第百四十話「何故そこまで」
久しぶりにタイツなしでスカートを穿いたけど、下着が丸出しじゃないと思うだけでこんなに清々しく堂々としていられるなんて、昨日の茅さんや皐月ちゃんや薊ちゃんには感謝しなくちゃな。
教室に入ったら今日もばっちり避けられていた。昔みたいにヒソヒソもない。俺と目を合わせることもなく完全に挙動不審なくらいに俺を避けている。
……これはあれだ。不良とすれ違う時の気の弱いモブみたいな感じだ。ちょっとオドオドビクビクしながら露骨に視線を避けて、知らん顔してやりすごすみたいな?別にいいんだけど……、俺は相手から何かしてこない限りは何もしないよ?伊吹みたいな自分勝手なやりたい放題とは違うよ?
そんなことを考えながら時間を潰しているけど長い……。前までなら休み時間なんてあっという間だったのに、三年生になってクラスで一人になってからこういう時間が非常に長く感じられるようになった。一人の退屈な時間も我慢してもうすぐ授業の時間になったけど、今日も伊吹は来ていない。今日も休むつもりか?
何か伊吹が休めば休むほど、俺がそんなに痛めつけたのかと宣伝されているようで俺は困るんだけど……。どうせ大した怪我じゃなかったんだからさっさと来いよな!
でも会いたくない気もするからやっぱり来なくてもいいな。会った時に何て言えばいいかわからないし、下手に逆恨みされてたら何されるかわからないし、もういっそこのまま伊吹がいなくなった方が……。
いや……。何を考えてるんだよ俺は……。
俺の都合で伊吹にいなくなれとか……、最低じゃないか……。そりゃこのまま伊吹が退学してくれたらゲームの進行と完全に離れる。そうなれば咲耶お嬢様や九条家の破滅もなくなるかもしれない。でも俺の都合で伊吹がいなくなったらいいとか、退学したらいいというのは違うだろう?
今までだってゲームの『恋に咲く花』から完全に進行が離れる方法もあったと思う。でも俺がそれを選んでこなかったのは、やっぱりあまりにこの世界を壊したくなかったから……。俺が助かるためにこの世界を滅茶苦茶にするのが嫌だったから……。
極端に言えば俺が転校するなり、留学するなりして、伊吹や近衛家との関係を完全に断ち切ってしまえば、ゲームの結末からは逃れられたかもしれない。でもそれがわかっていてもそうしなかったのは……、皆と会いたかったからだ。皆と仲良くなりたかったからだ。
ゲームの結末通りに破滅させられて不幸になるつもりはない。でも、伊吹や槐達だって、それなりに幸せにはなってもらいたい。主人公がどういう選択をしてどういうルートに進み、どういう結末になるかはわからないけど……、どのルートになったとしても最後は皆で笑って……。
「……くやさま。……耶様?咲耶様?どうされたのですか?」
「え?あっ……、ごめんなさい」
休み時間に皆が来てくれているのに俺はぼーっとしていたようだ。伊吹がオーバーに何日も来ないから悪い。大した怪我じゃないんだからやっぱりさっさと出てくるべきだろ。今度出てきたらぶん殴ってやるか。
「それにしても今日は咲耶ちゃんタイツじゃないんだねー?」
「ええ。今日は茅さんや薊ちゃんや皐月ちゃんに教えてもらったインナーパンツを穿いているんですよ」
そう言えば去年の三学期から学園でタイツが随分流行った。今もまだ春先だから穿いてる子がいるけど、最初に穿きだした俺がもう穿いていないから譲葉ちゃんも不思議に思ったのかもしれない。
「へー?インナーパンツ?どんなのー?見せてー?」
「ちょっ!譲葉ちゃん!スカートを捲らないで!こんなところで!他の生徒達も見ていますよ!やめてぇ~~っ!」
譲葉ちゃんがまさかのスカート捲りをしてくる。教室の中でスカートが捲られるなんてどんな罰ゲームだ。
「えー?インナー穿いてるんでしょー?だったら平気だよー」
平気じゃない!俺は平気じゃないから!それから皆も見せちゃ駄目だから!俺にタイツの品評をしてくれって見せてくるけどあれもよくない!女の子がそんなホイホイスカートの中を見せるなんてあっちゃいけないことだ!
「私は平気じゃないんです!譲葉ちゃんもうゆるしてぇ~~っ!」
グイグイ捲ろうとしてくる譲葉ちゃんを何とか止める。顔から火が噴きそうだ。
「どんな可愛いのか見たかったのになー……。後で人がいない所で見せてー?それならいいでしょー?」
「わかりましたから!もうこれ以上捲らないで!」
何か変な約束をさせられた気もするけど、それよりもまずはこんな人目のある所でスカートを捲られるのだけは阻止しなければ……。
「あっ!そうだ!茜ちゃんのを見てー?ほらほらー!お尻にニャンちゃんがいるよー?可愛いでしょー?」
「ひゃぁっ!譲葉ちゃん!やめて!」
あぁ……、俺以外にも犠牲者が……。不意にスカートを捲られた茜ちゃんのお尻がこちらに丸見えになった。そしてそのタイツのお尻部分にはニャンちゃんがプリントされていた。茜ちゃんは本当にニャンちゃんが好きなんだね。何だかほっこりした気分だ。決してもっこりではない。
まぁ茜ちゃんが捲られたのはこちらに向かってお尻部分だった。俺は座った姿勢で前に向かって捲られそうになっていた。俺の後ろにはグループの子以外はいないから、捲られても俺達以外は見えない。前にはクラスメイト達がいるからこちらを振り返っていれば丸見えになってしまう恐れがある。俺と茜ちゃんでは負ったダメージが違う……。
皆で何とか譲葉ちゃんの暴走を止めて、何故か俺は後で皆にインナーパンツを見られるということが約束させられて休憩時間は過ぎていったのだった。
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今日の食堂の予約はかなりの倍率だったらしい。昨日の噂を聞いて早速予約を申し込む者が増えたようだ。俺達は今月は優先予約を確保しているからいいけど、この調子だと来月は全員が毎日分を確保するというのは難しそうだと話し合った。
一応取れるだけ取ろうと努力はしてみるけど、全員が毎日分を確保出来なければ普通の食堂で食事をすることも考えなければならない。
「こちらの食事はおいしいですし、毎日確保出来なくとも仕方ありませんね」
「ずっとあの食堂のメニューだと飽きますけど、例えたまにでもこちらで食べられるだけでも我慢出来ますよ」
皐月ちゃんの言葉に椿ちゃんも頷いてそう言った。確かに毎日予約が確保出来なくとも、いくらかこちらで食事出来ると思っただけでも食堂の食事も我慢出来るというのは頷ける。それに予約メニューも毎日食べていたらそのうち飽きそうだ。ある程度は普通の食堂も利用する方が予約のありがたみも感じられるかもしれない。
「来月以降にどれだけ予約を確保出来るかですねぇ……」
「かなり埋まってしまう気がします」
「もしかしたら来月は寄付が一人一口までに制限されるかもしれないわね」
薊ちゃんの言葉はオーバーに聞こえるけど、絶対にないとも言い切れないのが恐ろしい所だ。
寄付が全額集まってもこのシステムにかかっている費用には足りない。導入コストとか設備更新用の積み立てとかじゃなくて、材料費とかシェフのお給料とか、光熱水道費とか、予算オーバーだ。このシステムは寄付だけで成り立ってるわけじゃなくて、五北会から予算が出ているから何とかなっている。
つまり本来なら一万円払って予約優先権を得ても、ここと同等の料理は食べられない。明らかに一万円は安い設定であり、一万円でこの料理が食べられるのなら相当お得ということになる。
寄付は運営の足しにするついでに、予約の優先権を得られるということを目的に作った。一度でも予約のメニューや味を知ればそれはすぐにわかる。そうなると一万円払ってでもここで食べる方がお得であり、学園中の全生徒が寄付をすると言い出せば、一人一口ずつでも寄付の上限を超えてしまう。
「とりあえず来月どうなるか注目ですね……」
出来れば最低でも週一回くらいは予約席にしたいけど……、果たしてどうなることやら……。
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放課後にサロンに行く前に……、約束していたことを実行しなければならない……。
「さぁさぁ!咲耶ちゃんはやくー!」
「うぅ……」
放課後に、誰もいない教室を借りて、完全に鍵をかけて密室にしてから譲葉ちゃんに急かされる。
「これから咲耶様の……」
「一体どんなインナーパンツを……」
皆が見ている前で俺はスカートを捲らなければならない。休み時間に約束させられた俺のインナーを皆に見せなければならないからだ。でも……、恥ずかしすぎる!
「咲耶ちゃん、大丈夫ですよ。見られてもいいようにインナーパンツを穿かれているのでしょう?ですからさぁ……、遠慮せず……」
「うぅ……、蓮華ちゃんまで……」
何か皆にじーっと見られながら自分で自分のスカートをたくし上げるとか何かの罰ゲームかいじめのような気がしてしまう。でも見せないことには終わらない。皆今更やっぱり見せるのは無理とか言っても許してくれないだろう。
「さぁ……、咲耶ちゃん」
「咲耶様!」
「うぅ……」
覚悟を決めた俺は少しずつスカートをたくし上げる。手が、いや、手だけじゃなくて全身がプルプルと震えてしまって目も開けていられない。
「咲耶ちゃんわかってるねー!そうするとますますそそるよー!」
「譲葉!あまり咲耶様を煽ったら途中でやめちゃうかもしれないでしょ!わかってても黙ってなさい!」
「はーい」
そうなのか?これは余計恥ずかしいのか?じゃあいっそバッ!と捲っちゃうか?その方が男らしい……、かもしれない。でもやっぱり無理だから少しだけ太腿を見せる。今確実に太腿くらいまで上がってるからインナーが見えているはずだ。
「もっ、もう見えているでしょう?これでいいですよね?」
「えー?まだだめだよー!ちゃんと見せて!」
「あぅ……」
さらに捲っていく。もう駄目だ……。もう限界だ……。もう足の付け根近くまで来ているはずだ。これ以上は全て見えてしまう……。
「フリフリで可愛いねー!」
「本当ですね。これなら多少派手なものでも見られる心配もありませんし、これからは私もインナーにします」
「あっ!椿!抜け駆け禁止!私も咲耶様と同じインナーにします!」
皆が俺のインナーパンツを品評している。とても恥ずかしい。俺達は何故か前からこうしてお互いのタイツとかを品評しあってた。何というか……、いや、やっぱり恥ずかしい……。
今日の俺のインナーはちょっとフリフリのついたペチコートというか、女の子用ステテコというか、そんな感じだ。丈は膝より上だから変なことをしない限りはスカートから出ることもない。フワッとしてるからラインがくっきり出ることもないし、下着も覆われているから覗かれたって平気だ。
そのはずなんだけど……、見られても大丈夫なように穿いているもののはずなのに……、やっぱり恥ずかしい。これは俺の気の持ちようの問題なのか?でも恥ずかしいものは恥ずかしいんだからどうしようもない。
この後少しだけ皆でどれが可愛いとかどういうのがいいとか、明日からどういうのを穿いてくるとか話してからサロンに向かった。茅さんにも似たような話をされたり、見せろと言われたりしたけど適当にはぐらかしてその日は難を逃れた。そして……。
「あの……、椛?これは……」
「ドロワーズです」
あっ、はい……。そうでしょうね……。それはわかってますよ?見たまんまだし?俺が聞いてるのは、何故お風呂上りの俺の着替えの中にドロワーズが入ってるのかということだ。
「良いではないですか!良いではないですか!学園に穿いていっていただこうとは思っておりません!ですが家で、それもこれからお休みになられるだけなのですから、こういったものを穿いてくださっても良いではありませんか!」
「椛……、そこまでドロワーズに拘るなんて一体何が……」
普段静かで大人しい椛がここまで言うくらいだ。もしかしたら俺も知らない何か物凄い理由があるのかもしれない。ただ否定するだけじゃなくて、その理由を聞いてみて、合理的理由や止むに止まれぬ事情があれば考慮しよう。
「絶対咲耶様にはドロワーズが似合うと思うんです!いえ!絶対に似合います!私が見たいのです!ですから穿いてください!」
「…………」
俺はただ静かに別の下着を取り出し足を通した。椛が用意していたドロワーズはそのまま脱衣所の籠の中に残される。
「咲耶様~~~~っ!」
椛が何か言ってるけど聞こえない。スタスタと自室に戻った俺は、今日もいつも通りの普通の下着で眠りについたのだった。