第千三百九十一話「卒業パーティー開始」
ひまりちゃんとりんちゃんと一緒に卒業パーティーの会場へとやってきた。でもやっぱり野郎共の視線が二人に集まっている。野郎共だけじゃなくて女子達の視線も二人に集まっているけど女の子の視線はまだ良い。でも野郎共、お前らは駄目だ。
今まではひまりちゃんやりんちゃんのことを地下家とか一般外部生として軽く見ていた癖に、こうやってドレスを着て化粧をしたらそこらの女子達よりもずっと綺麗だからって今更になって色目を使ってきやがって!
こうやって着飾る前からひまりちゃんのことが好きだったというのならまだ少し許せる部分もある。それでも野郎に舐めるようにひまりちゃんが見られるなんて腹立たしくはあるけど、それでも元々好きだったという奴がいるのなら、好きな女の子が綺麗に着飾っていたら見たいと思ってしまう気持ちは中身男である俺にも分かる。
でも今までひまりちゃん達のことをただの一般外部生などと思って侮っていた癖に、今日の装いを見て今更ひまりちゃん達の魅力に気付いて色目を使うような奴なんて碌な奴じゃない。そんな奴には二人の姿を見せるだけでも嫌な気持ちになる。
今日のひまりちゃん達がとても素敵でつい見てしまうのは俺にも分かる。俺だってずっと二人に視線と心を奪われている。でもだからってそこらの野郎共に二人を渡すつもりはない!
ひまりちゃんやりんちゃんがその相手のことを好きで、結ばれることを望んでいるというのなら俺だって二人を送り出すつもりだ。俺が二人を手放したくないからといって縛り付けるようなことはしたくないと思っている。だから二人が本当に望んでいる相手と結ばれるというのなら……、悲しいけど出来るだけ笑って送り出したいと思っている。
だけど今日の二人の姿を見ながら急に掌を返してデレデレしているような男達はそんな相手じゃないだろう。そんな奴に二人は渡せない!二人が欲しければ俺を倒してからにしろ!
「あっ!咲耶様!こっちです!」
「御機嫌よう皆さん」
「おはようございます咲耶様!」
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
会場に入ると薊ちゃんが大きな声で呼んでくれた。確かに声をかけてくれたことで場所が分かって助かったんだけど……、七清家のご令嬢としてそれはどうなんだと思わなくもない。とはいえそのお陰ですぐに皆の居場所が分かったのも事実だ。
皆と合流しながら簡単な挨拶やお互いのドレスを褒めたりしながらしばしの間会話を楽しんだのだった。
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パーティーが始まるまでに時間があったから皆と話していたけど俺は少しだけ皆から離れて両親と兄の所へとやってきた。別に卒業式じゃないから席とか並びとかは決まっていない。家族で集まってパーティーに参加する家もあれば友達と集まっている子達も居る。俺達もグループで集まってパーティーを楽しむ予定だけどその前に少し確認することがある。
「おおっ!咲耶!良く似合っているよ!お友達の二人も!」
「ありがとうございますお父様。ひまりちゃんとりんちゃんもお父様にお礼を伝えて欲しいと言っておりましたよ」
本人達も何度も父にお礼を伝えている。でも何度もまたお礼を伝えておいてくれと言われている。そういうのは俺が受け取っておくだけで流しておいても良いかもしれない。だけど二人が父にお礼を伝えてくれと言う度に俺はちゃんと父に伝えている。
まぁ試着や手直しの度に同じことを言うからもうドレスを仕立てに行ってから何度お礼を伝えたか分からないけど……。ともかく二人の感謝の気持ちはちゃんと父にも伝わっているはずだ。
「ところでお父様、お兄様……、本日は予定通りに?」
「うん。今日決着をつけるよ」
「……そうですか」
兄は余裕の笑みを浮かべてそう言った。でも俺は不安しかない。ゲーム『恋に咲く花』では咲耶お嬢様は断罪されて絶対潰れないと思っていた九条家や九条グループは破滅する。こちらでも安易に大丈夫だなんて高を括っていたら手痛いしっぺ返しを食らう可能性もある。
「くれぐれも油断されませんよう……」
「わかってるよ。大丈夫」
そう言われれば言われるほど不安になる。確かに大丈夫だと俺も思う。でもやっぱり原作ゲームを知っていると不安になるなという方が無理な話だ。
「それでは私は皆さんの所へ戻りますね」
「うん。今日は楽しんでおいで」
「咲耶!また後でパパの所に来るんだよ!」
「はい。それではまた後ほど」
最後の確認は終わった。予定通り今日決着をつける。それは分かったけどどうにも不安で仕方がない。本当に大丈夫なんだろうか……?
「あっ!咲耶様!お帰りなさい!」
「離れてしまってすみません。ただいま戻りました」
俺が離れている間にまだ来ていなかった子達も全員揃ったようだ。先ほどはまだいなかった子も全員が集まっている。
「うわぁ!咲耶っち綺麗すぎ!」
「……ん!……ん!綺麗!」
「ありがとうございます。鬼灯さんも鈴蘭さんも素敵なドレスですよ」
鬼灯と鈴蘭は今までは何着かのドレスを着まわしていた。でも今日のドレスは今まで見たことがない。卒業パーティーのために新しく誂えたドレスなんだろう。ほとんどの家の子達は今日のためにドレスを新調する。だからいつもは何着か同じ物を着まわしている子も今日は新しいドレスを着ている。
「咲耶様!結婚してください!」
「紫苑……」
紫苑は瞳をウルウルさせながら俺の手を握ってそんなことを言ってきた。紫苑なりの冗談か、大学に行って皆が離れ離れになってしまう不安を埋めるために言っているのか、そんな所だとは思う。俺は中身が男だから女の子にこんなことを言われたら本当の意味で結婚をしようと考えてしまうけどそういう意味じゃない。そういう勘違いをしてはいけない。
「あっ!そろそろパーティーが始まるみたいですね」
「「「あぁ……」」」
ホールの奥にある壇上に運営を行っている者達が上がってきていた。その中には伊吹の姿もある。実際には伊吹は何もしていない。でも五北会と生徒会の共催という形なので前生徒会長である柾と前五北会会長である伊吹は代表として壇上で挨拶を行う。
「実際パーティーを取り仕切ったのは咲耶様ですし咲耶様が挨拶に立たれるべきだったんじゃありませんか?」
「いえ……、私はあまり挨拶などは得意ではありませんので……」
確かに伊吹が来なくなってから実質的にはほぼ俺が取り仕切っていた。槐なんて文句を言うだけで何も手伝わないし案も出さないでそこに居るだけだったし、確かに俺が五北会代表として卒業パーティーの準備をしたと言っても過言ではないかもしれない。とはいえ最初に卒業パーティーの委員に選ばれたというか立候補したのは伊吹と槐だし、最初のうちは伊吹達がしていたのも事実だ。
まぁパーティーが近づいてくるほど忙しくなってくるのであって、一番忙しい時期には伊吹は自宅に軟禁されていて槐は伊吹がいないからと何もしていなかった。実質的に本格的な準備をしたのは俺が代わってからだ。でもだからって俺がでしゃばったら面白くないと思う者もいるだろう。
そもそも入場の誘導をしていたのを見ても分かる通り実質的には細かいことは生徒会の方が行っている。分かりやすく言えば五北会はお金を出して『こういう風にやれ』と口だけ出すスポンサーで、実際にそのお金で準備や段取りをして当日も働くのは生徒会というような関係になっていた。
今年度は俺が代わってからは少しそれは改めたけど、例年なら五北会は資金だけ提供して口を出すスポンサー、実際の運営や経営を行うのは生徒会という形だ。そんな五北会の代表として挨拶に立ったりしたら生徒会側の方からも恨まれかねない。
『よーしお前ら!卒業パーティーを開催するぞ!』
伊吹の乱暴な言葉に苦笑いしつつもワーとかパチパチとあちこちから声や拍手が上がっていた。伊吹ももうちょっと言い方くらいあるだろうと思うけど今更か……。そもそも最長だと初等科からの十二年間同級生として育ってきた者達だ。今更言われなくても伊吹がどういう奴かなんてご存知だろう。
「アホボンって結局卒業までアホボンのままでしたね」
「それは……、まぁ……」
薊ちゃんの言葉に苦笑いしか出来ない。初等科くらいの頃ならばまだ子供だからという言い訳も通ったかもしれない。でも高等科も卒業しようかという歳になってもあれではそう言われても仕方がないだろう。
『それでは卒業パーティーの開会を宣言する!楽しんでくれ!』
柾の言葉にまたあちこちから拍手が湧き起こった。俺達も拍手をしておく。
「咲耶ちゃん!あちらの料理がおいしそうですよ!」
「咲耶ちゃん!飲み物を取ってきましょうか?」
「咲耶ちゃん!」
「咲耶様!」
「はいはい。皆さん落ち着いて……」
何かパーティーが始まったら途端に皆がソワソワし始めた。やたら俺に飲食を勧めようとしてくれているし……。普通に考えたら親切か、気持ちを落ち着けようと思っての行動かと思う所だろう。でもあまりに皆がこう……、グイグイくると何かあるのかな?と勘繰ってしまう。
ついに運命の卒業パーティーが始まった。そのはずなのに俺にはあまり実感がない。皆がこうして俺にドリンクや食べ物を持ってきてくれているからだろう。まるでいつもの普通のパーティーのようで緊張が解けてしまった。
いや……、待てよ?もしかして……。
皆は俺が緊張していると分かって、わざわざ俺の緊張を解すためにこんな風にしてくれたんじゃないのか?そう考えたら色々としっくりくる。
いつもだって皆は飲み物や食べ物を勧めてくれる。でも今日の皆の態度はあからさまというか、明らかに不審というか、どうにもおかしい。それは俺が緊張していることに気付いたからそれを解そうと思ってやってくれていたのだとすれば納得がいく。
「皆さんありがとうございます」
「(今日は大事な卒業パーティーですからね!)」
「(ここで咲耶様のファーストダンスをゲットしなくちゃ!)」
「(そのためならゴマすりでもご機嫌取りでも点数稼ぎでも何でもしますよ!)」
「(咲耶ちゃんに冷たい物をたくさん飲ませて一緒にお化粧室に!)」
「ウェッヘッヘッ!」
「ゲヘヘッ!」
「デュフフッ!」
何か皆も楽しそうにしている。きっとこれまでの十二年間を思い出しながら色々と万感の思いに浸っているのだろう。それも悲しい別れというわけじゃなく、これからのことに期待して胸を膨らませている。やっぱり俺達には湿っぽいのは似合わない。こうして皆で楽しく過ごすのが俺達流だ。
「どうして百合様は入っちゃ駄目なんですか!百合様と一緒に卒業パーティーに参加したかったのに!」
「躑躅ちゃん……」
躑躅だけ一人自棄ジュースを飲んでいた。その気持ちも分からなくはない。
躑躅にとっては百合が一番大事だったんだろう。そしてそれ以外の友達として朝顔くらいだったのかもしれない。もちろんここにはデイジーとガーベラもいる。でもこの国から一緒に留学していった三人は特別な仲だったと俺にでも想像がつく。そんな二人と別々になってしまうことが辛く悲しいに違いない。
朝顔が上の学年だというのは仕方がない。それは多少諦めていた部分もあるだろう。でも高等科で同級生として過ごしたはずの百合が実は一学年下で今年度に卒業出来ず、卒業式も卒業パーティーも一緒に参加出来ないのは直前に近い頃になってから分かったことだし余計にショックだよな。
「躑躅ちゃん……、いつもの親しいお二人と別々になってショックだとは思いますがここは皆さんと一緒に……」
「あぁ!百合様が九条様に穢されているところを見ながら私もイジメられたかったのに!」
「…………」
…………うん。何も聞かなかった。いいね?俺は何も聞いていない。皆も何も聞いていない。俺はまた黙って皆の輪に戻ってパーティーを楽しむ。
「サクヤー!卒業おめでトー!」
「おめでとう咲耶」
「ありがとうございます、デイジーさん、ガーベラさん。お二人もご卒業おめでとうございます」
「ありがトー!」
「ありがとう咲耶」
結局デイジーとガーベラは卒業までこちらに残ることになった。二人の母国とこの国では新学年が始まるタイミングが違う。もしかしたら二人は母国では留年とかいう形になったりしていないだろうか?どういう形でこの時期までこちらに残ったのか分からない。無事に卒業出来ているなら良いけど……。
『保護者の皆様はホールの中央を広くお空けください。それではダンスの時間になりました。皆様ファーストダンスのパートナーとご一緒にホール中央へお集まりください』
「きた!」
「ダンス!」
「咲耶様!」
「「「咲耶ちゃん!」」」
「「「「「私とファーストダンスを踊ってください!」」」」」
「え~……」
困ったな……。俺の体は一つしかない。でも皆にファーストダンスを誘われてしまった。色々と心配事があってダンスのことは考えていなかった。こうなる前にファーストダンスのことも考えておくべきだったか……。