第百九十五話「衝撃の真実」
仕事が終わって帰る時、友康は保幸に声をかけられた。
「お義父さん!今日お伺いしても大丈夫ですか?小紫が秋桐も連れて今日帰りに寄りたいと言っているんですが……」
「おおっ、そうか。秋桐がな。よし。それじゃ小紫と秋桐を迎えに行こうか」
会社の会長の顔から好々爺の顔になった友康が保幸を車に乗せる。二人は社長や会長といっても運転手付きで常に誰かが運転して車を回してくれるというわけではない。社用車で取引先などへ向かう時は秘書などが運転するが、通勤時などは自前の車を自分で運転している。
今日は保幸の言葉通りならば、帰りに小紫と秋桐を迎えに行くことになる。そのまま一晩実家に泊まって、翌朝そのまま出勤や登校となるので、そういう時はいつも保幸の車は置いて一台で帰っていた。
出掛けていたらしい小紫を途中で拾って四人で友康の車に乗って帰る。車の中での話題はここ最近いつもしている話題だった。
「それにしても九条家のパーティーというのは凄かったですね」
「あんなものは五北家からすればほんの遊びにすぎんよ……。相手の規模を考えたらわかるだろう?」
友康の言葉に保幸は一瞬想像してからブルリと震えた。色々と気になった保幸が調べて思い知ったことは……、この国は五頭の龍に支配されているということだ。その五大財閥と関連企業、派閥グループを含めれば実にこの国の九割に達してしまう。例えその中の一頭とでも揉めることになれば、対抗出来るのは同じ龍しかいない。
「うちに近づいてくるなんてどんな気まぐれか知らないが、我々は争うというレベルにすらない。向こうがこちらを飛ばすつもりがなく軽く鼻息を吹いただけでこちらが飛んでしまうような相手だ。くれぐれも気をつけてくれよ」
「はい。肝に銘じておきます」
友康の言葉に保幸も真剣な表情で頷く。いつどんなことで急に勘気に触れるかわからない。上流階級との付き合いの常識がない自分達では、知らぬ間に相手を怒らせてしまうかもしれないのだ。どこが起爆スイッチかもわからない爆弾を直に撫で回しながら過ごしているような緊張を強いられる。
「ようやくパーティーを乗り切ったというのに、また一週間少々で次のパーティーに行かなくてはならないとは……」
「「はぁ……」」
樋口頼久という人物と交流を持てたのはよかったが、あのパーティー中は緊張しっぱなしで随分疲れた。今度はあれほど大勢ではないというが、それは逆に一人一人が目立つようになるとも言える。前は何か失敗してもいちいち誰も見ていなかっただろうが、今度は失敗出来ない。
そんな重苦しい空気の中、友康の家に到着し、駐車場に車を止めて喫茶店の方から中に入る。小紫や秋桐が来ている時は喫茶店側から入ってすぐに緋桐に教えてやらないと拗ねるからだ。
「ただいま。保幸君と小紫が来たぞ」
カランカランとドアベルが鳴り友康が店内に入る。ぼんやり誰かが座っていることには気付いたが、どうせいつものご近所の奥さん達だろうと思ってあまり気に留めない。
「それにしても先日のパーティーは大変だったなぁ……」
お客さんと一つ席を空けて座りながら車の中での話の続きをする。保幸や小紫から返事がないが友康は気付いていなかった。
「さくやおねえちゃん!」
「そうそう。咲耶様だったね……。凄い人物だった。色々な意味で……」
隣に座った秋桐の言葉で友康はあの日のことを思い出す。あれだけの面々の前で堂々とスピーチする胆力、言葉選びのセンス、行動力、所作の美しさ、咄嗟の時の対応力まで何から何まで頭抜けている。あれが今年小学校四年生の子供とは思えない。
しかも頼久の言葉によると、それほどダンスを習っていなかったらしい樋口芹や、まったくダンスを習ったことがない秋桐を、リードするだけであれだけきちんと踊っているように見せていたのだ。友康もダンスなど得意でも詳しいわけでもないのでよくわからないが、普通の者にそんなことが出来るとは思えない。
天才……。そう、天才だ。頭脳、所作、ダンス、他にも数多く……、あらゆることの才能に恵まれ神に愛されて生まれてきた天才。お金も地位も名誉も家柄も美貌も、ありとあらゆることを既に持っているというのに、さらに数多くの才能にまで恵まれている。神は何と不公平で不平等なのか。
「また第二土曜に行かなければならないんだな……」
もうすぐしたらもう一度パーティーに行かなければならない。それも次のパーティーは少人数だという。とても憂鬱で胃が痛い。
「あの……、ご都合が悪ければ必ずしもご両親やご家族がご一緒でなくとも大丈夫ですよ?」
「当主は私だしそうも言って……、って、え?」
思わぬ方向から返ってきた思わぬ言葉。しかもその声はあまり聞きなれていないが忘れることの出来ない声だ。恐る恐る孫娘が座った方を見てみれば……。
「さっ、さっ、さっ、咲耶様~~~っ!?」
その隣に座っていたのは九条咲耶様だった。苦笑いしている。いや、これは本当に苦笑いなのか?もしこれで不興を買えば本当に幸徳井家や会社が終わってしまうかもしれない。
出入り口で立ち止まったまま固まっていた保幸は思った。『お義父さん……。お義父さんがついさっきくれぐれも気をつけてくれよ、と言ったばかりではなかったですか?』と……。
「今度のパーティーは先日の大規模パーティーと違ってお友達だけの気軽なパーティーですから、それほど肩肘を張らずにリラックスして楽しんでいただければ良いですよ」
「あっ、あははっ……」
にっこり微笑んでいるその顔の真意がわからない。幸徳井家はもう終わってしまったのか。それとも九条咲耶様にとっては幸徳井家など取るに足りない存在だから気にも留めていないのか。
この後暫く皆で色々と話したはずだが、それどころではなかった友康の記憶には一切何も残っていなかったのだった。
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蕾萌会から帰って来たけど……、そういえば今日はまともに授業をしなかった気がする。菖蒲先生があんな風になるなんて思いもしなかった。とりあえず俺が勝手に口約束してしまったけど、両親にもちゃんと菖蒲先生を招待することを報告しなければならない。
少し気まずいけど夕食の席で母に承諾を得る。人数が一人二人増えてもどうってことはないけど、費用を出して準備をしてくれている両親に黙って勝手に一人増やすというわけにはいかない。
「あの……、お母様……」
「何ですか?」
母に声をかけてもいつもと変わらない。今日は機嫌が悪くないようだ。これなら大丈夫かな。
「実は今度のホームパーティーで招待したい人がいるのですが……」
「このような時期にですか?それはかえって失礼にあたるのでは?」
少し驚いた様子で母が手を止めた。怒っているというよりは『何故今頃になって?』という感じだ。それはそうだろう。俺だってそう思う。でも本人がどうしても呼んで欲しいというんだからな……。
ただそれを言うのはどうなんだろう……。この界隈では自分からパーティーに呼んでくれとせがむのはあまり良く思われない。普通の一般人で友達同士なら、ホームパーティーの話を聞いて『自分も参加していい?』って聞く人もいるかもしれないけど、この界隈では招待されて出席するものだ。
まぁ……、友達同士だったとしても呼んでもない奴がパーティーの話を聞き付けて『じゃあ俺も行くよ!』って勝手に言ってきたら鬱陶しいだろうけど……。下手したら『何でお前には招待がいってないか考えろよ』と思われかねないよな……。それはそれで悲しいけど……。
別に俺の場合は菖蒲先生を除け者にしようと思っていたわけじゃなくて、藤花学園の学生ばかりの招待だったから、まさか菖蒲先生まで参加したがるとも思っていなかったというのはある。先日の大規模パーティーの方もそうだ。
「え~……、実はご招待したいのは蕾萌会でも担当していただいている高辻菖蒲先生なのです。菖蒲先生が是非パーティーに参加したいと……」
何かこういうことを言うと両親の菖蒲先生への評価が下がりそうな気がするけど……、でも言わないわけにもいかないしな……。もっとうまい言い訳でも考えておけばよかった。今更だけど……。それに考えてたけど何も浮かばなかったわけで、良い案があればそれを実行してただろうけどな。
「高辻……。堂上家のかい?」
「はい。菅原嫡流の高辻家です」
菖蒲先生の実家は思ったよりも凄いらしい。最初はまさかそんな凄い人が塾の講師なんてしてるとは思ってなかったし、菖蒲先生も軽い感じだった。まさか堂上家のお嬢さんだとは思わないくらいだ。
もちろん堂上家と言っても半家だから上位の家とは比べるべくもないんだけど、菅原嫡流である高辻家はたくさんある菅原の分家や庶流、傍流の本だ。俺の身近な所で言えば東坊城家も菅原庶流だし、李の清岡家も本姓は菅原だ。そういえば壁新聞の桑原も菅原だな。地下家なら芹ちゃんの家の樋口家も菅原だ。
菅原は上位にこそ昇っていないけど、多くの堂上家や地下家の分家が残っている一大勢力とも言える。もちろん嫡流だから傍流だからと何でも嫡流が命令出来るわけじゃない。派閥や門流もあちこちに分かれているし、親戚皆が固まって一致団結!ということはないけど……、その勢力は侮れない。菖蒲先生はそこのお姫様だと思えばいい。
あんなに一般人っぽくて普通っぽいのにあれで菅原嫡流のお姫様とか誰もわからないよな。まぁ堂上家だってピンキリなわけで、堂上家だからって超お金持ちのお嬢様ってわけじゃないだろうけど、ちょっとイメージが狂うというか何というか……。
「ほう!咲耶はその先生とそんなに親しいのか。相手が望んでいて咲耶が呼びたいのならパパは構わないよ」
あっ、経営者の顔になってるな。菖蒲先生を介して高辻家と誼を結べば色々と有利だもんな。
「もちろんパーティーに呼ぶことは構いません。相手の方がそれで良いというのならば日取りの問題もないのでしょう。ですが大丈夫なのでしょうね?」
「…………はい」
母が言いたいことはわかる。高辻は一条門流、その庶流、傍流も一条門流だ。清岡が一条門流ということからわかるだろう。母が懸念しているのはこんな時期に近づいて来る一条門流が本当に大丈夫なのかと聞いている。俺は別に探偵でも調査員でもないから裏のことはわからないけど、少なくとも菖蒲先生には裏も打算もない。それだけは言い切れる。
「高辻の家がどうかはわかりませんが、菖蒲先生は私の敵にはなりません。信頼出来る先生です」
「…………」
「…………」
母の目を真っ直ぐ見て逸らさない。俺の思いを伝える。ここで俺が自信なさそうにしていたら菖蒲先生の名誉まで傷つけることになる。だから絶対に大丈夫だと俺自身が信じるんだ。
「わかりました。咲耶の言うことを信じましょう」
「ありがとうございますお母様!」
母が折れてくれた!まぁもうもっと前から菖蒲先生の招待そのものは許可してくれていたけど、ただ菖蒲先生を疑うのではなく、一応信じてくれるということだろう。
「もうこれ以上増えないでしょうね?」
「えっと……、はい……。たぶん……」
たぶんって言ったらギロリと睨まれた。やっぱりまだまだ母には怒られてばかりだ。とはいえ俺の知り合いとかお友達ってもうこれで全部だよな?これ以上増やそうと思っても他に親しい顔見知りや友人知人はいない。次のホームーパーティーに関してはこれ以上は増えないだろう。
両親から菖蒲先生を呼ぶ許可を貰ってルンルン気分で部屋に帰る。色々準備したり考えたりしようと思っていると扉がノックされた。返事をして迎えてみるとそれは……。
「お兄様?」
「やぁ咲耶、少し話してもいいかな?」
「え?ええ、どうぞ」
何か話があるらしいので部屋に通して向かい合って座る。こんな時間に兄が俺の部屋に来るなんて珍しい。一体何の用だろう。
「咲耶は次のホームパーティーで男の子達は呼ばないのかい?伊吹君とか槐君とか桜君とか」
「ぶっ!?」
危うく噴き出しそうになった。何で俺が伊吹や槐や桜を呼ばなければならないのか。それじゃ折角の楽しいパーティーが台無しになる。あいつらと会うのは学園か義務的なパーティーだけで十分だ。
「今度のパーティーは女性ばかりのパーティーです。男性をお誘いするつもりはありません」
「そっか……。それじゃ僕も参加出来ないのかな?」
「……え?」
兄が?女の子ばかりのパーティーに出たいか?前世の俺だったらそんな場は居た堪れなくて到底参加しようなんて思えなかったはずだけど……。モテモテ兄はそんな中でも余裕で居られるのか?
いや……、待てよ……?もしかして兄は今度のパーティーメンバーの中に誰か好きな子でもいるんじゃ……?
これまでも兄は何かと俺に構うフリをしてうちのグループに近づいてきていた。それにちょっとしたお願いも聞いてくれていた。これはもしかして本当にグループの誰かに気があるんじゃ?
年齢的に一番近いとすれば茅さんだろうけど……、まさか兄が茅さんに?まぁ茅さんをうまくコントロールしてたし案外悪い組み合わせではないのかもしれない。ただ俺は兄に茅さんをあげるつもりはない。茅さんがそう望むのなら仕方がないけど、茅さんが望まない限りは邪魔してやる。
「お兄様、女性のお尻ばかり追いかけまわすのはあまり感心しませんよ。それと嫌がる女性を無理やり誘うのも駄目です。ほどほどにしておいてくださいね」
「ははっ!何か咲耶に勘違いされたようだね!まぁいいや。それじゃ話はそれだけだから。おやすみ」
「おやすみなさいませお兄様」
そうかぁ……。兄は茅さんが好きだったのか。兄を見送りながら衝撃的な恋の相関図を頭の中で書き直しておいたのだった。