第二百四十一話「第二回藤花学園七夕祭」
さて……、無事?に水木のパーティーも終わってもうすぐ七月に入る。七月といえば……、そう……、『藤花学園七夕祭』だ。
俺としては去年だけの特例で済ませようと思っていたのに、何故かもう毎年開かれる恒例行事として固定されてしまうことになった。決まってしまったものは仕方がないので開催されるのは良いとしよう。でも俺達があれこれ準備したり後始末したりしなければならない。それは面倒だ。
一般生徒達は前日や当日に少し準備や片付けを行なうだけだけど、実行委員である五北会は去年からずっと準備や段取りに追われている。まぁそれほど忙しいわけでもないし、大変な準備をしているわけでもないからオーバーな物言いだけど……。
去年は直前に急に決めて開催したから準備がまるで足りなかった。それにやってみて気付いた問題というのもあった。そこで今年は去年の反省を踏まえて事前に段取りを行い、業者などに頼むべきことも事前に頼んできていた。
「もうすぐ『藤花学園七夕祭』だ!お前達!準備は良いな!」
「「「はい」」」
サロンで伊吹が皆を集めてあれこれ口を出している。偉そうに言ってるけど伊吹は何の役にも立っていないけどな。近衛家の資金や伝手は役に立ってるかもしれないけど伊吹自身はただの邪魔者でしかない。どうせただの邪魔者ならせめて黙っていてくれたら一番助かるんだけど……。
「咲耶様!七夕祭楽しみですね!」
「えぇ……、そうですね……」
人が勝手にやってくれるのなら楽しみだと思えたかもしれない。でも自分が準備をしなければならないとなれば笑っていられない。ただ参加して楽しむだけなのと、準備や運営をして後始末までしなければならないのでは同じ祭りでもまったく異なって感じる。
まぁ露店は業者がやってくれるし、一部の簡単な店だけ生徒達が手伝ったりしている。混雑解消のために去年の人の流れから交通規制や誘導員の配置、人の流れを考えた配置や出し物の順番もしている。
今年はかなり前から生徒達の自主的な出し物などの受付を行い、時間や準備を調整している。もうほとんど中高の文化祭や学園祭というものと大差ない感じになっているけど、さすがに中高生のような出し物は少ない。
中高生だと出し物でバンドで音楽を演奏したり、漫才やコントのようなことをしたりする者もいる。でもさすがに小学生でそこまでする者はいないようだ。ただ劇をクラスでやったり、ピアノの演奏をしたりする子はいる。もちろん他の弦楽器とかも……。
一年生達は今年が初めてだからまだ勝手がわからないだろう。それに一年生達に何か出し物をしろと言っても無理がある。やりたい子が何かするのは良いけど、先生とかが無理にやらせようとするのはやめてあげて欲しい。
「藤花学園七夕祭!絶対成功させるぞ!」
「「「「「おーっ!」」」」」
鬨の声を上げる伊吹達を尻目に、よくやるなぁと思いながら俺達は静かにお茶を飲んでいたのだった。
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ついに藤花学園七夕祭の日が来てしまった。昨日の最後に少しだけ今日の準備をして、あとは今日の朝から本格的な準備が行なわれる。普通なら前日までに準備を済ませて、当日はすぐ開催となるのかもしれないけど、藤花学園七夕祭はそんなに時間を取るわけにはいかない。
前日までの準備も全て放課後などや空いた時間に行なわれていたものであり、授業時間を潰してクラス全員で行なったりはしていない。劇や演奏をする者達は放課後や自習の時間などにそれぞれが独自に練習をしている。
七夕祭当日の朝に飾りつけなどを行い、短冊を飾って、一般開放までの間に生徒達がしなければならないことは済ませておく。露店の業者なども昨日までにある程度の搬入はしているけど、本格的な準備は朝になってからだ。この祭りはあくまで当日だけで完結するように考えられている。
「飾りつけも終わったし他のクラスを見にいこー!」
「そうね。行きましょう咲耶様」
朝の時間に各クラスが飾りつけを行い、どのクラスがよかったか投票することになっている。朝の一時間目分までと時間制限があるからもう自由に見に行って良い時間だ。別に時間を過ぎたらもう手を加えてはいけないとか、時間オーバーしたら減点やペナルティがあるというわけじゃない。でも正しく評価されない可能性はある。
一時間目で飾りつけを行い、生徒達はその後自由に各クラスを回って投票出来る。お昼までずっと飾りつけに精を出した所で、すでに投票が済まされていれば最終的な出来上がりが投票で評価されるわけじゃないというわけだ。もちろんそれでも時間をかけて凝りたければ凝れば良い。それは自由な裁量に任されている。
俺達は一時間目の間に飾りつけを終えたから他のクラスを見て周ることにした。今年は去年の反省を活かして一・二年の部、三・四年の部、五・六年の部と三つに分かれている。投票用紙にそれぞれの部の投票が出来るように書く欄が三つあるから間違えることも少ないだろう。
一般入場の客が入る前に投票を済ませた俺達は教室に戻ってきた。露店も出し物も何も始まっていないから皆クラスの投票くらいしかすることはない。
「皆凄かったねー!」
「そうですね。去年の他のクラスのアイデアを参考に色々と工夫しているクラスが多かったですね」
皐月ちゃんは良いように解釈してあげているみたいだけど……、まぁ簡単に言えば去年の出来が良かったクラスのパクリが多いということだ。もちろんクラス替えになった学年もあるから、単純にパクリというよりは去年同じクラスだった子達が分かれて、それぞれのクラスでまた同じようなことをしたというケースもあるんだろうけど……。
やっぱり皆似たり寄ったりでどこかで見たような……、という結果になってしまっている。
そんな中で新しいアイデアを出すのか、アイデアは同じでももっと凝ったことをして目を惹くようにするのか、色々と各クラスも頑張ってはいたけどね……。小学生に凄いアイデアを出せ、画期的なことをしろ、と言っても無理がある。あまり無粋なことを言うのはやめておこう。
『これより一般入場を開始します。生徒の皆さんは……』
「お?始まったみたいだねー」
「それでは行きましょうか」
「……本当にするのですか?」
そう言った俺を皆ががっちり掴んだ。どうやら逃がしてくれないらしい。
「去年お約束しましたよね?」
「さぁ行きましょう咲耶様!」
「うぅ……」
ズルズルと引き摺られて連行されていく俺を誰も助けてはくれなかった。
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俺達は今体育館に来ている。体育館で一番に開かれる出し物は俺達の演奏だ……。去年の七夕祭が終わった後、来年は俺達も皆で何か出し物をしよう!と皆が言っていた。もちろん俺は賛成した覚えはない。基本的に人前で何かするとか苦手だし……。でも皆は本気だったようでその出し物を運営委員会に提出していた。その出し物は……、演奏……。
演奏といっても何の?という話だけど……、何だろう?何と言えばいいのかよくわからない。色々な楽器によるちょっと変わった演奏だ。ギター、ベース、ドラムなどによるバンドとは違う。かといってピアノやバイオリンやフルートによる演奏でもない。
俺達は……、いや、俺の担当はピアノだ。それはまぁ普通だろう。そして皐月ちゃんはお琴だ。この時点でかなりおかしい。ピアノとお琴が一緒って……。さらに薊ちゃんは三味線……。何か渋い。茜ちゃんはバイオリン。椿ちゃんはギター。譲葉ちゃんがサックスで蓮華ちゃんがドラムという、もう意味のわからない組み合わせだ。
「本当に演奏するのですか?」
「咲耶ちゃん、ここまで来て何を言っているんですか?」
「それはそうですけど……」
確かに配布されているプログラムでも体育館で朝一番の出し物は俺達の演奏となっている。もう体育館には俺達を待っている観客がいるし今更なかったことには出来ない。でも滅茶苦茶緊張する。しかもこんなバラバラのわけのわからない楽団で皆満足してくれるだろうか?
藤花学園に通うような家は口も耳も肥えている人が多い。観劇したり、コンサートに行ったり、色々と本物を知っている人が多い。そんな中で俺達のやろうとしている和洋ごちゃ混ぜみたいなバンドが果たして受け入れられるだろうか?
音楽自体はこれまで練習を重ねてきたから大丈夫だと思う。間違えるとか失敗するとかを心配しているわけじゃない。ただ……、こんなへんてこな組み合わせの音楽が果たして受け入れられるのか。それだけが心配でならない。
俺が白い目で見られるのはいつものことだけど、こんなことをして皆まで白い目で見られたりしないだろうか?伝統とかを重んじる貴族的社会なのに、こんな変り種の演奏をしたら大変なことになってしまうんじゃないかと思ってしまう。
『それではプログラムNo.1、「九条咲耶様とその仲間達」による演奏の始まりです』
「…………」
司会が始まりを宣言して俺達が呼ばれる。ちなみに『九条咲耶様とその仲間達』というのは出し物にエントリーする際に申し込むグループの名前だ。誰が決めたのか知らないけど申込用紙にはそのように書かれており、それに気付いた俺が変えようと皆に言ったんだけど却下されてそのままになってしまった。
皆エントリー時の名前をかなり迷ったそうで……、その結果この名前に落ち着いたらしい。こんな名前は良くないだろうと俺は思ったんだけど、皆は割と気に入っていたそうで、しかもまた他に考えるとなったら揉めるからと言われてなし崩しでこのままになっている。
司会に呼ばれた俺達は舞台に出てセットされているそれぞれの楽器に向かう。ピアノやドラムは持って出てくるというわけにはいかないからな。全員が位置について三味線の薊ちゃんとギターの椿ちゃんが一番前に立つ。俺達が頭を下げると……。
パチパチパチパチ
と拍手が響いた。やばい……。滅茶苦茶緊張する……。頭が真っ白になりそうだ……。ピアノとドラムは全篇を通して中心となる。失敗は出来ない。俺と蓮華ちゃんが狂ったら全員が狂ってしまう。
「ワン……、ツー……、スリー……、――ッ!」
蓮華ちゃんのドラムに合わせて曲が始まった。もうあれこれ考えている余裕はない。とにかく自分の担当を失敗しないように、必死になってピアノを弾き続けたのだった。
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パチパチパチパチッ!
「ハラショーッ!」
「素晴らしい!」
パチパチパチッ!
俺達の演奏が終わると……、スタンディングオベーションと万雷の拍手が鳴り響く。主に茅さんと杏から……。
何故この二人がいるんだ……。今日は普通の平日で中等科も高等科も学校がある。二人は自分達の授業をサボって来たらしい。そしてその二人以外の拍手は……、まぁ普通だ。特別凄い盛り上がりということもない。とりあえず演奏が終わったから拍手しておきましょうという感じの拍手が響いている。
『「九条咲耶様とその仲間達」の皆様ありがとうございました。それでは続いてのプログラム……』
俺達は会場に頭を下げて舞台から降りた。プログラムは淡々と次に進んでいる。やっぱり俺達の変わった演奏は受け入れられなかったようだ。クラシックならクラシック。バンドならバンドでやった方がよかったのかもしれない。皆それぞれ得意の楽器を混ぜたのが悪かったか……。
皆良い所のお嬢様なだけあって色々と楽器とかも習っている。一つを極めている人に比べたら中途半端だと言われるかもしれないけど、嗜みとして色々とやっているようだ。俺はあまり音楽関係は習っていないので最低限くらいしか出来ない。俺にとってのピアノは音楽というより覚えた順に鍵盤を必死に叩くというイメージに近い。
叩く場所を暗記し、間違えることなく正確に順番に叩いていく。ただそれだけ。だから音楽に精通している人が聞いたら俺の演奏なんてただの雑な音に聞こえるのかもしれない。その変わり記憶力と反射神経は百地流で鍛えられているから、多少複雑な曲でもまぁそれなりに叩けるだろう。決して弾くとは言えない。あれは叩いているだけだ。
「楽しかったねー!」
「ちょっと観客の反応が淡白だったわね」
う~ん……。俺は楽しめたとは言い難い。とても緊張したし結局皆が悪い印象を持たれただけじゃないかと思うとすっきりもしない。
「咲耶ちゃんのピアノ凄かったね!」
「よくあんな難しい曲を弾けますよね」
「あれは……、弾いているというより叩いているだけで……」
確かに曲自体は難しいんだろう。手の動きは大変なことになる。前世の俺だったら絶対弾ける気がしない。ただ俺はうまく弾けないから複雑な曲を叩くことで誤魔化しているだけだ。本当にピアノが素晴らしい人ならもっとうまく弾くに違いない。
「今年は練習時間も足りなかったし、出し物もギリギリに決めたから……」
「来年のために今から次を考えておかないとね!」
「まさか……、来年も何かをするつもりですか?」
「「「「「当然です!」」」」」
「来年が最後の年なんですから……、ね?咲耶ちゃん」
うぅ……。どうやら皆はまた来年も何かするつもりらしい。確かに初等科最後の七夕祭の思い出だと言われたら反対しにくい。せめてやるのなら、どうか来年はもっと落ち着ける出し物になりますように……。