第千三百八十二話「強化され続けるフェロモン」
接待プレイの押し競饅頭を終えてから俺達はゆっくりしていた。汗を掻いたからもう一度お風呂に入りたい子はお風呂に行っているし、ここで他の皆とおしゃべりしたい子はおしゃべりしている。あるいはトランプなどのゲームをしている子もいた。修学旅行の消灯時間までの自由時間という感じだ。
「それではそろそろ休みましょうか」
「え~……。まだこんな時間ですよ?咲耶様!もっと遊びましょうよ!」
「いえいえ。もうこんな時間ですよ」
薊ちゃんは夜遊びがしたいらしい。でももう九時を過ぎている。十時には眠らないと駄目だろう。出来れば九時までには寝たいところだけどそれはさすがに色々と難しい。それでも最低限十時くらいには眠りたい。朝五時には起きて朝練をするのだから八時間眠るつもりなら九時に眠る必要がある。
毎日絶対八時間眠れるというのもではないから多少遅くなることはあるだろう。俺だって毎日九時までに眠っているというわけでもない。何なら大量のお菓子を作っている時とか、文化祭で景品などを作っている日なんかは午前三時とか四時まで起きていることもあるし……。
ただ今日はもう眠れるんだから無理に起きていることはない。もっと遊びたければ朝起きてから遊べば良いんだ。何故か夜遊びしたがる子は朝はウリウリと寝ているのに夜遅くまで起きて遊びたがる。仕事や学校があるから朝は遊べないというのならもっと早くに起きれば良い話だ。
「咲耶様っていつもこんな時間に眠っておられるんですか?」
「そうですね……。何もなければもっと早くに眠りたいくらいです。用事があったりして眠れない時は止むを得ず起きておりますが……」
そう言えばパーティーなどによっても遅くなることがある。パーティーだって夕方とかから始まるんだから八時くらいに終わってくれたら家でゆっくり眠れるのに何故か十時とか十一時とかまで続くんだよな。
「咲耶ちゃんの美容の秘訣はその早寝早起きにあるんでしょうか?」
「う~ん……。咲耶ちゃんにはそういったことは関係なさそうな気もしますが……」
皆も寝ることに賛成してくれているようだ。あちこちで声のトーンを落として静かになってきた。俺は明日も朝練があるしそろそろ寝たい。皆は遅くまで寝ていてくれても良いけど俺はいつもの時間には起きて朝練に行く。これは譲れない。
「それじゃ仕方ないですね!寝ましょうか」
「そうですね。イヒヒッ!」
「うふふっ!」
「お楽しみターイム!」
「――ッ!?」
また悪寒が……。今日は本当にどうしたんだろう?今まで風邪なんてあまり引いたことはないんだけどな……。
「それでは移動しましょう」
「「「はーい」」」
皆で大部屋へと移動する。宴会場でも布団を敷けば全員で眠れる。でも宴会場は寝るための部屋ではなく宴会をするための部屋だ。それに皆が時間まで寛いで遊んでいた。それを一度どいてもらって布団を敷き始めるなんてことをするはずもない。全員が一緒に眠れる別の大部屋に布団を敷いて準備をしてもらっている。
「広~い!ここで一緒に寝るの?」
「そうですよ」
秋桐が布団が敷かれている大部屋を見て喜んでいた。言うほど広くもないし何がそんなに楽しいのかも良く分からない。でもこうして驚いたり楽しんだりしてくれていたらそれだけでこちらもうれしくなってくる。売上が上位のキャバクラ嬢とかもこういうことが上手いんだと思う。
もちろんそれは秋桐がキャバクラ嬢に向いているとかそういう話じゃない。相手の話していることに上手く相槌を打ち、驚き、面白がり、興味があるという態度を示す。それだけで話している方は気持ち良くなるものだ。人誑しにしろ上位のキャバクラ嬢にしろ自然とそういうことが出来る人がそう呼ばれてそういう立場になる。
「じゃあ秋桐は咲耶お姉ちゃんのと~なり!」
「秋桐!ずるいですわ!それでしたらわたくしも咲耶お姉様の隣ですわ!」
「じゃあ百合お姉ちゃんはこっちね!秋桐はこっち!」
「仕方ないですわね!それではそちらの隣は秋桐に譲って差し上げますわ!」
う~ん……。秋桐と百合の間で勝手に俺の隣が決められてしまった。俺としては別に隣が誰でも構わない。ただ他の皆が納得するのかな?いつも旅行とかに行くと同室とか隣とかで揉めてるんだけど……。
「それじゃ私はここ!」
「薊ちゃんはそこにするんだ……。じゃあ私はここで」
「ちょっと茜!?それどういう意味よ!?私の近くは嫌だから遠くにしてるわけ?」
あれぇ?皆それぞれ俺の近場じゃなくて少し離れた場所で布団の取り合いをしているぞ?おかしいな?いつもだったら俺の隣が誰とかで揉めてるのに……。
いや、待てよ?もしかしてその揉めてる原因が逆だったとしたら?
皆は俺の隣になりたいから隣のベッドや布団を取り合っていたのではなく、俺の隣になりたくないから位置を奪い合っていたのだとすれば現状の説明がつく。俺の隣を奪い合っていたのではなく……、俺の隣を押し付けあっていたとすれば今の状況といつもの場所の取り合いの謎が解ける。
そうか……。皆俺の隣が嫌だから押し付けあっていたのか……。今回はその嫌な場所である俺の隣を百合と秋桐が早々に埋めてくれたからそれ以外の場所をゆっくり取り合っているんだな……。
何故皆は俺の隣が嫌なんだろう?寝言がうるさい?歯軋りをする?寝相が悪いとか?もしかしたらやっぱり俺は臭いから近くで眠ると臭いが酷くて眠れないのかもしれない。
「貴女達だけズルイのだわ!私も咲耶ちゃんのお隣で眠るのだわ!」
「長官!両隣が埋まったなら上か下もありっすよ!上なら咲耶たんの寝顔を眺めるとか、下から足元に這い寄って悪戯するって手もあるっす!」
「…………そうね!アプリコット!良い案だわ!それじゃ私は咲耶ちゃんの頭側をもらうのだわ!」
「それでわ~、私は茅お姉ちゃんのお隣にします~。朝顔お姉ちゃんは逆の隣にしてくださぃ~」
「あらあら~。仕方ないわねぇ~。それじゃ百合ちゃんの斜め上ね~。こちら側なら良いわよ~」
段々と寝る位置が決まってきた。ただ俺はいつものクラスメイトのメンバー達が俺から遠い場所ばかり取っていくので軽くショックを受けていた。そのままショックから立ち直れないまま消灯時間になり眠りに落ちていたのだった。
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別に修学旅行ではないので正式な消灯時間というものが決まっているわけではない。しかしおよそ高等科生とは思えないほどの早寝早起きを習慣としている咲耶が決めた時間に消灯となり、実際に咲耶は早々に眠りに落ちていた。そんな咲耶を他所にメンバー達はノソノソと起き出して集まっていた。
「(咲耶様は眠ったわね?)」
「(ばっちり眠ってますよ)」
「(旅行の時もいつもそうですけど咲耶ちゃんって寝つきが良すぎですよね)」
獲物が眠っているのを確認しながらメンバー達はコソコソと話を続ける。咲耶にとってはこれでもいつも眠る時間より遅い。だが他のメンバーは誰一人としてこんな時間に眠ったりはしない。例外的に何か事情や理由があって眠かったり、疲れていて眠ることはある。だが日頃からこんな時間に眠っているのは咲耶だけだった。
「(それじゃ誰から行く?)」
「(私から!)」
「「「――ッ!?」」」
薊の言葉に一番に応えたのは椛だった。それに全員が慌てて反応する。
「(ちょっと待ってください!)」
「(椛さんは後にしてください!)」
何故全員が慌てているのか。それは椛がやることに問題があるからだ。椛は足元に潜り込んで咲耶の足を舐める。それが出来るだけでも凄いことではあるが問題はそこではない。もし椛が一番最初に悪戯を決行して足を舐めてしまったら、他のメンバーは全員すでに椛が舐めた足に突撃しなければならなくなる。
もちろん足しか行く場所がないわけではない。足はもう舐められた後だとすれば他の所を攻めるという選択肢もある。しかし先に舐められてしまったら足に行くという選択肢はなくなってしまう。開始早々にそれは選択肢が減って困る。
また今回は咲耶の両隣は百合と秋桐がくっつくように占拠してしまっている。それをどけて両側から悪戯するのは難しく、最初から選択肢が減っているのだ。その上で足を早々に舐められてしまっては自分達が楽しめる場所がなくなる。
「(じゃあ今回は私が先陣を切ってあげるわ!咲耶様~!)」
「(あっ!薊っ!?)」
椛に最初に足を舐められては困る。そう話し合っていると薊がさっさと仕掛けた。咲耶の頭側から迫る。
「(咲耶様の頭!髪!お顔~!う゛っ゛!!!)」
「「「あ~……」」」
頭側から近づいた薊は広がっている咲耶の髪の匂いを嗅いだだけで昇天してしまった。ある意味予想通りの爆死に他のメンバー達は小さく声を出してしまったが、すぐに持ち直していそいそと薊を片付ける。
「(次はどうします?)」
「(私が行くわ!咲耶様~!うほほ~い!う゛っ゛!!!)」
「「「あっ……」」」
薊を片付け終えるとすぐさま紫苑が咲耶の頭に這って近づいていった。しかし顔まで到達することもなく、薊と同じく広がった髪に近づいた時点で昇天してしまった。薊と同じことをして同じ結果に終わった紫苑を黙って片付ける。
「(次はどうします?)」
まるで紫苑のことがなかったかのように同じセリフを言う。他のメンバーも紫苑のことはなかったかのように振る舞った。
「(私が!)」
「(私も行くよー!)」
次に蓮華と譲葉が咲耶の足側から這い寄った。そして布団の中へと潜り込む。
「(行けるところまで……)」
「(うおおーっ!)」
「「う゛っ゛!!!」」
しかし二人は足まで到達する前にビクンと一度大きく体を跳ねさせるとピクリとも動かなくなった。
「(今回はいつにも増して手強すぎませんか?)」
「「「(確かに……)」」」
いつもなら自分達はもう少し頑張れているはずだ。それなのに今回はいつも以上に咲耶のフェロモンが強い。まったく惜しいところまでも行けずにメンバー達は散っていっている。その理由は何か?メンバー達も咲耶本人も知る由はないが答えは咲耶の成長だった。
咲耶は歳を重ねる毎に女性として成熟している。当然放出されるフェロモンもそれに合わせて増えている。だから日常生活では何とか耐えられているメンバー達もこうして無防備にフェロモンを撒き散らしている咲耶に迫ることが難しくなってきている。
「(こうしていても仕方ありません!茜!いきまーす!)」
「(椿、突貫します)」
いつまでも眺めていても埒が明かない。そう覚悟を決めた茜と椿が再び足元から咲耶に迫った。しかしそんな破れかぶれでどうにかなるものではない。
「「あひっ!!!」」
「(やはりこうなりますよね)」
予想通りに昇天した二人を引き摺り出しながら皐月と芹は顔を見合わせる。
「(もう私で良いですね?いきます!)」
「「あっ……」」
止める暇もなく……、椛は咲耶の足元へと潜り込んだ。
「しゃくやしゃま~!しゃくやしゃま~!ベロベロベロ~~~!レロレロレロ~!うひょひょっ!う゛っ゛!」
「「…………」」
咲耶の布団に潜り込み暫くモゾモゾとしていた椛は急に一度ビクンと跳ねると電池が切れたかのように静かになって動かなくなった。それを見届けてから皐月と芹は再び顔を見合わせてから椛を引っ張り出す。
「(さぁ、邪魔者はいなくなりましたね)」
「(ふっふっふっ。皐月ちゃんも悪ですね)」
皐月と芹は悪い顔になってニンマリと笑う。ここまで全て二人の計算通りなのだ。
どう頑張っても咲耶のフェロモンを突破出来るわけがない。だからそのこと自体はもう諦めている。ならばどうやってこの状況を楽しむか?それを考えれば自ずと答えは出る。それは最後に添い寝をすることによって朝まで咲耶の隣で眠れる権利を手に入れることだ。
フェロモンを突破することが出来ない以上は今出来る最上のことは朝まで添い寝をすることであり、そのためには他のメンバー達が残っていると自分達が倒れた後にどけられてしまう。つまり最後まで残って最後に添い寝をすることで朝まで添い寝出来る環境が完成するのだ。そのために他のメンバーが先に倒れるまで待っていた。それが皐月の作戦だったのだ。
「(それでは……、一条様をどけて……)」
「(ごめんね秋桐ちゃん。ちょっと間にお邪魔します)」
両側で眠っていた百合と秋桐を少しどけて咲耶の両隣を確保する。そして皐月と芹はその間に入り込みゆっくりと意識を手放していった。それをほくそ笑みながら待っている者達が居たことに気付くことなく……。




