第二百二十一話「疲れた時はここ!」
もう十一月に入っているけど先日の二条家のパーティーでのことが忘れられない。何だか妙に可愛くなってきた茅さんや、俺のグループの皆に対する想い……。それに気付いてから何だか皆を意識しすぎてしまって緊張してしまう。
パーティーの内容自体なんて何も覚えていない。元々何か特徴のあるパーティーだったわけでもないのに、さらにあんなことがあったためにパーティーのことなんて覚えているわけがないだろう。
このすっきりしない気持ちを落ち着かせる方法はただ一つ。それは可愛くてほっこりするモノを見ること!
というわけで俺は二時間目の後の少し長い休憩時間になるとすぐに教室を飛び出した。向かう先はもちろんあそこだ。無邪気で、可愛くて、ほっこり出来る、あの可愛い生き物達がいる場所へ!
「あんた達いいかげんにしなさいよね!」
一年三組の教室に近づくと、中からそんな怒鳴り声が聞こえてきた。その声の主が誰なのか中を確認しなくてもわかる。この声は李だ。李がまた怒鳴り声を上げているらしい。
最近は李も秋桐達と仲良くなってきたのかと思っていたけど、もしかして俺がいない所ではこうやって前みたいに怒鳴ってたのかな?李が怒鳴ってる相手は誰だろう。まさか秋桐達が相手じゃないだろうな。そんなことを考えながら教室を覗いてみると……。
李が両手を腰に当てて仁王立ちしている。すぐ傍には秋桐や蒲公英達……。だけど秋桐達は李の後ろ側にいる。そして李の前にいるのは数名の女子生徒……。
この構図から考えるにどうやら秋桐達があの女子生徒達に何か言われて、それを間に入った李が秋桐達を庇っている、というところだろうか。
「何とか言ったらどうなのよ!」
「清岡さんには関係ないじゃない」
「そうよ。清岡さんだって最初はその子達のことをいじめてたじゃない」
聞こえてくる会話からやっぱりあの女子達が秋桐達をいじめていて、それを李が庇っているようだ。あの李が……、秋桐達をいじめて偉そうに踏ん反り返っていた李が……、皆を守るために間に入っているなんて……、やれば出来る子!偉い!
「私はもうそんなみっともない真似はそつぎょうしたの!あんたたちももうやめなさいよ、みっともない。親の権力を笠に着て!あんたたちが偉いんじゃないのよ!あんたたちの親がえらいだけ!何をかんちがいしているのか知らないけど、見ていてあまりにみっともないわよ!」
おーい……。それを君が言うのかい?まぁ自分もそうだったとわかっていて、過去の自分も含めてみっともないと言っているんだから偉いと言えば偉いけど……。
まぁ誰にでも過ちくらいはあるもので、一度でも過ちを犯したから許されないというのはあまりに厳しすぎる。李もかつてはそういう過ちを犯してしまったけど、今はそれに気付いて直した。だから同じようにしている子達を説得してやめさせようとしている。うんうん。とても素晴らしい。
でもな……、小学校一年生くらいの子にそんな正論を言っても煽ってるようにしか思われないと思うぞ?むしろ火に油なんじゃないのか?
「さっきからだまって聞いてたら偉そうに!あなたこそ何よ!没落寸前の清岡家のぶんざいで!あなたの家なんてパパに言えば潰せるんだからね!」
あ~あ~……。それは言っちゃいかんよ……。いくら小学生の争いでもそれは禁句だ。子供の些細な言い争いからでも派閥全てを巻き込んだ泥沼の争いになることだってある。だから上位の家の子供はそういうことは言わないように厳しく注意されて育っているはずだ。でもやっぱり一年生くらいじゃカッとなった時に言っちゃうんだろうなぁ……。
そういう意味で言えば俺の同級生の子達は皆一年生の時から妙に大人びていて、とても一年生の子供とは思えなかった。最近は化けの皮が剥がれてきた伊吹や槐も最初は大したものだと思ったもんだ。薊ちゃんは昔からちょっと迂闊だったけど、皐月ちゃん辺りも子供らしくなかったなぁ……。
「それは聞き捨てならないわね。もう一度言ってくださるかしら?」
「こっ、久我様っ!?」
今までどこに隠れていたのか、スッと竜胆が姿を現した。今三組の教室に入って行ったわけじゃない。それなら廊下から中を覗き見している俺と会うはずだ。俺はずっと外から教室を覗いているんだから、竜胆が今入って行ったのならお互いに気がつく。
それがなかったということは竜胆は三組の教室のどこかに最初からいて、向かい合っている女子達が看過出来ない言葉を言ったから口を挟むことにしたんだろう。最初から自分が出ればこの場は収められただろうけど、それじゃこの事態が根本的に解決出来ないと思って引っ込んでいたのかもしれない。
やっぱり堂上家である竜胆や李は中々知恵が回るな。地下家や一般生徒達は普通に可愛いただの一年生にしか見えないけど、学園に入る前から厳しい教育を受けている堂上家の子達は随分大人びている。俺の周りの子達がそうだったように、やっぱり幼少の頃の教育というのが大きいんだろう。
「くっ!あなたこそ人の威を借りてるだけじゃない!」
「覚えてなさい!」
さすがに七清家の竜胆には逆らえないらしい。いかにも三下という感じの捨て台詞を残して秋桐達を威嚇していた女子達は教室から出て行った。向こうへ行ったから俺の方には気付かなかったようだ。
「(あのひとさっきから三組の教室を……)」
「(先生に言ったほうが良いんじゃ……)」
「…………」
周りの子達がヒソヒソと危ないことを言っている。このままでは俺が変質者ということになってしまう。いつまでも教室をこっそり覗いているだけというのがまずいんだろう。そう思った俺は三組の教室に入ることにした。
「あっ!さくやおねーちゃん!」
「え?咲耶お姉様?どこどこ?」
「咲耶様……、いつも父がお世話になっております」
「御機嫌よう皆さん」
俺が近づくとこちらを向いていた秋桐達がすぐに気付いて声をかけてきた。俺に背を向けていた竜胆と李はすぐには俺に気付かなかったようだけど、李は振り返ってしっかりした挨拶をしてきた。俺がお世話しているわけじゃないけど、最近は九条グループと清岡家の間で取引が増えているらしい。だからこそこんな台詞だったんだろう。
「くじょうさまどうしたの?」
「さくやさまあそぼー!」
おお!蒲公英も桔梗も何て可愛いんだ!癒される……。ここの所ちょっとどうしていいかわからなくなっていたけど、こうして一年生達に囲まれていたらそんな悩みも吹っ飛んだような気がする。
「さくやおねえちゃんずっとあそこから見てたよねぇ?」
「うっ……」
空木は気付いていたのか……。まぁ前後二つある扉のうちの遠い方から覗いてただけだからな。こちらを見ればすぐに見えたことだろう。こちらから相手が見えるということは相手からもこちらが見えるということだ。
「咲耶様、見ておられたんですか……。はずかしいかぎりです」
「いえ、恥ずかしいことなんて何もありませんよ。李ちゃんはとても立派で良い子になったと思います。皆のために身を挺して庇っていたのですから、大人数に囲まれてあそこまで出来る子はそういませんよ」
まぁ李は元々気が強かったからだろうけど、折角良いことをした子をそんな風に言う必要はない。良いことをしたら良いことをしたと素直に褒めてあげれば良い話だ。
「うぅ……、咲耶お姉様が見ておられたのならもっと早くに助けに入ればよかったですね……。お友達を見捨てて自分だけ隠れていた卑怯者だとお笑いになられますか?」
竜胆が泣きそうな顔でそんなことを言ってきた。でもそんな風に思うはずがない。
「いいえ。竜胆ちゃんは自分が不用意に介入しては事が大きくなると思って、李ちゃんで対応出来ると思ったからこそ任せていたのでしょう?ただあの子達が言ってはいけないことを言ってしまったから……、それを有耶無耶にするために最後に出て来たのですよね?」
たぶんあそこで竜胆が出ていかなければ、あの子達と李は売り言葉に買い言葉で行くところまで行ってしまっていただろう。そうなれば大人も巻き込んだ抗争に発展しかねない。だから竜胆はあそこで介入することにした。今なら聞かなかったことにしてやると釘を刺したわけだ。
結果あの子達はそれ以上致命的なことを言うことなく逃げ出した。お陰で派閥を巻き込んだ大抗争に発展せずに済んだわけだ。
そして最初から竜胆が出ていればそれはそれであそこまで揉めていなかっただろう。でもそれは竜胆が久我家の力を使って無理やり押さえ込んでいるのと変わらない。だからこそ竜胆は李に任せていた。出来ることなら当事者同士で解決させるために……。
「李ちゃんも竜胆ちゃんも、とっても偉かったですよ」
「えへへっ……」
「んっ!」
二人の頭を撫でてあげるとくすぐったそうな顔をしていた。あ~、癒されるぅ……。俺ってやっぱり幼女が……。いや!違う!俺はロリでもペドでもない!同級生や年上のグループの皆のことは愛を感じているけど、一年生のこの子達は可愛いだけだ。可愛いモノが好きなのは誰でもそうだろう。だからこれは何も異常ではない!
「さくやおねーちゃん!あきぎりも!」
「私もー!」
「はいはい。順番ね?」
秋桐や蒲公英達も自分も撫でてと群がってくる。なんって!なんっっって可愛いんだ!もう連れて帰ってしまいたい!クンクンペロペロしたい!
「さくやおねえちゃんあそぼーよ!」
「はやくはやく!」
「何をして遊ぶのかしら?」
あぁ~~~!この空間の素晴らしさよ!一年生達に囲まれて、お姉ちゃんお姉ちゃんと言われて慕われる。あぁ、ずっとこうしていたい。
ただ……、そんな冗談ばかりも言っていられない。さっきは竜胆が割って入ったから向こうが逃げ出して終わったけど、きっとこれで終わりじゃない。いや、今まで何度もこんなことがあったに違いない。その度に全て李が相手をしていたのかはわからないけど……、あれで終わりにならないことは俺にでもわかる。
三下が逃げる時に言う『覚えてやがれ!』みたいなことを言ってたからって侮って良いことにはならない。さっき李や秋桐達を囲んでた女子の中の何人かは堂上家だった。李の清岡家も堂上家ではあるけど、清岡家が傾いていたというのは事実だし、それでなくとも同格以上を複数同時に相手にするのは厳しい。
それとなく聞き出したところ、やっぱり最初の発端は秋桐達地下家や一般生徒をあの女子達がいじめ始めたのが原因のようだ。
何でそんなことになったかと言えば……、やっぱり原因は李らしい。
堂上家だっていちいち地下家や一般生徒だからっていじめたりはしない。むしろ格下相手に寄って集ってそんなことをしたら自分や家の評判が下がる。だから普通はあまり両者は接触しない。同じ派閥や門流の子の間で付き合いがあるくらいで、あまりに家格が違いすぎる子同士は基本的にあまり関わらないものだ。
だけど秋桐達は前に李にいじめられていた。それで色々と悪い意味で目立ってしまったようだ。しかも堂上家である李が、いじめていた相手である秋桐達と仲良くなって一緒に遊ぶようになったもんだから、それが余計に目立ってしまう結果になった。
本人達が仲良くなったんだからそれで良しとして終われば良いものを、堂上家が地下家と親しくどうたら、とか、傾きかけの清岡家が地下家にまで媚を売って堂上家の名を穢して、みたいな話になりだしたらしい。そんなわけでさっきの女子達のような者が秋桐達や李に突っかかることが多くなってきたと……。
竜胆が間に入れば一年で文句を言える者は誰もいないんだけど、だからって竜胆が全て久我家の力を使って周囲を黙らせれば解決というわけでもなく……、今日のように基本的には当事者達に任せて、どうしても問題がある時だけ竜胆がどうにかしているらしい。
まったく……、秋桐達はこんなに素直で可愛いのに、堂上家の子達はどうしてこうも大人の悪い所ばかり真似するのか……。これも教育の賜物か……。
「李ちゃんは……、少し気をつけておいた方が良いわね……」
「咲耶様……、李のことを心配してくださっているんですね!李はかんどうしています!でもだいじょうぶです!自分のことは自分で何とかしますから!」
あぁ~~~!李~~~!いつの間にそんなに良い子になっちゃったんだぁ?あぁ!もう!ウリウリしちゃう!
「ギューッ!」
「咲耶様っ!」
可愛いことを言う李を抱き締めてギューッの刑に処する。可愛くて俺の心をこんなにした罰だ!ついでに頭もなでなでして、頬と頬をぴったりくっつける!どうじゃ!参ったか!
「咲耶様……、はずかしいです……」
「ふっふっふっ、まだまだ許しませんよ」
「さくやおねえちゃん!秋桐も!」
「わたしもー!」
「咲耶お姉様!李だけずるいです!」
可愛い一年生達が俺に群がってきてくれる。あぁ……、本当にここはパラダイスだ。