表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/1418

第二十三話「家族会議」


 やばい……。とってもやばい!


 今更伊吹の誘いは受けていないと言い張るのは無理になってしまった。他のメンバー達だってあれで俺が了承したとは思っていない。だけど槐が俺が『はい』と言ったと宣言してしまったことでもう俺が受けたという認識になってしまっている。


 これは言葉の綾というか意図的な揚げ足取りというか曲解というか……。


 例えば『結構』という言葉は単体だと肯定的な意味に考える人が多いだろう。大変すばらしいとか、満足しているという意味になる。でも『結構です』と言うと肯定の意味と否定の意味の両方が存在する。


 大変素晴らしい、満足している、という意味でも『結構です』と言うし、これ以上いりません、現状で満足しています、という意味でも『結構です』という。肯定にも否定にも使われるけど共通しているのは『満足している』という状況を表すものだということだ。


 そうしてもらえると助かる、満足するという意味で『結構です』とも言うし、現状で満足しているからもういりませんという意味でも『結構です』と言う。昔これを悪用して有名な詐欺が流行った。


 電話にしろ訪問にしろ営業やセールスで相手が『いりません』という意味で『結構です』と言って断ると、断ったはずの注文や商品を持ってくる。『いらないと言ったはずだ』と言うと『それは大変よろしいですね』という意味で『結構ですなぁ』と言っただろうと言って無理やり商品を買わさせられるというものだ。


 『いいです』や『結構です』という言葉は肯定の意味でも否定の意味でも受け取れるために『そちらが買うと言ったから持って来た(送った)のだから代金を払え』と言われてしまう。そこまで言われて録音しているから裁判でもこちらが勝つとまで言われたら日本人は『そのくらいのお金を払って解決するのなら……』と押し売りされてしまう人が続出したというわけだ。


 他にも似た事例に『消防署の方から来ました』と言って消火器を売りつける詐欺も流行した。『消防署の方から来た』という言葉と消火器ということで行政や消防関連で各家庭に消火器を普及させているのかと思いきや実際にはまったく関係ない。


 これは『消防署の方』というのは『消防署の方角』から来ました、という意味であり消防関連の者だとは言っていないというものだ。消防関係の人だと思ったから買ったのに関係なかったじゃないか、もうこんな物はいらない、と言っても後の祭りだ。


 自分は『消防署の方角から来た』と言っただけで『消防関係の人間だ』とは言っていないと言われたら日本人は自分にも落ち度はあったかと思って諦めてしまう人が多い。こちらは先の例とは逆に相手の言ったことの揚げ足を取るのではなく、自分の言ったことを誤認させるものだけど発想としては同じだろう。


 こんな冗談のような、なぞなぞや落語かというような言葉遊びに思えるけどそれらは実際にあったことだ。今のケースも槐が意図的に曲解してそれを周囲に言いふらし同意を得ることでそれが真実となってしまった。


 そしてもう一つ……、事実とは絶対確定のそれ一つしか存在しないが真実は人の数だけ存在する。


 言葉というか文字から見ると事実より真実の方がまさに本当にあったこと、という意味かなと思いがちかもしれない。でも実際には逆だ。


 事実とは実際に起こった事象のことをいう。Aの車にBの車が後ろから追突したとすればそれが事実だ。それは絶対不変の実際に起こった事を表している。


 それに比べてAにとってはBの車に後ろから追突された、というのはAにとっての真実であり、Aが目の前に割り込み急停車したためにBは避けようもなく追突させられたのだ、というのがBの真実である、と言うことが出来る。


 事実が実際に起こった唯一不変のものであるのに対して、真実とはそれを見たり聞いたりした人がこうだと思った主観が入った物の見方のことを言う。つまり真実は人の数だけあり『いつも一つ』ではあり得ない。


 真実がいつも一つしかないかのようなフレーズを連呼する者がいるために誤解が拡がっているが真実は一つではないのだ。


 そして裁判所も事実を明らかにする所ではなく真実を明らかにする所だ。裁判官達が両者の主張を聞いてどちらの言っていることが正しいと『思ったか』を比べる場でしかない。裁判では事実が明らかになるのではなく、裁判官が感じて考えた主観の入った『真実』から裁きを決めている。


 だから判決は裁判官が『こちらの方が立場が弱い『はず』なのだからこちらの方が被害者だろう』とか、『こちらの言っていることの方が具体的に『聞こえる』からこっちの言ってる方が正しいのだろう』という判断をした結果に過ぎない。


 何が言いたいのかと言うと……、今この場で……、五北会のメンバー達は最初は俺が承諾の意味で『はい』と言ったのではないと思っていた。でも槐が俺が承諾の意味で『はい』と言ったのだと言いふらした。それによって次第にメンバー達も承諾の意味で『はい』と言ったのかもしれないという共通認識を持つようになった。


 結果的にもうあの『は』と『い』という言葉は承諾の意味の『はい』だったのだと全員が受け取ったんだ。ここで俺が強硬に違うと言えばそれは槐を否定することになり衝突の原因になる。しかも伊吹の顔まで潰し、一度は了承したかに見せかけて拒否することで余計に角が立つことになってしまう。


 俺がここで一人『そういう意味じゃなかった』と否定しても伊吹と槐の両方を同時に敵に回すことになり、五北会のメンバー達も伊吹達を応援するだろう。


 つ・ま・り!俺はもう伊吹のパーティーに参加せざるを得ないってことだよ!


 長々前置きがあって言いたかったことはそれだけかって?そうだよ!あまりのことに頭が滅茶苦茶で考えが纏まらないんだよ!


「よかったじゃないか咲耶」


「お兄様!」


 俺の後ろから良実君が肩にポンと手を置いて笑顔でそんなことを言ってきた。一体何がよかったというのか!俺は伊吹となんて接触したくないんだよ!しかも槐まで同時に相手にするなんて最悪だ。絶対そのパーティーとやらは槐も参加するに違いない。


「何もよくありません!それに日取りもわからず……」


「あれ?そう言えばそうだね。僕もお誘いを受けていないしいつかわからないね」


「そう言えば……」


「私も近衛様からの招待状は届いていませんが……」


 俺と兄の言葉を聞いて周りもザワザワと動揺が広がり始めた。普通パーティーに呼ぶのなら事前に日時を添えて招待状を送るものだろう。それが日時も伝えずに参加だけしてくれと言われても行けるわけがない。それなのに五北会の他のメンバー達も日時を知らず招待状も受け取っていないなんて何かおかしい……。


 …………はっ!わかった!このパーティーは偽の誘いだ!俺を誘い出すための罠だ!


 普通近衛家のパーティーなら他の有力な家にも招待状を送っているはずだ。それなのに今誘われた俺以外は誰も誘いも招待状も受けていないという。


 つまりこのパーティーというのは俺を誘い出すための嘘であり、ノコノコ俺が出て行ったらそこで伊吹にやられるに違いない!この前は贈り物を贈って殺意を隠し……、今度は他は誰も呼んでいないのにパーティーだと言って俺を呼び出し……、ついにやる気か!


 だけど残念だったな!俺はそう簡単にはやられんぞ!そもそももう先に伊吹の企みは露呈したんだ。これなら回避する方法もいくらでもある!


「あははっ!バレちゃったね伊吹!」


「――ッ!」


 槐が笑い出した。バレたと自白したぞ!やっぱり俺を偽のパーティーで誘い出してやるつもりだったんだな!しかも予想通り槐も絡んでいるらしい。ゲームの時と同じだ。伊吹と槐は咲耶お嬢様を嵌めて破滅させる。どのルートにいってもどちらか、あるいは二人で咲耶お嬢様を破滅に導く。こいつらは俺の敵だ!


「ごめんね九条さん。伊吹はね……」


「やめろ槐!」


 槐が何か言おうとしたら伊吹が槐の口を塞ごうとしていた。それはまるで子供の遊びのようだ。とてもじゃないけど俺をやろうとしている凶悪な奴らには見えない。二人のじゃれあいはまさに小学校一年生のそれだった。


 ……いや、騙されるな。こいつらは『恋花』で咲耶お嬢様を破滅させる最悪な極悪コンビだ。別キャラのルートの時までわざわざでしゃばってきて咲耶お嬢様破滅に関わってくる。そこまでして咲耶お嬢様を破滅させたいのか?と思わずにはいられない悪魔のコンビだ。


「伊吹はね……、どうしても一番最初に九条さんを誘いたいって言って招待状を出す前に最初に誘ったんだよ」


「まぁ……、それってやっぱり……」


「伊吹様が……」


「お二人のご関係はやっぱり……」


 とうとう言い切った槐の言葉で皆がヒソヒソと言い出した。どういうことだ?偽のパーティーで俺だけを呼び出すんだから俺が最初で最後の招待客だろう?


「うっ、うわぁっ!違う!違うからな!俺はそんな……。うわぁぁぁぁぁ~~~!」


「ぁ……」


 そして何故か伊吹は奇声を上げながらサロンから走って出て行った。俺に企みがバレたから居た堪れなくなったのか?


 まぁいい。悪は去った。そして俺の危機も去った。事前に伊吹の企みが暴露されたことで俺は生き延びたのだ。さすがは咲耶お嬢様。悪運の強さはピカイチだな。


「あ~あ……。まぁいいか。はい。それじゃ、えっと……、九条さんの招待状はこれね」


「…………え?」


 伊吹が走り去った後、槐に封筒を渡された。それはもう見るからに何かの招待状だといわんばかりの封筒だ。


「良実さんも」


「ああ、ありがとう槐君」


 そして兄も同じものを受け取る。その後槐は五北会のメンバー達にそれぞれ封筒を手渡していった。


「………………え?」




  ~~~~~~~




 あ~~~~っ!どうしよう!やばいよやばいよやばいよ!


 あの後……、封筒はやっぱり招待状だということがわかった。どうやら伊吹は本当にパーティーを用意しているようで五北会のメンバーが正式に招待されたのだ。


「どっ、どっ、どっ、どうしましょうお兄様……」


「あぁ、咲耶はパーティーに行くのは初めてだったね。心配いらないよ。今回は僕も一緒に行くから」


 そうじゃない!何もわかっていない!悪魔のコンビである伊吹と槐の誘いだ。絶対に何か裏があるに違いない!


 俺を破滅させるつもりか……。それとも九条家を没落させるつもりか……。


 このままのほほんと何の対策もせずノコノコと出て行ったら大変なことになるはずだ。かといって今更参加しないというのは不可能になった。五北会のメンバー達の前でもう九条家の兄妹も参加するということになったんだ。今更やっぱり行きませんとは言えない。


 …………病気、そうだ!病気だ!俺はこの日突然病気になっていけなくなる!それでどうだろうか?それならまだしも言い訳が立つ……?


 仮病だってことはバレるかもしれない。裏では何か言われる可能性もある。だけど本人が病気だったと言い張っているのに表立って違うと批判されることはないだろう。皆内心ではわかっていてもそれで俺を責めることは出来ないはずだ。評判は悪くなるだろうけどそれしかない。


 そう思ったのに……。


「伊吹君に誘われるなんてよかったじゃないか咲耶。このままちょっと伊吹君と親しくお付き合いしてみたらどうだ?」


「お父様!冗談でもそういうことは言わないでくださいと何度申し上げたらご理解いただけるのですか!」


 家に帰って兄が伊吹からパーティーの招待を受けたと話したことで父は完全に舞い上がってその気になっている。これは非常にまずい。父がその気になって強引に俺と伊吹の婚約を進めようとして近衛家の反感を買えば九条家没落フラグまっしぐらになってしまう。


「冗談でも他の人の耳がある場所でそのようなことは言っていないでしょうね?それは九条家だけではなく近衛家にまでご迷惑をおかけする行為ですよ!そんなことをしていては近衛家とお近づきになるどころか迷惑をかけ煙たがられ反感を買う行為です!」


「わかったわかった……。パパが悪かったよ」


 こいつ絶対わかってない!もしかして本当に周囲に勝手に『娘と近衛家の伊吹君の婚約を進めてるんだ』とか言いまくってるんじゃないだろうな?そんな嘘や見栄を張って近衛家を敵に回したら九条家が潰されるんだぞ!


「でも近衛様のパーティーに咲耶なんて行かせて大丈夫かしら……」


 そしてこの母よ……。『咲耶なんて』と当たり前のように言うようになってきたぞ……。普通の小学校一年生だったらグレてもおかしくない扱いだ。


「とはいえもう五北会の前で行くと宣言してしまったんだろう?今更なかったことには出来ないさ」


「それはそうかもしれませんが……」


 やばい……。父はどうしても俺をパーティーに行かせたいようだ。母はあまり乗り気じゃない。俺の味方はこの娘にひどい言い方ばかりする母のみとなった。でも母も旗色が悪い。皆の前で出席の意思表明をしたというのが大きいようだ。


「咲耶のドレスも用意しないといけないな」


「そうですね……」


 あぁ!母よ!諦めるな!諦めたら終わりだぞ!


「私はお作法も知りませんし、やはり出席しないほうが……」


 その後俺は父も母も兄も説得しようとしたけど誰一人俺の意見は聞いてくれなかったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  咲耶ちゃんの中じゃ男と婚約なんて嫌だという他にも原作で不幸にさせられる要因の1つだからってのもあるんだろうなぁ……まあ、周囲は完全に勘違いしちゃってるけど。  そもそも伊吹ルートの不正発…
[一言] 滝行だ!風邪を引くために滝行をするんだ!
[一言] 咲夜よ、そんな婚約結んだだけで破滅させられるわけが無いだろうに。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ