表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
221/1418

第二百二十話「また騙された!」


「咲耶ちゃん……、そろそろまずいですよ。周囲が騒ぎ始めています」


「ぁ……」


 後ろからコソッと皐月ちゃんが耳打ちしてくれたお陰で俺も正気に戻った。そうだった。ここは二条家のパーティー会場のど真ん中だ。俺達を避けるように人が遠巻きに立っているだけだから会話はほとんど聞かれていないだろう。でもこうして俺と茅さんがあまり妖しい雰囲気でいると怪しまれてしまう。


「茅さん……、一先ず移動しましょう」


「あら、残念」


 本当に残念がっているのか、そう言っただけかはわからないけど、とにかく茅さんの腕を引いて皆と一緒に移動する。あまり目立つ所で妙なことをしていたら俺と茅さんだけの問題ではなくなってしまう。正親町三条家や九条家にも迷惑がかかるかもしれない。


「おう!咲耶!」


「こんばんは九条さん」


「げっ……」


 さっきの俺達の姿は見ていなかったのか、伊吹と槐が特に変わった様子もなく話しかけてきた。見られてなかったのは良いんだけど、こいつらにいちいち話しかけられるのは面倒で仕方がない。


「……御機嫌よう、近衛様、鷹司様」


 とりあえず適当に取り繕う。あまり相手をしたくはないけどさすがに無視も出来ない。折角今日は何も気にせずパーティーを楽しめるかと思ったけど、初っ端から次々に問題だらけだ。茅さんの態度や言葉も気になるっていうのに詳しく聞いている暇もない。


 早くどこかに行って欲しい時に限ってしつこい。伊吹がなんだかんだと話しかけてきて振り切れない。こちらが嫌そうな態度をしているというのに一向に察しない奴だ。こんな相手の気持ちも考えない奴だから伊吹はモテないんだろう。自分勝手でわがまますぎる。相手への気遣いがなければ女の子にはモテないぞ。


「皆様、本日は二条家のパーティーにお集まりいただき……」


 そんなことをしている間に桜が会場に入ってきて挨拶を始めた。もうパーティー開始の時間か……。結局茅さんにさっきのことの真意を聞いている暇はなかった。もう茅さんのことが気になって気になって仕方がない。


 もしかしてだけど……、本当に……、茅さんに婚約相手でも決まったんじゃないだろうな?正親町三条家が茅さんの婚約を決めたとしても俺はとやかく言える立場にはない。だけど……、このモヤモヤした気持ちはどうしようもない。




  ~~~~~~~




 パーティーが始まって皆で料理を味わいながら隅の方で会話を弾ませる。でも……、俺の心は茅さんのことが気になって晴れない。茅さんも近くにいるし会話には参加しているんだけど、何だかもうさっきのことを問い質す雰囲気ではなくなっている。


「ほら譲葉!貴女ももう四年生も半分以上過ぎているのでしょう?もっとしっかりしなさい」


「えー?ちゃんとしてるよー?」


 料理をひょいひょいと取っている譲葉ちゃんを茅さんが叱っていた。茅さんと譲葉ちゃんの仲が良いのは前からだし微笑ましい光景に思える。でもさっきのことがあってからこの会話を聞いているとまるで違う意味のように聞こえてしまう。


 もしかして茅さんは……、本当に嫁に出されたりするんじゃないだろうか……。だから最後に……、出来るだけ譲葉ちゃんにしっかり教えられることは教えようとしている。そんな風に思えてしまって落ち着かない。


 もちろんこんな風景は前からのものだ。今日が特別いつもと違うというわけじゃない。だけど……、何かさっきの様子がおかしかった茅さんを見てしまったら……、そんな不安が湧いてきてしまう。


 茅さんには茅さんの人生がある。正親町三条家には正親町三条家の考えがある。それを俺がとやかく言う立場にはない。だけど……、この気持ちだけは……、どうしても誤魔化せない。


 はっきり言って俺は茅さんがそこらの見ず知らずのおっさんに無理やり嫁がさせられるのは我慢ならない。茅さんも相手のことが好きで、望んで結婚するというのなら俺には何も言えないけど……。ただの政略結婚で茅さんのことを愛してもいない奴の所に、茅さんが無理やり嫁がされるなんて絶対に許せない。


 俺は何て自分勝手なんだろう。俺じゃ茅さんとは結婚出来ない。それにもし出来るとしても茅さんを俺のお嫁さんにと決める覚悟もない。だけど人には取られたくないなんて……、本当に最低なことを考えている。でもきっとこれが俺の本心なんだろう。今まで見ないフリをしていたけど……、やっぱり俺は茅さんのことが大好きなんだ。だから……。


「なぁに?咲耶ちゃん。お姉さんの顔に何かついている?」


「え~……、そうですね。目と鼻と口がついています」


「まぁ!何それ?うふふっ!」


 俺のつまらないギャグにコロコロと笑ってくれる。でも……、もし本当に望まない結婚を迫られているのだとしたら……、一番辛いのは茅さんのはずだ。それでも……、それなのにこうして無理をして笑ってくれているのだとしたら……、俺は……。


「あの~……、咲耶ちゃん……」


 俺が思い詰めていると後ろから皐月ちゃんがチョンチョンと触れて呼んできた。何事かと思って振り返ってみると……。


「咲耶ちゃん……、騙されてますよ?」


「…………は?」


 皐月ちゃんが何か申し訳なさそうな顔をしてそんなことを言った。俺が騙されている?誰に?何を?どうして?


「咲耶ちゃんは先ほどの正親町三条様の言動から許婚でも決められたと思っていると思いますが……」


 皐月ちゃん鋭いな。何で俺の考えていることがわかるんだろう。もしかして読心術とかが使えるんだろうか?エスパーとか?


「確かに正親町三条様に婚約話は持ち込まれているそうですが全てお断りされております。未だに婚約者は決まっておらず、正親町三条家ももう諦めているとか……。正親町三条様はあたかもそのようなことがあったかのように振る舞って、咲耶ちゃんがそう勘違いするように誘導していますけど……、騙されていますよ?」


「…………は?」


 いや……、いやいや……、皐月ちゃん……、何言ってんの?そんなわけ……、何で茅さんがそんな嘘で俺を勘違いで騙さなければならないんだ?全然言っていることの意味がわからない。


「ちょっと貴女!何を咲耶ちゃんに余計な入れ知恵をしているの!折角うまく咲耶ちゃんに私のことを意識してもらおうと思っていたのに!あっ……」


「ぁ……」


 今のって……、つまりそういうことだよな?皐月ちゃんの言っていたことが正しくて、俺が騙されてた間抜けなアホってことだ……。


「はっ……、ははっ……」


「咲耶ちゃん!?」


「咲耶様!」


 そう思ったら……、へなへなと腰が抜けたように崩れ落ちた。皆が支えてくれたお陰で床に座り込むことなく済んだけど……、茅さんに騙された怒りよりも、それが嘘でよかったという気持ちしか湧いてこない。それはつまり……、やっぱり俺は茅さんのことが大好きだってことだ。そしてそれは茅さんだけじゃない。


 薊ちゃんも、皐月ちゃんも、茜ちゃんや椿ちゃんや譲葉ちゃん、蓮華ちゃん……、グループの皆の誰かに婚約者が決まったなんて言われたら同じ気持ちになる。俺は皆のことが好きで好きでたまらないんだ。他の男に奪われるなんて想像するだけで嫌な気持ちになってくる。


 『奪われる』なんて随分俺の自分勝手な気持ちと考えだろう。皆は俺のものじゃない。将来を約束しているわけでもなければ愛し合っているわけでもない。それなのに『奪われる』とか『取られる』なんて考え自体がおこがましい。それはわかってる。でも……、それが俺の本心なんだ。俺は今日それをはっきりと自覚した。


「咲耶ちゃん……、怒ったかしら?」


「茅さんは酷いですね……。こんなに私に心配させて……、本当に酷いです……。でもそのお陰でわかりました。私は皆のことが大好きで、誰もいなくなって欲しくない。ずっと一緒に居たいって……、そんな自分勝手なことを願っているんです」


「――咲耶様!」


「私もだよー!」


「咲耶ちゃん……」


 皆で……、ここが二条家のパーティー会場であることも忘れて目に涙を浮かべながら抱き締めあう。


「私はお嫁になんて行きません。咲耶ちゃんとずっと一緒にいます」


「蓮華ちゃん……」


 そう言ってくれるのはうれしい。でもやっぱりそうやって俺が皆の人生を縛ってしまうのもよくないと思う。今はまだ皆は子供で、恋愛や結婚よりも友達や友情の方が大事かもしれない。でも……、もっと大人になった時……、その時にまでそんなことを言っていられるだろうか。


 結婚したって離れ離れになったって友情はなくならない。だから皆が俺に友情を感じてくれていて、それを大切にしてくれることは良い。でも俺は違うんだ。俺の持っている感情は皆が俺に持ってくれている友情とは違う。


 俺は皆のことを愛してるんだ。そういう気持ちを持っている。もちろん肉体的な繋がりを持ちたいとかそういう気持ちじゃない。でも……、俺が男で皆が女として結婚したいような、そういう意味の感情を持ちつつある。それに気付いてしまった。


 皆で肩を寄せ合いながら、俺はどうしたらいいかわからなくなってきた。いつまでも知らん顔をして、気付かないフリをして、ただ笑ってやりすごすことは出来ない。いつか……、重大な決断をしなければならない時が来る。


 今はまだ子供で、俺の皆への気持ちだって、皆自身だって、そういうつもりじゃないと言えるような感情だろう。でもこのままだといつか……、皆が女の子から女性になった時に……、俺はこの気持ちを抑えられるだろうか。


 すぐに答えは出せないけど……、これから俺はそれを真剣に考えなくてはならない。どんな答えになるにしろ、どんな結末にしろ……。もう有耶無耶のままにしておくことは出来なくなってきている。それは俺達が……、思春期を迎えているからだろうか……。


 これならいっそ……、ずっと何も知らない幼女のままでいられたらよかったのに……。




  ~~~~~~~




 何かパーティー会場の隅の方で肩を寄せ合って震えている変な一団と化してしまった俺達は、その後何食わぬ顔でパーティーに戻った。きっと今日は開始前の茅さんの件からずっと俺達は変な奴らだと思われているに違いない。


 茅さんのちょっとした悪戯から……、俺は自分の変化に気付いてしまった。俺が男で、皆が女だったらこんなに悩まずに済んだかもしれないのに……。俺が女で、皆も女だから……、余計に俺はどうすればいいかわからない。


 ただ女の子同士でキャッキャウフフで楽しく生きられたら……。そう思っていただけなのに……。それがそんな簡単なことじゃないってようやくわかった。俺が本気で女の子と結ばれたいと思っていたとしても、それは相手の人生まで変えてしまうことになる。その重大さにようやく気がついた。


 いや……、本当は知っていたのに知らないフリをしていただけなのかもしれない。見たくないから見えないフリをしていたんだ。ずっとこのままでいられるわけがないのに……。


「咲耶ちゃん!今日はお姉さんと最初に踊ってもらうわよ!」


「……はい」


 茅さんが手を差し出してきたからその手を取った。最近では俺達のグループは女の子同士でも踊るグループとして有名になっている。たまに白い目で見てくる人もいるけど、俺達の真似をしてか女の子同士、男の子同士でも踊っている子も増えてきた。今では踊りは単純に友達同士でも踊るものという認識が広がっている。


 今日は茅さんが男役をするようだ。最初の誘いの時から茅さんが男役だったのでそうなるかなとは思っていたけど……。


 曲が始まって踊り始める。身長差があるから茅さんが男役の方がうまくはまる。それを狙ってのことなのか、ただ今日は男役側で踊りたかっただけなのか。茅さんの考えはわからない。


「今日は騙すような真似をしてごめんなさいね……。どうしても咲耶ちゃんに私のことを意識してもらいたくて……」


「いえ、良いのですよ……。茅さんのお陰で私も気付いたのですから……」


 茅さんが首を傾げている。俺が何に気付いたのか。それは言えない。これは簡単に口にしていいものじゃない。だけど俺は今日の茅さんのお陰でそれに気付いた。一生答えは出ないかもしれない。それでもそのことについて考えていかなければならない。


「それよりも……、茅さんはどうして急にこのようなことをなさったのでしょうか?」


 むしろ俺の疑問はそれだ。最近の茅さんは何だか妙に手の込んだことをしてくることがある。前までのように猪突猛進なだけの茅さんから、段々悪知恵というか、何か手が込んできている気がする。


「ああ……、それは……、『コレ』や……、『コレ』を見て、お姉さんも同じようにしたら咲耶ちゃんとこういう風に出来るのかと思って真似してみたのよ」


「えっ!?こっ、これはっ!?」


 茅さんが俺に見せたのは……、椛とデートした時の……、俺と椛の映像だった。しかも二人でイチャイチャ抱き合っている姿までばっちり撮られている。いつの間にこんな写真を……。


「それでお姉さんも咲耶ちゃんとこういう風にしたいなぁって……、駄目?」


「いや……、あの……、駄目では……、ないです……」


 ちょっと赤い顔をして、チラチラと上目遣いにこちらを見てくる茅さんが可愛すぎる。これが茅さんの罠だとわかっていても、こんな姿を見せられて断れるほど俺に余裕はなかったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] やっぱり見られてた( ˘ω˘ ) [一言] このまま咲耶ちゃんが結婚しないで家に残るとしたら有る意味では良実君が一番優良株に……
[気になる点] 茅さんは見ていた。
[一言] >>俺達の真似をしてか女の子同士、男の子同士でも踊っている子も増えてきた 堂上家がぁww
2020/08/10 02:44 リーゼロッテ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ