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第百八十五話「やっぱり期待するほどおいしくは……」


 春休みになってからマナー講習も開かれて大好評だけど、マナー講習だけに集中している場合じゃない。もちろん習い事がどうとか、修行がどうとか、色々とあるんだけど……、そんなことは全部ぶっ飛ばして今日はこの春休みで最も大事な用が待っている。それは……。


「とうとう……、今日は皆さんとお出掛けです」


 そう……、今日は待ちに待った皆とお出掛けの日だ。何なら俺はこの日のために頑張ってきたと言っても過言ではない。


「うふふ~っ!さぁ!今日のために用意した服に着替えましょう!」


 直前になって今日着て行く服で迷ったりなんてしない。当然事前に段取り済みだ。今日着て行く服は多分世界中のほとんどの人に聞いても知っているであろう、とてもメジャーなメーカーの既製服を用意している。


 俺達が普段着ているような、メーカーの名前を聞いても『そういえばそんなメーカーもあったっけ』みたいなマイナーなメーカーのオーダーメイド品じゃない。今日の服は恐らく世界中で聞いても『ああ!あの!』って言われるような有名メーカーの既製服だ。


 何故わざわざこんなものを用意したかというと、今日俺達が行くのが普通のショッピングモールだからだ。一般人に馴染みがなくて名前を聞いても『え?知らない』『そんなメーカーあったっけ?』『あぁ……、聞いたことあるような?』みたいな反応のメーカーのオーダーメイドを着て行ったらおかしいだろう?


 だから俺は普通のショッピングモールでも溶け込めるように、精一杯今日の行き先に見合うくらいに服のレベルを落とした。これ以上レベルを落としたら母に何を言われるかわからないギリギリのラインだ。そもそもうちじゃ既製服なんて着てたら怒られるからな……。


 今日の服は有名人とかも御用達のブランドの既製服だから、母を納得させる本当にギリギリ最低限っていうところだ。これを着て行けばショッピングモールでもちょっと良い服を着ている普通の子供くらいで通せるだろう。


 早速着替えた俺は車に乗って出掛ける。ショッピングモールなんて開店時間が遅いからこっちも朝ゆっくり出来るというものだ。


 皆とは現地集合ということになっている。そして行き先について家族に何か言われたら『私達ももう四年生になるのだから一般庶民の生活を知るための社会見学だ』と言うと口裏を合わせておいた。実際何人かはこの言い訳を使ったようで、それなら止むを得ないかと許可を貰えたということだった。


 やっぱり皆堂上家とか七清家とか、本当にお嬢様ばかりなんだよなぁ……。前世の感覚だったらショッピングモールにだって、それなりにお高いお店とかも入ってる所もあったけど、今生ではショッピングモールなんて俺達は普段絶対に利用しないような店の集まり、という風にしか見られていない。


 実際今日の集まりでもショッピングモールに行ったことがあるのは杏くらいだった。皐月ちゃんは俺と一緒に行ったけどあれをノーカンだとすればの話だ。あと薊ちゃんも下町の商店街みたいな所なら行ったけど、あれもノーカンでな。


「御機嫌よう皐月ちゃん、薊ちゃん」


「おはようございます咲耶様!」


「御機嫌よう咲耶ちゃん」


 俺が駐車場に着くともう皐月ちゃんと薊ちゃんが待っていた。辺りは混み合っているというのに、この一角だけ駐車スペースが確保されて黒服達が立っている。オープン間もなしで混雑しているショッピングモールだから、大変な混雑に巻き込まれるだろうと思って店側に駐車場を確保させている。


 駐車場に入るためにも長蛇の列になっているし、駐車場に入れても空きがなくて諦めてそのまま出て行く者も多いようだ。俺達の車は別の入り口から入ってこの確保されている駐車スペースに誘導されるので渋滞に巻き込まれる心配はない。


「お待たせして申し訳ありません」


「御機嫌よう椿ちゃん。まだ時間になっていませんから待っていませんよ」


「おはようございます咲耶ちゃん」


「御機嫌よう蓮華ちゃん」


 暫く待っていると次々と皆が到着し始めた。いくら入場ゲートや通路が別とは言っても、周辺の道路に駐車場の空き待ちの車が列を作っているから渋滞が起き始めているらしい。茜ちゃんからは電話ですぐ近くまで来ているけど入場口まで入るのに少しかかりそうだと連絡があった。


「ほら!杏!譲葉!早くしなさい!」


「待ってくださいっす!」


「大丈夫だよー!」


「御機嫌よう茅さん、杏さん、譲葉ちゃん。もしかして三人ご一緒に?」


 何故か向こうから茅さんと杏と譲葉ちゃんが歩いて来ていた。もちろん周りには黒服達がいるから三人が歩いていても心配はない。


「そうだよー!正親町三条様が一緒にいこーっていうから一緒に来たんだー!」


 へぇ……。何か知らないけど本当にいつの間にか茅さんと譲葉ちゃんが仲良くなっている。杏は前から茅さんと親しかったけど、こうして三人で同じ車に乗ってくるくらい親しくなっていたのか。


「どうせ譲葉は遅刻すると思ったのです。だから迎えに行くと言ったのに案の定遅れて……。外で渋滞に引っかかったのでそこから歩いてきたのです」


「なるほど……」


 茜ちゃんも渋滞のせいで入場口に近づけないようだし、こっちの三人も近くまで来たけど渋滞に嵌ったから歩いて来たのか。まぁこの状況ならその方が早いだろうな。


 ただ茅さんは譲葉ちゃんが遅いからって怒りながら、結局遅れるのが心配だからって迎えに行って一緒に来ようとする辺り、本当に仲良くなったんだなぁと実感させられる。確かに皆の仲が悪いよりは良い方が良いんだけど……、何だか二人がこうも仲良くしていると少し寂しい気もするな。


「咲耶ちゃんどうしたのー?お腹いたいー?」


「……え?何でもありませんよ……」


 譲葉ちゃんって勘が鋭いのかな。それともよく人を見ているんだろうか。天然でぽやぽやとしてそうなのにこういう時は妙に鋭い。


「すみません!お待たせいたしました!」


「御機嫌よう茜ちゃん」


「本当よ。一体どれだけ待たせるつもりかしら?渋滞にはまったのなら車を降りて歩いてきなさい」


「もっ、申し訳ありません!」


 茅さんに言われて茜ちゃんは縮こまって頭を下げていた。確かに茅さん達は車を降りて歩いて来たから少しは早かったかもしれないけど、茜ちゃんにそんなに言えるほど早くは来てなかったよね?まぁいちいちそんなことを言うつもりはないけど……。


 こうして全員揃った俺達はようやく店の中へと入ったのだった。




  ~~~~~~~




 ショッピングモールの中に入ってみたけど、前世の記憶にあるようなショッピングモールとほとんど変わらない。俺からすればいつも行くようなお店よりこういうお店の方がまだ馴染みがある。小市民である俺にとってはいつものメーカーのオーダーメイドの方がよほど緊張する。こういう店の方が気楽だ。


 人混みが多くて大変だけど俺達がはぐれることはない。周囲を黒服達が囲ってくれているから別々になることもないし、人混みに飲み込まれることもない。何かちょっと周りの人から見られている気はするけど、そんなことをいちいち気にしていたら負けだ。


「へぇ?何これ?」


「おもしろーい!」


 薊ちゃんが見つけた小物屋さんを皆で覗いてみる。とてもチープな小物が置かれていて、皆興味津々で見ていた。


「可愛いけど……、ちょっと作りが雑ですね……」


 おぉ……、黒い蓮華ちゃんが出てきた……。まぁ言っていることはわかる。小物も色の塗り方が雑ではみ出ていたり、一個一個微妙に違ったりとかなり雑な出来だ。でも隣国で作った輸入の安物ならこんなものだろう。


「これはどうですか?」


「何か……、ニャンちゃんの真似みたいな……」


 椿ちゃんが手に持っているキーホルダーのようなものを見て茜ちゃんがムッとした顔になる。やっぱり偽物とかだったら嫌なんだろう。別にこれがニャンちゃんのパクリ商品ってわけじゃないんだろうけど、確かにちょっと似ている気もする。少なくとも人気キャラクターとして意識はしているだろうなと思う出来だ。


「いいっすよ!皆さん良い表情っすよ!」


 そして杏は相変わらず皆をパシャパシャと撮りまくっていた。明らかに一人だけ挙動がおかしい。皆との思い出を映像に残してくれるのは良いけど、周りからは変な人だと思われてるんじゃないかな。


「次は向こうへ行ってみましょう」


 茅さんが次の店に向かって歩き出す。ここはあまり茅さんのお気に召さなかったのかな?ちょっと子供っぽい小物が多いお店だからそうかもしれないな。茅さんの部屋には小物なんて一切なかったし……。いや……、何か変なグッズは色々あったけど……。あれは怖いからもう忘れよう。


「何か変わった匂いがしますね……」


「アロマかしら?」


 隣のお店は……、何ていうんだろう……。あれだ。強烈な子供用のチープな匂い玉みたいなものの匂いがしている。文房具というか、子供向けの小物屋さんみたいな感じだ。まぁ隣も小物屋なんだけど……、置いている種類というかターゲットの年齢層が違う。


「これは少々匂いがきつすぎるような気がしますが……」


「これで普通なの?」


 皆そのお店から漂うすごい匂いにちょっと顔を顰めている。前世のショッピングモールでもこの手のお店の前や、近くを通っただけでもかなり匂いを感じたものだ。どうしても我慢出来ないということはないけど、これだけ匂いが強いとあまり良い匂いとは感じられない。


「気分が悪くなりそう……。早く行きましょう」


「うんうん……」


 やっぱりお嬢様達には少し匂いがきつかったか……。まぁパーティーとかでもっと香水の匂いがきついおばさんとかもいるし、どうしても耐えられないわけじゃないんだろうけど、わざわざ進んで嗅ぎたいものではないということだろうな。




  ~~~~~~~




 午前中からいくつか店を回って、いくらか冷やかしてみた。当然普通には俺達が買うようなものは何もない。服や小物を見てみるけど皆の反応はいまいちだった。


 いや、面白がっているからその意味では成功だと言える。ただ何か買うかと言えば、こんな所で売っているチープな小物や服を買っても使う所も着て行く所もない。靴も服も小物も全てだ。


「そろそろ食事にしましょうか?」


「お食事ってどうするのかしら?」


 皆フードコートを見ながら理解不能なものを見ているという顔をしていた。皆の家クラスだったらフードコートなんて意味不明だよな。利用したことがあるのなんて杏か皐月ちゃんだけだろう。


「レストラン街のお店に入りましょうか」


「咲耶様にお任せします」


 皆いまいちわかっていなからか俺に任せるという。仕方がないので皆を連れてレストラン街に向かってみた。けどやっぱりお昼時だからあちこち物凄く並んでいる。フードコートも混雑していたし、これは少し時間をずらした方が良いかな……。


「どこも混んでいますね。時間をずらしましょうか?」


「うわー!おもしろいねー!なにこれー?」


 譲葉ちゃんがガラスにへばりつくくらいの勢いで食品サンプルを見ている。そう言えば皐月ちゃんも食品サンプルを面白そうに眺めていたっけ。今は……、譲葉ちゃんを温かい目で見ているな。まだ皐月ちゃんだって二回しか来たことがないのに……。


「それではどこか気に入ったお店があれば入ってみましょうか」


「「「はーい」」」


 お店を見て回り、皆が気になった所を聞いてみる。ある程度皆が気になったお店も似たようなもので、何軒かには絞られた。あとはその中でどこにするかだ。


「あとは咲耶様が決めてください」


「え~……」


 とっても嫌な役だ。はっきり言おう。皆の肥えた舌じゃどのお店に入ってもおいしくないと思う。その絶対に皆に不評になるであろうお店を最後に決めるのが自分だったらどう思う?絶対嫌だと思わないか?


「え~……、それでは……、こちらかこちらに……」


 それでも俺も何も決めないというわけにはいかない。最終的に二軒を選んでどちらかにしようと提案した。これなら最後に決めたのは俺ではないという形に出来る。


 俺が選んだのはどちらも庶民の一食の食事にしてはそこそこお高いお値段のお店だ。さらに素材に拘った、とか、調理の手間が、とか、味や食材に拘っているという謳い文句が出ている。どこを選んでも皆には不評だろうけど、その中でもせめてマシそうな所をチョイスしたはずだ。


「それじゃ最後は多数決にしましょ。こっちが良い人!」


「「「「はーい」」」」


 というわけで最後は俺が選んだ二軒の中から多数決で決められた。お昼時で結構混雑していたけど俺達はあまり待たされることなく店に入り……。


「う~ん……」


「これは……」


 皆の反応を見てわかる。皆色々と期待したみたいだけど……、やっぱりこういうお店の料理は期待するほどおいしくはなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 庶民にとっては マズくない≒まあおいしい だから( ˘ω˘ )
[一言] 茅さんと打ち解けたり、咲耶様の内心を何となく察したりと、ポワポワしてる譲葉ちゃんが、少しずつ隠れたる能力を表に出し始めてきた様に感じる。 咲耶様の取り巻き(同学年)の中だと、多分能力的に1…
[一言] 茅さんが譲葉ちゃんにはまともにお姉さんしてる…咲耶様に出会わなければまともだった可能性
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