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第百八十七話「新入生」


 春休みのマナー講習も順調に終わり、皆とのお出掛けもとても楽しいものとなった。素晴らしい思い出と経験が出来た春休みがあっという間に終わると、俺達もついに四年生だ。


 茅さんや兄達は中等科三年となり、杏は六年生になった。新一年生には秋桐が入学しているはずだ。でも俺達は何も変わらない。杏の六年生も、俺達四年生も、クラス替えなしでそのまま繰り上がりだから何の変化もない。数字上四年生になったということと、教室の場所が変わったことくらいだろう。


「御機嫌よう」


「おっ、おはようございます」


 朝、昨年度までと同じように教室で声をかけると芹ちゃんだけ遠慮気味に挨拶を返してくれた。他の生徒達は相変わらず俺に嫉妬しているようだ。ぶっちゃけ俺からすれば伊吹だの槐だの桜だのに絡まれる方が良い迷惑なんだけど……。


 まぁ俺達と同世代くらいの女の子は皆、伊吹や槐や桜と結婚するように家に言われていることだろう。自分達が結婚相手に納まろうと思っている相手三人全員から許婚候補と言われている俺は、同世代の女の子達にとってみれば目の上の瘤であることは間違いない。


 これがせめて誰か一人だったならまだ他の二人を狙えば良いかとも思えたんだろうけど、五北家の同世代男子三人全員を独り占めしていると思われれば、そりゃ嫉妬の嵐になるだろう。俺がその三人に興味がないと言った所で、三人を狙っていた女子達には関係ない話だ。


 俺に言われても知ったことじゃないし、どうせ三人と同時には結婚出来ないんだから、仮に俺が三人のうちの誰かと結婚したとしても、絶対残りの二人は余るのにな……。男と結婚するつもりはないけど……。


 あぁ、やめやめ!折角の新年度だっていうのにいきなり嫌な気分になる。それよりも芹ちゃんと打ち解けてきたことを喜ぼう。


 春休みの講習で何度も顔を合わせたお陰か、芹ちゃんも随分俺と打ち解けてきたと思う。俺はもう芹ちゃんとはお友達だと思っているけど、向こうはまだ俺が五北家や九条家だからか少し遠慮している。どうにかしてもっと芹ちゃんとお近づきになって、新しいお友達として仲良くなりたい。


 とはいえ春休みの間もずっと色々考えて実行していたのにようやくここまで親しくなれた程度だ。あまり無理に迫って余計に避けられても困るし、そんな劇的に変化するような良い案があるのならとっくに実行している。あまり焦らずじっくりいく方が良いだろう。




  ~~~~~~~




 新学年の始業式が終わり、この日の放課後が訪れる。五北家の新入生がいる年は入学式の日に五北会が集まり顔見せが行なわれるが、二条桜が入学して以来、去年も今年も五北家の新入生は入学していない。なので今日の始業式の日が新入生の五北会での初顔合わせとなっていた。


「まってよ、りんどうちゃん……」


「さかき、おそい!」


 今日が五北会の初顔合わせだと久我(こが)竜胆(りんどう)ははしゃいでいた。七清家の一角である久我家は相当上位の家だ。自分が五北会に行けばさぞチヤホヤされるであろうと思っていた。


 その後に従うように追いかけている男の子が中院(なかのいん)(さかき)である。中院家は久我家の分家筋であり、また七清家ではないが僅かしかいない大臣家の一角である。正親町三条家も大臣家であり、この辺りの家も五北会メンバーの資格がある。


 今年は久我竜胆と中院榊の久我家筋の者が二人も五北会に入ることになる。自分が本家筋ということもあり竜胆は女の子でありながら男の子である榊を子分のように従えていた。久我家と中院家が団結していれば他の七清家よりも上だという思い上がりがある。


 確かに同じ学年で五北会に二人も同じ勢力の者が入ればそれなりに発言権は増すだろう。しかし竜胆が考える理屈で言えば、他の七清家もそれぞれ派閥や門流を抱えているわけであり、竜胆と榊のように同じ年で同時に五北会に入るわけではないとしても、その派閥や門流の影響力というのは大きなものとなる。


 しかしそこまで難しいことを考えることが出来ない竜胆は、単純に今自分が榊を従えていることで、他の者達よりも二倍の発言権や投票権を持っている、というくらいにしか考えていなかった。だがそれを愚かと言うことは出来ない。竜胆はまだ今年初等科に入学したての六歳なのだから……。


「こんにちは!私は久我竜胆です!よろしくおねがいします!」


 バーンッ!と五北会サロンの扉を開け放った竜胆は大きな声で中に声をかけた。全員の視線が集まる。しかし竜胆は臆することはなかった。


「ちょっ!りんどうちゃん!」


「さかき!あんたも名乗りなさい!さいしょがかんじんってお母様も言っておられたわ!」


 後ろから慌てて追いかけてきていた榊を前に押し出し名乗れと急かす。自分よりも格上の五北会メンバー達の視線が集中して榊は挙動不審になった。


「あっ、あぅ……、あの……、その……、中院榊です。よろしくおねがいします……」


 自信がなさそうにオドオドと小さな声で名乗る。それに竜胆は不満を持った。


「もっとしっかりしなさいよ、さかき!あんたがなさけないと私まで軽くみられるのよ!」


 まだ一年生だから怖いもの知らずなのだろうという生温かい目と、いくら一年生といえど無礼が過ぎるという視線が集まる中、竜胆と榊は五北会のサロンへと入っていった。後に続く榊が扉を閉める。


「ふっふ~ん!どうやらみんな私にひれふしているようね!かんしん、かんしん!」


 のっしのっしとサロンの中を歩く竜胆と、扉を閉めてからそれに続く榊。そしてサロンの奥が見える場所まで進んだ時、竜胆の目に一箇所だけとても良い椅子が置かれているのが目に入った。


「なによ!気がきくじゃないの!これは私のためによういされているものね!」


 サロンの一番奥、特等席の場所に、他に置かれている椅子よりもさらに豪華で高級な椅子が鎮座していた。さすが五北会のサロンだけあって置かれている家具も何もかも高級だが、その中でもその最奥の椅子だけはさらに高級だった。竜胆でもそれを一目見ただけでその椅子が他よりも優れていることがわかるほどだ。


「ぁ……」


 他の五北会メンバーが一瞬何か言いたそうにしていたが、結局何も言う前に竜胆がその席にドカリと腰掛けてしまった。とても座り心地が良い。七清家である久我家で使っている物よりもまだ良い物ではないかとすら思える。


「なかなか良いすわりごこちね!気に入ったわ!これからここは私だけのせきにしてあげる!さかきも早くすわりなさいよ」


「あの……、りんどうちゃん……、なにかへんじゃないかな?」


 竜胆がその席に座ってから……、五北会のサロン全体が静まり返っている。いや、いっそ空気が凍り付いているとすら言える。さすがの竜胆も確かにこれは何かおかしいと思った時、サロンの扉が開かれた。竜胆と榊が扉の方を見てみればそこには……。


「御機嫌よう」


「「「「「…………」」」」」


 入って来た人物が口元を扇子で隠しながらサロン内に声をかける。それだけで明らかにサロン内の空気が変わった。まるで他の五北会メンバーの家々が、これだけ集まっていながら、その相手たった一人を恐れているかのような空気が漂う。


 コツ、コツ、コツ、と……、何故かその相手は竜胆と榊の方へと歩いてくる。逆光で相手の顔や姿ははっきりとは見えないが、左右に二人の女子生徒を従えたその人物が、ついに竜胆と榊の前に立った。


「おや?ふふっ……、ここはいつもの私の指定席だったのですが……、どうやら今日は先客がいるようですね」


 その人物が目の前に立ち、口元を扇子で隠しながら言葉を発する。それだけで榊はガクガクと震える体を抑えられなかった。


「あっ……、あっ……」


 そして竜胆も、目に涙を溜めながら両親の言葉を思い出していた。両親は『五北家とは絶対に揉めるな』と竜胆に散々口を酸っぱくして言っていた。しかし竜胆はそんなに真剣に聞いていなかった。どうせ五北家などと言っても七清家とそう大して変わらないだろうと思っていたのだ。


 そんな両親はさらにこんなことも言っていた。『五北家の中でも九条咲耶様とは絶対に敵対するな』と……。


 わかってしまった。まだ相手が名乗ってもいないのにもうわかってしまったのだ。今自分達の目の前に立っている人物こそが九条咲耶様であると。


 五北家が七清家と大して変わらない?何を馬鹿なことを思っていたのか。大して変わらないのならば最初から五北家などと呼ばれて特別扱いなどされていない。久我家が七清家というだけで特別扱いされているように、五北家はさらに特別だからこそ五北家と呼ばれているのだ。


 その中でも両親がさらに絶対に敵対するなと言っていた九条咲耶様。竜胆も榊も社交界にデビューしてまだ間もない。パーティーで九条咲耶様と会ったことはまだない。それでもわかる。今、目の前に立っている、体はそれほど大きくないというのに、まるで巨人かというほどの迫力と圧力を放っているこの人物こそが九条咲耶様であると。


 九条咲耶様は派閥も門流も違うというのに、他の七清家のうちの二家を自身の才覚のみで従えているという。ということはこの九条咲耶様の後ろに控えているのが、久我家と同格レベルの七清家である西園寺と徳大寺なのだろう。それにさらにまだ他にも数多くの堂上家を従えているという。と、その時……。


 バーーンッ!


 という物凄い音がしてサロンの扉が開かれると同時に誰かがドスドスと歩いてこちらに近づいてきていた。


「ああ、咲耶ちゃん!放課後が待ち遠しかったわ!さぁ!お話しましょう!おや?この者達は?」


 物凄い勢いでやってきた無作法者は竜胆と榊を見下ろして不躾な言葉をぶつけてくる。しかし逆らったりその態度を咎めようという気にはなれない。まるで巨大な野生のグリズリーが目の前に立っているかのような迫力に圧倒されて何も言えるはずがない。そして九条咲耶様はそのグリズリーが小熊のぬいぐるみに思えるほどの迫力とオーラを放っているのだ。


「ごっ、ごごごっ、ごめんなさい!りんどうちゃんはなにもしらなかったんです!ゆるしてください!」


「さかき……」


 恐怖に震えて固まっていた二人だったが、榊は竜胆より先に正気に戻って頭を下げた。とにかく竜胆を守らなくてはと必死だった。


「良いのですよ。そこは去年まで私の特等席のようなものでした」


 いや、『ようなもの』ではなく確実に特等席だ。明らかに置かれている椅子の質からして違う。サロンの最奥に置かれた特別な椅子。そこに腰掛けるのは藤花学園の女帝、九条咲耶をおいて他にいない。少し考えればわかることだったはずなのに、竜胆はあまりに浮かれて迂闊すぎた。


「ですがいつまでも私がそこを占拠していても良いものではありません。貴女達がそこへ座りたいというのなら、次は貴女達が座る番なのかもしれませんね」


「九条様……」


 竜胆は呆然と九条咲耶様を見上げた。それはつまり……、次の藤花学園を纏める女帝を引き継ぐのは竜胆かもしれないと認めてくださったということだ。そして自分の跡を継ぎたければ、この椅子に座るに相応しい者になってみろと言われているのだ。


 一年や二年で竜胆が次なる女帝になれるとは思っていない。三年後、九条咲耶様がご卒業された時、竜胆は今の九条咲耶様と同じ四年生になっている。その時に、竜胆が今の九条咲耶様と同じ……、とは言わないまでも、せめてこの椅子に座るに相応しい者になっていたならば、その時初めて正式にこの席を譲り受け、藤花学園を纏め上げる次なる女帝になれるのだ。


「九条様……、私……、私もかならずこのいすにふさわしいものになります!そのときまで……、このせきはおかえししておきます!」


「あら……、そう……?座っていても良いのよ?」


 まるで竜胆を試すように、九条咲耶様はそう言われる。今までの竜胆ならばここで調子に乗って、『それじゃお言葉に甘えて』とばかりに座っていたかもしれない。しかし今は違う。


 真の強者を知り、真の覇者を見た。そして今自分は試されているのだ。ここでじゃあ座りますなどとこの席を譲られて満足するような者は九条咲耶様の跡継ぎになどなれない。だからこそ今ここで試されているのだ。


「いえ……、私は……、私もいつかじぶんのじつりょくでそのせきにすわれるようにがんばります!」


「そう……。頑張ってね」


 ふっと、口元を隠していた扇子を下ろし、少しだけ緩んだ口元を見せてくれた女帝、九条咲耶様は、フワリと柔らかく竜胆の頭を撫でてくださったのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] こう言う展開好き [一言] 確かに他人から見れば女帝なんだね。 サロンの人達も無視はしてるけど、女帝としてみとめてるっことかな?
[一言] 磨きあげた所作は気品(オーラ)となって現れる?
2020/07/08 20:38 リーゼロッテ
[気になる点] 咲耶ちゃんから何かよく分からないオーラが漂っているらしい
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