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第百八十六話「お買い物」


 今春オープンしたばかりの大型ショッピングモール。多くの人で賑わうそのショッピングモールに似つかわしくない黒塗りの車が列をなして乗り込んできた。オープン前の朝早くから並んでいた人達はその車だけ別の通路を通り、まるで優先されるかのように通されていることに不満と反感を覚えた。


「何だよあれ。こっちは並んでるってのによぉ。ちょっと文句言ってきてやるか!」


「やめときなって……」


 髪を脱色して、違法に改造して車高を下げて、うるさいマフラーをつけている車に乗った男がイキがって車を降りてそちらへ近づいてく。隣に乗っていた女性は止めたが聞かない男に渋々ついていった。


「おい!こっちゃ長い列を並んでるっつぅのに何でてめぇらだけ優先されてんだ?あ?きちんと並べや!」


 怒鳴り声を上げながら黒塗りの車に近づいて行った男だったが、降りて来た男達を見て途中で固まった。


「何か?」


「あっ、いや……、何でもないです……」


 小さくなった男は逃げるように、否、実際に急いで逃げ出した。黒塗りの車から降りて来たのは屈強な体格をした黒服達だ。どう見ても堅気には見えない。完全に区画されている一画に黒塗りの車が並べられ、黒服達がズラリと並んで立っている。他の客達も全員遠巻きに見ていることしか出来ない。


「警備員さん、あっちです」


「どれどれ?あ~……、あちらは今日は優先として確保されているんですよ」


 一部の客がショッピングモールの警備員などに連絡して、変な人達が一画を占拠しているとか、そっちの筋の人がいるからどうにかして欲しいという苦情が出されていた。しかしここは店側が最初から確保していた場所であり、客にそう言われても店は定型文で対応するだけだった。


 例えば、政治家とか、他国の大統領とか、その会社の重役や社長が視察に来るというのに、一般客と同じ所に並ばせて、駐車場が空くまで待たせて、普通の行列に並ばせるだろうか?もちろんお忍びでやってきたのならそうなるが、堂々と視察に来たのなら特別に確保された場所に乗り込むし、並ばずに優先される。そんなことは当たり前の話だ。


 今日ここにやってくる者達は、このショッピングモールを経営する会社にとってはとても重要な相手であり、その視察のために事前に駐車場や入場ルートを確保し、店内も優先して視察していけるように手配することに何の問題もありはしない。


 最初は多少の騒ぎになっていた一般客達も、警備員達が黒服達と一緒になってその一画に立つようになると、筋の者が来たからではなく、そういうVIPが来る予定なのだと察して苦情を言う者は減った。


 代わりに誰か有名人が来るのかと思って別の興味を持った者が多数そちらの様子を窺っているが、まだその本命は到着していないのか何の動きもなかった。


 オープンの少し前になって超高級な長いリムジンがその一画へと入ってきていた。あんな車に乗っているのはテレビで海外のスターなどが乗っているのしか見たことがない。もしかして海外の映画スターでも来ているのかと俄然周囲は興味津々になっていた。


 しかし車から降りて来たのは小さな女の子だった。まだ小学校低学年くらいだろうか。同じような超高級リムジンが次々に到着し、同じくらいの年齢の女の子達が降りてくる。店がオープンして大半の客は入場していったが、一部の客はまだその黒塗りの車やリムジンの方を観察していた。


 一部年上そうな女の子も合流し、九人になった女の子達はようやくショッピングモールに入って行く。最初は遠巻きにしか見えていなかったが、一団が移動したことで近くで見た何人かが気付き始める。


「ねぇ……、もしかしてあれって……?」


「うん。そうだよね」


 店内に入ってからも黒服達に周囲を囲まれた少女達の集まりは異常に目立つ。そしてその集まりの少女達を見ていれば、テレビや雑誌を良く見る者は知っている人物がいることに気付いて騒ぎ始めた。


「あれってテレビに出てた……」


「咲耶ちゃんと杏ちゃん!」


 多仁の件でテレビに出るようになってから咲耶と杏は世間的によく知られている。他の少女達のことは知らないが、こうして黒服達に囲まれて一緒に歩いているということは、同級生とかお友達なのだろうということは想像に難くない。


「え?もしかして何かの撮影?」


「どっきり?」


「まさか本当に普段からあんな生活してるわけないっしょ」


 咲耶達にとっては当たり前の生活も、庶民達から見れば当たり前ではない。黒服達をゾロゾロと引き連れて、周りを囲まれながら移動しているなんて、まさかそんなことがあるはずがないと思われていた。


「あっ!咲耶ちゃんのあの服……、あのブランドじゃない?」


「え?本当だ!今春の新作!あれだけで私のお給料の半分飛んじゃうよ!?」


「いやいや……、さすがにテレビの衣装っしょ?」


 咲耶はこの日のために可能な限り質素な服を用意していた。だから実際この八人の中で今日着ている服は一番の安物だ。杏の方が安物だが杏は含めず八人という意味である。杏は今日完全にカメラマンスタイルであり、ブランド物の衣装などではなく、いかにもカメラマンという格好をしていた。


 残りの七人は咲耶があえてこの安物のブランドの服を着てきていることに感心していたくらいだ。庶民的なショッピングモールに来るのだから、あえて咲耶はそれに合わせてこのような衣装を着てきたのだと感心していた。しかし他の者達は違う。


 他の七人が着ているオーダーメイド専門の超高級店のオーダーメイドの服など遠目に見てもわからない。それよりも咲耶の着ている有名な一流ブランドの服の方が一目でそれとわかってしまう。本当なら他の七人の方が高級な服を着ているのだが、遠目に見ている一般客達にはわかりやすい咲耶の服の方が目立ってしまっていた。


「確かにテレビとかでお金持ちって言ってたけど、子供に普段からあんな服着せてないっしょ?」


「そうだよね……。何か黒服の人達もいるし、やっぱりどこかで撮影してるのかな?」


 ただあまりに非常識すぎる一団に対して、一般客達は何かの撮影かと思って納得することにしたのだった。




  ~~~~~~~




 レストラン街で食事を済ませた一団がまた店を見て回り始める。遠巻きに見ていたり撮影するくらいなら何も言われないが、中には咲耶と杏に近づこうとして黒服に連れて行かれている者も何人かいた。その連れて行かれた者がどうなったのかはわからない。


「これはどうですか?」


「あははっ!おもしろいねー!」


 服屋を見て笑っている。皐月や譲葉はその服が普段お目にかからないような変わったデザインに思えたのだ。作りが安っぽいとかチープであるということには午前中でもう慣れた。ただ作りが安っぽいということは差し引いても、その形やデザインが面白い。


「世間ではこういうものが流行っているのかしら……」


「そうですねぇ……。面白くはありますがあまり可愛いとは思えませんが……」


 茅の言葉に椿も頷く。杏以外のここにいる者にとってはどれも奇抜なデザインにしか思えなかった。面白いといえば面白いが、可愛いとか着てみたいとは思えない。


「杏、貴女はどうなの?普段こういうのを着ているのかしら?」


「え?そうっすねぇ……。あっ、こういうのなら持ってますよ!」


「「「へぇ……」」」


 杏は割と庶民派なのでこういうお店で売っているような服も持っている。ファッションも世間に近い物を取り入れていた。ただ堂上家以上ともなってくれば、その界隈での流行や常識というものがある。世間的な流行を知っている者もいるが、それは遠い世界の流行りというようにしか見ていなかった。


「これはどうかな?」


「何ですかそれは……。まるでてるてる坊主ではありませんか……」


 茜が冗談でフワフワの服を体に当ててみれば、それはまるでてるてる坊主のようだと皆で笑った。しかし……、世間的にはそういう服も普通にある。別に笑うところではない。ここにいる八人は世間とのズレも大きい。そして一番庶民派であるはずの杏は杏で個性的なので世間とのズレがある。


「次に行きましょう」


「「「はーい」」」


 皆でゾロゾロとお店を渡り歩いて行く。確かに刺激的で面白くはあるが、かといって買う物もない。見るのは面白いが、何軒か周ればあとは同じようなデザインの服が多いので飽きがくる。


「次はあれを見てみませんか?」


「えー?なにあれー?」


 そこで咲耶が次に示したのは何百円均一が売りのお店だった。そこも安物ではあるが、同じような服ばかりで飽きてきていた一同にはちょっとした刺激にはなると思ってのことだ。


「なにこれー!おもしろーい!」


「これは何でしょう……」


 皆使い方のわからない小物やおもちゃに興味津々となった。何かしら用途があるのだろうが、こういうお店では時々使い方もよくわからない物が売られていたりする。ましてや世間知らずのお嬢様達にはまったく未知の物が多数あった。


「説明書もないのですか。不親切なものですね」


 使い方もわからず、注意事項は書いてあるが使い方は一切説明もない。そんな商品がゴロゴロしている。


「帰りまでに……、今日の思い出に皆さんでお揃いの物を買って帰りましょうか?」


「良いですね!素敵な物を選びましょう!」


「う~ん……。これまで見て来た限りでは素敵な物は難しいかもしれませんね……」


 咲耶の提案に薊は喜んで応えたが蓮華が現実を突きつける。確かに見たこともない物、知らない物はたくさんあったが、可愛い物や素敵な物はあまりなかった。馬鹿らしい物などなら割とすぐに見つかるのだが……。


「よーし!帰るまでに良い物を見つけよー!」


 そこからは帰るまでに皆でお揃いを買って行こうと色々と探しながら店を回った。しかし結局コレというものはなく、時間だけが過ぎていく。


「中々これという物が見つかりませんね……」


 どれにしようか悩むが決められない。そろそろ帰らなければならない時間が迫っているというのに、気持ちばかり焦っていた。


「それではこういう場所に慣れている杏さん。何か決めてもらえますか?」


 咲耶はにっこりと、今日一日撮影にばかり集中していた杏にそう言った。急にそんなことを振られて杏が焦る。


「うぇっ!じっ、自分っすか!?」


 確かに杏はこの中で一番庶民的な生活に慣れているだろうが、だからといってこんな場所で堂上家の面々に見合うような物を選ぶことなど出来ない。しかし咲耶はふっと表情を緩めて杏に語りかけた。


「難しいことを考える必要はありませんよ。皆さんに相応しいとかそんなことは考えなくて良いのです。今日ここに来た思い出に相応しい物でいいのですよ。ここが庶民的なお店だというのなら、庶民的なお土産で良いはずです。違いますか?」


「それは……」


 そもそもからしてこんな場所で堂上家の人々に満足してもらえるような物などあるはずがない。堂上家に相応しいや、堂上家が満足出来る物を探すのではなく、この場所に来た記念になるような物でいい。そう言われて杏は皆をある店へと案内した。


「こんなのはどうっすか?」


 引っ掛けがたくさんついた、クルクル回る商品ラック。そこにはたくさんのキーホルダーやストラップが吊るされていた。


 確かに堂上家の者が持つにしてはチープな物しかない。だがこの庶民的なショッピングモールに皆で来た思い出の品だというのなら、むしろこういう物の方がそれらしくて良いのかもしれない。皆そう理解して商品を物色し始めた。


「これなんてどうかな?」


「こっちの方が可愛くない?」


「飾っておくならこれの方が……」


 皆真剣に選び始める。そして決まったのは……。


「じゃあこれにしよ!」


「「「さんせーい!」」」


 皆が選んだのは花柄のキーホルダーだった。たぶん違うと思われるが、少しだけ見かたによっては藤の花に見えなくもない。途中から皆は九条藤を探していたが、そんな柄があるはずもなく、ちょっとだけ藤の花に見えなくもないキーホルダーを選んだ。


「それでは今日の記念に……」


 一人一つずつ、九人がそれぞれ思い出に同じ物を買う。


 帰る時間になり、駐車場へと戻った皆はそれぞれ車に乗って帰って行く。でかすぎるリムジンは入った順と逆、外側に近い順に出て行かないと出られない。来た順番とは逆に皆が帰っていった。


「それでは御機嫌よう、薊ちゃん、皐月ちゃん」


「御機嫌よう」


「咲耶様、お気をつけて」


 最後に二人と別れて咲耶は車に乗り込んだ。楽しかった時間が過ぎれば余計に寂しさがやってくる。しかし……、皆で買った思い出のキーホルダーがあれば、そんな寂しさも紛らせられる。袋から取り出したキーホルダーを見詰めながら、咲耶は少し頬を緩めたのだった。



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― 新着の感想 ―
人から見たお嬢様回好き
[一言] 一人称じゃないだけで誰このお金持ちの美少女お嬢様は… これでたまにポンコツしてギャップ萌え無自覚でするのズルじゃん
[一言] お金持ちはお金使って経済を回すのが仕事だから……
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