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第千三百七十話「もう一手」


 百合の説得も出来たし高等科での生活にはもう憂いはない!と思いたい。確かにもう後は卒業パーティーを残すのみだから学園生活自体には問題はないだろう。でもその卒業パーティーが問題なんだよなぁ……。


 九条咲耶お嬢様はその卒業パーティーで断罪されて九条家は破滅する。だから俺が本当の意味でゲームのシナリオを越えて無事に生きていくためには卒業パーティーを乗り越えなければならない。そうでなければいつシナリオ通りに破滅させられるか分からない状態だ。


 今は何も問題ないと思っていても、実は俺の知らない所で事態は進行していて九条家の破滅は一歩一歩近づいているかもしれない。もうそんなシナリオは乗り越えたと言えるのはやはり卒業パーティーを乗り越えた後だろう。卒業パーティーを終えるまでは俺はずっと不安なまま落ち着くことは出来ない。


「何か……、せめて私に出来ることは……」


 近衛・鷹司・ヴォルマートとの経済戦争は父や兄に任せるしかない。俺は経営なんてしたこともないし学んだこともない。前世はしがない社畜だった俺だ。多少の実務は出来ても経営は出来ない。九条グループ総帥として何十年も経験を積んできた父や、跡を継ぐために勉強してきた兄の方が俺よりもよほど出来るし分かっている。


 俺が下手にそういうことに口を出しても碌な事にはならないだろう。でもこのまま二人に任せっきりで俺は知らん顔というわけにもいかない。そもそもこんなことになった原因は俺なんだし、何よりも俺にしか出来ないこともあるはずだ。父や兄を経営や知識の面でフォローすることは出来なくても、俺にも何か出来ることをしたい。


 何か……、九条家の破滅を覆す一手が欲しい。これさえあれば九条家の破滅は回避出来るはずだという安心が欲しい。でもそんな夢のような一手なんてあるはずないんだよなぁ……。あったら父や兄がとっくにしているはずだ。俺如きが思いつくような方法でそんな手があるはずもない。


「咲耶様、菊亭様よりお電話です」


「え?」


 部屋で少し休んでいると椛にそう言われて驚いた。チラリと時計を確認してみればもう良い時間だ。今日は百合の説得をしてから放課後は普通に五北会サロンに行ったり、いつも通りに習い事を済ませてきた。習い事を終えて戻ってきたからもう良い時間なのは当然だろう。


「もしもし?」


『あぁ、咲耶ちゃん?今お時間大丈夫かしら?』


「はい」


 樽マダム達とはそれなりに親しくさせてもらっている。でもこんな時間に電話がかかってくるなんて珍しい。一体何事かと思った用件は俺の思ったものとは違っていた。


「…………わかりました。はい。それでは失礼いたします」


 電話を切った俺は一つ息を吐いてから脳内で明日の予定を組み直していたのだった。




  ~~~~~~~




 翌日俺は五北会サロンにも習い事にも行かずに樽マダム達に呼び出された先へと向かっていた。昨晩の電話で俺は樽マダム達に呼び出された。呼び出すというと語弊があるかもしれない。向こうはお茶でもしようと誘ってくれただけなんだけど、こちらからすれば呼び出されたと思うのは仕方がないだろう。


「御機嫌よう皆様」


「まぁ!よく来てくれたわね咲耶ちゃん」


「ささっ!座って座って!」


「飴ちゃん食べる?」


 俺が到着するとすぐに席を勧められて三人に囲まれてしまった。菊亭貴子様、岩崎文子様、三条西綾子様……。樽マダム三人に呼び出されたから三人はいるだろうと思っていた。でも三人だけじゃなくて他のテーブルには多くのマダム達が座っている。


「今日は私達のお茶会の日なのよ。そこで咲耶ちゃんもご一緒にどうかと思って誘わせてもらったの」


「そうでしたか。それはありがとうございます。私も皆様とご一緒出来てうれしいです」


 軽く見回しただけでもこのお茶会のメンバーが錚々たるメンバーであることが分かる。貴族家の面々はパーティーなどで面識がある人も多い。派閥・門流に捉われず有力な堂上家の家のご婦人方が集まっている。そして貴族以外にも政財界の重鎮の夫人が多い。


 派閥・門流の集まりには貴族しか来ない。そりゃ派閥・門流に属する者が集まる場なんだからそうなるだろう。でも普通のパーティーとかだったら政財界からも出席する人がいる。岩崎様だって貴族系財閥ではなく武士系財閥の方だし、門流には入っていないから門流の集まりには来ないけど対外的なパーティーなら出席されるわけだし。


 そういう場では岩崎様以外にも貴族以外の財閥の方とも会うことはあるし、著名人や政治家、その夫人達も多数やってくる。だからこの場にいる方々も一度は会ったことがあるような顔ぶればかりだ。そしてその集まりのレベルが滅茶苦茶高い。はっきり言えばここに集まっている方々が全員集まればこの国を動かせるのではないかと思えるほどだ。


 この国の財閥で単独で一番大きいのは近衛財閥だ。でもだからって近衛財閥が単独でこの国を自由に動かせるわけじゃない。経済力や売上高、資産で言えば一番かもしれない。だけどそれだけで何でも思いのままというほど世の中は単純じゃない。


 他の財閥が全部近衛財閥に反対すれば近衛財閥といえども無理は通せなくなる。どうしても通そうとするのなら自分だけでやらなければならなくなる。そうなればいくら近衛家や近衛財閥といえども苦戦することになるだろう。


 それに法案などは政治家が通さなければ決まらない。経済を実際に動かしているのは財閥だったとしても、その経済を決める法案を政治家が通してくれないことには何でも思いのままとはいかないのは近衛家であっても同じだ。ここにいる政治家のご夫人達全員にそっぽを向かれては近衛家といえど政界への影響力は失われる。


「お集まりの皆様!本日は私の孫も同然である九条咲耶ちゃんが来てくださいましたよ」


 貴子様が他のご婦人方にそう言って紹介してくれた。ご婦人方はパチパチと拍手してくれている。


「菊亭様だけズルイわ。咲耶ちゃんは私にとっても孫同然よ」


「私だってそうよ。ねぇ?咲耶ちゃん。飴ちゃん食べる?」


「ありがとうございます」


 なんなんだ?この場は……。お三方がそう言うと他のテーブルにもチラホラとうちも自分もと言うご夫人が居た。確かに顔見知りは多いけどそこまで特別親しいわけでもない方が大半だったはずだ。それなのに一体これは何なのか。


 もちろん俺のことを孫のように可愛がってくれるというのはありがたい。憎まれたり敵視されるよりは親しく出来る方が良い。でもこのお茶会の意図が分からずに俺は曖昧に笑って誤魔化すことしか出来なかった。


「世間は常にニューヒーロー、ヒロインを求めているわ。政界にも財界にも、そして貴族社会にもそろそろ新しいヒロインが必要ではないかしら?」


「その通りですわ!」


「菊亭様の言われる通り!」


 何か小芝居みたいなのが始まったぞ……。他のテーブルから合いの手を入れている人達は恐らく仕込みだろう。この場を盛り上げて空気を一つの方向に持って行くためにそういう者をあちこちのテーブルに配置していたに違いない。単純に貴子様達におべっかしたいだけの者である可能性もあるけど、この席の空気を作るための仕込みだと思う。


「財界には長らく女傑と名高いお方がヒロインとして居座っておられました……。ですがその手腕にも陰りが見えてきたのは皆様もご存知の通り……」


 『おほほ』『うふふ』とあちこちから小さな笑いが起こる。女傑というのは近衛母……、靖子のことだろう。これまでは近衛靖子が伸していた。それを苦々しく思いながらも表向きは逆らえないので従っていた人も多い。そういう人の不満を煽っている。


「そこで!かの女傑をも超える逸材が出てきたことはこの閉塞感に息が詰まっている財界にとっても希望となるでしょう!その新たなる希望を私達で押し上げ、守っていこうではありませんか!この九条咲耶ちゃんを!」


 パチパチパチ!と全てのテーブルから拍手が巻き起こった。もう正直苦笑いしか出来ない。これはアレだろう。近衛家の行いが政財界からの強い反発を招いた。だからそれに対抗出来そうな九条家を旗印に押し上げて矢面に立たせようということだと思う。


 近衛家や近衛財閥が国内の問題を国内だけで処理しているうちはここまで反対もされなかっただろう。でも近衛家は、近衛靖子はトム・ヴォルトンとヴォルマートをこの国に招き入れようとしている。それは元々この国でやっていた者達にとっては歓迎出来ない事態だ。そこに大きな反発が生まれる。


 貴子様達はそういった政財界の反発を煽って集めて、さらに自分達が矢面に立つのではなく反近衛連合の旗頭に九条家を立てようとしている。経営者としては父や兄がその矢面に立つだろうけど、ご婦人方にとっては近衛靖子は経営者としてだけではなく女としての立場もある。その経営者ではなく女としての近衛靖子には俺を対抗させようとしているのだろう。


 正直やりたくない。この雰囲気に乗せられてご婦人方の代表に祀り上げられて近衛母と対抗するなんて俺にとっては面倒ばかりで得る物は少ないだろう。でも……、そうも言っていられない。この争いに負けたら九条家は破滅する。ならば周囲が俺を利用して担ぎ上げようというのなら、俺もその周囲を利用するくらいの気持ちでやらないと近衛母に食われるだけだ。


「私のような小娘に過分な評価をありがとうございます。まだまだ若輩者であり皆様のご期待に副えるかは分かりません。ですが精一杯努めさせていただきます。その際は皆様もどうかより一層のお引き立てをよろしくお願いいたします」


 経営で父や兄を手助け出来ない俺にも何かもう一手ないかと思っていた所だ。このご婦人方が俺を近衛母への対抗馬として立たせようというのなら、俺もご婦人方の力を利用させてもらおう。貴子様達はこのために今日俺をこの席に呼んだに違いない。ならば俺も覚悟を持って進むのみ!




  ~~~~~~~




 貴子、文子、綾子は興奮を抑えられなかった。これだけの錚々たるメンバーを前にしても一切臆することなく、それどころかこれほどのメンバーですら飲み込むほどの存在感を放つ少女がいるのだ。こんな天下の大女傑と同じ時代に生まれ生きているなどそれだけで奇跡であり大変な幸運だと思える。


 自分達がこの少女ほどの年齢の時はどうだっただろうか。世間のことなど知らずに井の中の蛙として能天気で偉そうにしていたかもしれない。あるいは偉い大人達に囲まれて萎縮していたかもしれない。だがこの少女、九条咲耶はそのどちらでもない。


 決して九条家の娘だからと驕り高ぶっているわけではなく、かといって実力者の大人達に囲まれて萎縮しているわけでもない。ただあるがままに、この場にいる全ての者達ですら魅了し飲み込み、自分の力を誇示している。そんなことがこの年齢で出来るものなのか?


 咲耶を孫のように思い可愛がっているというのは嘘ではない。またニューヒロインとして立たせて近衛靖子と対抗させようと思っているのも本当だ。だがそれだけではない。ただの操り人形として自分達の意のままに動かせるヒロインに仕立て上げたいわけではない。ただ見たいのだ。この少女が作り上げる新たなる世界を。


 近衛靖子の統治は確かに一定の成果はあった。この国の政財界の秩序を作り、守り、今まではうまく機能していた。その功績まで否定するつもりはない。だが近衛靖子の手腕にも陰りが見えるようになった。ましてや外部からトム・ヴォルトンとヴォルマートを引き込もうとするなどこの国の政財界からの反発が強い。


 そんな近衛靖子に代わる新たなるヒロインの登場と、そのヒロインが作り上げる次なる世界と秩序とは一体どのようなものなのか。それを生きているうちに是非見たいという願望を止めることが出来ない。そしてこの少女は自分達のそんな思惑を理解した上で引き受けると言ってくれたのだ。


「もう隠居して死を待つばかりかと思っていましたが……」


「まだもう一仕事しなければなりませんね」


「甘くて優しい咲耶ちゃんが作り上げる世界はこの飴よりも甘くておいしいかしら?」


 今日貴子達が咲耶を招いたのはその覚悟を問うためだ。これだけの面子の前で萎縮して引き下がるようであればこれから先、全員で盛り立てていくことは出来ないと思っていた。しかし彼女はこれほどの面々の前で堂々と自分が表に立つと宣言した。その姿は強く美しい。


 咲耶の覚悟と強さを見せてもらった貴子達は、これから何があっても必ずこの子を助けていこうと目配せし合って頷きあったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 咲耶様ファンクラブ樽マダム編 咲耶様の筋肉が日本の政財界を救うことを信じて・・・ これが、飴ちゃんパワーだ!
[良い点] 政財界の皆の孫!咲耶様! あまりにも心強い味方でもう敵無しでしょ。
[気になる点] そういえば九条家の祖父母って話に出てきた記憶がないな……無いよね?(一抹の不安) [一言] 外資は市場を食い荒らすだけ食い荒らしていくからなぁ
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