第二百三十七話「踊ろう」
兄が挨拶をして俺も少しだけ挨拶をする。実質的には九条家のパーティーとは言っても主催は兄のようなものだ。高等科にもなればそれくらいのプロデュースは出来なければならない。だから俺はおまけであって無関係と言っても良いんじゃないだろうか。
「こら咲耶、どこへ行くつもりだい?」
「いやぁ……、挨拶は終わったのでもう私はいらないのではないかと……」
パーティー開始の挨拶を終えたから兄から離れようと思っていたら捕まってしまった。
「そんなわけないだろう?まだパーティーの開始を告げただけだよ。本当の挨拶はこれからだろう?」
「あはは……、ですよね……」
駄目だったか……。人前で注目されながら挨拶するのも緊張するけどこっちが一方的に話すだけでいいから楽だとも言える。でもこれからは招待客達に挨拶されて言葉を交わさなければならない。これは相手がいることだし話の内容もどうなるかわからない。失敗する可能性もあるわけで……、何より面倒臭い。
大して親しくもないおっさん、おばさんに挨拶されるだけならともかく、場合によってはまるで嫌味のようなことを言ってくる者や、こちらにボロを出させようとわざと怒らせようとしてきたり、滅茶苦茶な話題を振ってくる者までいる。
もちろんそんな相手ばかりじゃなくて、普通に話してくれる人の方が多いし、俺も知り合いは結構増えてきた。気安く話してくれるマダム達もいるし悪いことばかりというわけでもない。
でもやっぱりいちいち招待客に挨拶を受けるのは面倒だ。鷹司家のパーティーのように招待客が少ないのならまだしも、うちのパーティーはそれなりに招待客もいるから面倒臭い。
ちなみに近衛家のような大規模パーティーだと挨拶だけでほとんどの時間が潰れてしまう。ある程度近衛の両親や伊吹が分かれて挨拶を受けているようだけど、それでも挨拶ラッシュが終わるのはパーティーもかなり進んでからのようだ。俺なら絶対にあんな挨拶地獄はごめんだな。
「咲耶ちゃん、そのドレス素敵ね」
「ありがとうございます近衛様」
最初にやってきたのはもちろん序列一位である近衛家だ。仮面舞踏会で地位も素性も問わないことになっているけど、実際にはこうして序列が全てに影響する。他のパーティーのように厳密に誰が何番、次は誰だ、という風にはなっていないけど、五北家や七清家のようなわかりやすく上位の家は順番が明確に決まっている。
他の家のパーティーなら最初から最後まで全員の順番が序列によって明確になっているだろう。でもうちのパーティーは……、まぁ……、仮面があるから多少間違えることはある。気付かずに自分より上の人の前に並んでしまったり、後ろに並んでしまったりだ。
それでもほとんどは格が近い家同士はお互いに顔見知りでわかっているし、よほどのことがない限りはそうそう間違えない。そして間違えても責めないようにというお約束で開かれているのが仮面舞踏会だ。
とはいえそれでも近衛や鷹司や二条の前に割り込む馬鹿はいない。自分達は前の方かな、後ろの方かな、という大雑把な括りで考えたって、五北家や七清家を抜かして並ぶような馬鹿はいないというわけだ。
兄にも指摘されてしまったし、もう挨拶も始まってしまったから大人しく無難にこなしていく。上位の家から進んでいき、やがて下の方の家まで回ってくる。最後の方でようやく地下家の子達の家の番になった。
「さくやおねーちゃん!」
「まぁ、秋桐ちゃん、その仮面良く似合ってるわね」
幸徳井家の番となって挨拶を受けるけど保幸は相当緊張しているらしい。いつものどもった口調で噛んでいるけど、最近では仕事も色々と発注しているようだし父は特に気にした様子もなく保幸の話を聞いていた。母は表情が読めないから何を考えているかわからない。
まぁうちは両親も兄もそんなにマナーとかにうるさくない。俺がマナーの悪い食べ方などをすればそれはもう怒られるだろうけど、こういう席で慣れていない相手が少しぎくしゃくしたり、どもったり、まぁ多少の失敗をしても笑って流すことが多い。
相手がわざと失礼なことをしてくれば怒るけど、下位の家のマナーがなっていないとか、そんなことをいちいち追及するタイプじゃないから安心して欲しい。
他にも今回初めて九条家のパーティーに呼ばれた塩小路家や熊谷家や樋口家も結構緊張していたようだ。前のホームパーティーで顔を合わせて挨拶しているけど、やっぱりホームパーティーとこの規模のパーティーでは色々と変わってくるからね。他の家の目もあるからホームパーティーのようにとはいかない。
ようやく挨拶地獄が終わったから俺は皆の所へと向かった。グループの皆に二年生達も集まっている。俺達の集まりってこれだけいると結構な人数だな。俺は友達がいない、いないと思っていたけど、こうして見ると結構友達もいるんじゃないか?
まぁ……、ここにいるのが俺のお友達の全てなわけで……、普通に考えたらかなり少ないということになるけどな……。
「皆さん楽しんでいただけていますか?」
「うん!たのしーよー!」
「さぁ咲耶ちゃんこちらへ」
「さくやさまー!」
「くじょうさまこっちこっち!」
あ~……、いいなぁ……。こういうのいい!とても素晴らしい!可愛い女の子達に囲まれて、皆と楽しく過ごせる。とても良い!
「ですが咲耶ちゃん、大丈夫ですか?」
「え?」
ちょっと真剣な表情になっている皐月ちゃんがそっと耳打ちしてきた。一体何の話だろうか?
「これだけの人数になってくるとさすがにダンスも大変ではないかと……」
「あっ……、あ~~~……」
チラリと見てみれば……、一……、二……、三……、十五人……、榊を入れれば十六人、俺を含めて十七人の団体だ。もし俺が女の子全員と踊ろうと思ったら十五回も踊らなければならない。少なくとも俺は体力の問題はないけど、そんなに踊りっぱなしというわけにもいかないだろう。さすがに人数が増えすぎて全員とそれぞれ踊るのは厳しい。
「え~……、今回踊るのは二年生の子達だけにしましょうか……」
「ちょっと咲耶ちゃん!それはあんまりだわ!」
俺が妥協案を言うと茅さんが飛んできた。二年生だけでも榊を抜いても六人。もし榊とも踊るなら七人だ。それだけでも結構な数になっている。
「そうです咲耶様!咲耶様と踊れないパーティーなんてお肉のないステーキと同じです!」
いや、薊ちゃんの例えはわからない……。お肉がなかったらステーキじゃないだろ……。それはソースだけなのか?何かお肉のないステーキってとても気になってしまった。
「二年生だからって咲耶ちゃんに構ってもらえてずるい……」
「蓮華ちゃん、ちょっと落ち着きましょうか……」
二年生達を見ながらブツブツ言っている蓮華ちゃんがちょっと怖い……。こんないたいけな子達に裏蓮華ちゃんが出てくるとは……。
「皆咲耶ちゃんと踊りたくて仕方がないんですね」
「椿ちゃんは冷静ですね」
さすが椿ちゃんだ。他の発狂しそうになっている人と比べて冷静に……。
「いいえ?私も絶対に咲耶ちゃんと踊りたいですよ?」
「ソッ、ソウデスカ……」
前言撤回。椿ちゃんも怖い。顔は笑顔の形になっているけど笑ってない。これはあまり深く追及してはいけないやつだ。俺は気付かないフリをしてスルーしておく。
「まぁまぁ皆さん、ここは普段咲耶ちゃんと踊れない人達に譲って差し上げましょう。ね?」
「皐月ちゃん……」
さすがは皐月ちゃんだ。言うことが違う。上位の家は他のパーティーでも俺と顔を合わせる可能性は高いし、これまでにも何度も踊ったことがある。でも下位の家はあまりパーティーで顔を合わせることもないし、滅多に俺と踊ることもない。前にホームパーティーでは踊ったけどそれっきりという子もいる。
「う~~~ん……。仕方ありませんね……」
皐月ちゃんの言葉に薊ちゃんも渋々頷いたことで決まった。薊ちゃんと皐月ちゃんがそう言ってるんだから他の皆は引き下がるしかない。引き下がらないとしたら茅さんかと思ったけど、小さい子達に譲ると言うと大人しくなった。
茅さんも高等科になって随分大人になったんだろう。それこそ昔の茅さんだったら絶対認めないって一人ででも暴れてわがままを通そうとしてたと思うけど、今では小さい子達に譲ってあげる余裕も出来てきたということだろう。
「エージェント・アプリコット!指令よ!咲耶ちゃんがあの子供達と無邪気に踊る可愛い姿をしっかり保存しなさい!」
「了解っす!」
……うん。俺は何も聞いていない。茅さんは大人になったから小さい子達に譲ってあげられる余裕を持つようになったんだ。俺の中ではそういうことにしておく。
「それでは誰が踊るか決めましょう」
「え?二年生達じゃないんですか?」
二年生とだけ踊ると思っていた皆は驚いた顔をしていた。
「もちろん二年生の皆さんと踊りますが、他にも多少は余裕があるでしょう?なので他にも普段パーティーで踊れない方と踊りたいと思います」
まぁこう言えばもうほとんど相手は決まっているようなものだ。
「そうなると……、秋桐、蒲公英、桔梗、空木、李、竜胆、榊……、あとは芹と杏ですか?」
「うぇっ!?じっ、自分もっすか!?」
薊ちゃんの言葉に杏は随分驚いていた。でも実際他のパーティーで顔を滅多に合わせず、踊ることもあまりないと言えばこの面子になるだろう。茅さん、薊ちゃん、皐月ちゃんの五北会メンバーはあちこちでよく顔を合わせる。堂上家であるグループの皆はその次くらいには一緒になるだろう。
地下家以下の皆と顔を合わせることなんて滅多になく、うちのパーティーか近衛家のパーティーで呼ばれるくらいしか顔を合わせることはないと思う。それなら……。
「いえ、ちょっと待ってください」
「竜胆ちゃん?」
その九人で決まりかと思った時、竜胆が手を上げた。皆何事かと思って竜胆に視線が集まる。
「その理屈で言えば私と榊も他のパーティーで良く咲耶お姉様とお顔を合わせる機会があると思います。ですから私と榊は除いてください」
「竜胆ちゃんはそれで良いの?時間はあるからそれくらいなら踊れますよ?」
俺の言葉に竜胆はフルフルと首を振った。
「良いんです。咲耶お姉様とは踊りたいです……。でも……、他の機会がある私達は今日である必要はありません。だから……、私達が抜ける分で皆さんで踊りましょう!」
「皆で……」
「踊る……」
竜胆の提案にポカンとする。皆で踊ると言われてもピンとこない。皆で踊るってどうすればいいんだ?オクラホマ・ミキサーか?マイム・マイムか?皆で踊れる踊りと言われたら学校で習うようなフォークダンスしか思い浮かばない。
「皆で踊るってどうすればいいのー?」
「そんなの手を繋いで回るだけでも、肩に手を置いて並ぶでもいいじゃないですか。踊りなんてそれらしくしていれば何でもいいんですよ」
なるほど……。さすがは竜胆だな。俺達だとどうしても作法がどうとか、うまく踊るにはとか、そういう余計なことを考えてしまう。でも竜胆が言うように、皆で揃って楽しめたらそれでいいじゃないか。踊りなんて本来そういうものだろう?
うまく見せようとか、綺麗に踊ろうとか、そんな堅苦しいことをしていても楽しくない。俺達は踊りの発表会をしているわけでもなければ、社交ダンスの試験を受けているわけでもない。大会に出てるわけでもない。じゃあ自分達の好きなように踊れば良いじゃないか。
「そうですね……。私達は難しく考えすぎていました。竜胆ちゃんが言うように、自分達の踊りたいように、楽しく踊りましょう。折角竜胆ちゃんが自分達の番を減らして皆で踊ろうと言ってくれているのです。最初の個別の踊りが終わったら皆さんで一緒に踊りましょう!」
「うん!」
「そうですね……」
「そういうのも悪くないよね」
他所の家のパーティーだったらさすがにそこまで勝手は出来ない。でもここは九条家のパーティーだ。だから俺がそれでも良いと決めたならばそれで良い。
はじめは秋桐、蒲公英、桔梗、空木、李の二年生達と踊って、芹ちゃんや杏とも踊った。そして……。
「なんだあれは?」
「どういうことだ?」
曲の切れ間に俺達が全員で輪になってペアを組んでいると会場中の注目が俺達に集まった。でも気にすることなく俺達は踊り出す。踊りも交代で皆と踊れるようにということで、ただ輪になるだけや縦に並ぶだけじゃなく、ペアで踊りながらクルクル回って、ペアを交代していくスタイルにすることに決まった。
どこやらのフォークダンスに似ているかもしれないけど気にしてはいけない。かかっている曲はまったく別の物だし、俺達はあまり気にする事なく皆でクルクル回りながら踊り続けた。
最初は奇異の目で見られていたけど、次第に俺達に合わせて他にも同じように輪になって踊るグループも出て来た。他のグループは他のグループで踊り方も何もかも違う。ただ輪になって回るグループもあれば、縦に並ぶグループもあった。
規則性も決まりもなく、皆がそれぞれ思い思いに踊る。白眼視する大人達もいたけど、踊っている皆が楽しければそれが一番だ。多少のルールや決まりは必要だけど、それが絶対視されて、少しでもそれを外れてはいけないという考えの方が硬すぎる。
「あははっ!」
「うふふっ!」
「たのしーねー!」
皆の楽しそうな笑顔を見ながら、今回のパーティーは大成功だったと思えたのだった。