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第千三百八十七話「卒業式でやらかした」


「御機嫌よう」


「おはようご……、えっ!?咲耶様!?どうされたんですか?」


「御機嫌よう咲耶ちゃん……。それは……?」


「……え?あっ……」


 いつものように教室に入って挨拶をする。でも皆の反応が妙だった。一体何事かと思って皆の視線を追ってみれば俺の隣を見ている。その視線の先は伊吹だ。すっかり忘れていたけど裏庭に呼び出されてから一緒に戻ってきた。これじゃまるで二人で一緒に登校してきたみたいに見えたかもしれない。


「え~……、本日は近衛様もご登校されていたので卒業生代表の答辞を交代することになりました。そのお話を少ししていたのですよ」


「あぁ……、そういうことでしたか!」


「なるほど」


 あえて教室中に聞こえるようにそう言っておく。別に今更言い訳をする必要はないんだけど不必要に誤解を与えたり追及されるようなことを残しておく必要もない。実際その話もしたし卒業生代表も交代したんだからそれについては言っておいた方が良いだろうしな。


 伊吹が呼び出した用件だってつまらないことというか、こちらはとっくに織り込み済みのことを今更言ってきただけだし……。


「おはようございます九条様!そして皆さん!まだ早いですが皆さん揃ってますか?」


「御機嫌よう入江先生」


 俺達が少し話していると枸杞がやってきた。まだ時間には早い。いや、早すぎる。もちろん枸杞が勝手に早めに教室に来ただけでこの時間が集合時間とか今日の始まりの時間というわけじゃない。だからまだ来ていなくても遅刻でもないし何らかの罰があるわけでもない。


 恐らく枸杞も今日は卒業式の日であり、初めて担当したクラスが今日で卒業してしまうので早めに来て生徒達との最後の交流を楽しもうと思っているだけだろう。でもその前に話しておかなければならないことがある。


「入江先生、リハーサルでは暫定で私が卒業生代表ということになっておりましたが本日は近衛様が登校されております。近衛様と私で話し合った結果、卒業生代表は近衛様が本来立たれるべきであるという結論に至りました。本日の卒業式では近衛様が卒業生代表を務めるということでよろしいでしょうか?」


「それは構いませんが打ち合わせもリハーサルもなくぶっつけ本番で大丈夫ですか?」


 あ~……、それは不安に思うだろうな。俺も思う。むしろ絶対何か問題が起こるだろうと思っている。だけどここで伊吹に『長い間休んでいて予行もしていないんだからやめておけ』と言って聞くような奴じゃない。そんな考えがあるなら最初から俺と交代で引き受けるなんて言わないしね……。


「大丈夫だ!俺様に任せておけ!」


「「「「「…………」」」」」


 今……、この瞬間……、伊吹以外のクラスメイトと担任の心は一つになった。




  ~~~~~~~




 伊吹が卒業生代表になるということで伊吹や教師達は打ち合わせに向かい、残ったクラスメイトと何故か枸杞は三年三組の教室で少し話していた。式まではまだ時間がある。それまでに色々と話す子もいれば緊張している様子の子、もうすでに泣いている子など様々だった。


「え~……、三年三組の皆さん、私は前の担任の先生が倒れられてから急遽代理で入った担任でした。ですが私は皆さんのクラスを受け持つことが出来てよかったと思っております」


「「「入江先生……」」」


 前に立って何か話し始めた枸杞に皆が注目している。枸杞のことだからまた変なことを言い出すのかと思ったけど担任として真っ当なことを言っていると思う。


 まぁ枸杞が変なことを言うのは俺達のグループとプライベートに近い話をする時だけだ。普段クラスの担任として振る舞っている時の枸杞はいつも良い先生だったと思う。最初は一条派閥から送り込まれたスパイだと思って警戒していたけど担任の先生としてはとても素晴らしい人だった。それだけは間違いない。


「一年にも満たない時間でしたが私もたくさんの経験をさせてもらい、皆さんとの良い思い出も数え切れないくらい出来ました。皆さんは今日卒業です。ほとんどの生徒はエスカレーターで隣の大学へ進学しますが中にはお友達が外部の大学へ進学する子もいるでしょう」


「…………」


 枸杞だって貴族として藤花学園に通っていたはずだ。だから生徒としての実感も、教師としての実感もどちらも持っていると思う。実際このクラスの生徒はほぼ全員が藤花学園大学へ進学する。担任は当然それを知っているし、自分が通っていた時もクラスメイト達の大半がそうだったという経験もあるだろう。


 でも……、他の普通の学校に比べれば少しとはいえ別れがあるのも事実だ。


 外部生クラスはそれなりの数が外部の大学へと進学する。中等科から入学してきた外部生はまだ地方貴族も多い。初等科からこちらに通わせるのは色々と問題があるから中等科からこちらに入学してきた貴族と、純粋に一般から受け入れた外部生がごちゃ混ぜだ。それに比べて高等科からの外部生はほとんどが一般外部生となっている。


 中には百合達やデイジー達みたいな例外も高等科外部生である五組に編成されている。でもそちらの方が稀なケースであり、例年はほとんど一般外部生が占めていると言っても過言ではない。それはつまり四組の半分と五組の大半は外部の大学へ進学するということだ。


 一~三組と四組・五組は少しだけ壁がある。ゲームの中ほど確執があったわけじゃないけど、この世界であっても内部生と外部生というのはどことなく余所余所しかったのは間違いない。いくらそういう壁を少しでもなくそうとしてもすぐに完全になくなるものじゃない。だからあまり交流がなかった生徒同士もかなりいると思う。


 俺達だって鬼灯と鈴蘭とか、ひまりちゃんとりんちゃんくらいしか関わりはなかった。百合達やデイジー達は同じ立場ではないので含まない。普通に入学してきた外部生として四組五組で親しくなった友達なんて本当に限られている。そしてその親しくなったひまりちゃんが外部の大学へ進学してしまう。


 これは仕方がないことだ。そもそも最初から決まっていたこととも言える。それを分かった上で今まで過ごしてきた。それなのに……、やっぱりどうしても寂しさがなくならない。


「そして先生も卒業します!来年度からこの私!入江枸杞は藤花学園大学の助教です!皆さんの中には私が受け持つ講義に出る方もいると思います!その時はよろしくね!」


「「「「「えぇ~~~~~っ!?」」」」」


 枸杞の突然のカミングアウトに教室中がざわめいた。そりゃそうだ。まさか枸杞が高等科の教師を辞めて大学の助教になるなんて……。っていうか助教ってそう簡単になれるものか?


 まぁ大学教授なんていい加減なものだ。別に資格や免許は必要ない。よく博士号が必要なんて言われるけどそれは雇う側の大学がそういう条件を提示しているだけでそれも必須というわけじゃない。極端な話、雇う大学が良いと言えばどんな人でも雇うこと自体は可能ということになる。


 もちろん何の能力もない人を雇っても大学が周囲や保護者から非難、批判を受けるだろう。だから博士号がないとしても何らかの特技や技能、専門知識を有していると判断されなければ難しいとは思う。でもだからって何か必須の資格や免許があるというものでもない。


 枸杞が大学の職員として講義を受け持つに足るだけの知識や技能を持っているかどうかは俺には分からないし、俺が判断することでもない。藤花学園大学が枸杞を助教として雇うというのならばそれは藤花学園大学と枸杞の問題だ。


 でもなぁ……、まさか枸杞まで高等科の教師を卒業して大学の助教になるとは……。


 そりゃ倒れた元の担任である弱井虚弱先生の代わりに急遽入ったのが枸杞だった。だから今年度で教師を辞めて他の人が入るという可能性はあるかもしれないと思っていた。でもまさか大学の助教になるなんて誰が思うだろうか。いや、誰も思うまい。


「それではそろそろ時間ですので廊下に並んでください。移動しますよ!」


「「「…………」」」


 結局枸杞の言いたいことだけを言って時間になってしまった。最初は何か良い話をしていると思ったけど、最後まで聞いてみればただ枸杞が言いたいことを言っただけだったな……。


「おう!出迎えご苦労!俺様は先頭で良いな!」


「え~……、近衛様……、ちゃんと並んでくださいね……」


「何故だ!?」


 何故だじゃないだろ……。いくら卒業生代表だったとしても入場の時はちゃんと並べよ。先頭に立って先導する役とかはクラス委員とかそういうのだろ。まぁうちの学校は担任が先頭を歩いて生徒は出席番号順だ。恐らく先導役なんかをつけるとなると貴族の力関係で面倒なことになるから担任が先導して出席番号順という明白な決まりが出来たんだろう。


「ふんっ!まぁいい!さっさといくぞ!」


 自分が今まで打ち合わせをしていた癖にまるで周囲が遅かったかのようなこの態度……。しかも時間が決まってるんだから勝手に出来るわけでもないのに……。なんだかいつもの伊吹に戻ってきたのは良かったのか悪かったのか……。


 ともかく俺達は廊下に並んでから講堂へ向けて移動を始めたのだった。




  ~~~~~~~




 他の学校でもほとんど同じかと思うけど在校生代表や保護者達は先に講堂に入っている。卒業生達は式が始まってから入場して迎えられる。卒業生入場が終わると開式の挨拶があり、国歌斉唱、校歌斉唱、卒業証書授与と続く。


 校長や理事長からの挨拶があり、来賓や電報の祝辞が読まれ、在校生送辞から卒業生答辞となる。こんなものは大体どこの学校でもほぼ似たようなものだろう。ほとんどはテンプレートがあってその通りに進む。だから何もなく終わるはずなんだけど……。


『卒業生答辞!卒業生代表、近衛伊吹君!』


「おうっ!」


 うわぁ……。何かもう呼ばれた時点で嫌な予感しかしない。余計なことなんてせずにテンプレート通りにすれば済む。でも伊吹のあの表情を見ると碌な事を考えていないような気がしてならない。気のせいで済めば良いんだけど……。


『俺様、近衛伊吹は!九条咲耶と結婚する!』


「「「うわぁ……」」」


 うわぁ……。俺の周りにいる三組のグループの子達も凄い表情でポカンとしてしまっている。伊吹のあまりの暴走っぷりにもうどうすれば良いか頭が追いつかない。


 普段教室であんなことを言っているだけだったらその場で適当に否定して終わりだっただろう。でも今伊吹は壇上に立ってマイクで保護者達もいる中でそう言った。対して俺は卒業生として自分の席に座っている。反論しようにもこんな所から反論は出来ない。


『咲耶!今ここで俺様と結婚しろ!』


「「「うわぁ……」」」


 うわぁ……。何か最初から嫌な予感がしてたけどこれは……。やってしまいましたなぁ。これは大変なことやと思うよ。これは教育やろなぁ。


「咲耶様!あんな好き勝手に言わせておいて良いんですか?」


「う~ん……。良くはありませんが止める術もありませんし……」


 今から俺が壇上に上がっていくのもどうかと思うし、下手に壇上に上がって伊吹と並んだらそれを認めたと勘違いされかねない。止めた方が良いんだろうけど俺には止め様もないしなぁ……。


「これを使え!九条咲耶!」


「押小路様!?」


 どうやら卒業生なのに色々と生徒会側として関わっていたらしい柾がマイクを持ってきてくれた。それを受け取ると俺は……。


『私は近衛伊吹様と結婚はいたしません。婚約もしておりません。相手の同意もなく一方的に勝手なことを言わないでください。ご来場の皆様も真に受けられませんようによろしくお願い致します』


「「「うわぁ……」」」


 俺が伊吹の言葉を真っ向から否定すると会場中が『うわぁ』という空気になっていた。そりゃ相手に同意も得ずに勝手にあんなことを言っていた上に断られたとあっては良い笑い者だろう。普通はそうならないようにサプライズのプロポーズでも勝算があってやるはずだ。でも世の中にはたまに勝算もなくそういうことをする奴がいるんだよな……。


 フラッシュモブとかサプライズプロポーズで勝算もないのに大々的にやらかして……、しかもその場で相手に断られる……。その手の失敗動画とかもたくさんある。そして失敗した者は笑い者だ。


 ただの素人でそれからは二度と表舞台に出てこないのならばやらかしてもそれほどダメージはないかもしれない。でも伊吹のように今後も社交界や貴族社会において『近衛家の長男』として永遠に残る奴がやらかしたら……、それはもう大変な恥ずかしさだよなぁ……。



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― 新着の感想 ―
[一言] 伊吹うわぁ
[一言] やっぱり入江先生は大学というか、咲耶様に着いていくんだね・・・さすがプロのストーカー! 伊吹、お前・・・想像してた最悪の斜め上を行った?! 最後の最後でもこれかよぉ
[気になる点] 伊吹…まあ正直やらかすと思ってましたよ。 柾もそう思ってマイクを用意してたんでしょうね… 最後まで進歩のない人でした。 しかし、伊吹がやらかしてくれたおかげで近衛連合も卒業式パーティ…
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