第百八十八話「痛いところを……」
今年の一年生は何だか面白い子達が五北会に入ってきたようだ。昨日の始業式の日に顔合わせをしたけど、何だか小さい薊ちゃんみたいな、ちょっと生意気そうな女の子と、おどおどしている男の子がいつも俺達が座っている席に座っていた。
別に絶対あそこが俺の指定席と決まっているわけじゃない。今まで誰もあそこに座っていなかったけど、それはたぶんサロンの中央から離れているからだろう。サロンの皆は中央付近で集まってよくおしゃべりをしている。サロンのメンバーとちょっと距離がある俺はいつも隅の方で小さくなっているだけだ。
そこに新一年生の竜胆ちゃんと榊君という二人が座っていたから譲ってあげようと思ったのに、何故か凄い勢いで辞退されてしまった。何故だろう……。いつも俺が座ってる椅子なんて汚いと思われたのかな?それはないと思いたいけど……。匂いが染み付いていたとか……?いやいや……、そんなはずは……。
ともかく昨日の初顔合わせで元気な一年生達が入って来たようで微笑ましい。去年の一年生は何だか大人しい子ばかりであまり印象にも残っていない。いや、もちろん名前とか顔は覚えてるよ?もう一年も経ったしね?ただ皆大人しくて何の騒動もなく、自然と派閥や門流の人達とばかり話しているから俺と接点も思い出もないだけだ。
今年は始まってすぐにあんなことがあったから妙に印象に残ってしまった。久我竜胆ちゃんと中院榊君のことはもう忘れることはないだろう。
それはともかく今日は休み時間にある場所へ向かおうと思う。お昼休みでもいいんだけど、お昼休みだとグループの皆もいるしね。
「というわけで次の休み時間は知り合いの新入生を見てこようと思いますので、こちらに集まっていただいても私はおりません」
「えっ!それでは私も咲耶様のお供をします!」
「そうですよ!咲耶ちゃん一人で行くなんて!」
一時間目の後の休み時間に集まってきた皆に、次の休み時間はいないと告げたらついてくると言い出した。学園の授業は午前四時間、午後二時間の時間割で、二時間目と三時間目の間の休み時間はやや長くなっている。一年生の教室に行ってくるには、その長い休み時間かお昼休みが良いだろう。時間が短いと移動だけで休み時間が終わってしまう。
「突然大勢で押しかけたら新入生達を驚かせてしまいますよ。それにここから一年生の教室に移動するだけでも時間がかかりますし、約束をしているわけではないので行ったからといって必ず会えるとも限りません。皆さんは待っていてください」
「咲耶様がそう言われるのなら……」
「…………」
何か皆捨てられた子犬みたいな顔をしている……。ちょっとこう……、胸が苦しくなるというか、ついじゃあ一緒に行こうと言ってしまいそうになる。でも本当にちょっと秋桐ちゃんの様子を見に行くだけだし、行ったからって必ず会えるとも限らない。大勢で行ったら新入生達も驚くだろう。
一応皆納得してくれたようだから、次の休み時間になったら俺一人ですぐに移動しなくちゃいけないな。
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二時間目の後の休み時間になるとすぐに俺は移動を開始した。向かう先は一年生達の教室がある場所だ。秋桐が何組か聞いてないけど、適当に教室を覗いたら見つかるだろうか……。これで見つからなかったり、秋桐がどこかへ行っていて入れ違いだったら無駄足だけど……。
とりあえず四年の教室の方から向かってくると三組の教室の方が近い。こちらから見れば奥から一組、二組、三組と並んでいる。どうせ何組かわからないから全て見て行くことになる。一番近い一年三組の教室から覗いてみたらそこには……。
「いた!」
秋桐が三組なのかどうかはまだ聞いてないからわからないけど、少なくとも三組の教室を覗いたらそこに秋桐の姿があった。何人かの女の子に囲まれている。皆たぶん地下家や一般生徒だろう。堂上家以上なら俺でも何となくわかる。あの子達は堂上家とは違う雰囲気だ。
「秋桐ちゃん!」
「さくやおねえちゃん!」
俺が一年三組の教室に入って秋桐に声をかけると、最初は驚いた顔をしていた秋桐もニパッと笑って応えてくれた。とても可愛い。
「さくやおねえちゃん、どうしてここにいるの?」
おっと、そうきたか。やっぱり普通の小学校一年生くらいの子ならこんな感じだよな。俺の周りに居た子達がおかしかっただけだ。そしてこのストレートな物言いよ。聞きようによっては、酷い言い方や失礼な言い方にも聞こえてしまう。
「秋桐ちゃんの様子を見に来たのよ」
「そうなんだ!ありがとう!」
う~ん、とても素直で可愛らしい。もうギュッてしちゃう!
「ムギューッ!」
秋桐をギュッと抱き締めるとそんな変な声を出していた。面白いし可愛いし素直だし、もういっそ連れて帰ってしまおうか。いや、俺はそういう性癖はないよ?ただちょっと可愛いなって、それだけなんだよ?
「このおねえちゃんだれー?」
「あきぎりちゃんのおねえちゃん?」
おおっ、そうだった。秋桐の周りには他の子達もいたんだった。すっかり秋桐と二人っきりの世界になってしまっていた。
「んっとねぇ……、さくやおねえちゃん!」
「まぁ……、そうですね。秋桐ちゃんのお姉さんのようなものです」
「へぇ!そうなんだ!」
「おねえちゃんがいてうらやましい!」
おー!おー!さすが素直な反応だ。本当のお姉ちゃんではないけどそれはもういい。ここではお姉ちゃんということにしておこう。例え100%バールに見えても『バールのようなもの』で良いのだから、例え100%姉じゃなくても『姉のようなもの』でも良いんじゃないだろうか?え?全然違う?こまけぇこたぁいいんだよ。
「さくやおねえちゃんもいっしょにあそぼー!」
「あら?何をして遊ぶのかしら?」
別に目的もなく秋桐の様子を見に来ただけだから遊ぼうと言われたら遊んでもいい。秋桐が藤花学園でうまくやれているかなと思って見に来ただけだ。
まぁいくら幸徳井家が地下家として色々と失伝してしまっていて、地下家として相応しくないとしても、藤花学園にも一般生徒達も多少はいるわけで、そんなに心配するほどではなかったかもしれない。伝統を残している地下家でも最近の風潮に合わせて色々と簡略化している家も多いみたいだしね。
とはいえ藤花学園にいる一般生徒というのは世間一般の一般生徒とは違う。家を継げない分家筋の子供などであって、一般生徒といえど幼い頃から英才教育を習っていたり礼儀作法を身に付けていることも多い。
秋桐は生まれは地下家だけど育ちは本当に世間一般と変わらない。藤花学園でやっていくには色々と至らないことも多いだろう。そういうのが理由でいじめられたりしないかと思ったけど、どうやら今の所はうまくやっているようだ。まだ新年度が始まって二日目だけどね……。
「あそぼー!」
「おねえさんもいっしょー!」
ワイワイと小さな女の子達が俺に群がってくる。何だこれは……。とても可愛い!連れて帰りたい!皆俺の妹にしてしまおうか!ここが天国だ!
「ふんっ!さわがしい。これだから品位のないひとはこまるんです」
「「「…………」」」
何か変な女の子がツカツカとこちらに歩いてきてそんなことを言ってきた。それを聞いて他の子達は顔を逸らせて大人しくなってしまった。この子は……、多分堂上家……、なのか?あまり知らない子だけど、雰囲気はそんな感じだな。
「あなたたちのようなひとが、このでんとうある藤花学園の品位を落としているんですよ!」
「ごめんなさい……」
目の前まで来てそういう女の子に皆完全に萎縮してしまっている。そんなに怖い相手なのかな?いじめっ子?
「そしてあなたもですよ!大きななりをして、一年生にまじってちやほやされて良い気になってるんですか?どうせあなたのような品位のかけらもない地下家では、自分のクラスにいばしょもないんでしょう?だからこんなところまでやってきていい気になって、本当に幸徳井家というのはさいていですね!」
あ~……、何かちょっと心にグサリと刺さる台詞もあったけど、どうやら俺が本当の秋桐の姉と勘違いしているのかな?『姉のようなもの』であって『姉』ではないんだけどな。
ただ……、クラスで除け者にされていて居場所がなくて、一年生の女の子達に混ざって良い気になっているというのはあながち間違っていない。秋桐の本当のお姉さんじゃないという所以外は痛い所を突かれて当たっている気がする。
「え~……っと、まず貴女は?」
「ひとになまえを聞く時は格下であるあなたが先になのるべきでしょ!まぁいいわ!私は清岡李よ!無知な地下家でも堂上家である清岡家くらいしってるでしょ!」
う~ん……。清岡……、清岡……。聞いたことがあるようなないような……。少なくともパーティーで挨拶されたことはないな。どこかで聞いたような気はするけど……。
…………あっ!思い出した!確か一条門流で没落寸前の堂上家だったっけ?一条門流は一条家がまともに面倒をみていないから滅茶苦茶になっている家が多いと聞く。壁新聞の時の桑原家といい、皆結構ガタガタになっているって聞いた。清岡家もその一つだったような気がする。
「そう……、清岡家の……。貴女には貴女なりの考えがあることは良いことだと思うわ。でもこの子達にはこの子達なりの考えや流儀があるのよ。ただ全て否定するのではなく、この子達のこともお互いに尊重してあげるのが良いと思うわ」
「何よえらそうに!地下家のぶんざいで!」
駄目か……。説得しようとして余計失敗してしまったようだ。まだ一年生になりたての子にこんなことを言っても難しいかな……。
その時、チャイムが鳴り響いた。どうやら休み時間が終わってしまったらしい。四年の教室まで向かわなければならない俺はいつまでもここにいるわけにもいかない。
「あら……、休み時間が終わってしまったわ。それでは秋桐ちゃん、皆さんも、李ちゃんも、御機嫌よう」
「ばいばい、さくやおねえちゃん」
「「……」」
秋桐ちゃんは返事をしてくれたけど、他の子達は結局俯いたまま返事もしてくれなかった。どうも清岡李という子に言われて完全に萎縮してしまったようだ。
「きやすく李ちゃんなんてよぶんじゃないわよ!」
そしてこのキレ方よ……。俺はちょっとくらい生意気でもある程度は許せる。昔の薊ちゃんとか、竜胆も生意気な子の部類だろう。でも二人は許せる。李のはただの生意気というより高圧的というか、人を見下しているというか、あまり許せる部類のものではない。
はっきりハキハキしていて言いたいことを言うけどリーダーシップがあるのと、ただ勘違いで偉そうにしているのはまったく別物だ。李はこのままだとあまり良くない方向に成長してしまいそうな気がする。
俺が心配することじゃないんだけど……、秋桐のクラスメイトでもあるようだし、このまま放置というのもどうなんだろう……。何か良い解決策はないかな……。
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お昼休みに、皆で食堂にやってきたら秋桐とそのお友達がウロウロしていた。どうしたらいいかよくわかっていないようだ。
「秋桐ちゃん、皆さん、御機嫌よう」
「さくやおねえちゃん!」
「えっと……、こんにちは」
李に絡まれた件があるからか、秋桐のお友達は何かちょっとこちらに警戒感があるような気がする。最初はあんなに懐いてくれそうだったのに、李のせいで全てぶち壊しになってしまった。まぁいい。ちょっと掴みに失敗したくらいいつものことだ。ここから挽回すれば良い話でしかない。
「皆さん今からお昼ご飯かな?それじゃお姉ちゃん達と一緒に食べよっか?」
「うん!さくやおねえちゃんといっしょにたべる!」
「こっちのおねえちゃんたちも?」
後ろでポカンとしている薊ちゃんや皐月ちゃんの方を指差しながら他の子達が聞いてくる。でも指を差すのはやめようね?俺達ならいいけど他でやったら何を言われるかわからないゾ☆?
「咲耶様……、この子達は?」
「えっと、この子が秋桐ちゃん、他の子達は……、さっき名前を聞きそびれてしまったのでわかりませんが、秋桐ちゃんのクラスメイトの子達です。この子達も一緒で良いですか?」
そう言えばこの子達の名前も聞いてなかった。まぁそれは追々聞いていけばいい。それよりもまずは皆でお昼ご飯にしよう。今日は俺達も普通の食堂だから皆で食べても問題ない。
「まぁ……」
「咲耶ちゃんがそういうなら……」
「それでは決まりですね。まずは新入生達に食堂の利用方法を教えてあげましょう」
皆が了承してくれたので、とりあえず俺達のグループと秋桐のグループで一緒に昼食を摂ることになったのだった。