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第十五話「謝罪」


 サロンの前で薊ちゃんと会えたのはよかったかと思ったけど全然そんなことはなかった。どうやら薊ちゃんと皐月ちゃんはまだ仲が悪いらしい。どうすれば二人が仲良くなってくれるのかはわからない。


 ゲーム『恋に咲く花』ではスタート時点で既に薊ちゃんと皐月ちゃんは咲耶お嬢様の取り巻きの側近をしている。二人とも性格は正反対のような感じだけどお互いに信頼し合っている親友のようだった。こと咲耶お嬢様の敵に対してはがっちりと協力して徹底的に叩き潰すくらいだ。


 でも今の薊ちゃんと皐月ちゃんはどう見ても仲が良さそうには見えない。実際に仲が悪いだろう。どう考えても仲良しではない。


 一体どうすれば二人は仲良くなるんだろうか?このまま放っておけば自然と仲良くなっていくのか?高等科に入るまで九年間も一緒に育つんだ。今は六歳児なんだから今まで生きてきた時間よりもこれから一緒に育つ時間の方が長い。そんなに時間があれば二人もやがて自然と仲良くなっていくんだろうか。


 ともかくいつまでも扉の前でいがみ合っていても仕方がない。二人はにらみ合ったまま中々サロンに入ろうとしないから俺が扉を開けて中へと入って行く。入学式の後でも顔を合わせた五北会の上級生達が俺達を迎えてくれている。


 まぁ俺はもう前回自己紹介も終わっているしあまり目立ちたくない。俺は部屋をそのまま通り抜けてお茶を持って隅の席に座った。頼めば淹れてくれるけど俺は自分で淹れたい派なので自分で淹れたからだ。席に着いて香りを楽しむ。


 さすが五北会。良いお茶だ。うちのお茶と同じだからブランドも銘柄も値段もわかってしまう。小学生にこんなものを飲ませてももったいないだけだと思ってしまうのは俺が元小市民だからだろうか。まぁ小市民ですらなかったかもしれないけど……。


 味覚や本物を見分ける力というのはずっとそれに触れていなければ身に付かない。大人になってからたまのプチ贅沢で良い物を食べてもその味なんて本当にはわかっていない。偽物を出されたって気付かずうまいうまいと言って食べるだろう。


 そういう意味では子供の時から本物に触れさせて慣れさせて育てておくというのはわからなくもない。俺だって今少し香りを嗅いだだけでこれが何かわかった。きっとこういうものに触れさせておくのも無駄ではないんだろう。果てしなくコストがかかるだけで……。


 あまり目立ちたくない俺は隅の方で我関せずを貫き通していると薊ちゃんと皐月ちゃんが上級生達に可愛がられていた。やっぱり皆知り合いとかいるんだな……。ゲームでなら知っているキャラクターもいるけど現実になったこの世界では俺が知っているのは兄だけだ。


 その兄が少し遅れてやってきた。どうやら俺を探しに教室まで行っていたらしい。いくら俺でも初日からすっぽかして逃げたりはしない。どの道迎えの車が来るまでまだ結構時間がある。どうせ暇つぶしをしなければならないのなら言いつけに逆らって後で怒られるよりサロンで大人しく目立たないようにしている方がいくらかマシだ。


 俺は顔見知りもいないし目立たないから隅の方で大人しくしていれば誰も俺に構ってこないだろう。実際ここに俺が座ってから誰もこっちに来ない。遠巻きに見られている感じはするけどスルーだ。こちらが反応しなければそのうち周りも俺に構わなくなるだろう。


「おう!来てやったぞ!」


「近衛様」


「御機嫌よう伊吹君」


 そこへ兄から少し遅れて伊吹と槐が現れた。それにしても何で伊吹はただ部屋に入ってきただけであれだけ偉そうなんだろうか……。もう少し大人しく出来ないものなのかな……。


「こんにちは九条さん」


「…………御機嫌よう槐様」


 おい……。何で一直線に俺の前にやってくる……。空気を読めよ!兄と二人っきりで隅の方で話をしてるだろ!兄妹水入らずなんだから割って入ってくるなよ!


「やぁ槐君」


「良実さん、少し九条さんをお借りしても良いですか?」


「――っ!」


 こいつ……、いきなり何を言い出すんだ?何で俺がお前にお借りされなきゃならないってんだよ!ふざけるなよ!見てみろ!皆俺達に注目してるじゃないか!俺は影のようにひっそりと隅の方で大人しくしていたのに目立つようなことをしやがって!お前は伊吹とイチャイチャしてればいいんだ!


「どうぞ。いっておいで咲耶」


「くっ……」


 殺せ!


 違う……。でもそんな感じだ。兄よ!何故貴方は俺をこんな悪魔に売り渡したというのか!神は何故俺にこんな試練を与えようというのか!俺は一体誰に縋れば良いというのか!


「連れてきたよ伊吹」


「…………」


 俺がやってきたのは部屋のど真ん中、伊吹の真ん前に立たさせられている。俺の隣には槐、そして俺達を囲むように上級生や薊ちゃんや皐月ちゃんがこちらの様子を窺っている。最悪だ……。完全に空気だったはずの俺がもう全員から注目されてしまっている。


「何か……、ご用でしょうか?」


 もうさっさと用件を終わらせてこの場から脱出するしかない。でないと針の筵だ。皆きっとこの見ず知らずの俺が何故伊吹に呼び出されているのかと思っていることだろう。そしてこんな大勢の前で一体何を言われて何をさせられるというのか。


 まさか……、前のリベンジか?ここで決着をつけようってのか?その場合俺はどうしたらいいんだ?


 伊吹にKOされたらいいのか?いや……、それはお断りだ。何で俺がたかが小学一年生の俺様王子にKOされなければならないというのか。


 じゃあ俺が伊吹をKOしたら良いのか?いやいや……、それこそ破滅まっしぐらだろ……。こんな衆人環視の中でそんなことをしたら俺はもう藤花学園にいられなくなってしまう。


 どうしよう?どうしたらいいんだ?駄目だ……。混乱して頭が回らない。何も良い考えが浮かばない。


 これがただの小学生同士の喧嘩だったら簡単だった。だけど相手は大財閥、近衛家の俺様王子で俺は九条家のご令嬢だ。こんな状況でどうすれば良いのか俺の知識や経験には存在しない。


 咲耶お嬢様ならどうする?いや……、それも駄目だ。咲耶お嬢様の行動を参考にしたらそれもまた破滅フラグまっしぐらになってしまう。つまり結局……、俺詰んでるんじゃね?


「おい」


「――ッ!」


 伊吹が手を出してきた。開始の合図もなくいきなりやろうってのか!もし伊吹が手を出してきたら掴んで捻り上げてやる!


「この前は悪かったな……。これやるよ……」


「…………はい?」


 伸ばしてきた伊吹の手を掴んで捻ってやろうかと思っていたらその手には何かが握られていた。伊吹が攻撃してくると思って身構えていた俺はそれをそのまま掴んで受け取ってしまった。


 何だこれは?


「わぁ!」


「これってもしかして!」


「ね?ね?伊吹様、咲耶様とのご関係は?」


 俺がそれを受け取った瞬間、周囲からワッと歓声が上がった。全然意味がわからない。俺はただ呆然としながら受け取った物を見てみる。うん……、某高級チョコレート店の包みですね……。どうやら俺は伊吹からチョコレートを贈られたらしい。何で?


 全然意味がわからない。さっきも言った。でも何度でも言おう。全然意味がわからない。何だこれは?


「よかったね九条さん」


「…………」


 槐を睨みつける。全然良くない!何だこれは!何で俺は五北会のメンバーの前で伊吹にチョコレートを渡されたんだ?何かの罰ゲームか?意味はわからないけど良くないことだということはわかる。


「鷹司様の企みですか?」


「企みだなんて……、僕は何もしてないよ?伊吹に少し注意しただけなんだけどな」


 その注意っていうのが何か含みがあったんじゃないのか?伊吹はあまり人の言うことは聞かないけど親友の槐の言うことはある程度聞き入れる。今回の件も槐の入れ知恵ということか。


 槐が何を狙っていて何をしようとしているのかはわからない。ただ一つはっきりしていることは俺はこれだけ大勢の人が見ている前で伊吹に贈り物をされてしまった。これはこのままというわけにはいかない。周りはこれがどういう意味の贈り物なのかと騒いでいるけど俺だってわからない。


 この前は悪かったと言ったんだから何かの謝罪ということだろう。でも俺は伊吹に謝罪されるようなことをされただろうか?俺が伊吹とのことで思い浮かぶことといえば……、俺が伊吹の足を引っ掛けて転ばしたり……、無視しようとしたり……、反抗的な言葉を言ったり……。


 んん?むしろ俺が伊吹に謝れって言われる方じゃないのか?それともこれはあれか?暗に俺に謝れという催促を伊吹が謝ったという形でしてきているのか?もう全然わからん!


 とにかく一度受け取ってしまったものはもう今更返せない。俺は受け取る気なんてなかったけど伊吹が紛らわしいことをするから手を捻り上げてやろうと思ったら受け取ってしまった。今更伊吹の手を捻り上げようと思っていたら間違えて受け取っただけだからいらないとも言えない。


「ご用件はこれだけでしょうか?それでは私は失礼いたしますね」


 今更受け取ったものを突き返すというわけにはいかない。それならせめてこの場から離れようと断ってから中央から離れた。いつまでもあんな所で注目されてたら碌な事はない。


「よかったじゃないか咲耶」


 中央の皆がいる場所から離れて隅の席に戻ってきたら兄に話しかけられた。その顔は若干ニヤニヤしているようにも見える。


「お兄様……、もしかして何か御存知だったのではありませんか?」


 よくよく考えたら兄は俺を捜しに教室まで行ったと言っていた。もしかして俺が今日ここに来ないと困ることを知ってたんじゃないですかね?伊吹が俺にこの高級チョコレートを渡そうとしているのを知っていたから俺が五北会をバックレないように捜しに行ったと考えるのが自然だ。


「伊吹君と槐君に頼まれてね」


 ほらな……。そうだろうと思ったよ……。


「近衛様は何か謝っておられましたが私には思い当たることはありません。今更受け取ったものをお返しするわけにもいかないので困っています。お兄様が何か御存知ならば教えてください」


 特に問題なのがこれだ。俺は何故伊吹に高級チョコレートを渡されたのかさっぱりわかっていない。相手の意図も狙いも不明なことに巻き込まれるというのはとんでもなく不安になる。それも相手は将来咲耶お嬢様を叩き潰す俺様王子だ。これがきっかけで何かのフラグにならないとも限らない。


「え?伊吹君が咲耶に色々とひどいことを言ったりしたりしたからそれを謝りたいって聞いただけだけどね……。咲耶には覚えはないのかい?」


「はい……」


 むしろ俺が伊吹に対して色々やらかしている方であって俺が伊吹に謝られるのはおかしいと思う。確かに口では色々と言われたことはあるけどそれは俺の態度だって大概だった。伊吹を無視したり慇懃無礼な態度を取ったりしている。それに関しては俺も伊吹もお互い様だ。


 いや……、俺が勝手にお互い様にならないかなと思ってるだけで家格から考えたら向こうが悪いとしても俺が謝らなければならないのかもしれないけど……。


 それに何かされたかっていえば殴られそうになったけど逆に足を引っ掛けて転ばして馬鹿にしたりしたな……。やっぱりこれも伊吹が原因だったとしてもやらかしたのは俺の方であって俺が謝れと言われる方じゃないかと思う。


 そんな相手に贈り物をされて謝罪された……。これはどういうことだ?よーく考えろ……。


 …………はっ!イタリアのマフィアは殺そうと思っている相手に贈り物をするという。自分の敵意を相手に悟らせないために贈り物をするんだ。ということはまさか……。


「お兄様……、大変です……」


「何か思い当たることでもあったのかい?」


 兄はまだのほほんと笑っている。だけどそんな場合じゃないぞ!しっかりしてくれ!これは戦争だ!


「マフィアは殺そうと思っている相手に敵意を悟られないように贈り物をすると言います。突然意味もなく近衛様ともあろうお方がこのような贈り物をしてくるなど……、私を殺そうと狙っているか九条家を叩き潰そうと戦争の準備をしているに違いありません!」


「はははっ!咲耶は面白いなぁ。それは映画か何かで観たのかい?」


 くっ!こののほほんとした兄よ!『俺様王子』近衛伊吹は本当に九条咲耶を叩き潰すんだぞ!伊吹ルートでは九条グループの不正を暴かれて会社は傾き九条家は借金を背負わされて没落する。他のルートでも伊吹が手を貸して咲耶や九条家を叩き潰したり、場合によっては死ぬまで追い込むこともある!笑ってられないんだよ!


 どうにか……、どうにかしなくちゃ……。俺がしっかりしないと伊吹にやられてしまう!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 誤解! 朔夜様の愛情と、様が誤解されていることに対する戦争への忘却が大好きです。
[一言]  薊ちゃんは気がついてなかっただけかぁ……流石に哀れすぎる……。(完全にただのツンデレだと思ってた人  まあ確かに分家っていっぱいあるだろうね。きっと同じ咲耶って同年代の子もいるよね(白目 …
[一言] 流石にその発想は草生える
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