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第二十一話「一歩前進」


 一先ず皐月ちゃんの表情は先ほどまでの取り繕った笑顔とは違う、心からの笑顔になっていると思う。何も解決はしていないけど、それでも少しでも気が楽になったのなら無理に食い下がって話を聞き出した甲斐があったというものだ。


「ありがとうございます、咲耶ちゃん」


「――ッ!」


 にっこりと……、微笑みながらそう言われて……、俺のハートは君の笑顔に撃ち抜かれてしまった。


 別に性的な興奮とか恋愛対象としてということじゃない。いくら俺が百合好きでもロリでもペドでもないからな。でも今の皐月ちゃんの笑顔と言葉の破壊力は凄まじいものだった。もし周りに誰もいなくて全て俺の思い通りにして良いのなら今すぐ皐月ちゃんを抱き締めてチュッチュしたい気分だ。


「……おっ、お礼は私ではなく薊ちゃんに……」


「……どういうことですか?」


 俺の言葉に皐月ちゃんは少しだけ怪訝そうな顔をして問い返してきた。そりゃこの言葉だけじゃ意味はわからないだろうな。


「私は昨日皐月ちゃんの様子がおかしいことに気付きながら皐月ちゃんが話したくないのなら無理に追及しない方が良いだろうと思って離れました。ですが薊ちゃんに言われたのです。『友達なら相手が言い難そうにしていても遠慮していても聞いて相談に乗ってあげるものだ』と……。それを聞いてその通りだと思ったから今日こうして声をかけたのです」


「そう……、でしたか……」


 少し思案しているような表情でテーブルを見詰めている。今の所皐月ちゃんの派閥と薊ちゃんの派閥はあまり仲が良いとは言い難いけど……、これで少しは二人も仲良くなってくれるだろうか?


 少なくとも薊ちゃんはあんな態度に見えるけど皐月ちゃんのことを気にしている。そのことだけは伝えておこう。


「薊ちゃんは皐月ちゃんの様子がおかしいのは何故かと私に聞いてきたのです。そして私がそれを問いかけても皐月ちゃんは答えてくれなかったと言ったらそう言って怒られてしまいました。薊ちゃんはきちんと皐月ちゃんのことを見ています。それに心配もしています。そのことだけは覚えておいてください」


「わかりました……。ありがとう咲耶ちゃん」


 実際には何も解決していないんだけど……、何の力にもなれていないんだけど……、でも皐月ちゃんの表情を見れば無理に食い下がってでも話をしてよかったと思える。本当に薊ちゃん様様だ。今度は薊ちゃんにもお礼を言いにいかなければな。




  ~~~~~~~




 その日の放課後、五北会のサロンで薊ちゃんはソワソワしていた。実にわかりやすい。皐月ちゃんの件がどうなったか聞きたいのだろう。だけど派閥に囲まれているし、昨日の今日でまた俺の所に来たら周囲にも何事かと思われるからどうしたものかと思っているに違いない。


 ここは少しばかり薊ちゃんに助け舟を出すとするか。薊ちゃんのお陰で皐月ちゃんも少しは気が楽になったようだし、薊ちゃんにアドバイスを貰ったお陰なんだから報告くらいはしておく方が良いよな。


「…………」


 俺が薊ちゃんに視線を送るとそれに気付いた薊ちゃんがこちらを見ていた。他に誰もこちらを見ていないのを確認してからちょっとしたジェスチャーを送る。その後俺は定位置になりつつある奥の席から立ってサロンを出た。


 本来サロンから出なくても全ての用はサロンで済ませることが出来る。用というのはつまり足すやつも済ませられるという意味だ。お花を摘みに行こうと思ったらサロンにある扉から併設されている所へ行けるようになっている。わざわざ外へ出て行く必要はない。


 もちろんだからって誰も一切出て行かないということはない。人に聞かれたくない電話であったり話があったりした場合には外へ出て話をする人もいる。五北会のメンバーだからといって必ずしもサロンにいるとは限らず他の場所にいる時もあるだろう。


 ただ俺が外に出てすぐに薊ちゃんも外に出ればあからさまと言えばあからさまだ。だけどそれは何か確証があることというわけじゃない。俺が出てすぐ薊ちゃんが出てくれば何か秘密の話でもしてきたのかなとは思われるだろうけど、秘密の会話どころか実際に外で会話してきたかどうかも証拠はない。


 誰にも見られない、聞かれない所でこっそり話を済ませてしまえば、ほぼ真っ黒というほど怪しくても証拠も確証もない想像だと突っぱねることが出来る。そう思っていたのに……。


「ちょっと!待ちなさいよ!」


 薊ちゃんが大きな声でそう言いながら慌てて追いかけてきた。大人びた子達だから阿吽というかツーカーというかでわかるかと思ったけど少し考えが甘かったかな……。


「薊ちゃん……、静かに……。移動しましょう……」


「待ってってば!」


 俺が声のトーンを落として静かにするように言っているのに相変わらずでかい声で薊ちゃんが騒がしく俺の後を追いかけてきたのだった。




  ~~~~~~~




 人が誰もいないバルコニーに出た俺は後ろからついて来ている薊ちゃんの方へ振り返った。薊ちゃんの表情は明らかに怒っている。


「ちょっと!人が聞いてるのに!無視して行くんじゃないわよ!」


「はぁ……、薊ちゃん……、そんな大きな声で話していてはサロンを出た意味がないではないですか……」


 外に出た途端に俺に向けてあれだけ大きな声で呼びかけていたんだからサロンの中にまではっきり聞こえたことだろう。俺が出た直後に薊ちゃんが出て、廊下に出てすぐに呼び止めていればそれが誰に向けられたものであるのかは考えるまでもないというわけだ。


「薊ちゃんもサロンで派閥の人に聞かれるのはあまり良くないと思ってサロン内で話しかけてくるのを戸惑っておられたのでしょう?」


「そうよ!だからあんたが合図するから廊下に出てあげたのにもう離れていってるし!全然意味わかんない!」


 いやいや……、わかるでしょうよ?


「サロンの前で話すつもりだったのですか?それではサロンの中の人に聞いてくださいと言っているのと同じことです。お互いに知らない顔をしたままサロンから離れて別々に移動してから話をするためにあえて薊ちゃんが私を追えるくらいの距離を開けていたのですよ……」


 俺はこの場合のやりとりについて薊ちゃんに説明する。俺が出て少ししてから薊ちゃんもサロンを出て、廊下の先で待っている俺を薊ちゃんも関係ない顔をしたまま追いかけて、ゆっくり話せる場所まで移動した後で話そうと思っていた。


 それなのに廊下に出てくるのは早いわ、サロンの前であんな大声で呼び止めるわ、しかも話しかけながら俺の後を追ってくるわ……。もう完全に俺達が示し合わせて外に出て何か話をしているのは周知のこととなってしまった。それを薊ちゃんに説明してあげる。


「そっ、そんなのわかってたし!」


 いや……、わかってたんならどうしてもうちょっとサロンを出るのを遅らせるとか、無駄に大きな声で話しかけないで黙ってついてくるとかしなかったんですかね?


 わかってるよ?でもそう突っ込まないではいられないでしょ?いくら何でもその言い訳には無理があるって……。こっちもそんな無粋なことは言いたくないんだけど……、言わざるを得ないよね?


「そんなことよりどうなったのよ?」


 話を逸らした……。まぁいいけど……。仮に俺達が外に出て何か話をしてきたのだとバレていたとしてもだからどうということはない。俺が薊ちゃんと話してはいけない理由もないし聞かれたくない話の一つや二つくらい誰にでもあるだろう。


「具体的な悩みについては教えてもらえませんでしたが話は聞きましたよ。それでもう皐月ちゃんも吹っ切れたようです」


「それじゃわかんないじゃない!何だったの?ねぇ?ねぇ?」


 この子は……。本当に皐月ちゃんを心配していたのか?と言いたくなる。ただの野次馬のようだ……。


「仮に詳しい話を聞いていたとしても私の口からそれを言うわけにはまいりません。それを聞きたければ薊ちゃんが自ら皐月ちゃんに尋ねるべきです。私が勝手に話して良いものではなく、私から聞こうとするのも間違いです」


「それは……、そうね……。ごめんなさい」


 ええ子や……。普通小学校一年生がそう言われて諭されたからって素直に言う事を聞いて謝るか?むしろいいじゃんいいじゃんともっと追及してきそうなものだ。でも薊ちゃんは自分が間違っていたと認めて謝った。こんなことは大人でも中々出来ることじゃない。いや、大人だからこそ出来ないのか。


「私の口からは詳しい内容はお話出来ませんが薊ちゃんのお陰で私はきちんと皐月ちゃんと向き合うことが出来ました。ありがとうございました。それから皐月ちゃんも前までよりも吹っ切れたようだとは思います。多少とはいえ話して少しは楽になったのかもしれません。それも薊ちゃんのお陰です」


「まっ……、まぁね?礼は受け取っておくわ。元気が出たのならよかったじゃない。これからはきちんと友達のことも考えてあげなさいよね」


「はい……。まったくもって耳の痛い話です……」


 俺はきちんと相手のことを考えているつもりで距離を置いていただけだった。言いたくないこと、聞かれたくないこともあるだろうと言い訳しながら相手の懐に飛び込むのが怖いのを誤魔化していただけだ。


 もし相手の深い所にまで踏み込んで嫌がられたらどうしよう、嫌われたらどうしよう、そう思って踏み込めなかった。それを言いたくないこともあるだろうからなんて言葉で誤魔化していた。


 でもそれが本当の友達だと言えるのか?それは表面だけ合わせているだけのただの『顔見知り』への対応じゃないのか?薊ちゃんに言われたお陰でようやく俺はそれがわかった。


「これからは皐月ちゃんにも……、そして薊ちゃんにも、ちょっとくらい煙たがられても落ち込んでいたら無理にでも関わりに行きます」


「はぁ?!何で私まで入ってるのよ!」


 薊ちゃんは照れた顔をしてプイッと横を向いてしまった。そんな仕草も可愛らしい。


「もちろん……、私にとっては皐月ちゃんも、薊ちゃんも、大切なお友達だからです」


 だから俺はギュッと薊ちゃんの両手を自分の両手で握った。その手を外から包むようにキュッと……。


「ばっ、ばっかじゃないの!私はあんたとなんて……」


「大切なお友達です」


「…………」


 俺が真っ直ぐ見詰めながらそう言うと薊ちゃんは真っ赤な顔をして固まってしまった。本当に照れ屋さんだな。俺が俺の妄想通りに好きにしても良いのなら間違いなく薊ちゃんを抱き締めてしまっていたことだろう。さすがに学園のバルコニーでそんなことをして誰かに見られてしまったらと思うと自制したけど……。


「しっ、知らない!」


「あっ……」


 俺の手を振り切った薊ちゃんはそのまま廊下を駆けていってしまった。


「薊ちゃん、廊下を走ってはいけませんよ」


 聞こえるわけもない俺の小さな注意の声は廊下に空しく響いていたのだった。




  ~~~~~~~




「咲耶、そんなにニコニコして何か良いことでもあったのかい?」


「え?いえ、まぁ……」


 夕食の席で父にそう言われたので適当に言葉を濁しておく。色々あったといえばあったと言えるけど別に何てことはない日常だったと言えばただの日常の一コマに過ぎない。


 それにしてもそんなにニヤニヤしてたかな?知らず知らずのうちに頬が緩んでいたのかもしれない。皐月ちゃんとも段々友達になれている気がするし、薊ちゃんとも親しくなってきた。このままいけばゲームの『恋花』と同じように、いや、それ以上に、本当に脳内百合百合していたようになれるかもしれない。


 別に俺としては肉体的接触とかそういうものを求めているわけじゃない。もっとこう……、年頃の女の子達によるキャッキャでウフフな……、そういうものでいい。


「ご馳走様でした」


 母には変な目で見られているし、父は俺が上機嫌なのがうれしいのか一緒にニヤニヤしているしで変な空間と化していたので早々に食堂を出て部屋へと戻った。


「咲耶お嬢様……、咲耶お嬢様は……」


「ん?」


 部屋に戻ると椛が何か言いかけたので振り返って聞き返す。


「いえ……、何か仕事は残っていますか?」


「ん~……、いえ、今日はもう下がっても良いですよ。ありがとう。お疲れ様でした」


「はい……。失礼いたします」


 ただ用を聞きたかっただけなのかな?何か言いたそうにしてたような気がしたけど……。まぁ用があればまた言ってくるだろう。俺が考えても椛の言いたかったことや用件がわかるはずもない。


 皐月ちゃんや薊ちゃんとまた一歩親しくなれたことで俺は上機嫌なまま床に就いたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言]  薊ちゃんが普通に可愛い件……。ところで皐月ちゃんが薊ちゃんにお礼言いにいったら修羅場になりそうに感じたんだがうちだけ?  椛さんは何か(百合の気配)を感じ取ったのか、近衛君にプレゼントして…
[一言] 薊可愛い 椛何かあったのかな?
[一言] 咲耶ちゃん学習してないな(゜ω゜) 椛さん……( ˘ω˘ )
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