第二十話「無理やり相談室」
顔を真っ赤にして否定しているけどやっぱり薊ちゃんは友達思いの良い子だ。薊ちゃんは敵対者には容赦なく食って掛かるし性格もきついように思われがちだろう。だけどそれだけじゃない。取り巻きの子達に慕われている通り仲間にはとても優しく見捨てることがない。例え相手が自分より格上であろうと仲間のためには一歩も引くことなく堂々と渡り合う。
だからこそ取り巻きの子達も薊ちゃんを頼りにするし信頼しているんだ。薊ちゃんは気も利くし仲間は見捨てない。取り巻き達だからと軽く扱ったりせず家格に関係なく皆仲間として扱う。取り巻き達に何か困ったことがあればすぐに察して手を差し伸べる。とても良い子だ。
っていうか……、むしろ咲耶お嬢様より薊ちゃんの方がライバル令嬢に向いてるんじゃ……?いや……、咲耶お嬢様は咲耶お嬢様で絵に描いたような典型的な悪役令嬢か。
まぁそれはいい。それより今は薊ちゃんと皐月ちゃんだ。
薊ちゃんが熱いリーダーのような感じだとすれば皐月ちゃんは冷静沈着な参謀タイプだ。表向きはニコニコと表情を崩すことなく感情を表に出すこともない。だけどその裏では咲耶お嬢様の敵対者には一切容赦しない。
薊ちゃんと皐月ちゃんは性格が正反対ともいうような好対照な二人だからこそ咲耶お嬢様の最側近の二人として際立っていた。ここまででは二人はあまり仲良くなかったから心配かと思ったけどどうやら俺の目は節穴だったらしい。薊ちゃんはちゃんと皐月ちゃんのことを見ていた。だからこそ皐月ちゃんの異変にも気付いてわざわざ俺に聞きに来てくれたんだ。
ただ残念ながら俺にも皐月ちゃんの様子がおかしい理由はわからない。一応聞いてみたけど話してくれないし原因は不明だ。こちらからこれ以上踏み込んで良いものかもわからず判断に迷う所でもある。
例えば家のこととかであったならば学園で親しい友達にだって深く追及されたくないこともあるだろう。本人が話したら楽になるから聞いて欲しいというのならいくらでも聞くけど、本人が話したくないということを無理に聞き出すのはよくないかもしれない。
「皐月ちゃんに何かあったのか尋ねてみましたが教えてはくれないのです。何故あのように元気がないのかもわからず……、どうしたものかと……」
「何よ。あんたも知らないわけ?じゃあ聞き出せば良いじゃないの」
いや……、薊ちゃん?聞いてましたか?聞いたけど答えてくれないと言ったでしょ?本人が言いたくないことを無理に追及したら余計に悪い時もある。もちろんこちらから無理にでも深く関わった方が良い時もあるけど今回のケースがどちらかはわからない。
下手に首を突っ込んで余計に滅茶苦茶にしてしまう可能性もあるわけで、皐月ちゃんが言いたくないのならば無理に追及しない方が良い可能性も……。
「あんた……、どうせ今くだらないこと考えてるんでしょ?」
「……え?」
くだらないこと?
「あのね!あんたはあの子の友達なんでしょ?だったら、様子がおかしいことに気付いたならちゃんと聞いてあげなさいよ!向こうが言わないからとかそんなことは関係ないの!言い難かったり遠慮したりしているからってそこで引き下がったら意味がないでしょ!友達ならそれでも聞いてあげなさいよ!」
「ぁ……」
そうか……。それはそうだよな……。
俺が考えていた対応は『大人の対応』ってやつだ……。お互いの領域に不用意に踏み込まず適度な距離感を保ったビジネスライクな対応だ。
それが悪いとは言わない。そういう必要性がある時もある。だけどそれは『友達の対応』じゃぁない。
大人同士の適度な付き合いならば確かにそれでいい。相手が言いたいなら聞くけど言いたくないのなら無理には追及しない。会社の同僚とは仕事では会うけどプライベートでは会わない。私生活のことも相談されれば答えるけど無理にこちらから聞いたりはしない。
それらは全てある意味においては当然の対応だ。会社の同僚という程度の付き合いしかない相手や仕事の取引先との関係ならそれでいい。
でもそれはとてもドライな関係だ。仕事が終わって会社から離れたら事務連絡以外では連絡も取らないような同僚に対するそれだ。
俺は皐月ちゃんに距離を感じると言った。でもそれは皐月ちゃんから見た俺に対する感想でもあるんじゃないのか?俺は本当に皐月ちゃんの友達として接してきたか?余所余所しく、表面的に取り繕った付き合いをしてきたのは俺の方だったんじゃないか?
今頃そんなことに気付くなんて……。小学校一年生の女の子に言われてようやく気付くなんて……、俺は馬鹿だな……。
なまじ前世の記憶があるために小賢しく生きようとしすぎていた……。いくら俺の意識が前世の記憶を持っているとしても、今は小学校一年生の子供であり相手も小学校一年生の女の子達だ。そこへ俺が『大人の対応』をしてしまっていたら仲良くなんてなれるはずがなかった。
「ありがとう薊ちゃん……」
「だからアザミって……、まぁいいわ。じゃあ後はあんたがどうにかしなさいよ」
それだけ言うと薊ちゃんはまた自分の派閥の所へと戻って行った。五北会のサロンで俺の所に薊ちゃんが来てすぐに俺が皐月ちゃんの所に行くのは避けた方が良いだろう。五北会は五北会に対する外敵や藤花学園の敵に対しては一致団結するけど、五北会内でも派閥があって必ずしも一枚岩とは言い難い。
今はまだ薊ちゃんの派閥と皐月ちゃんの派閥は別であり、表立って敵対しているというほどではないけど決して仲が良いわけでもない。俺が今すぐ皐月ちゃんの所に行けば薊ちゃんに何か指示を受けてちょっかいを出しに来たと思われる可能性も十分にあり得る。
俺は皐月ちゃんに接触したいのであって皐月ちゃんの派閥に目をつけられるのは避けたい所だ。皐月ちゃんが何に悩んで困っているのかわからない。本当なら今すぐにでも聞きに行って、おせっかいでも嫌がられても手助けした方が良いのかもしれないけど……、状況的に今日今すぐというのは無理がある。
明日……、明日五北会のサロンに来るまでに皐月ちゃんと接触して今度こそ聞き出そう。例え嫌がられても、煙たがられても、話したくなさそうだったとしても!
そう決めた俺は今日は無理に皐月ちゃんに接触しに行くのはやめて明日に向けて準備を進めることにしたのだった。
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翌日、色々とパターンを考えてきた俺はお昼休みに皐月ちゃんに接触することにした。普通の休憩時間では短すぎるし周りに人が多すぎる。どこで誰に聞かれているかもわからない状況で話せるようなことなら昨日のうちに言ってくれていたはずだ。それがないということは人に聞かれたくない話であることは想像に難くない。
「皐月ちゃん、相席させていただいてもよろしいかしら?」
「え……?えぇ……、どうぞ」
学食で話しかけた俺にちょっと驚いた顔をしながらも受け入れてくれたので向かいに座る。食事の間はあまり余計な話はせずに俺は機会を窺っていた。
「それで……、何かお話があるのでしょう?」
「え?」
いつどうやって切り出そうかと考えていた俺の機先を制するように皐月ちゃんの方から話を振ってきた。どうやら俺が何か言うつもりで来たのだということはバレバレだったらしい。それにしても藤花学園の生徒達にはとことん驚かさせられる。
兄、良実は小学校六年生とは思えないほどに気が利くし頭も回る。また薊ちゃんは小学校一年生とは思えないくらいにしっかりしているし周囲を良く見ている。そして皐月ちゃんも小学校一年生とは思えないほどに察しが良いし達観している。これが本当に小学生か?と思わずにはいられないような子達ばかりだ。
教育というのが重要だということはわかっているつもりだった。それでもいくら良い家に育ち幼い頃から教育を受けているとは言っても所詮は子供だろうと侮っていたようだ。でもこの子達はもう大人顔負けなくらいにしっかりしている。分別もついているししっかり周りや先を見据えている。
「皐月ちゃんのお悩みというのはどういうものかしら?」
「…………私は別に悩みなんてありませんよ?」
少しの沈黙のあと、さらっと何でもないかのようにそう言い切った。だけど皐月ちゃんが何か悩みなり苦労なり何かを抱えていることは明白だ。それくらいは俺にだってわかる。
「確かに悩みではないのかもしれません。でも何か苦しいことがあるのですよね?それを話してはいただけませんか?」
「私は何も……」
俺がしつこく食い下がると皐月ちゃんは視線を逸らした。あの冷静で表情を崩さない皐月ちゃんがそうするということがもう悩みを抱えていると言っているも同然だ。
「詳しい内容まで全て話して欲しいと言うわけではありません。ただ愚痴を言うだけでも良いのです。全て自分の中で抱えて悩まないで、不満でも愚痴でも言いたいことを言うだけでもすっきりするものですよ」
薊ちゃんなら内容を聞いて解決のために手助けしてやれと言うだろう。でもいきなりそこまでは踏み込めない。俺と皐月ちゃんはまだそこまで深い関係も信頼関係も持っていないからだ。
だけど放っておくことは出来ない。だからせめて愚痴だけでも聞こう。人に話すことで自分の中でも整理がついたり考えが纏まったりする時もある。それに自分だけで抱えるよりも人に話すことで楽になることもある。どんな些細なことでもいいから少しでも……。
「本当に九条様は変わっておられますね」
……皐月ちゃんの俺の呼び方が『九条様』に変わっている。それは意図的なものだろう。俺との距離感をあえて強調するためにそう言ったのか?『咲耶ちゃん』と『皐月ちゃん』ではなく『九条様』と『西園寺様』と呼び合うのが俺達の距離感だと……。
「本当に……、大したことではないのですよ……。ただ私が家の言いつけを守ることが出来ていないので叱られた、というような話です。他の方に相談したり手助けしていただくようなことではないでしょう?」
「それは……」
皐月ちゃんの言葉通りなら確かにそうかもしれない。俺が母の言いつけを守れずに怒られたと落ち込んでいるからといって誰かに言うべきことでもなければ、相談したからといって解決する類のものでもないだろう。
「皐月ちゃんの言われる通りのことだとすれば確かに人に言ったからといって何か解決するということはないのかもしれません。ですが愚痴でも、不満でも、怒りでも、悲しみでも、何でも良いから人に言うだけでもすっきりすることはあります。何も詳細を無理に話して欲しいとは言いません。ですが表面だけ取り繕った笑顔はしないでください。せめて私の前では……、皐月ちゃんの本当の姿を見せてください」
俺はただじっと皐月ちゃんを見詰める。家族に叱られて悲しいでも、どうしてあんなことが出来ないんだろうでも、どうしてあんなことをしてしまったんだろうでも、何でも良い。偽りの笑顔を表面に張り付けて澄ましているのではなく本当に心から思っている感情を見せて欲しい。怒りでも悲しみでも良い。全部受け止めるから……。
「…………」
「……」
お互いに……、ただじっと見つめ合う。折れたのは皐月ちゃんの方だった。
「ふぅ……。わかりました。詳しいことはお話出来ませんが……、私はもうどうすれば良いかわからないんです……。家の方々が言われる通りにしなさいと言われますが……、果たしてそれが良いことなのか……。その通りにすべきなのか……。わからないから私はそうすることが出来ないのです……」
皐月ちゃんの話は抽象的すぎて具体的なことは俺にはわからない。ただ皐月ちゃんの言わんとしていることはわかるつもりだ。
例えば俺だって両親が近衛家や鷹司家との縁談を進めると言えば従わなければならないのだろう。それは本来九条家のためであり俺もそれに従って九条家のために尽くさなければならない。でも俺は両親にそんな縁談を持ってこられても絶対に断るだろう。両親が家や俺のためを思ってしているとわかっていても俺はそれを認められない。
皐月ちゃんの場合がどういう場合なのかはわからない。でも周りが俺や皐月ちゃんのためを思ってしようとしていることだったとしても俺達本人がそれを良しと思わないかもしれない。
皐月ちゃんの葛藤がそういうケースに当てはまるかはわからないけどそういう……、本人の意思と周囲の意思とのすれ違いというものはある。皐月ちゃんは今それに悩んでいるということだ。家族の意向と自分の意思が食い違う。だから怒られてしまう。でも怒られているということは皐月ちゃんは今の所自分の意思を貫いているということだろう。
「皐月ちゃんの悩みがどういう内容かはわかりません。ですがその苦しみがどういう種類のものであるのかはわかるかもしれません。皐月ちゃんが……、今、ご家族の意向とは違う道を探しているのだとしても……、怒られてでも貫いている時点でもう答えは出ているのではありませんか?あとは皐月ちゃんの思う通りに貫けば良いではありませんか」
「…………そう、…………ですね」
皐月ちゃんはゆっくり頷いた。まだ意思が固まったわけではないだろう。何かが解決したわけでもない。だけど少しだけその表情は軽くなっていた。