第百九十三話「私も呼んで!」
一昨日の夜はとても素晴らしい時間だった。昨日は後始末でバタバタしていたけど、今日は浮かれた気分で登校中だ。
もちろん昨日の後始末といっても実際に俺が何か片付けをするわけじゃない。器具も機材も、料理も食器もテーブルも、全て片付けるのはスタッフや給仕達であって、九条家の人間が直接何か労働するなんてことはあり得ない。
普通の家のホームパーティーなら家主が準備して片付けるだろうけど、うちでそんなことをしようとしたら母に相当怒られるだろう。俺だってプロや専門家がいるのに、わざわざそんなところに混ざって邪魔をするような真似をしようとは思わない。
後始末というのは、両親との反省会のようなもの……、というか総括として色々駄目出しを出されたり、よかった所を褒められたりという感じだ。このパーティーは今年で終わりじゃない。毎年四家がそれぞれの季節に行なうことが決まっている。だから今回の反省を活かして次の準備を始めなければならない。
あと参加者達の家から色々と挨拶があったり、物が送られてきたりする。別に誕生日でもないのに何故パーティーがあったからと贈り物をしてくるのかわからないけど、実際に一部からは届いたのだから仕方がない。それと日曜だと思ってか挨拶にやってきたり、電話がかかってきたり……。
俺が知らなかっただけで、パーティーを主催すると裏で贈り物をしたり、挨拶をしたりする慣例があったのかもしれない。少なくとも俺は今までパーティーに出てもそんなことはしたことがないけど……。
とにかくパーティーを開いて後は知りませんとはいかず、日曜日はあれやこれやで何もしている暇もなく終わってしまった。グループの皆や芹ちゃんや秋桐ちゃんに連絡する暇もなかったくらいだ。
「御機嫌よう」
「おはようございます九条さん」
おおっ!教室に入って声をかけると芹ちゃんが笑顔で答えてくれた!絶対に二人の距離が縮まっている!パーティー効果のお陰か?だとしたらパーティー様様だ。芹ちゃんと仲良くなれてよかった。
「おはよう芹ちゃん」
「先日は誘っていただきありがとうございました」
芹ちゃんの前まで行って話しかけるとやっぱり笑顔で答えてくれた。今までの少し遠慮したような、距離がある感じじゃない。まるでグループの子達とのようなフレンドリーな距離感だと思う。
「いえ、先日のパーティーはあくまで九条家のパーティーですので……、本番は二週間後ですよ」
俺はパチリとウィンクしながら芹ちゃんに次のパーティーの話題を振った。俺達にとっては次のパーティーこそが重要だ。あんな良く知りもしない人に囲まれて、変に緊張しなければならないパーティーでは楽しめない。
「あっ、そうでした。次も楽しみにしています!」
うんうん。芹ちゃんが良い笑顔で俺に接してくれる。明らかに友達同士の感じだ。パーティーなんてしても大した意味なんてないだろうと思ってたけど、やっぱりパーティーとかで人と会えばそれにもちゃんと意味と効果があるんだな。俺にもその効果が実感出来た。今まではパーティーなんて無意味だと思ってたけど考えを改める。
とはいえ、多少親しくなったとは言ってもあまり馴れ馴れしくしすぎても良くないだろう。それにずっとここで立ち話というわけにもいかない。芹ちゃんにまた後でと言って別れ、俺は自分の席で朝の準備に取りかかったのだった。
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本当は学園でも芹ちゃんともっと親しくしたいんだけど、あまり俺が近くにいると芹ちゃんやそのお友達に迷惑をかけてしまう。向こうも俺が近くに居たら色々と反応に困るだろうし、何よりいじめられっ子である俺が学園で馴れ馴れしくしていると、芹ちゃんやそのお友達までいじめのターゲットにされかねない。
そんなわけで今日もいつも通りのグループメンバーで食堂に向かったんだけど……、あれは……。
「さくやおねえちゃん!」
「御機嫌よう秋桐ちゃん」
秋桐とそのお友達が食堂に来ていた。別に示し合わせたわけじゃないけど、だいたいいつもばったり会う……、って言ったらおかしいのか。そりゃ皆食堂を利用しているんだから、お昼に食堂に行けばほとんどの確率で会うことになるよな。
「それでは今日も一緒に食べましょうか」
「うんっ!」
素直に頷く秋桐達を連れて食堂でいつもの席を占拠する。ここはいつも俺達のグループが座っている。日当たりも程よいし、周囲に比べて広いし、何でいつもここは空いてるんだろう?たまには誰かが先に来て座っていてもおかしくないと思うんだけどな。
まぁ俺達が来てもいつもまだ空いているから利用させてもらってるけど、他の生徒達がこの席を確保しない理由って何だろう?もし俺が他の学生だったら取り合いで確保してると思うんだけど……。
それはいいか。どうせ俺が考えても他人の考えなんてわからない。その人にはその人なりの考えというものがある。他人がそれを百パーセント理解することは不可能だ。それよりも……。
「秋桐ちゃんたちは食堂の予約は使うつもりなのかな?」
「「「「よやく?」」」」
俺の言葉に皆が首を傾げる。その態度はわかる。実は食堂の寄付、予約システムは低学年ほど利用率が低い。入学したてでシステムがよくわかっていない。操作やシステムが複雑で低学年では使いこなせない。予約料理の価値がわからない。等の理由らしい。
運用などは学園が行なっているけど、俺も発案者の一人として色々と情報を聞かされたり、意見を求められたりする。そこで利用者の傾向や人数変動、様々なアンケート結果などを知っている。
まず予約システムは寄付をしなければならない。だから入学初期の頃はほとんど利用されない。入学費用や入学時の寄付ですでに多額のお金がかかっているのに、そこからさらに別名目で寄付しなければならないとなっても、一般生徒のご家庭などはほとんど寄付を利用しない。
しかも本人がスマホなどを使って予約や抽選申し込みをしなければならない。スマホを使いこなせていない低学年の子達には少し難しいようだ。
ある程度年齢が上がってきて、無料の抽選の方に申し込んでその味を気に入った生徒が徐々に寄付を利用し始める。一般生徒で寄付をして予約を利用し始める一番のきっかけは無料抽選に当たって、味を気に入ってどうしても食べたくなって、というものらしい。確かに普通の食堂と比べたらその気持ちは痛いほどよくわかる。
だいたいこれが運用一年で得たデータのようだ。これらを元にまたシステムのさらなる改良、改善をしていかなければならない。まぁ俺はあくまで思いついたことをちょっと言うだけだからそんな大層な役ではないけどね。
「食堂には予約で食べられる特別メニューがあるのですよ。ですが普通にしていては食べられません」
俺が食堂のシステムについて話し始めると、他の皆もそれぞれ説明を補いつつ新入生達に教え始めた。別に無理に俺が説明する必要はないのでそれは任せておく。だけど……、果たして秋桐達に理解出来るだろうか?それに仮に理解出来たとしても、俺達が予約を利用する日と同じ日に新たに四人も、というのは難しい。
秋桐達四人が俺達の予約の日と同じ日に予約を利用して、俺達七人、あるいは杏を入れて八人と秋桐達四人全員一度に予約するのはほぼ不可能だろう。
予約には一日の人数制限がある。団体予約とかのシステムがない現状では早い者勝ちだ。十一人も十二人も一度に予約を取るというのは現実的じゃない。しかも秋桐達がちゃんと操作して同じ日に予約が取れるかも心配だ。
今までは俺達が予約席の方に行ってる時は秋桐達がどうなっているか考えていなかったけど、それに気付いたからってじゃあ次からは全員一緒に行きましょうとも言えない。そもそも家の事情もあるだろうから、予約を確保するために寄付をしろとも言えるわけがないし……。
「秋桐ちゃん達が利用するかどうかはわかりませんが、そういうシステムもあるということは覚えておいてください」
「うん!」
「わかった!」
皆本当に可愛いなぁ。これはますます二週間後のパーティーが楽しみだ。
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数日が経ち、学園の帰りに蕾萌会に寄って講習を受ける。そこで菖蒲先生と話しているとある話題からちょっとヒートアップしてしまった。
「どういうことですか!?」
「いや、あの……、どういうことと言われましても……」
菖蒲先生はどうやらご立腹らしい。理由は簡単だ。どうやら秋桐やマスターもパーティーに呼んだというのに、どうして自分は呼んでくれなかったのかということのようだ。
でもそうは言われても高辻家って今は藤花学園に通っているような子供はいないようだし、高辻家の住所も知らない。まぁ本気で招待状を出そうと思えば家人の誰かが知っているか、何とかするんだろうけど、うちとの付き合いもない家のようだし、藤花学園に通っている子供もいないし、呼ばなくても何もおかしくはない。
「わかりました……。咲耶ちゃん!今からマスターの所に行きますよ!」
「え?あの……?」
困惑している俺を他所に、菖蒲先生は俺の腕を掴むとそのまま喫茶店へと向かったのだった。
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まだ夜というほど遅くはない夕方の一時。でも喫茶店にとってはもう十分遅い時間なのかもしれない。朝一番のモーニングか、お昼時か、午後のおやつか、そういう時くらいしか喫茶店なんて入らないんじゃないだろうか。あとは待ち合わせとか?
それでなくともこの店はマスターの、緋桐さんの趣味でやってるだけだから客層自体が偏っているのに、こんな時間に客なんて入っているわけがない。
「ちょっと!マスター!咲耶ちゃんのパーティーに呼ばれたってどういうこと!」
「いらっしゃい。どうもこうも言葉通りだけど」
やや怒っている感じの菖蒲先生に対して、マスターはいつも通りのおっとりした雰囲気で答えている。マスターが相手じゃ菖蒲先生の方が分が悪そうだ。
「どうしてマスターの方が先に呼ばれるの!?私は一年生になる前から咲耶ちゃんと……、……そうよ。咲耶ちゃん?どうして私は誘ってくれなかったのかしら?」
「いえ、ですから……、ご招待したのは藤花学園に通っているお子さんを持つ家だけですし……」
本当は両親の招待客リストに藤花学園に通っている子供がいない家が入っていたけど、今はそれを言う必要はない。余計なことを言えば俺は自分で自分の寿命を縮めることになる。
「それじゃ次の時は私も招待してくれるわよね?咲耶ちゃん?」
菖蒲先生が凄い迫力で迫ってくる。ちょっと怖い。相当ご立腹のようだ。そりゃ言い方によってはグループの皆よりも前から顔見知りで親しい菖蒲先生を、今まで一度もパーティーに呼んでないんだからな。まぁパーティーをしたのも一回目だけど……。
「はい……、お呼び出来る機会があれば……。あっ……」
そう言いかけて思い出した。もうすぐホームパーティーがあるじゃん。これも黙って秋桐を呼んだとかいう話になったらややこしそうだな。
「咲耶ちゃん、今の『あっ』って何?」
「いえ……、その……、もう一週間ちょっとしか時間がありませんが、五月の第二土曜日に大規模パーティーではなく私のお友達だけを誘った小規模なホームパーティーがありますが……」
「当然私も招待してくれるのよね?」
俺の話の途中で菖蒲先生が言葉をかぶせてきた。俺としては別に誘うだけ誘っても良いとは思うけど、たった一週間少々しか時間がないのに菖蒲先生は大丈夫なのか?それにほとんど小学生の集まりなんだけど……。招待客で小学生じゃないのは茅さんくらいか?
「招待客はほとんど私のお友達の初等科の子達ばかりですよ?それにもう期間が一週間少々しかありませんが……」
「いいの!大丈夫だから!絶対に参加するから!」
菖蒲先生が物凄い迫力で迫ってきてそう言った。ここまで言われたら仕方がない。菖蒲先生に招待状を出すことを約束した。またしても他の皆に相談もなく招待客を増やしてしまったけど大丈夫かな……。
あと菖蒲先生ってこんな感じだったっけ?もっとこう……、普通な……、良識のある大人って感じだったと思うんだけどな……。自分からパーティーに呼べなんて言うようなタイプではなかったはずだけど……。
そんなことを考えている時、喫茶店の扉が開いて四人の人物が入って来た。
「ただいま。保幸君と小紫が来たぞ」
喫茶店に入って来たのは幸徳井家の友康と保幸、それから小紫と秋桐だった。保幸と小紫は入り口で俺達に気付いたのかその場で固まったかのように止まってしまったけど、友康はこちらをちゃんと見ていないのか気付かず、カウンター席に座っている俺達の一つ空けた隣に座った。
「それにしても先日のパーティーは大変だったなぁ……」
先日のパーティーって九条家のパーティーだよな。そうか。友康には不評だったか。一応色々と考えたんだけどな。
「さくやおねえちゃん!」
向こうで小紫に連れられていた秋桐が俺に気付いたらしい。たたたーっ!と駆けてきて俺と友康の間に座った。
「そうそう。咲耶様だったね……。凄い人物だった。色々な意味で……」
色々な意味で……。その色々な意味を詳しく聞きたい。向こうの方で保幸と小紫がブンブンと首を振っている。
「また第二土曜に行かなければならないんだな……」
「あの……、ご都合が悪ければ必ずしもご両親やご家族がご一緒でなくとも大丈夫ですよ?」
どうやら友康には随分負担をかけてしまっていたようだ。何だかお疲れのようだし、折角の休日に行きたくもないパーティーに顔を出さなければならないのは嫌だよな。俺だってその気持ちは痛いほどよくわかる。
「当主は私だしそうも言って……、って、え?」
そこでようやく友康は俺の方を見た。こちらとしても苦笑いしか出来ない。そんなに友康に負担をかけるつもりはなかったんだけど……。
「さっ、さっ、さっ、咲耶様~~~っ!?」
急に叫んだ友康の声が喫茶店内に響いたのだった。




