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第十三話「水と油」


 今日は酷い目に遭った。あっ、間違えた。今日『も』酷い目に遭った。


 百地流古舞踏に行って無事に済んだことはない。毎回毎回必ず碌な目に遭わない。そもそもあれで本当に格闘技が身に付いているんだろうか?何か舞踏をさせられたり茶道や華道をさせられているばかりな気がする。


 百地師匠は何でも達者なのか俺に茶道や華道らしきものまでやらせる。そんな修行は頼んでないんだけど……。しかもお茶を点てていたり花を活けているといきなり竹刀で不意打ちされたりするし……。


 何でもそうやって他のことに集中している時でも周囲に気を配るのを忘れないようにとか、日常生活でいきなり襲われても対処出来るようにということらしいけど、それなら別にお茶を点てたり花を活けたりする必要はないんじゃないかという気がしてならない。


 まぁ師匠に逆らったら怖いから全部言う通りにしているけど……。


 もちろん他にも水練や柔術とか無手のものを中心に教えてくれているから一応修行も進んでいるはずだ。全然強くなった気はしないけど進んでいるはずなんだ!でなきゃ何であんな地獄の特訓みたいなものを辛抱しているのかわからなくなってしまう。


 蕾萌会やグランデの講習はとても楽しくて気楽なのに百地流だけはガチすぎてやばい。これでも俺は小学校一年生になったばかりだし俺の体がもたないかもしれない。そうは言いつつ実は百地師匠のことは嫌いじゃないし修行も楽しいんだけどね。


 こんなことを言うと俺はドMかと思われるかもしれないけどもちろん俺にそんな性癖はない。ただ前世では知らなかったことを教えてくれる百地師匠の修行はとても楽しい。蕾萌会の授業は結局前世でやってた授業の復習がほとんどだし、グランデの水泳なんてただ泳いでいるだけだ。それに比べて百地流が知らないことばかりで楽しいのは当然だろう。


 それに百地師匠は厳しいけど本当は優しいことも知っている。いつも俺の修行プランを考えてくれているし俺が大怪我したり死んだりするようなことは絶対にしない。


 でもこれってやばい思考かな……?駄目な男に騙されていつまでも別れられない女とかもこういう思考に陥ってるんじゃ……。酷い彼に対して『でも彼も優しい所があるから』とか『彼は私がいないと駄目だから』とかいうのと似ている気がする?気のせいか……。違うよな?違うよ……。


「咲耶お嬢様、夕食の準備が整いました」


「ありがとう椛」


 夕食だと椛が呼びに来たから部屋を出る。食堂に行くと父と母に五北会のことなどを聞かれて少し焦った。兄がうまくフォローしてくれたからよかったけど、もし母に俺が五北会と距離を置こうとしているとかバレたらえらいことになる。


 藤花学園では五北会は絶大な権力を握っている。しかも今年は五北家のうちの三家も同じ年に入学してくるという当たり年だ。母は俺が五北会にうまく馴染んでご令嬢としての振る舞いなどを上級生達から学んでくることを期待している。その五北会と距離を取ろうとしているなんて言語道断だろう。


 恐らく兄は俺が五北会と距離を置こうとしていることにも気付いている。それを母には言わずにうまくフォローしてくれているんだからやっぱり兄は俺の味方だと思う。思いたい。むしろそうであって欲しい。


 兄のフォローもあって何とか母の追及をかわした俺は食事を終えて部屋へと戻ってきた。蕾萌会の予習、復習、宿題もしておかなければならない。


「咲耶お嬢様、あとは何かご用がおありでしょうか?」


「ん~……、いえ、もうありません。ありがとう椛」


 もうないよな?まぁ仮にあっても大したことじゃない。元々椛がしてくれているような仕事は自分一人でも出来るようなことばかりだ。最悪後で何か用があったとしても自分ですれば済む。


「咲耶お嬢様は変わられましたね」


「――えっ!?」


 え?え?どういう意味?俺が変わったって……。まさか俺の中身が咲耶お嬢様と入れ替わっていることに気付いて……?


「いえ……、何でもありません。それではおやすみなさいませ」


「…………」


 椛はそのまま下がって出て行った。でも俺は頭が混乱していて椛に言葉を返すことすら出来なかった。何だ?どういう意味だ?椛は何かに気付いたのか?


 でもよくよく考えてみればそれはそうかもしれない。椛はずっと咲耶お嬢様付きのメイドとして仕えていた。ゲームの『恋花』でも椛は咲耶お嬢様付きのメイドとして登場している。そんなずっと一緒にいるメイドさんならあの日俺が前世を思い出してまるで人が変わったようになった時から気付いている可能性はある。


 今の俺の状態が咲耶お嬢様に憑依しているわけじゃないというのは俺の予想だ。恐らくだけど俺は前世で死んで九条咲耶としてこの世界に生まれてきた。この世界はゲームの『恋に咲く花』に良く似ているけど違う所もたくさんある。


 そもそもこの世界に生きている人達はゲームの登場人物キャラクターじゃなくて確かにここで生きている本物の人間だ。だから俺の扱いは非常に難しい。元々俺が九条咲耶として生まれてくることが決まっていたのか。それとも本当は本物の九条咲耶が生まれるはずだったのにそこへ俺が生まれ変わってしまったのか。


 俺はあまりそのことを考えないようにしていた。だけど確かに少なくとも俺が前世を思い出したあの時より前にこの世界で生きていた九条咲耶も存在している。それは俺の中にもきちんと記憶も気持ちも残っていて確かに俺の一部なんだけど……。


 その俺が記憶を取り戻す前の咲耶お嬢様と俺は確かに言動が変わっている。椛ほど咲耶お嬢様とずっと一緒にいる者ならすぐにそのことに気がついたはずだろう……。何で今頃になって急にそんなことを言い出したのか。それにそれを誰かに言うつもりなのか……。


 もう俺は咲耶で咲耶は俺になっている。だけど……、椛からしたら俺は突然変わってしまった赤の他人のように思うのかもしれない。


 それに……、椛って一体何者だ?一条家は九条家と親戚筋でしかも一応家格は九条家が上ということになっているけど一条家もほとんど同格だ。その一条家の娘さんであるはずの椛が何故咲耶お嬢様のメイドなんてしている?


 『恋花』の製作スタッフは何か裏設定みたいなものがあるというようなことを言っていたはずだ。だけどその内容がわからない。そもそも咲耶お嬢様自体ですらただの敵の噛ませみたいな存在なのにさらにその周りの設定なんて仮にあっても適当に決めたようなものばかりだろう。


 ある程度裏話というか裏設定というかはあるんだろうけどそれが表に出て来たこともない。設定資料集にも書いてなかったしスタッフへのインタビューでもほのめかすだけではっきりと明言されていないことが多い。


 椛だけじゃなくて薊ちゃんと皐月ちゃんが何故咲耶お嬢様の取り巻きをしているのか、どうやってそうなったのかもわからない。椛は何故一条家ほどの家の生まれでありながら咲耶お嬢様のメイドなんてしているのか。これは俺としてもとても気になることだった。




  ~~~~~~~




「いってらっしゃいませ」


「いってきます」


 藤花学園のロータリーで車を降りた俺は椛に見送られて教室へと向かう。今日から藤花学園の授業が始まる。俺にとってはいくら何でも小学校一年生レベルなんて今更習うようなことはない。本当はこんな時間があるのならもっと色々とやりたいことはあるんだけどさすがに学園に通わないというのは無理だ。


 それに藤花学園に通わないと俺が仲良くなって一緒に遊びたい女の子達と出会えない。破滅フラグを回避しつつ女の子達とお友達になることが目的で生きているのに、お友達になれなかったら何のためにこんな苦労をしているのかわからなくなってしまう。


「御機嫌よう」


「ごきげんよう」


「おはようございます」


「御機嫌よう」


 あちこちで朝の挨拶が聞こえてくる。俺も声をかけられたら応えようと思うんだけどそもそも俺に声をかけてくる者がいない。ちょっと遠巻きに見られているような感じはするんだけど誰も俺と挨拶しようとは思わないようだ。


 こちらから声をかけても驚いた顔をされて事務的に返されているだけでそそくさと逃げられてしまう。俺何かしたかな?これもあれか?咲耶お嬢様の呪いか?咲耶お嬢様は嫌われる呪いにでもかかっているのか?


「御機嫌よう咲耶ちゃん」


「皐月ちゃん、御機嫌よう」


 教室に入ってようやくまともに挨拶してくれる人に出会った。皐月ちゃんは朝早いのかもう教室で座っている。俺もちょっと早めに来たのにそれより早いなんてどれくらい前から来ていたんだろうか。


「おはよう」


「おはようアザミちゃん」


「ごきげんようアザミ様」


 教室に入って暫く席に座っていると薊ちゃんがやってきた。薊ちゃんが教室内に挨拶すると皆が挨拶を返す。ほぇ~……、薊ちゃんは皆に慕われてるんだねぇ……。それに比べて咲耶お嬢様の嫌われっぷりよ。何かしたどころか会ったこともない人にまで嫌われるなんてもう呪いも同然だろう。


「薊ちゃん御機嫌よう」


「ふんっ!」


 え?俺が薊ちゃんに挨拶をしたら思いっきり鼻でふんっ!って言われてソッポを向かれた。何か怒らせるようなことをしてしまっただろうか?


 俺が何かしたのか聞こうと思ってもその前にもうスタスタと向こうへ行かれてしまった。薊ちゃんが席に着くとワラワラと咲耶お嬢様の取り巻き達が薊ちゃんの下に集まる。あれじゃまるで薊ちゃんの取り巻きみたいだ。


 いや……、みたいじゃないんだな。もしかして『恋花』の咲耶お嬢様の取り巻き達って元は薊ちゃんの取り巻きだったんだろうか?それが薊ちゃんが咲耶お嬢様についていくから一緒について来るようになっただけとか?


 まぁそのうちわかるか……。


「ちょっとあなた!」


「え?」


 突然薊ちゃんの取り巻きの一人に声をかけられて顔を上げる。何かあったっけ?


「あなたね!アザミ様は五北会のメンバーなのよ!あなたごときが気安くお声をかけて良い相手ではないのよ!身の程を知りなさい!」


「はい……?」


 それは知ってるけど……?でも俺のその言葉だけで満足したのか薊ちゃんの取り巻きはそれだけ言うとスタスタと薊ちゃんの所へ戻ってしまった。何だったんだろう?まぁいいか。


 これから退屈な授業の始まりだ。一応チラチラと授業も見ているけどやっぱり聞くほどの必要性がある授業ではなさそうだったから俺は一人で勝手に蕾萌会の予習・復習をしていたのだった。




  ~~~~~~~




 放課後になったので帰る……、わけにはいかないんだよなぁ……。兄がいるし習い事で帰る日や時間は母によって決められてしまっている。勝手に帰ろうにも迎えの車も来ていないのに帰りようがない。ここから歩いて帰るくらいなら普通に車を待っている方が手っ取り早い。


 そしてどうせ時間を潰さなければならないのなら一応五北会に顔を出しておく方が良いだろう。サロンに行ってもずっと誰かとしゃべってないといけないということはない。むしろほとんどの者は各々が好きなように寛いでいるだけだから俺もそうすれば良いだけだ。


「咲耶ちゃん、サロンに行くんでしょう?一緒に行きましょう?」


「皐月ちゃん!それじゃご一緒しましょう」


 一人で行くのは面倒臭いと思っていたけど皐月ちゃんが一緒ならまだ辛抱も出来るというものだ。今も十分美少女だけど将来美少女に成長することが確定している皐月ちゃんとは是非お近づきになっておきたい。


 二人で連れ立って五北会のサロンにやってくる。扉の前には見知った顔があった。


「薊ちゃん!」


「……なんであんたがこんな所にいるのよ。ここは五北会のサロンよ。関係者以外立ち入り禁止よ」


 俺も帰って良いものなら帰りたいんですけどね。そうもいかないから来たんですよ。


「咲耶ちゃんも関係者なのだから良いでしょう?」


「ふんっ!あんたも……、調子に乗ってられるのは今のうちだけよ」


 んん?あれ?何か薊ちゃんと皐月ちゃんの間で火花が散っているのが見える。何で?二人は性格こそ正反対みたいな感じだけど、いや、だからこそ二人は親友だったのに……。


 そりゃ今日が入学してから一日目なんだからいきなり親しくなっているのもおかしいかもしれないけど……、それでもこんな険悪な雰囲気なものなのかな?二人がどうやって親しくなったかというエピソードも語られていないからわからない。


 何か俺の『恋花』の知識ほとんど役に立ってないな……。知らないことやゲームや設定資料集では語られていない部分が多すぎる。やっぱりゲームなんてほんの一部を切り取っているだけだからそれが実際の人生になったらもっと細かいことが一杯出てくるってことだろう。


 将来的にはこの二人は親友になる……、はずだ。だけど本当に親友になれるのかと心配になるほどに二人はお互いに火花を散らしていた。



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― 新着の感想 ―
[一言]  水と油……のんびり系とツンデレ系の戦い勝って咲耶を手に入れるのはどちらか!(十年ほど気が早い  それにしてもアザミちゃんは咲耶ちゃんが九条って知っててツンデレキャラ特有の態度とってるけど…
[一言] 水と油…… 熱した油に水をダーイブ!
[一言] 知名度低くない?
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