第二百四話「藤花学園七夕祭」
さぁ、ついにやってまいりました。七月七日!今日は五北会の皆で企画した『藤花学園七夕祭』の日だ。
まず登校して朝一番は学園中の飾りつけが行なわれる。飾りつけなんて事前にしておけと思うかもしれないけど、生徒達が皆で一斉にやればこんなのは大した時間もかからない。それに急にこんなお祭りをすることになったんだ。今日の分だけでも授業が変更になっているのに、事前に準備する分だけ他の授業まで圧迫するわけにはいかない。
朝から各学年、各クラスが飾りを作って、教室や廊下の壁や天井から吊るす。各クラスには一本ずつ笹が配られており、笹も飾り付けて、願いの短冊もつける。それらはグラウンドの中央で全て立てられて並べられることになる。
グラウンドの一角にはそれほど多くないけど露店の出店が並んでいた。こちらの準備はある程度プロの業者が行なってくれる。さすがに小学生に露店の準備をさせるわけにもいかないしな。焼き物などの火や熱を使う物は危険だからほとんどはプロだ。かき氷や飲み物の販売などの危険が少ない物は生徒達の有志が行なっている。
梅雨の季節だから雨の心配もあったけど幸い今日は晴れた。雨の場合の対応も考えていたけど必要なかったようだ。大量の露店なんかがあるとさすがに雨だと厳しいけど、今回のように少数だったら何とかする方法もなくはない。
それから体育館や講堂では有志の生徒達による出し物が企画されている。ピアノを弾いたり、歌を歌ったり、劇をする者達もいるらしい。もう完全にノリは学園祭とか文化祭だな。
今回は急にこんな祭りが開かれることになって色々と準備が足りなかった。有志の生徒達も本当に極一部だけだ。おまけ程度と言える。まぁそのお陰で舞台とかの時間調整も簡単だったし、運営側としては楽だったんだけど……。
朝の準備が終わると生徒達は自由に今日の催しを見に行ける。有志による出し物とかが少ないから、桜などの一部の者の提案でちょっとだけ手の込んだ出し物も用意されている。
映画が放映されたり、劇団を呼んでの演劇が開かれたりだ。こういう穴埋めをしないと、今日一日を丸々お祭りの日にしてもらったのに時間が余りまくってしまうからな。露店もちょっとしかないし、出し物もちょっとしかないのでは一日も時間を潰せなくなる。
そこで露店関係を伊吹や槐が担当し、出し物関係は桜達が担当することになった。俺はそういう仕事をするのが面倒臭いので総監督みたいな感じでお茶を濁した。
朝一番は生徒達が準備をするから入れないけど、途中からは保護者達にも開かれる。入場券を持つ家族などなら参加出来るというわけだ。これってもう完璧に学園祭そのまんまだよね?まぁいいけど……。
急に言い出して準備する時間もほとんどなかったからあまり出来の良いお祭りとは言えないけど……、皆が楽しんでくれたらうれしいな。最初はあまり乗り気じゃなかったけど折角やるからには成功して欲しい。どうか今日一日が皆の楽しい思い出でいっぱいになりますように。
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さて……、飾りつけも終わって、ついに始まる時間だ。生徒達は皆今教室で各自の席に座っていることだろう。でも俺達は教室にはいない。俺は今とある機材の前に座っている。
「さぁ、咲耶様、お時間です」
うぅ……。薊ちゃんに渡されたマイクを持って固まる。俺はこれから全校生徒に向けて挨拶をしなければならない。開会の宣言のようなものだ。俺はこういうことに向いていないというのに、何故俺がこんなことをしなければならないのか……。ウダウダ言ってても始まらないので覚悟を決める。
『皆様御機嫌よう。私は藤花学園七夕祭実行委員会、委員長九条咲耶です。今回は突然このような祭りを催すことになり、準備する時間もない中で皆様の努力とご協力により無事ここまで辿り着けました。雨の多い梅雨空の中、本日は皆様の願いが届き晴天に恵まれました。それでは皆様、藤花学園七夕祭の始まりです。思いっきり楽しみ、良い思い出を作りましょう』
俺の始まりの挨拶が終わると同時に、学園中からワーワーと大歓声が上がった。マイクが切れていることを確認してから俺達も動き出す。俺達が開く祭りなんだから俺達だってぼーっとしているわけにはいかない。
「さぁ、それでは私達も動きましょう」
「「「「「はいっ!」」」」」
いつの間にか『藤花学園七夕祭実行委員』なる組織になっている俺達は、これから起こるであろう様々なトラブルに対応するために動き始めたのだった。
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暇だ…………。うん、とても暇だ…………。
「暇ですね……」
「それはまぁ……、アホの御曹司が暴れでもしない限りは問題なんてほとんど起こらないと思いますよ?」
薊ちゃん……、アホの御曹司はやめなさいな……。気持ちはわかるけど……。薊ちゃんみたいな可愛い女の子がそんな言葉を使ってはいけません。
「九条様、本部の対応は私達が行ないますので、是非九条様も七夕祭を楽しんできてください」
「それは悪……、ああ、いえ、それではお願いしますね」
他の五北会メンバー達が遠慮気味にそんなことを言ってきた。俺だけ責任を放棄して遊びに行くなんて悪いかと思ったけど考えを改める。俺は辛うじて空気を読んだ。他のメンバー達は俺達がいたら寛げないんだ。ずっと緊張してビシッとしていないといけない。それでは皆疲れてしまう。
そして俺達が休んだり遊びに行かないのに皆も出て行けるはずがない。俺達が一番最初に休憩したり交代で祭りを見に行かない限りは彼ら彼女らもずっとここに篭ったままになってしまう。
だからそれに気付いた俺は皆に断りを入れて本部から出ることにした。どうせ本部にいてもすることはない。もともとアクシデントやクレーム対応のための本部だったけど、どうせ俺達がいても俺達が直接対応することはほぼないだろう。それなら俺達が先に休憩してお祭りを見に行くことで、他の皆にも交代で休んでもらった方がいい。
というわけで薊ちゃんと皐月ちゃんを連れて俺達も七夕祭に参加すべく廊下を歩く。この辺りは本部しかないからあまり人通りもない。
「それでは咲耶様、まずは茜や椿達と合流しましょうか」
「そうですね」
薊ちゃんが皆と連絡を取っていたようなので薊ちゃんに任せて皆の所へ向かう。俺達三人だけでウロウロしていても楽しくないし、まずは皆で集まろう。
「あー!咲耶ちゃーん!こっちこっちー!」
「譲葉ちゃん……」
まだ保護者達が入ってきていないから学園内も空いている。すぐに皆を見つけると向こうもこちらに来てくれた。でも譲葉ちゃんは声がでかすぎる。良い所のお嬢様のはずなのにまったくそんな感じがしない。
「それで……、これからどうしましょうか?」
「各クラスの飾りつけを見に行きましょう」
「そうですね。私達も投票しないといけませんしね」
皆で話し合ってまずは各クラスを見て回ることになった。出し物は保護者達も入場出来るようになってからのスケジュールだからまだ何もやってない。露店に行くほどお腹も空いてないし、じゃあ何をする?という話になる。そこで俺達が各クラスを見て回ろうと言ったのが『七夕コンテスト』だ。
七夕コンテストとは各クラスがそれぞれ自分達のクラスを飾り立て、どのクラスが一番良かったのか投票で決めるというものだ。準備期間もあまりなかったし、面白い催しもあまり出来そうになかった。そこで考えたのが全校生徒が参加出来るこの七夕コンテストというわけである。
各生徒一人につき一票。それから家族などの入場客一人につき一票。それぞれのクラスを見て回り、自分が良いと思った飾りつけをしているクラスに投票出来る。祭りの途中で投票時間は打ち切られ、祭りが終わる前に最後に順位が発表されるというわけだ。
別に他のクラスなんて見に行かなくても、自分のクラスに入れてもいいし、あちこちを見て回って真剣に選んで決めてもいい。どうせこんなものはおまけのようなものだから皆が楽しめたらそれでオッケーだ。ただ最後に順位とかで不平不満を言ったり、揉め事を起こさなければな。
「うわぁ……、このクラスは凝ってるね」
「こっちのクラスはアイデアが面白いですねぇ」
皆であちこちのクラスを順番に回っていく。とにかく派手に、凝っているクラスもあれば、アイデアや工夫で勝負しているクラスもある。上級生のクラスになってくると黒板アートを利用しているクラスなんかもあって見ているだけでも楽しかった。
「皆すごいねー!うちなんて適当に飾っただけだったよー!」
「本当にすごいですね」
祭りをすると告知してからあまり時間もなかった。それに今年初めて行なった祭りだ。だから前例もなければ参考にするものもない。それでも皆が色々と考えて工夫してくれていることがよくわかった。
子供のつまらない出し物だと言えばそうかもしれない。でもこうやって皆で創意工夫しながらやっていくからこそ学校行事というのは意味があると思う。ただお金をかけて、プロの業者や職人を連れて来てやってもらうだけでは意味がない。
『これより一般入場を開始します』
「お?これからが本番だねー!」
一般入場開始の放送が流れて校舎から外を見てみれば、ゾロゾロと入ってきている保護者達の姿が目に入った。祭り自体が急な話だったから保護者達も都合をつけるのは大変だっただろう。全ての保護者が参加出来るものじゃないと思う。モロに平日だしね……。
それでもここから見える限りでも結構な数の人が入っている。こんな急な呼びかけでも来てくれる人がこれほどいることをうれしく、そしてありがたく思う。
「七夕コンテストも投票し終わりましたし、次はどうしましょうか?」
「咲耶様、一年生達と合流しますか?」
「一年生達?」
秋桐とか竜胆とかだろうな。他に一年生達でお友達なんていないし……。あまり大人数でウロウロしていると邪魔になりそうだけど……、まぁいいか。折角の機会だし皆で集まるのも悪くない。
「それは良いですが……、保護者の方などは良いのですか?」
「うちは見には来るようですが合流する予定はありませんので」
「私の所もそうですね」
「うちもー!」
なるほど……。皆の家の保護者の皆さんは見に来るだけで子供達と合流して一緒に回ったりはしないのか。
「私達はそれで良いとしても、一年生の保護者の皆様はやはりお子さん達と回られるのでは?」
「その辺りは臨機応変で良いんじゃないでしょうか?無理に全員揃っている必要もありませんし」
それは……、まぁそうか。あまり難しく考えずに、とりあえず集まってから考えればいいな。それじゃ向かおうか。
「わかりました。それでは一度他の子達と集まってみましょうか」
「「「はーい」」」
特に連絡を取り合っているわけではないようなので一年生達がどこにいるのかはわからない。適当にウロウロして探しながら歩く。本気ですぐに合流しようと思えば連絡すればいいんだけど、そこまでして絶対合流したいというものじゃなくて、こうして歩き回りながら探すのが目的のようなものだ。時間つぶしとも言うな。
「あっ!咲耶お姉様!」
「御機嫌よう竜胆ちゃん。榊君も御機嫌よう」
「おはようございます九条様」
俺達がウロウロしているとまずは竜胆と榊を見つけることが出来た。この二人はかなり目立つから見つけやすい。ただどうやら二人しかいなかったようで、他の一年生達はいない。
ちなみに竜胆や榊は藤花学園七夕祭実行委員の仕事はない。三年生以下の低学年は基本的に委員の仕事をしなくても良いことにしている。開催までの色々な協力や協賛はしてもらったけど、委員の仕事でトラブル解決をしたりというのはする必要がない。
やっぱり小さい子達には目一杯楽しんでもらいたいし、委員の仕事なんてのはするもんじゃないだろう。
「あら?あれは……、やっぱり!緋桐さん、御機嫌よう」
一般入場で保護者達が入ってきているから大きな大人達もチラホラ増えてきている。その中で見覚えのある人がいるなと思ったら緋桐だった。ということは近くに……。
「まぁ……、咲耶ちゃんこんにちは」
「さくやおねえちゃん!」
「秋桐ちゃんも御機嫌よう」
「「「さくやおねえちゃん、おはようございます!」」」
緋桐の周りには秋桐と一緒に他の一年生達もいた。それから良く見れば緋桐と話していたのか、各家の保護者達もいたようだ。どうやら一年生グループで集まっていたようだな。それに保護者もほとんど参加してくれているようでうれしい。
「これは九条様、このような催しにお呼びいただき……」
「待ってください。これは藤花学園の学校行事で九条家のパーティーではありませんよ」
何か変な挨拶をされそうになったから慌てて止める。それじゃまるで九条家のパーティーに呼んだ時のようになってしまう。今日のイベントは藤花学園七夕祭であって学校行事だ。俺が呼んだわけでもない。保護者は皆呼べるように入場券が配られている。
「折角集まったんですからこれからどうするか決めましょう!」
薊ちゃんがリーダーシップを発揮して皆を纏める。本当に薊ちゃんは凄いなぁ。まだ全員集まってるわけじゃないけど、それに独自に行動したい家もあるだろうけど、とりあえず折角これだけ集まったんだからこれからどうするか皆で話し合って決めようか。