第百八十三話「春休み」
第一弾として送った招待状のうち、やっぱり地下家や一般生徒達からはかなりお断りの返事が来ていた。皆堂上家や、それどころか五北会や五北家が出てくるパーティーは尻ごみしてしまうらしい。あとは俺が嫌われているからとかかな?その可能性もあるから笑えない。
とにかくあまり少なくなりすぎると結局堂上家だらけのパーティーになってしまう。だから人数を見ながらさらに追加で招待状を送っていく。
今回のパーティーの利点は仮面舞踏会で参加者を秘匿しているから無闇にしゃべるなと注意出来ることだ。もちろん実際にはそんなことを破って『招待状きたよー』なんてポロリする奴もたくさんいるだろう。でも一応建前とはいえ招待状を受け取ったことも黙っているようにと書いてある。
だから不参加の返事が多ければこうして後で追加の招待状を送っても誰も正確な所は把握出来ないだろう。本当に黙ってくれている人もいるだろうし、ベラベラしゃべる者もいるだろうからね。
参加、不参加をすぐに表明してくれる人は良い。でも問題はすぐに返事をしてこない相手だ。そういう人が増えると招待客の数が把握出来ない。不参加が多ければ追加でこっそり招待状を送ればいいけど、返事保留が多すぎれば、追加で招待状を送るかどうか判断に迷う。
あまりにたくさん送りすぎて、結局保留の人のほとんどが参加とかになれば招待客が増えすぎる。かといってほとんどの保留の人が不参加になればそれはそれで少なくなりすぎるかもしれない。早く返事が欲しいのに中々返事をしないやつは困るな!
え?俺も近衛や鷹司の時に返事を散々遅らせてるって?俺はいいんだよ。あいつらにどう思われたって構わないし、いっそいないものと思ってくれた方が助かる。面倒だから次から誘わないでおこうってしてくれる方がうれしいくらいだ。
まぁそれで数を読んで調整しながらいくらか追加の招待状を出し、返事保留以外である程度参加者の目処がついた。堂上家以上の参加率は高いけど、やっぱり地下家や一般生徒達の辞退、不参加率はかなり高い。皆尻ごみしてしまうのか……。
そうしてパーティーの段取りや人数も決まってきた頃、三年生の三学期が終わった。
「咲耶様!ついに春休みですね!」
「そうですね」
テンションの高い薊ちゃんに苦笑しつつもその気持ちもわからないでもない。この春休みには皆でお出掛けが待っている。それでテンションを上げるなというのは無理な話だ。
「でもまさか咲耶ちゃんのおうちで『仮面舞踏会』が開かれるとは思いませんでしたよ」
「ほんとだよー!びっくりしたよー!」
「あはは……」
俺だってびっくりしたからな。皆の家だってそれなりにパーティーは開いているだろう。派閥や門流の集まり、身内ばかりの集まりのパーティーならどこでもやっているはずだ。でもこういう大掛かりなものはあまり開かれない。
今までの定番大規模パーティーといえば近衛家と鷹司家のパーティーだけだった。それが今年の春は九条家のパーティーが開かれるというのだから、それだけでもかなり衝撃的なことだっただろう。
そして本当はさらに秋に二条家のパーティーもあるんだけどそれを俺の口から言うわけにはいかない。事情を知っているのは恐らく本人達と九条、近衛、鷹司の四家だけだろう。秋にサプライズパーティーを開くのに俺が今先にそれを漏らしてしまったら大事だ。最悪二条家の顔を潰したという話にもなりかねない。
「それに仮面舞踏会なんて……、今まで一度も参加したことがありません」
「そうですね……。言葉では聞いたことはありますが、実際どういうものかもよくわかりませんし……」
蓮華ちゃんと椿ちゃんが少し不安そうにしている。薊ちゃんや譲葉ちゃんは楽しみにしてくれてそうだけど、二人にとっては未知の体験で不安が先に来ているのかもしれない。
「それほど緊張することはありませんよ。そもそも私自身がそのような経験などないのです。これから皆さんで作り上げていくパーティーなのですから、過去の慣例や恒例はありません。自由に行なっていけば良いのですよ」
「主催者様がこう言ってくださっているのだから大丈夫よ!」
「そうだねー!楽しみだねー!」
うんうん。近衛家のパーティーでは毎年どうたら、とか、鷹司家のパーティーでは例年こうたら、というような決まりはうちにはない。何しろ今年が初開催だ。前例も慣例もないんだからそれぞれ思いっきり楽しんでくれたらいい。その中で良い例が出来れば次に活かしていけば良い話だ。
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三年生三学期の終業式が終わって間もなく、春休みに入るとすぐに九条家主催のマナー講習が開かれる。今回うちのパーティーに参加する人で、上位の家とのパーティーなどに出るのに自信がない人などは無料で受けられる講習だ。
もちろん上級者向けの講習もあるから、マナーや礼儀作法に自信がある人が受けてもそれなりに得る物があるコースも用意している。
今日の講習がある場所は藤花学園からそう遠くない場所にある九条グループの施設だ。わかりやすく言うと体育館とか、大会議場とか、レクリエーション場とか、社員達の保養とかも目的にしている様々な施設がある場所という所だろうか。
ここで所謂体育館や会議室などを使って講習が行なわれる。その参加者達を俺は待ち受けていた。
パーティーに出席してくれる地下家や一般生徒はほぼ100%講習の参加を申し込んでいる。もしかしたら半強制だと受け取られたのかもしれない。別にそういう強要はしてないんだけど、やっぱり五北家が初心者講習をしていると招待状に書けば、それは自分達に講習を受けろと命令していると受け取られた可能性はある。
まぁその他大勢は別にどうでもいいし、講習自体は至って普通のマナー講習で習っておいて損はない。今日のために日の都合をつけたのだとすれば余計な負担にはなってしまっただろうけど、講習を受けることそのものはとても良いことだと思う。
それよりも何故俺がそのマナー講習の場に来ているかと言えば……。
「あっ!御機嫌よう樋口さん」
「えっ!?あっ!おっ、おはようございます」
俺が声をかけると慌てて頭を下げてくれた。そんなに畏まらなくてもいいのに。
「パーティーの招待を受けてくださりありがとうございます」
「いっ、いえ!こちらこそご招待いただきありがとうございます」
何かちょっとぎこちないな……。まぁ仕方がないか。学園じゃちょっと挨拶するくらいの仲だもんな。向こうだって警戒しているだろう。
「私は……、出来ればこれをきっかけに樋口さんと仲良くなりたいと思っています。ご迷惑でしょうか?」
「えっ!とっ、とんでもありません!とても名誉なことです。ありがとうございます九条様」
う~ん……。何か硬いなぁ……。そりゃそうなる気持ちもわからなくはない。俺だって逆の立場だったらそうなるかもしれないけど……。
「樋口さん、その『九条様』というのをやめませんか?私だって樋口さんとお呼びしているのです。もっと気安く呼んでください」
「そっ、そんな恐れ多い……」
何が恐れ多いのか。俺達は小学校三年生……、は終えた所だからもうすぐ四年生のただの子供だ。同級生に恐れ多いもクソもないだろう。
「樋口さん……、そういう遠慮はなしにしましょう?それなら……、そうだ!私は樋口さんのことを『芹ちゃん』とお呼びしても良いですか?代わりに私のことは『咲耶』とお呼びください」
「そっ、そんなの無理ですよ!私のことはどのように呼んでいただいても構いませんが、九条様のことをそのようにお呼びすることは出来ません」
む~~……。中々強情だな。もっと強引に迫ってもいいけど、あまり圧力をかけたら嫌われてしまいそうだ。それならこちらもある程度妥協して、少しずつ仲良くなっていこう。
「それではせめて様付けはやめてください。ね?私達はもうお友達でしょう?芹ちゃん」
「うぅ……、そっ、それでは……、九条さん……で……。これ以上はもう無理です」
芹ちゃんは完全に縮こまってそう言った。どうやら本当にこれが限界みたいだな。一歩は前進したってことで今はこれで満足するか。
「はい。それでは今はそれで……。芹ちゃん、講習は向こうですよ。私はまだここで待っていなければなりませんので、また後でお会いしましょう」
「はい。それでは九条さま……、九条さん、また後で」
癖で様呼びしかけたのを言い直して、芹ちゃんはぎこちないながらも笑顔で手を振ってくれた。芹ちゃんを見送った俺はそのまま施設の門の近くで次の獲物を待つ。そうして待っていると次のターゲットがやってきた。
「御機嫌よう、緋桐さん、小紫さん、秋桐ちゃん」
「こんにちは咲耶ちゃん」
「おっ、おはようございます!」
「おはようございます、さくやおねえちゃん!」
緋桐さんと秋桐ちゃんはいつもと変わらないけど小紫さんだけビシッとカチカチになってお辞儀した。一体どうしたんだろう?前はこんな感じじゃなかったのに……。
「頭を上げてください小紫さん」
「はっ、はいっ!」
……何かおかしい。まぁいいか。今日の主役は秋桐ちゃんだ。
「秋桐ちゃん、今日の講習はお姉ちゃんと一緒に受けよっか?」
「うん!さくやおねえちゃんといっしょにうけるー!」
うんうん。可愛いなぁ。こういう妹欲しいなぁ。杏ももう会場に入っているし、秋桐で俺の知り合いというか待っていた相手は最後だ。秋桐と手を繋いで施設の中を歩く。
「咲耶ちゃんが案内してくれるの?」
「そうですね。秋桐ちゃんに会いたくて待っていたのでこのまま一緒に会場に向かいましょう」
緋桐さんにそう答えると小紫さんが『ヒィッ』て声を出していた。何かいたのかな?緋桐さんや秋桐ちゃん達と一緒に会場に入る。別に保護者とかも同伴でも構わない。他の家も親子連れで来ている家も結構いる。
そりゃご両親もパーティーに出席出来るわけで、子供達だけに講習を受けさせれば良いというものじゃない。両親も絶対参加というわけじゃないけど、普通はほとんどの家は両親も参加するだろう。一部一般生徒達の家はそういうことがわからないようで、いくらか問い合わせなんかもあったけど……。
時間になったので講習が始まる。ここは初心者向けコースで杏も芹ちゃんも秋桐ちゃんもここだ。講習が始まってまずは俺も挨拶をする。
「皆様、本日は九条家のマナー講習にご参加いただきありがとうございます。このコースに申し込まれている皆様はマナーに自信がない、あるいは復習のためにもう一度習っておこう、などという方ばかりのコースです。ですのでそう硬くならず気楽に構えてください」
皆話を聞いてくれているけどまだまだガチガチだな。別に九条家のパーティーなんだから失敗したって誰も責めはしないのに……。他の家はマナーだの礼儀作法だのとうるさいかもしれないけど、少なくともうちのパーティーはそんな細かいことを言うつもりはない。
「皆様硬いですよ。もっとリラックスしてください。私などどれほどマナーや礼儀作法を習おうとも師匠に怒られてばかりです。誰でも初めてはあります。それに九条家のパーティーでは度を過ぎなければ多少のマナー違反や作法を知らないことは問題にはなりません」
少しの笑いとガヤガヤというざわめきが起こった。笑いは俺が師匠にいつも怒られているということに対してだ。
「皆様、今日はここでたくさん失敗をしてください。そのための講習です。失敗することは恥ではありません。知らないことも恥ではありません。どれほど作法を極めた先生や師匠であろうとも必ず失敗はあります。問題なのは何が失敗で、何をしてはいけなくて、そして失敗した時にどうフォローすれば良いかということです」
皆が静まり返っている。俺の話に耳を傾けてくれている。こういう場で話すのが好きな人の気持ちなんてわからないと思っていた。俺は表立って、人前でしゃべるのなんて苦手だと思っていた。でもこういうことが好きな人の気持ちが少しだけわかった。確かにこうして皆が耳を傾けて聞いてくれていたらとても気持ちが良い。
「今日は失敗するために来たと思ってください。失敗を恐れないでください。そして、自分が失敗してしまった時にどう対応すれば良いのかを覚えて帰ってください。誰でも失敗はします。その時に適切に対応さえ出来れば誰も怒ったりはしません。わからないことは何でも聞いてください。それでは、今日の講習が皆様のお役に立てますように、始めましょう」
パチ、パチパチ、パチパチパチパチ!
あっという間に万雷の拍手が鳴り響いた。いやぁ……、やっぱりこういうのに酔っちゃう人の気持ちもちょっとわかっちゃったな……。
毎回毎回しゃしゃり出てこういうことをしたいとは思わないけど、まるでここにいる人達に認めてもらえたようで、俺は何だか良い気分のまま壇上を降りたのだった。