第十七話「皆でティータイム」
余計な噂が広まる前にお返しは早い方が良いということで昨日のチョコレートのお返しは翌日である今日のうちに渡してしまおう。藤花学園へは伊吹へのお返しに買った物と薊ちゃん、皐月ちゃんと食べようと思って買った物の二つを持って行く。
さすがに普通の休憩時間は短すぎるので早くお昼休みにならないかと、まだかまだかと時間が過ぎるのを待つ。親しい友達同士なら普通の休憩時間でもどこかに集まって食べれば良いんだけど今の俺達の関係ではまだそれは難しい。
薊ちゃんと皐月ちゃんは何だか仲が悪そうというか何というか……。薊ちゃんは俺にもそんな感じだしまだまだ親しいとは到底言えない。皐月ちゃんは比較的すぐに仲良くなれたんだけど中々思うようにいかないものだ。
適当に蕾萌会のテキストを解きながら時間を潰しているとようやくお昼休みになった。藤花学園は初等科から給食じゃなくて学食制になっている。お弁当がよければお弁当を持ってきても良いしお昼に届けてもらう方法もある。学園で済ませたければ学食に行けば良い。
昨日見た限りでは薊ちゃんも皐月ちゃんも学食を利用していた。昨日たまたまという可能性もあるけど今日もそうだろうと思って俺も学食へ向かう。学食に入って見回してみれば、……いた!
「皐月ちゃん」
「咲耶ちゃん?」
俺が声をかけると少し驚いた顔でこっちを見ている。何かそんなに驚かせるようなことがあったかな?まぁいい。それより本題だ。
「相席させてもらってもいいかな?」
「ええ……、どうぞ……」
あまり歓迎はされていないような雰囲気……。あれ?おかしいな……。皐月ちゃんは結構打ち解けたと思ったんだけど……。でもめげない。俺は薊ちゃんと皐月ちゃんと楽しくキャッキャウフフする学園生活を諦めない。絶対に皆で仲良くなってやる!
薊ちゃんは取り巻きを引き連れて向こうの方に座っている。それも確認済みだ。それはわかっているけどまだ焦っちゃ駄目だ。まずは普通に皐月ちゃんと昼食を済ませる。勝負はその後、食後のデザートだ。
「咲耶ちゃん……、咲耶ちゃんの食事の仕方って……」
「えっ?」
何?何か変か?やっぱりなんちゃってお嬢様の俺はお作法がおかしいのかな?俺のマナーや作法は全て百地師匠から習ったものだ。百地師匠は俺に変なことまで何でもやらせる。それが一体何の意味があるのかと思うようなことから、武道に関係ないだろっていう作法やらお茶やらお華やら……。
今まで言われたことは全てやってきたけどやっぱり百地師匠の教えは変なのかな?どうしよう……。他にマナーなんて習ったこともないし知らないぞ……。
「とっても綺麗ね……」
「そっ……、そうですか……?ありがとうございます……?」
これは……、どういう意味なんだ?他に言いようがないから遠回しにおかしいぞって指摘してくれているのかな?どうしよう……。やっぱり本格的にそういうものもどこかで習った方がいいんだろうか?
俺は母がそういう習い事を勧めてきても全て断っていた。だけどやっぱりこういう環境にいる以上は俺もある程度はお嬢様らしく振る舞えなければならないと今更ながらに痛感している。こんなことならもっと前から母が言うようにお作法を習っておけばよかった。
学校での食事もあるし、これから俺が望まなくてもパーティー等に出なければならない時もあるだろう。今はもうどうしようもないけど今後そういう時に恥をかかないように最低限のマナーくらいは身につけておいた方がいい。そんな当たり前のことに今頃気付くなんて……。
「……皐月ちゃんはお作法がよく出来ていますね。どこかで習われているのですか?」
ちょっと探りを入れておこう。どういう所で習えるんだろうか。
「…………ありがとうございます。家に先生が来て習っていますよ」
「そうなのですか」
ふ~む……。やっぱり西園寺家ほどの名家ならそういう知り合いや家庭教師のような人が家に来て習うということかな。今更ではあるけど俺もどうにかして習った方が良いんだろうか。このまま放っておいたら今後もっとたくさん恥をかいてしまうことになるだろうし、一度検討してみる方がいいかもしれないな。
「それで咲耶ちゃん、何か目的があったんじゃありませんか?」
「え?」
急にそんなことを言われてポカンとする。目的って……?
あぁ、そうだ。薊ちゃんと皐月ちゃんを誘ってお気に入りのコンフィズリーで買ってきたチョコレートを食べようと思っていたんだ。別に忘れていたわけじゃないけど皐月ちゃんと一緒に昼食を食べてお作法のことを考えていたら後回しになってしまっていた。決して忘れていたわけじゃないけど!
「あぁ、実は今日食後に食べようと思って持ってきたものがあるんです。向こうで一緒に食べませんか?」
そう言って薊ちゃん達が座っている方へ皐月ちゃんを誘う。
「…………いいですよ。参りましょう」
お?これで皐月ちゃんは誘えた。後は薊ちゃん達がいる所へ行って一緒に昨日買ってきたチョコレートを食べようと誘えばミッション完了だ。
「それでは参りましょう」
皐月ちゃんと連れ立って薊ちゃん達がいる席へと向かった。薊ちゃん達も昼食が終わったようで皆でお茶を飲みながら寛いでいるようだ。丁度良いタイミングで来たと思う。
「何よあんた達」
だけど俺と皐月ちゃんが薊ちゃん達の席の傍に立つと薊ちゃんの取り巻きの一人、東坊城茜ちゃんが立ち上がって睨みつけてきた。……睨んでるんだよな?あまり迫力がないからわかりにくいけど東坊城茜ちゃんは武闘派の急先鋒だ。
ゲーム『恋花』でも咲耶お嬢様の取り巻きとして薊ちゃんと並んで武闘派としてブイブイいわせていた。今は薊ちゃんの取り巻きをしているようだけどその性格は変わらないだろう。
「一緒にお茶をしませんか?チョコレートを買ってきたんです。一緒に食べましょう?」
俺はそう言って買ってきた包みを見せる。これは嵩張らなくて持ち運びしやすいように箱に入ったものじゃなくて袋に包んでいるタイプのものだ。伊吹へのお返し用は箱に入っていて嵩張るけど、こっちは内容量が多くても嵩張らない。皆で食べるのにも丁度良いだろう。
「あんたふざけてんの!調子に乗らないでって言ったでしょ!」
「あっ……」
茜ちゃんはズカズカと俺に近づいてくると手を振り上げた。その手が俺の持っているチョコレートの包みに向かって……。
「ヒョイっと」
「ぁ……」
俺の手から叩き落とそうとしたのかもしれないけどあまりにゆっくりすぎたからヒョイっと避けてしまった。茜ちゃんの手は空振りして『おっとっと』とバランスを崩す。
「あっ、あんた何避けてんのよ!このっ!」
茜ちゃんがもう一度手を振り上げる。
う~ん……、冗談でやってるのかな?隙だらけだし、動きが遅いし……。これで避けるなという方が無理な話なんじゃないかな……。多分本気で叩き落とそうとしてないからだと思うけど……。こういう場合どうしたらいいんだろう?ノリで叩かれたように振る舞った方がいいんだろうか?
「やめなさい茜!」
「――っ!……ですが」
急に薊ちゃんが大きな声を出して止めたから茜ちゃんも驚いて固まってしまっていた。俺もどうしていいのかわからないから成り行きを見守る。
「茜、その二人も五北会のメンバーよ……。この意味がわかるわね?」
「――ッ!?」
薊ちゃんの言葉を聞いた茜ちゃんは急に顔を青褪めさせて口を手で覆っていた。わかっててやったんじゃないの?ゲーム中では九条家のお嬢様っていうだけで皆恐れ戦いていたけど……。あれは咲耶お嬢様が高等科に行くまでに名前を売ってたからなのか?今はまだ初等科に入学して間もないし無名なのかな。
「下がってなさい」
「ですが……」
「いいから!」
「はい……」
薊ちゃんにそう言われて茜ちゃんは元の席へと戻って座った。前までは薊ちゃんの方が態度が固いかと思ってたけど今はそうでもないのかな?
「お茶をするんでしょう?そちらにかけたら?」
「あっ……、ありがとうございます!皐月ちゃんも」
「それではご一緒させていただきますね」
薊ちゃんが向かいの席を勧めてくれたから俺と皐月ちゃんは並んで座った。ガタガタと薊ちゃんの取り巻き達が席を動かして何だか薊ちゃん達と俺達が向かい合っているみたいな配置になってしまった。
もっとこう……、皆で一つのテーブルを囲んでワイワイ楽しくお茶をすることを想定してたんだけどこれじゃまるで対抗しているみたいな雰囲気だ。
「あ!それじゃ皆でこれを食べましょう?とってもおいしいんですよ」
この場の空気を変えようと俺は買ってきたチョコレートを出した。可愛い袋の包みで口はリボンで括られている。リボンを解いて中身を広げて皆に勧めた。
「聞いたこともない店ね」
「こんな子が買いに行くようなお店だしどうせ大したことないんじゃない」
「あはは」
薊ちゃんの取り巻き達がそう言いながら一つ取って口へと運んだ。皐月ちゃんも一つ食べる。薊ちゃんは様子を見てるようだ。
「えっ!何これ!」
「おいしい……」
ふふん!どうだ!このお店はあまり有名じゃないかもしれないけどおいしいんだ!俺が作ったわけでもないのに俺が威張るのはおかしいと思うかもしれないけど、自分がおいしいと思う店が認められたらそれだけでもうれしくなるものだ。
「まぁ……、本当においしい……。咲耶ちゃん……、このお店お教えくださる?」
「ええ、いいですよ」
俺は皆にお店の名前と場所を教える。店の場所自体はわかりやすいししっかりした場所にある。何でこの店がそんなに有名じゃないのか不思議なくらいだ。有名なだけの下手なチェーン店より格段においしい。
「ふん……」
薊ちゃんも仕方なしというような感じで一つ手に取って……。
「おいしい!」
やった!薊ちゃんも気に入ってくれたみたいだ。別に布教活動をしにきたわけじゃないはずだけどついつい布教してしまう。
「さぁさぁ皆さん、遠慮せずどうぞ」
良い気になった俺は皆に勧めているうちに自分が食べるのを忘れていた。結局持って来た物は一つも食べることがないまま全て皆が食べつくしてしまったのだった。
~~~~~~~
楽しいお昼休みも終わってまた憂鬱な放課後が来てしまった。割と本気で五北会はスルーしたい……。
でも今日は伊吹にお礼参り、じゃなくてお返しをしなければならないから今日外すわけにはいかない。一日でも早くお返しして貸し借りなしにしておく必要がある。このまま俺が借りがあると広まったら面倒だ。
伊吹のこととか考えるから嫌な気分になるんだ。もっと楽しいことを考えよう。そう……、例えば……、今日のお昼に皆で一緒にお茶をしたこと。これはもう立派なキャッキャウフフじゃないですかね?そうだよな?いや、絶対そうだ!
女の子同士で楽しく仲良く一緒にテーブルを囲んでお茶をしてお話をして……。あれは間違いなくキャッキャウフフだった。俺がそう思うんだから俺の中ではそれが真実だ。例え実際の会話が多少殺伐としていたとしても関係ない。
よーし!楽しくなってきたぞ!
「失礼します」
「おう!」
楽しい気分になってきた俺はルンルンと五北会のサロンの扉を開いた。すると部屋の中央にすでに伊吹がいた。そして何故か俺の方を向いて両手を組んで待っている。これは俺を待っているんだよな?そういう風にしか見えない。
「えっと……?」
「…………」
伊吹は両手を組んだままじっとこちらを見ている。若干鼻が膨らんでスピスピしている気がする。こいつは一体どうしたんだ?頭がおかしくなったのか?あっ……、それは最初からか。
「やぁ、九条さん。伊吹に用があるんでしょ?」
「鷹司様?」
槐が何か言っているけど俺は別に伊吹に用なんてないよな?むしろ伊吹と関わりたくないくらいだし……。
折角お昼のキャッキャウフフを思い出して良い気分だったのにサロンに入ったら変なのに絡まれてすっかり気分が萎えてしまった。もう帰りたい……。
「私は別に用などありませんが?」
「え?」
「え……?」
槐が首を傾げる。俺も首を傾げる。何で俺が伊吹や槐に用があると思うのか。
「咲耶……、伊吹君に用があるだろう?」
「お兄様?」
見かねた兄までやってきた。でも俺の味方をしてくれるのかと思ったけどむしろ槐の肩を持っている。どういうことだ?俺は別に……。
「あ~っ!そうでしたね!」
そうだ。すっかり忘れてた。俺は伊吹にお礼参り……、じゃなくてお返しするために今日わざわざこんな所へ来たんだった。大事な用を思い出した俺は皆が見ている中で伊吹の前に立ったのだった。