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第二百十三話「今年こそ……」


 夏休みを終えて二学期初日、少し浮かれた気分で学園へとやってきた。師匠のことを考えたら浮かれている場合じゃないんだけど、だからっていつまでもクヨクヨしているばかりでもいられない。


 最初のうちはそりゃショックもあったけど、その分俺が師匠の想いに応えて修行を頑張り、百地流をきちんと修めて継げば良いのだと思い至った。


 人は誰でもいつか死ぬ。その死を恐れ嘆くのではなく、その人から何を学び、何を引き継ぎ、何を次へと遺していくかが大事だろう。そうして引き継がれてきたのが百地流だ。師匠も師匠の師匠からそうして引き継いできたに違いない。


 俺が百地流の全てを修め、正統な後継者になろうなんて思っていない。ただ……、師匠が俺を最後の弟子として、俺に百地流の全てを伝えようとしてくれているのなら、ただ黙ってその全てを修めて師匠に応えるのが最後の弟子の務めだろう。


 そんなわけで師匠の病気に対して何も思わないわけではないけど、だからってずっと俺がクヨクヨするのも違うと思ってある程度吹っ切ることにした。まぁ……、いくら覚悟していても最後の時は泣いてしまうだろうけど……。前世だって……、医者に覚悟しておいてくださいと言われて覚悟したつもりでも泣いてしまったしな……。


 俺は最後の弟子として師匠の最後を看取り、最後の弟子として恥ずかしくないくらいには百地流を修める。それだけは胸に秘めておく。


 さて……、それはともかく学園だ。今日は四年生の二学期の始業式の日だ。久しぶりに皆に会えるから楽しみで仕方がない。グループの皆とは近衛家のパーティーで会えたし、秋桐とは何度か喫茶店で会った。椛にバレた後もちょくちょく喫茶店に行ってたしね……。


 だけど皆と会えたのも近衛家のパーティーだけだし秋桐も数回だけだ。何より芹ちゃんとか、秋桐以外の一年生達とは会えていない。皆と久しぶりに会えるのが楽しみすぎる。


「御機嫌よう」


「あっ……、おはようございます九条さん」


 教室に入って挨拶をすると芹ちゃんがいつものように応えてくれた。あぁ~!とても癒される!この氷のように冷たい一組で、唯一俺の心を温めてくれるのは芹ちゃんだけだよ。


「御機嫌よう芹ちゃん。夏休みはどうでしたか?」


「えっと……、うちは少し家族旅行に行って来たくらいです」


「そうですか!私も家族旅行に行って来たのですが……」


 いつもは簡単な挨拶をするだけで席に向かうけど今日はそうはいかない。うちの学園の生徒なんてほとんど皆家族旅行に行ってるだろうけどそこから無理やり話を繋げる。


 今日俺が芹ちゃんに無理にでも絡んでいるのには理由がある。二学期といえば毎年恒例のアレだ。二学期が始まってすぐにいつもあるアレが待っている。だから最初は少し関係ない話をしてタイミングを計りつつ、肝心な話題を出す瞬間を狙う。


 そして……、俺は……、結局チャイムが鳴る寸前くらいまで肝心な話は出来ないまま朝の時間を終えてしまったのだった。




  ~~~~~~~




 まずい……。このままでは非常にまずい……。このままでは例年通りの結果になってしまう。それだけは断固阻止しなければならない。


 始業式が終わって講堂から教室へ戻る時、俺は人でごった返す講堂の中からターゲットを瞬時に見つけた。ターゲット、芹ちゃんは他の友達と一緒に話しながら歩いている。ここで逃がすわけにはいかない。必ず捕まえて話をしなければ……。


「芹ちゃん、少しよろしいかしら?」


「「「ひっ!」」」


 無理やり芹ちゃんとクラスメイトの他の子達のグループに割って入った。何か他の子達に『ひっ!』とか言われた気がするけど聞こえなかったフリをしておく。


「え?あっ……、はい。何でしょうか?九条さん」


「「「えっ!?」」」


 そして芹ちゃんが平然と俺に『九条さん』呼ばわりで応えるとクラスメイト達は驚いていた。この子達は俺と芹ちゃんが親しいことを知らない子達だったのか。俺は本来朝は早い方だし、普段は芹ちゃんとも挨拶くらいしかしない。今日は始業前まで話していたけどそういうことは稀だ。だから遅めに来る子達は知らないのかもしれないな。


「すっ、少しお話したいので二人っきりにしていただけるかしら?」


「「「はっ、はい!申し訳ありません!どうぞ!」」」


 俺がそう言うとクラスメイト達は逃げるように……、ではなく、本当に逃げていった。でもこれで話しやすくなった。


「芹ちゃん……、あのね……」


「はい……」


 真剣な俺の様子を見て芹ちゃんもゴクリと喉を鳴らした。そしてついに俺はその話題を口にしたのだった。




  ~~~~~~~




 始業式を終えて教室へと戻ってきた俺の足取りは軽かった。芹ちゃんと話をすることが出来た俺に死角はない。もう何も怖いものはないからドンとこいだ。


「え~……、それではこの時間のうちに運動会の出場競技を決めたいと思います」


 きたっ!きたきたきた!きたーーーーっ!


 始業式といっても一時間分ぴったり使うわけじゃない。むしろ余る時間の方が多い。教室に戻ってきたらやることと言えば……、二学期の恒例!運動会の出場競技決めだ!


 思えば俺は毎年毎年この競技を決める時点ですでに負けていた気がする。事前に何の手も打たず、ただぼんやりとこの話し合いが始まってから流れに合わせていけば良いと思っていた。でもそれは失敗だ。今まで毎年それで失敗してきた。だけど今年は違う!今年の俺に抜かりはない!


「はい!九条さんはリレーと短距離走で良いと思います!」


 くぉらぁーーーーっ!錦織ぃーーーーーっ!お前は俺に何の恨みがあるんだ!いや、そりゃ一年の時のことを考えたら恨みくらいあるのかもしれないけどいい加減しつこいわ!


「リレーは出ても良いですが私の出場競技は二人三脚です!すでにペアも決まっています!錦織君、何故貴方が勝手に私の出場競技を決めようというのですか?」


「あ……、いや……、それは……」


 今回の俺は一味違う。いつもいつも錦織や薊ちゃんにこうされてきた。だから今年もまた推薦されそうになったらどうするかシミュレーションはばっちりしてきた。今の返しも予行演習済みだ。俺が出る競技を何故錦織に決められなければならないのか。どうして今までそれをおかしいと誰も言ってくれなかったのか。


 でももういい。誰も言ってくれないのならば俺が自分で言えばいい。


 そして!俺は学習する男だ!去年と同じ轍は踏まない。去年は多仁の嫌がらせもあったとはいえ、人数も余るしペアもいないのは俺だけだと言われてしまった。確かに他が全員ペアで応募しているのに、俺だけ一人余っていたら俺をどけようと考えるのはわからなくはない。それ自体を否定するつもりはない。


 去年はそれで俺が第一希望を取り下げることで、まだ他の競技に第一希望としてエントリー出来たのなら何の文句も言うつもりはなかった。それを勝手に多仁が俺の第一希望を取り下げた上に、もう第一希望は出したから第二希望までエントリーさせないと言ったからあんな問題になったわけだ。


 まぁあれは多仁がわざとあんな風にしたわけだし、今更去年のことを蒸し返すつもりはない。ただ今年の俺は去年までとは違う。そう……、今年の俺にはいるのだよ……。二人三脚でペアを約束した相手がな!


 その相手とは…………、樋口芹ちゃんだ!


 今朝の時も、始業式の後も、俺は芹ちゃんに出場競技について聞こうと思っていた。そして出来ることなら俺とペアで二人三脚に出てくれないかと頼み込んだのだ!その結果芹ちゃんはオッケーしてくれた!だ・か・ら!今年の俺は芹ちゃんとペアで二人三脚にエントリーする!


 もしかしたら今年もまた応募人数が多すぎて篩い落とされるかもしれない。それに関しては文句を言うつもりはない。公平にジャンケンでもくじ引きでもあみだくじでも、ちゃんと選んだ結果落ちたのなら文句はない。ただいつもはその選考もなく問答無用で俺だけ勝手に決められるから気に食わなかっただけだ。


「えっ、え~……、それでは九条さ……ん、は二人三脚を希望ということで良いですか?」


「いえ!樋口芹ちゃんとペアで二人三脚を希望です!お間違えなきよう!」


「はい!わかりました!それでは九条さ……んと樋口さんは二人三脚と、リレー女子代表は九条さ……ん、ということで決まりで良いですね?」


「「「「「はい…………」」」」」


 クラスメイト達が何か視線を逸らせて頷いた。いや、俺は別にリレーは希望していないんだが?それを言ったのは錦織であって俺じゃない。『出ても良いけど』とは言ったけど、俺が出たいとは言ってない。


 まぁいいか……。今年はようやく念願のお友達と二人三脚だ。俺の希望はもう伝えてしまったので、後は二人三脚のエントリー人数がオーバーしないことを願うだけだ。芹ちゃんがこちらを振り返って何か苦笑いのような顔をしているような気がするけど、もしかして二人三脚に誘ったことをあまり良く思っていないのかな?他に何か出たかったとか?


 それならそうと言ってくれたらよかったのに……。俺としては出来れば芹ちゃんと二人三脚に出たかったけど、他に約束があったとか、出たい競技があったのなら無理やり強要するつもりはなかったんだけど……。


 そんなことを考えているうちに皆のエントリーが次々決まっていった。人気競技はすぐ一杯になる。あとはとりあえずお気楽そうな競技もエントリーが多い。


 でも……、あれ?おかしいな……?二人三脚はいつも割と人気競技だ。ただ他の生徒のエントリー状況を見てやめておく生徒もちょくちょくいるけど、それにしても人気競技の二人三脚がエントリー人数ピッタリとは……。これは今年はくじ引きもジャンケンもなしに決まりっぽい。俺としてはラッキーだけど今年は二人三脚は人気がないのかな?


「なんだと?俺よりお前の方が速いっていうのかよ!」


「去年は一昨年のベストタイムで出場者を決めるって言って伊吹君が選ばれたよね?だったら今年は去年のベストタイムで選ばれるべきだ。そして去年の俺のベストタイムは伊吹君より速い!」


 突然喧嘩のような激しい言い争いが聞こえてきたのでそちらを見てみれば、伊吹と錦織が何やら揉めていた。話の内容は今の言葉で大体わかった。恐らくリレーの代表を選ぶのにどちらが男子の代表になるかで揉めているんだろう。


 去年もこのクラスでリレー男子代表に伊吹と錦織が立候補して、それまでの記録で速い方が代表に相応しいとして伊吹が選ばれた。今年も同じ理屈で決めるのならば……、錦織が代表になるべきだろう。


 不断の努力を続けている錦織は去年ついに伊吹のベストタイムを上回るタイムをたたき出した。それは誰もが知る所であり、去年速い方を選ぶと言ったのなら今年も同じようにするべきだ。


 去年の伊吹は自分の方が速いんだから自分が選ばれて当然だという顔で代表に納まった。それなら今年は錦織の方が速いからと潔く身を引くべきだろう。


「近衛様は去年、自分の方が速いのだから自分が代表になるべきだとおっしゃられて出場されたではありませんか。それならば今年は錦織君の方が速いのですから錦織君が代表になるべきだと認めて、潔く身を引くのが筋ではありませんか?そのように近衛家だからと門流の家に無理やり引き下がれと圧力をかけるなど言語道断です」


 よし!俺今良いことを言った!暴君のようにわがままに振る舞う伊吹を諌めた俺をきっと皆は尊敬の眼差しで……。


「「「「「…………」」」」」


 尊敬の眼差しで……。


「「「「「…………」」」」」


 おかしい……。何か皆から冷たい目で見られている気がする。何故だ……。


「お前が言うな!お前だって九条家だからと圧力をかけておいて何を言ってるんだ!」


 いや、待て。俺がいつ九条家だからと圧力をかけたというのか?このクソガキめ。いくら俺が大人だといっても、いや、大人だからこそそんな言いがかりをつけられたらカチンとくる。


「はぁ?私がいつどこで九条家だからと圧力をかけたというのですか?私は普通に第一希望でエントリーしただけです。人数がオーバーすればジャンケンでもあみだくじでもくじ引きでも何でも応じましょう。今回たまたま私のエントリーした二人三脚が人数ぴったりだったからそのまま決まっただけです!」


「「「「「…………」」」」」


 え?え?何この雰囲気?何か俺すごい皆から見られてるんだけど?


「お前がエントリーしたから人数が溢れないように他の者が気を使ったに決まってるだろうが!お前だって九条家ってことでそうやって人を押し退けて自分の意見を通してるんだよ!」


「…………え?」


 もう一度クラスメイト達を見回してみれば……、皆さっと目を逸らす。そして芹ちゃんは苦笑いしていた。その苦笑いは……、つまり伊吹の言っていることが正しいから……?


 そんな……。俺はただ……、普通に第一希望で好きな競技にエントリーして、ただ皆と同じように公正公平に出場競技を決めたかっただけなのに……。俺は知らない間に他の子達の意見を封殺し、無理やり俺がその席に座れるように圧力をかけていたのか……。


 知らなかったとはいえ……、俺にそんなつもりがなかったとはいえ……、それは言い訳にはならない。刺すつもりがなかったからと言えば人を刺しても罪にならないなんてことはない。いじめているつもりなんてなかったって言っても相手がいじめられていると思っていればそれはいじめだ。


 俺は……、俺は……、皆にそんな風にしてしまっていたのか……。


 伊吹に完膚なきまでに言い負かされた俺は……、フラフラと自分の席に戻ってドサリと崩れ落ちたのだった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 咲耶ちゃん、流石にかわいそすぎる。クラスメイトよ!いい加減慣れなさい!
[気になる点] 茅さんや椛さんを筆頭とした女の子達から狙われている咲耶ちゃんはヒロイン 古事記にもそう書いてある(え [一言] 何というか難しい物があるよねぇ
[一言] いやいや、おかしいでしょ。咲耶様が自分の希望を申し込んだだけで、クラスメートが勝手に忖度しただけやん。それを圧力扱いしたら、何しても圧力になるし、何も希望が言えない事になるし。 こんな事を…
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