第百八十話「コンセプト」
母の話を聞いて承諾した。どうせもう九条家がパーティーを開かなければならないことは確定している。俺に話す前から四家の間でそういう約束が出来ていたようだ。準備もすでに始まっているから俺が引き受けようが断ろうがパーティーが開かれるということに変わりはない。
それに俺と兄が主催とは言っても特別何かするというものでもない。それはそうだろう。準備は専門の業者が行なうし、会場の段取りも、料理も、食材も全て大人のプロ達がどうにかする。主催と言ってもそんなものは所詮名目の話であって実際に企画、プロデュースを行なうわけじゃない。
ただ何か意見があれば要望やコンセプトを両親に言えば相談に乗ってくれるらしい。子供の思いつきで実現不可能なことや荒唐無稽なことを言えば却下されるけど、例えば、ダンスパーティーにしたいとか、食べ物にこだわりたいとか、何かしらのコンセプトとかがあれば、それを相談して取り入れてくれるようだ。
あとは招待客の選定に一応口を出せるらしい。両親が呼ぶつもりの者を呼ぶなというのは難しいだろうけど、自分の友達など呼びたい家を相談することは出来る。その代わりそれはあまりにコンセプトと外れた相手は呼べない。
五北会メンバーばかり呼んでいる上位家の集まりのパーティーというコンセプトなのに、そこに自分の友達だからと地下家や一般生徒達を呼ぶというのはおかしいということになる。あくまでコンセプトに沿ったチョイスでなければならない。
近衛家のパーティーは、とにかく大規模に地下家クラスまで片っ端から呼ぶというほどの規模で行なうというものだ。もちろん中には呼ばれてない家もたくさんある。堂上家なのに呼ばれていないとか、地下家なのに呼ばれているとか、そういう違いはあるけど、コンセプトはあくまで出来るだけたくさんの家を呼んで集めることだ。
鷹司家のパーティーは逆に五北会メンバーの家しか招待されない。それでは人数が少ないことと、ダンスなどで盛り上がりに欠けることから、事前に申し込んでパートナーを連れてペアで参加するようにという条件があるんだろう。だから本来ならば鷹司はペアもそれなりに上位の家にして欲しいはずだ。そういうコンセプトだからな。
この前の二条のパーティーは特にコンセプトらしきものはなかった。急遽開いたものだし、パーティーの目的が桜の許婚候補決定の発表だったから、パーティーの内容そのものはあまり重要でもなかったんだろう。わかりやすい所では招待客で俺の知り合いは全員呼んでいたんじゃないかと思うほどに、俺に関わりのある家が呼ばれていたことだろうか。
このようにパーティーをするにはそのパーティーのコンセプトやそれに合った演出というものが必要になる。適当にお友達だけ呼んでパーティーをしました、というのとはわけが違う。
とりあえず俺と兄が共同で主催者になることは了承して、コンセプトや企画はまた今度話すことにして母の前を辞した。急に言われたってそんな簡単に思いつかない。そもそも俺はパーティーの主催なんてしたことがないんだからな。
まぁ……、折角九条家でパーティーを主催するんだから、うちのパーティーでくらいは好きな招待客を呼んで、皆と楽しく過ごしたい。そのためには堂上家だけじゃなくて地下家も参加出来るパーティーにしなくては……。
でもそうなってくると色々と難しい。ただ親しい友人だから呼ぶ、というのではパーティーとしては失敗だ。地下家も呼ぶのなら地下家を呼んでもおかしくないパーティーにしなければならない。
近衛家のように片っ端から多くの家を呼ぶというのならともかく、堂上家だけじゃなくて地下家も呼んでもおかしくないパーティーというのは難しい。明確なコンセプトと、知り合いの地下家の人達を呼んでもおかしくない理由を考える必要がある。
…………駄目だな。そんなすぐに思いつかない。そんな簡単に思いつくなら誰も苦労しないわけで……。
まだ二月の初旬だし正式な日程はまだ決まってないけど四月下旬か五月上旬に、新年度が始まって間もなく開かれることになっている。準備の時間も必要だから直前に言うのは無理だけど、まだ一ヶ月以上は考える時間があるだろう。出来る準備だけ進めて、コンセプトや要望はもっと後で言っても何とかなる。
明日は日曜日だし……、もう一人の主催者である兄とも相談しながら……、考えるか……。
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「ふぁ……」
あくびをしながら腕をのばす。のそのそとベッドから出て……。
「あっ……」
そうか。俺昨日は着替えもせずそのまま寝ちゃったのか。そう言えばお風呂にも入ってないな。母にパーティーの話を聞いて、一緒に食事もして、部屋に下がってベッドでゴロゴロと考え事をしている間に寝落ちしていたらしい。
スカートのまま眠ってしまったようで服もスカートもヨレヨレになっている。これはもう駄目だな。捨てるのかアイロンをかけるのか知らないけど、この状態の服を洗ってすぐに着るというのは不可能だ。とりあえず着替えて……、お風呂はどうしよう……。朝から入るか?
……あれ?そう言えばもう朝それなりの時間なのにいつもなら起こしに来るはずの椛が来ていない?一体……。
「って、うわぁっ!もっ、椛!?どうしたのですか?大丈夫ですか?」
適当に着替えようかと思ってベッドから下りたら……、ベッドの向こうの方に倒れている椛の姿があった。何かあったのかと思って俺は慌てて椛に駆け寄る。
「椛!椛っ!?」
あまり揺すらない方がいい。駆け寄って声をかけながら様子を窺う。もし脳とか血管関係の問題だったら下手に揺すったり動かしたりしたら余計悪化する可能性がある。一体どうしたら……。
「えっ!?血っ!?」
慎重に声をかけながら椛に近づいてみれば、カーペットが赤黒く染まっていた。これは血だ。ということは椛が倒れている原因は刺されたりしたことによる……?まさか俺の部屋で殺人事件が!?昨晩一体何があったんだ?俺が眠っているのに気付かれもせず誰かが椛を襲って怪我を負わせたというのか?一体誰が、何故、何のために……。
「大丈夫ですか。椛!」
刺された等の理由によって倒れているのなら多少揺すっても大丈夫だろう。脳とか神経とか血管関係じゃないのなら早急に処置した方が良い。とにかく傷口を探そうとうつ伏せに倒れていた椛をひっくり返すと……。
「よい……しょ!え……?」
仰向けにひっくり返した椛の顔は……、とても良い笑顔になっていた。そして出血箇所もすぐにわかった。鼻だ。鼻の回りが赤黒くなって固まった血がこびりついている。そしてカーペットにはダイイングメッセージよろしく『パ』『ン』と最後に何か書きかけの点々が書いてあった。
これはたぶん……、俺の予想だけど……、『ツ』の最後の払い部分まで書き切る前に力尽きたんだろう。つまり……、このダイイングメッセージの言葉は……『パンツ』……。
謎は全て解けた……。
俺は昨日スカート姿のまま眠ってしまった。そして椛はいつも通り俺の部屋の隅で控えていたのだろう。眠った俺は無防備にゴロゴロと動いていたはずだ。当然スカートが捲くれ上がったり、足を開いたり、様々なポーズをとったに違いない。
そこで……、常に俺の足側に控えている椛は見てしまったのです……。俺のパンツを!そして鼻血を噴き出しながらもそれを眺め続け、やがて力尽き……。
「う~……ん。咲耶様ぁ……、いけません。そのような、あっ!」
椛が何か寝言を言い始めた。どうやら少し眠りが浅くなってきているようだ。そろそろ起きるかもしれない。
「んっ!咲耶さまぁ……、そこ……、もっとぉ……」
「…………」
「あいたぁっ!なっ、何事ですか!?」
「…………」
俺がビシッ!と椛の額にデコピンをするとようやく椛が飛び起きた。俺がジトーッと見ているとようやく段々と目を覚ましてきたようだ。
「え~……、どうして咲耶様がここに……。はっ!?まさか夜這いですか!そうなのですね!咲耶様!さぁ!それでは私と一緒にめくるめく快楽の世界へ逝きましょう!」
「落ち着きなさい!」
全然目を覚ましていなかった。俺に抱きつこうとしてくる椛が大人しくなるまでこのあと数分を要したのだった。
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とりあえず椛を何とか大人しくさせて、俺も着替えて部屋で待つ。暫くすると椛が戻ってきた。椛もきちんと着替えて身だしなみを整えてきたようだ。
「おはようございます咲耶様」
えぇ~……。まったくいつも通りだ。普通ここまで何事もなかったかのように通せるか?普通ならもっとこう……、気まずくなったり、顔を赤くしたり、色々な反応があって然るべきじゃないか?それなのに椛はあまりにいつも通りすぎる。滅茶苦茶怖い。普通の人間にこんなことが可能なのか?
「おっ、おはよう椛」
何か俺の方が動揺しまくっているのに、椛は何でもないかのように平然としている。もしかして……、もしかしてだけど……、椛にとってはあれが日常なのか?今更動転するようなことじゃなくて、あれが椛にとっての普通なのだとすれば……、この平然とした態度にも納得がいく。
いや……、いやいや……。まさかな……。いくら何でもそんなことはないだろう……。ないよね?
「おはようございます」
「おはよう咲耶」
朝の準備を済ませて食堂に入るともう家族は揃っていた。俺が最後のようだ。まぁあんな騒ぎがあればそうなるよな……。ともかく席に着いて朝食を済ませる。
「お兄様、後でパーティーのことでお話するお時間をいただけますか?」
「パーティーの?ああ、いいよ」
兄と約束出来たので朝食を済ませてから二人でリビングで話すことにした。まぁ二人でって言っても両親もいるし結局全員で話しているのと変わらないけどそこはどうでもいい。
「私としてはお友達は皆さんをお呼びしたいのです。ですので堂上家のみならず地下家も呼べるパーティーにしたいのですが……」
「咲耶の地下家のお友達ってあの子かい?」
兄が杏のことかと聞いてくる。たぶん杏だけだったら杏だけをどうにか呼ぶ方法を考えようと思っているんだろう。地下家も参加するようなパーティーを企画するよりも、何か理屈をつけて呼びたい者だけをピンポイントで呼んだ方が手っ取り早いからな。
「今大路杏さんもそうですが、実は他にもまだ呼びたい方がいるのです。そちらとはまだそれほど親しくないのでお断りされてしまう可能性もありますが……」
「ふぅん?新しいお友達かい?」
「ええ、まぁ……」
杏以外にも地下家で呼んでみたい相手がいる。だから杏だけ呼べる理由や理屈をつけても仕方がない。出来れば俺が呼びたい相手を誰でも呼べるような形が理想だ。でもそうなると近衛家みたいに超大規模パーティーとかにでもしないと理屈が合わなくなる。数家の地下家だけを特別に呼ぶような名分というのは難しい。
「とりあえず咲耶の希望はそのお友達の地下家の子達を呼べる形にしたいってことだね?」
「はい」
あとは別に俺に希望やコンセプトはない。その地下家の皆を呼べる理屈をひねり出すためにコンセプトを考えるという感じだ。他は兄や両親の好きにすればいいんじゃないかと思う。一応あまりに変なことをさせられないように話は聞いておくけど……。
「お兄様のご希望などはどうなのでしょうか?」
「僕?僕はこれといってないかなぁ……。もう他の家が主な趣旨やコンセプトはやりつくしているからね。今更新しい趣旨やコンセプトを出せと言われても難しいよ」
それには同意だ。今更まったく新しいコンセプトをひねり出すなんて簡単に出来ることじゃない。片っ端から呼ぶ大規模パーティーは近衛がやっているし、上位の家だけの選ばれたパーティーは鷹司がやっている。わかりやすいコンセプトはもう取られている。
「それではお兄様がお呼びしたいご友人などはどういった方なのでしょうか?」
「う~ん……。それもねぇ……。中等科の五北会メンバーくらいでいいと思うんだけど……」
あっ……、まさか兄よ……。お前はまさか友達もいないボッチなのか?そうなんだな?だから五北会メンバー以外に話せる相手もいないんだな?
そうかそうか……。でも何も悩むことはないぞ!兄には水木がいるじゃないか。な?たくさんの浅い友達より一人の親友の方が大切だ。俺は八人も九人もお友達がいるけどそんなに肩を落とすことはないぞ!
「咲耶……、何か勘違いしてないかい?」
「いえ、良いのですよお兄様。ね?」
兄に微笑みかける。きっと兄には俺の笑顔は慈愛の女神のように見えていることだろう。俺より友達が少ないからって気にすることはないぞ!はっはっはっ!