第二百四十話「茅さんは無敵の人」
思いの外招待客が多いことに驚かされる。会場の広さから考えて九条家のパーティーよりは少なそうだけど、始まる前にもうこれだけいるということはやはり結構な規模だろうということが窺える。
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
「皐月ちゃん!御機嫌よう」
いつも早い皐月ちゃんはもう来ていたようだ。皐月ちゃんと挨拶してから兄の方を見る。
「ああ、僕のことは気にしなくていいよ。行っておいで」
「はい。申し訳ありませんお兄様」
いつまでも兄とウロウロしていると皆とガールズトークが出来ない。というわけで兄と別れて皐月ちゃんと二人で他の皆を待つ。
「おはようございます咲耶様!」
「ごきげんよう咲耶ちゃん」
それほど待つこともなくグループの皆があっという間に集まった。パーティーの開始時間が決まってるんだからそりゃそうなんだけど……。
「今日も可愛いわね咲耶ちゃん!」
「茅さん、御機嫌よう」
茅さんも来たことでいつもの俺達のグループは集まった。あと呼ばれているであろう人物で親しい相手と言えば竜胆と榊くらいだろう。清岡家は堂上家だからもしかしたら李も呼ばれているかもしれないけど、学園で会った時も特に何も言ってなかったから多分呼ばれていないんだろうと解釈していた。
二年生達は地下家以下の子達も多いからあまりパーティーの話はしていなかった。それでももし李が招待されていたのなら、何かの折りにその話題に触れていたはずだろう。それがなかったということは呼ばれていないと考えるのが普通だ。
「咲耶お姉様!」
「九条様こんばんは」
「御機嫌よう、竜胆ちゃん、榊君」
いつも遅刻ギリギリくらいにやってくる竜胆達が来たことで全員が揃った。この時間に来ていないということはやっぱり李は呼ばれていないんだろう。広幡家が招待客を選ぶんだから俺がとやかく言う筋合いはない。
「お集まりの皆様!本日は広幡家のパーティーに……」
「始まりましたね」
竜胆が来てから間もなく、水木が前に立って挨拶を始めた。許婚候補宣言についてはいつ言うつもりなのか。最初の挨拶でいきなり?パーティーが盛り上がってきてから?それとも終わる間際に?
色々とパターンは考えられるけど、どちらにしろ俺にとっては面倒な話だ。もういっそ初っ端に言って終わらせて欲しいような、うっかり言い忘れてパーティーを終えて欲しいような、何とも言えない気分が漂う。
「咲耶ちゃん、随分ソワソワしているわね?」
「えっ!?そっ、そうでしょうか?」
茅さんに指摘されて焦る。確かにソワソワしているかもしれない。というか誰だってソワソワするだろう。いつ水木が許婚候補宣言をするかわからないんだ。そりゃ気になって気になって仕方がないに決まっている。
「あまり我慢するのは体に良くないわ。お姉さんが付き添ってあげるから今のうちに行っておきましょう?」
「へ……?」
何か茅さんが俺の手を引っ張ってどこかへ行こうとする。これはあれか……。我慢とか言ってたし俺がお花を摘みに行くのを我慢していると思われたのか。
そりゃ今水木の挨拶が始まったばかりだし普通に考えたらこんなタイミングでお花を摘みに行く者はいない。それならパーティーが始まる前に行っておけということになるし、挨拶が終わって動き出すまでくらい我慢しろと言われるだろう。
「いえいえ、茅さん。違いますよ。そのような我慢をしているわけではないのです」
こんなタイミングでお花を摘みに行くのは憚られる。ほとんどの人は挨拶が終わるまで待つだろうし、よほど切羽詰っていない限りは白い目で見られるだろう。そして何故パーティーが始まる前に行っておかなかったのかと自己管理も出来ていない者だと思われてしまうに違いない。
「あら?そうなの?折角私が咲耶ちゃんの介助してあげようと思ったのに……」
いや、介助って何?茅さんの言っていることがわからない。この人は何を言っているんだ?
「ドレスにかかってはいけないでしょう?私がドレスを持ち上げてあげようと思っていたのよ。それにドレスでは拭けないでしょう?だから私が拭いてあげようと思っていたのに……」
いやいやいや!この人本当に何言ってんの?俺が用を足している間中、一緒に個室に入って、スカートを持ち上げておいて、終わったら拭くつもりだったの!?いくらドレスでもそこまでしてもらうほどじゃないよ!?っていうか何か想像したらそれって俺の姿があまりに間抜けすぎる。勘弁して欲しい。
「さぁ咲耶様!ようやく長い挨拶も終わりましたし、料理でもいただきましょう!」
「薊ちゃん……」
俺が茅さんとあれこれしている間に水木の挨拶は終わっていたらしい。周囲の反応やグループの皆の反応からしてまだ許婚候補宣言はしていないようだ。茅さんのあまりのぶっ飛び具合についうっかりしてしまったけど、今日はあまりぼーっとしているわけにはいかない。いつ水木が言い出すかわからないからな。
「さぁ行こう?咲耶ちゃん」
「早く早く」
「はいはい。今行きますよ」
あぁ……、いいなぁ……。こういうのとても良い。可愛い女の子達に早く早くと言われながらキャッキャウフフでとても素晴らしい。水木と広幡家の件で嫌な気分になっていたけど、皆が居てくれるならこんなもの何でもない。
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皆で料理を堪能しながらパーティーを楽しむ。皆と一緒ならどこのパーティーでもそれなりに楽しめるということはわかった。鷹司家のパーティーみたいにあれこれ縛りがうるさいパーティーは面倒なだけだけど、こうして俺達が自由に振る舞えて、余計な者が寄ってこないのなら楽しめる。
「ん~……。料理はまぁ……、それなりですね」
「薊ちゃん……、それはさすがに……」
皆が思っていたけど言わないでいたことを薊ちゃんがズバッと言ってしまった。皆も苦笑いだ。
確かにまずくはない。いや、それどころか普通以上の味ではあるだろう。きっと星の付くような店の料理人が料理したに違いない。でも……、特別おいしいというほどでもない。プチ贅沢で自分にご褒美……、という時に食べるプチ贅沢料理っていう感じだろうか。
「一月半くらい前に九条家のパーティーがあった所だもんねー」
「これだけ間隔が短いとどうしても比べてしまいますね」
皆もうやめてー!九条家の料理を褒めてくれるのはうれしいけど、他の招待客もいる場所で大きな声でそんなことを言ったら俺が言わせてるみたいじゃないか!?ほら!ジロジロ見られてるよ!?
「ははは!参ったなぁ。さすがに九条家のパーティーと比べられたら辛いよ」
「これは広幡様……」
そこへ水木までやってきた。最悪だ。完全に今のを聞かれていただろう。どう考えても俺がグループの子達を使って広幡のパーティーをこき下ろしていたようにしか思えない。皆そう受け取ったはずだ。
それに……、もしかしてだけど……、広幡はわざと料理の質を一段下げているんじゃないのか?
普通に考えたら五北家がパーティーで料理を任せるような料理人を七清家だって呼べると思う。伝手やコネがないとかで同じ人は呼べないとしても、同レベルくらいの料理人なら探して用意することは出来るだろう。でもそれをしていない。それはあえてじゃないのか?
例えば七清家が五北家のパーティーを超えるようなパーティーを開いてしまったら、それは五北家に喧嘩を売ってると受け取られかねない。お前の所のパーティーよりうちのパーティーの方が凄いぜ、料理もおいしいぜ、と期間も空けずにパーティーを開いたら誰だって喧嘩を売られていると受け取るだろう。
だから広幡家はあえて一段下がる料理を提供しているんじゃないのか?五北家に恥をかかせないように……。
「皆様、広幡家のパーティーはお楽しみいただけているでしょうか?それでは……、この場をお借りして重大発表をしたいと思います」
「「「おおっ」」」
水木がいきなり声を張り上げてそんなことを言い出した。ついに来たかと俺も身構える。というかわざわざ俺達の前に来て言い出した辺りに水木の計算高さが窺える。これじゃまるで俺と水木が揃って婚約発表をするみたいだ。
「これより私、広幡水木は九条咲耶さんを許婚候補にすると宣言します!」
「「「「「――ッ!?」」」」」
周囲の反応が一気に変わった。さっきまで水木が何を言うのかと耳を澄ませていた招待客達は一瞬で凍りついたようだ。それはそうだろう。主家とも言える近衛家が許婚候補宣言をしている相手を、それも今更許婚候補にすると宣言したんだから……。それは近衛家に喧嘩を売っているとも受け取れる。
「おめでとう水木君。精々頑張りなさい。でも咲耶ちゃんは伊吹が貰うわよ」
「はい。正々堂々と咲耶さんを奪い合おうと思います」
近衛母が水木に穏やかに声をかけたことで近衛家と広幡家の戦争になることはないと周囲にも知れ渡った。近衛母が割って入ったタイミングの良さといい、全て計算された演出だったんだろう。近衛母も事前に知っていて、近衛と広幡の決定的決裂ではないことを知らしめるために割って入ったというわけだ。
「だから咲耶ちゃんの様子がおかしかったんですね」
「予想通りすぎてつまらないわね」
皐月ちゃんの言葉に薊ちゃんがそんなことを言った。どういうことだ?もしかして皆わかっていたのか?
「もしかして皆さん……」
「そうではないかと思っていました」
「急にパーティーとか言い出すんだもんねー」
「それに咲耶ちゃんの様子も変でしたから、たぶんこういうことだろうなって皆で話していました」
なんてこった……。皆にはバレバレだったのか……。っていうかたったそれだけの情報でそこまで確信を持って判断出来るものなのか?皆が凄いのか、俺がそんなにわかりやすいのか?
「さぁ咲耶ちゃん!そろそろダンスの時間よ!今度こそお姉さんと踊りましょうね!」
「いやいや……、正親町三条さん……、そこは最初に踊るのは俺なんじゃないの?だからわざわざ咲耶ちゃんの所に来て発表したのに……」
見てみればダンスの準備が進んでいる。水木が言う通り、俺の横で発表してすぐに俺と一番に踊ることで俺と水木の仲をアピールする狙いだったんだろう。でも……。
「そんなこと知らないわよ。広幡、貴方なんてお呼びじゃないから消えなさい」
「茅さん……、それはいくら何でも……」
水木のパーティーで水木がお呼びじゃないから消えろって……。いくら何でも普通の人ならそこまで言えないだろう。家格的にも広幡の方が格上なのに茅さんは水木に対してまったく遠慮がない。
「さぁさぁ咲耶ちゃん!お姉さんと踊りましょうね!」
「正親町三条様、抜け駆けは禁止ですよ」
「そうです!私達だって咲耶様と踊りたいんですから!」
「前のパーティーでは二年生達に譲ったのは私達も同じです!」
「また皆で踊ろーよー!」
駄目だ……。もう完全に収拾がつかない。周囲の人たちも目が点になっているか、白い目で俺達を見ているかどちらかの反応になっている。これは水木や近衛母もさぞかし……、と思って見てみたけど二人とも平然としていた。
「ふふっ。どうやら咲耶ちゃんと踊るのは無理みたいね、水木君」
「そうですね。ここで俺が一番最初に咲耶ちゃんと踊ってアピールするつもりでしたけど……、この子達を押し退けて最初に踊るのは無理そうです」
二人とも笑いながらそんなことを言っている。水木は最初から俺と本気で結婚しようなんて思っていないんだろう。だからそんなにムキになる必要がない。近衛母としても水木が俺に相手にされていないという形は近衛家にとって何のマイナスにもならない。だから怒る理由がない。
「咲耶ちゃん!まずは私よ!」
「咲耶様!正親町三条様を選ばれるくらいでしたら私を!」
皆が咲耶ちゃん、咲耶ちゃんと言いながら迫ってくる。それはとてもうれしいんだけど……、ここはあの子しかないだろう。一番最初に踊るのは……。
「竜胆ちゃん、私と踊っていただけますか?」
「えっ!?咲耶お姉様……、私でよろしいのですか?」
俺に誘われた竜胆は驚いていた。でも何を驚くことがあるのか。九条家のパーティーで自分の踊る番を譲って皆で踊ろうと言ったのは竜胆だ。だから今回皆と踊れるようになったら一番に踊るべきなのは竜胆だろう。
「竜胆ちゃんは前回自分の番を譲って皆さんで踊りましょうと言ってくれたではありませんか。ですから今回は竜胆ちゃんが一番最初が相応しいのですよ」
「「「…………」」」
「それを言われたら……」
「仕方ないですね」
他の皆も九条家のパーティーでのことを持ち出したら引き下がった。皆も竜胆に負い目があったんだろう。
「踊っていただけますか?」
もう一度、ゆっくり笑顔で竜胆に手を差し出しながらダンスに誘う。竜胆は何度も俺の顔と手を見て……。
「はいっ!」
元気良く返事をして俺の手を取った。二人でホールの中央に向かう。すぐに始まった演奏に合わせて踊り出す。他の招待客達なんて気にならない。目に入らない。
俺との身長差なんてなんのその。竜胆はとてもうまく俺に合わせて踊ってくれた。竜胆と踊り終えるとすぐに他の皆がやってきて次々に踊る。結局俺達はパーティーに出たらどこでもこうなるんだな、と思いながら、いつまでも皆と楽しく踊り続けたのだった。