第百九十八話「パーティーが終わって」
一昨日のホームパーティーはとてもうまくいった。大規模パーティーよりよほど楽しい時間だったし、得た物も多いと思う。
何だかんだといいながらも菖蒲先生と茅さんも打ち解けたみたいだし、皆の仲もより深まったはずだ。そして何よりも一年生達がお友達になろうと一歩踏み出したことが大きい。まだ完全にお友達にはなれていないだろうけど、それはこれからの李の態度次第だ。
秋桐達はもちろん横柄な態度さえ取らなければ受け入れてくれるだろうし、七清家の竜胆も秋桐達や李達とお友達になってくれると言っていた。今年の一年生で最有力は竜胆の久我家だ。竜胆がうまく同級生を纏め上げてくれたら、今年の一年生達は問題のない学年になるだろう。
俺としては家がどうとかそんなことを気にせず皆が仲良く楽しく過ごして欲しい。そんなことが言えるのは俺が五北家という最上位の家にいるからだろうと言われればその通りかもしれない。でも上に立つ者でなければそれを変えることも出来ないんだ。もし俺が地下家や一般生徒だったならそんなことを言っても夢物語として笑われるか怒られるだけで終わる。
俺は自分が五北家でありながら、他の生徒達と同じように接して、同じように過ごしたい。対等なお友達になりたい。
何らかの時に家の力関係が働くのは止むを得ないだろう。実際に社会に出れば家同士の実力差や力関係が働くのはどうしようもない。でも……、せめて学生の間くらいは……、気の置けない友達でいたい。そう思う俺の方がおかしいのだとしても、俺は皆とそうでありたい。
「御機嫌よう」
「おはようございます九条さん」
教室に入って声をかけると芹ちゃんが笑顔で返事をしてくれた。いい!確実に二人の距離は縮まっている!もう普通の友達と言っても差し支えないほどに親しくなっている!
「おはようございます芹ちゃん」
「先日のパーティーに呼んでいただきありがとうございました」
言葉は相変わらず遠慮というか丁寧というか、少し距離を感じる言葉だけど、でも表情や言い方は明らかに柔らかくなっている。格上相手に敬語で話しているというよりは、お友達と丁寧語で話しているという感じだ。か・く・じ・つ・に!芹ちゃんとの距離が縮まっている!パーティー様様だ!
「いえ、芹ちゃんが来てくださったお陰で楽しい時間が過ごせました。また一緒に遊びましょうね」
「はい!」
おおっ!感動してしまう……。にっこり笑顔で……、芹ちゃんがはっきりとそう答えてくれた。
今までのことを思えば格段の進歩だ。これはもう完全にお友達以上、何なら親友と言っても差し支えないのではないだろうか?ゲーム『恋に咲く花』の時は同級生の樋口芹なんていうキャラクターはいなかったけど、この現実である世界ではクラスメイト一人一人にちゃんと意思も心もある。咲耶お嬢様にまた一人新たなお友達が誕生した。
本当はもっとお話していたいけど、あまり俺と親しくしている所をクラスの皆に見られたら芹ちゃんの立場も悪くなるかもしれない。惜しいけど簡単に話をしてから自分の席に着いた。
あぁ……、もっと周囲の目を気にせず芹ちゃんと仲良くしたいな……。
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一時間目が終わって休み時間になると皆がやってきた。まず皆に言われるのは先日の土曜日のパーティーについてだ。招待してくれてありがとうと言われて、それからパーティーの話で盛り上がる。でも……、俺は少し心に引っかかることがある。
一組の教室で皆が集まって話をしているけど、同じ一組であるはずの芹ちゃんは少し離れた所で自分の席に座ったままだ。こっちの皆で楽しそうに土曜日の話をしているのに、まるで芹ちゃんだけ除け者にしているようなこんな状態が本当に良いと言えるのだろうか。
「皆さん……、ここに芹ちゃんを加えてあげても良いですか?」
俺は恐る恐る皆に聞いてみた。まさか皆が拒否するとは思わないけど……、やっぱり学園では体裁もあるしそううまくは……。
「ええ、良いですよ」
「っていうか何で今まで一緒にこないのかなーと思ってたよー」
「じゃあ呼びますね。樋口芹!こっちにきなさい!」
薊ちゃん!?呼ぶのはいいとしてもその呼び方はないんじゃないかい?ほら!皆見てるよ!恐怖の徳大寺薊に呼び出しされたと思ってるよ!これじゃまるで俺達が不良グループで、罪もない善良な生徒を呼び出していじめてるみたいに思われるじゃないか!
「はい……。あの……、何か……?」
明らかに芹ちゃんも何かおどおどした感じでこちらに来た。薊ちゃんに呼び出されてビビッてるに違いない。俺だって親しくなかったら薊ちゃんなんてどこのスケ番かと思うくらい怖いと思うぞ。
「貴女も私達とお友達なんだから!遠慮せず一緒におしゃべりしましょうよ!さぁ!」
「「「「「…………え?」」」」」
何か今教室中から疑問の声が漏れた気がする。薊ちゃんの声がでかすぎて隠しようもない。ここに居た生徒全員に聞かれただろう。
俺達は別に良い。周りに多少どう思われても何とでもなる。でも芹ちゃんが俺達の友達だなんて思われたら、芹ちゃんのお友達からハブられたりしないだろうか?俺達の方には問題なくとも芹ちゃんに迷惑をかけてしまうかもしれない。薊ちゃんももうちょっと気を使ってあげて欲しかった。とはいえもうやってしまったものは仕方がない。
「えっと……、本当に良いんでしょうか?」
「いいわよ。何が駄目なの?私達が良いと言ってるのに何か問題があるの?」
うわぁ……。本当にこういう時の薊ちゃんってすごいなぁ……。清清しいまでにはっきりしてる。こういう所がリーダーシップがあるっていう所なんだろうな。俺みたいに悩むタイプと違って、とりあえずやってみる、人を引っ張っていく、っていうのは凄いと思う。
「ありがとうございます!」
周りからはヒソヒソ言われているけど、芹ちゃんは可愛い笑顔で喜んでくれていた。もしかしたらこれから芹ちゃんは俺に関わってるからって周りから何か言われるかもしれない。でも……、こんな笑顔が見られるのなら……、一緒に呼んでよかった。
これからは俺達が芹ちゃんが周りに何かされないように注意すればいい。これでまた一歩、芹ちゃんとの距離が近づいたようで俺もとてもうれしい気持ちになったのだった。
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少しだけ長い二時間目の後の休み時間、今日は皆で一年生の教室にやってきた。秋桐や李がどうなっているか様子を見に行こうと思ったら皆も付いてくると言い出した。皆もう顔見知りだし皆を止めて俺だけ行くというのもおかしな話だ。あまり大所帯になると一年生達にも迷惑がかかるだろうけど、止むを得ず皆で向かった。
「すももちゃん!あそぼ!」
「あそぶってあんたたちね!何しに学園にきてるのよ!」
ちょっと三組を覗いてみればそんな声が聞こえてきた。確かに李の言う通り学園は勉強をするために来る場所だ。でも休み時間に遊ぶのも子供の仕事じゃないかなと思う。他の学校に比べたら藤花学園の子達は皆大人しいけど、それでもやっぱり遊んでいる。まったく遊ぶなというのは酷なことだ。
「それで?なにしてあそぶのよ?」
って、結局遊ぶんかーい!李はそういう性格なんだな……。何か一言言わずにはいられないんだろう。素直じゃないというか、ひねくれているというか。
クラスの子達はちょっと遠巻きに見ているようだな。皆やっぱり李に対して苦手意識のようなものがあるんだろう。そりゃ前からあんな風に振る舞っていたら、普通の一年生なら皆避けるよな。俺だってあんな同級生がいたら最初にまず避けるだろう。
中身を知ればそんなに悪い子じゃないというのはわかるけど、一年生くらいじゃあの手の子はただのわがままな子とか、偉そうな子と思われてしまうだけだろう。それが周囲との軋轢を生んでますます悪化してしまう。
早いうちに本人が気付いたり、周囲がうまく誘導してあげられればいいけど、そのまま道を外れていってしまう子も前世でたくさん見た。最初はただわがままだっただけの子が、やがて不良になっていくのは良くあるパターンだ。
でも李にその心配はない。秋桐達がああやって寄り添ってくれる限りは李が道を踏み外すことはないだろう。それだけでもパーティーを開いた甲斐があったというものだ。
「あっ!咲耶お姉様!何をされているのですか?」
「竜胆ちゃん」
俺達がこっそり一年三組を覗いていると向こうからやってきた竜胆に声をかけられた。その声を聞いて三組の皆もこちらに気付いたようだ。
「さくやおねえちゃん!」
「りんどうちゃんも!」
三組にいた皆がわーっとこっちにやってくる。でも教室の出入り口を塞いでしまったら他の生徒の迷惑になるだろう。
「ここを塞いだら迷惑がかかりますから教室に入りましょうか」
「おねえちゃんこっちこっち!」
皆に手を引かれながら一年生の教室に入る。竜胆や俺達がワラワラと入ってきたことで一年三組の生徒達に見られているけど仕方がない。いきなり教室にこれほど団体がやってくれば何事かと思うだろう。
「皆さん御機嫌よう」
「ごきげんよう九条さま……」
李は少しふいっと顔を逸らしながら挨拶してくれた。少し気難しい子ではあるけどそんなに悪い子でもないのは知っている。ただ中々素直になれないだけだ。まぁ……、ちょっとは悪い子だったけど、それも小学校一年生ということを考えれば止むを得ない。これからいくらでも更生出来る年齢だ。
「咲耶お姉様ぁ~~~ん!」
そして竜胆……、この子は恐ろしい。きっと将来相当な小悪魔になるに違いない。甘えるのが上手すぎる。もし俺に皆がいなければきっと竜胆にコロッとやられていたに違いない。
今は俺の周りには皆が居てくれるし、一年生の時から皆と接していたからこういうことにも免疫がいくらか出来ている。でも転生当初の俺だったらきっと竜胆に甘えられたら何でもホイホイ言う事を聞いていたに違いない。相手は小学校一年生じゃないかと思っても……、こんなに素直に甘えられたらデレデレになるのもわかるだろう?わからない?でも俺はロリでもペドでもないよ?
「それでどうやってあそぶのよ!時間がなくなっちゃうわよ!」
「え~?それじゃあね~……」
残り短い時間だったけど、この休み時間は一年生の皆と遊んで楽しく過ごしたのだった。
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秋桐達と竜胆と李もうまくいっているようでよかった。他のクラスメイト達とは一歩距離を置かれているようだけど、それもそのうち竜胆がうまくやってくれるだろう。他人任せなのかと言われたらその通りだ。一年生のことにまで俺が出張っていってとやかく言う方がおかしい。一年生の問題は一年生達が解決すべきだ。
そんなわけで安心した俺達はお昼休みにいつも通り食堂へとやってきた。当然ながら同じ時間帯に同じ場所に皆が集まるんだから秋桐達とも会う。
「さくやおねえちゃん!」
「いっしょにたべよー!」
「そうですね。皆さん一緒に食べましょうか。芹ちゃんもそれで良いかしら?」
「はい」
後ろからついて来ている芹ちゃんに声をかけると了承してくれた。そう。今日は俺達のグループに芹ちゃんが加わっている。朝に薊ちゃんが声をかけて以来、芹ちゃんも大体俺達と一緒に行動するようになった。
もしかして普段から付き合いのあった子達と何か問題にならないかと心配したけど、芹ちゃんが言うにはそれほど親しい友人もいなかったのでむしろうれしいと言ってくれた。本当に親しい友達がいなかったのかはわからないけど、本人がそう言うのならそれ以上こちらから何か言うことは出来ない。
「まさか九条さまが食堂なんかで食べてるとはおもいませんでした」
「そう言えば李ちゃんを見るのは初めてね」
今日は秋桐達と一緒に李もいるようだ。でも今まで食堂で竜胆や榊や李を見たことはない。というか基本的に俺達以外で堂上家自体滅多に見ないからな。絶対にいないとは言い切れないけど、いてもほとんどは予約席の方だけだ。一般席では本当に滅多に見ない。
「ふつう堂上家以上ならこんなとこきません」
「それは……、まぁそうかもしれませんね」
李の言っていることは正しい。ほとんどの堂上家は食堂なんて利用しない。よほどの理由がある時か、予約席くらいだろう。でも今日は李も食堂に来ている。それはつまり何だかんだいっても秋桐達と一緒に食堂で食事をするためだろう。それを思うと何だかほっこりした気分になった。
今日は良い気分で食事が味わえそうだ。