に母の本心も聞けて……、今ではかなり関係は改善されたと思うけど……、それでも本当の咲耶お嬢様とその母、九条頼子の関係とは程遠い二人になってしまった。


 久しぶりに一人でお留守番と聞いて何だか昔を思い出してしまったな……。そう言えばあの頃は椛と二人で遊びながらお留守番をしてたっけ……。今度の近衛家のパーティーの時は……、また昔のように椛と二人でお留守番かな?



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 椛さんと二人きりでお留守番って、昔ならともかく今は貞操の危険しか感じない件に関して。 [一言] ほら、古武道って基本的に現代の武道と違って相手を殺すための技術だから殺気無しには上達しな…
[一言] お嬢、前回の薊嬢との絡みもそうだが、段々『自分』を抑えられなくなってきてるな…身内しかいない場だからってのもあるんだろうがw いいぞぉ、もっとキャッキャウフフするのだぁ… これが皆とのキャッ…
[一言] 留守番か 吉と出るか凶と出るか
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