劇場版04
柾と二人っきりでトレッキングに出発した苺は浮かれていた。
(あぁ~!押小路様と二人っきりだなんて!あぁ!いけませんわ押小路様!人がいないからといってそんな大胆な!あぁ~~~!)
「ふむ……。牧さん、それ以上進まない方が良い。菊皇学園からあまり離れすぎると整備も手入れもされていない」
「だっ、大丈夫です!私は地元ですから!」
まだここでは学園が近すぎる。他の班も近場をウロウロしている。こんな所では本当の意味での二人っきりとは言えない。そして二人っきりではないのであれば柾も大胆な行動は出来ないだろう。だから柾が大胆な行動を出来るようにもう少し人のいない所まで行く必要がある。
「その過信が命取りだ。山では何があるか分からない」
(油断なされない押小路様素敵!でもこのままこんな近場に居るわけにはいかないわ!)
「大丈夫ですよ!さぁ!こちらへ!」
そう言うと苺は少し強引に柾を連れて山へと分け入った。もちろんそれほど遠くに行くつもりはない。だがあまり学園に近いとお互いに見えてしまうし他の班もウロウロしている。せめてそういった邪魔が入らない所までは離れようと必死だった。
(この辺りまで来れば大丈夫ね)
「ふぅ……。押小路様……、疲れてしまいました……」
苺は少しよろけるような仕草をしてから柾にしな垂れかかった。しかしその先は苺の思った展開とは違った。
「むっ!それはまずいな。ここはまだ電話の圏内だ。救助を呼ぼう」
「えっ!?いえ!大丈夫です!それほどのことじゃありませんから!少し休めば良くなりますから!」
いきなり救助を呼ぶと言い出して驚いた。普通男女が二人っきりになり女性の方が休みたいと言い出せば『そういうこと』だと伝わるはずだろう。それなのに柾のこの対応は一体何なのか。そう思った苺を他所に柾はテキパキと行動していく。
「ふむ……。まずはここに座って」
「はい……」
近場の丁度腰掛けるのに良さそうな場所に座らされた。岩の上だが少し湿っているとか虫がいそうという心配はあるが今の苺はそこまで気にしている余裕はなかった。きっとここに座ってお互いに肩を寄せ合い、愛を語り合い、そして口付けを交わすのだ。そう思っていたが柾の行動はまったく別のものだった。
「少し体温と脈を測らせてもらうぞ。触るが良いな?」
「さっ、触るだなんて……。押小路様大胆です……。でも押小路様がどうしてもと言われるのでしたら……」
苺は赤くなりながら柾に身を任せた。しかし……。
「では……」
「へ……?」
柾は苺の手を握ると手首に人差し指と中指を当てながら時計を見ていた。
「ふむ……。脈は平常……、いや、少し早いか。熱も平熱から微熱というところだな。発汗は多少あり。これで気分が悪いということは熱中症などの可能性もある。やはり救助を呼ぶべきだ」
「いやいやいや!違います!大丈夫です!」
「この季節でも熱中症というのはある。無理に動くのは危険だ。救助を要請……」
「大丈夫ですから!本当に大丈夫ですから~~~っ!」
あくまで救助を要請しようとする柾を止めるだけで苺は本当に疲れ果ててしまったのだった。
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伏原土筆と長尾咲耶という者と山に入った水仙は一人で勝手にウロウロと財宝を探していた。土筆は堂上家に生まれたというだけで偉そうで前から気に食わない。そして長尾咲耶という交流生は地下家の娘の癖に妙にお嬢様ぶっていて腹が立つ。
桓武平氏の末裔である生島家こそが本来中央政財界で頂点に立っていなければならない存在のはずだ。それなのに何故こんな田舎で他の有象無象と同列に扱われなければならないのか。それもこれも堂上家を事実上固定化してしまった上位の家が悪い。
皇族に連なる高貴なる出自である生島家こそが上位のはずなのだ。それなのに先に権力を握ったというだけで偉そうに踏ん反り返っている者達が、自分達の地位を確保するために家格を固定化してしまった。その結果無能者でも上位の家に生まれたというだけで偉そうにし、自分達のように本当ならば上に立つべき優秀な者が不当に下位に置かれている。
この状況は許せない。だが覆す方法もない。そうして長い年月が経った。だが今はそうではない。これを覆す方法がある。それはこの山のどこかに眠っている平家の莫大な隠し財宝を手に入れることだ。その財宝の力を使えば生島家が中央政財界に進出することも難しくない。
「平家の隠し財宝……。どこにあるのよ!」
「生島様……、あまり離れられては危険ですよ……」
長尾咲耶という者が邪魔をしてくる。この女はきっと藤花学園、つまり現中央の側から送り込まれたスパイに違いない。生島家が平家の隠し財宝を手に入れて中央に進出してくるということは、それに押されて追いやられたり地位を失う者が出るということだ。そうさせないために水仙の邪魔をしようとしているに違いない。
「邪魔するんじゃないわよ!」
「あっ……」
「え……?きゃぁっ!」
長尾咲耶の手を振り払おうとした水仙は足を滑らせた。それほど急斜面ではないが獣道から足を滑らせた水仙は落ち葉が溜まってぶよぶよの地面に踏ん張りが効かずにかなり滑り落ちてしまった。
「いたた……。もう!なんなのよ!」
ただ斜面を滑り落ちただけなので大きな怪我はしていない。精々擦り剥いたくらいだろう。尻餅をつきながら腐葉土の上を滑ったのでお尻や足には擦り傷くらいは出来ているかもしれない。だがそれだけだったので水仙は止まった場所で立ち上がった。
「大丈夫ですか!生島様!」
「ちょっと!何であんたまで降りてくるのよ!これくらいすぐ登って……、あ?」
「え?」
水仙の後を追って斜面を滑り降りてきた長尾咲耶に苛立ちを覚えた水仙だったが、滑り落ちた先で妙な物を発見して固まった。咲耶もその視線に気付いてそれを見つけた。
「こっ……、これはっ!」
「手箱のようですね……」
手箱。そう、手箱だ。昔の手箱のような物が枯葉や落ち葉に埋もれてそこにあった。埋まっていたのか、置かれていたのか、隠してあったのか、堂々と置かれていたのかは分からない。そもそも何故このような場所にこんな不釣合いな手箱があるのかも不思議だ。
だが水仙はすぐに分かった。これだ。これこそが平家の隠し財宝かそれに繋がる物に違いない。
「あはっ!見つけた!見つけたわ!これこそが平家の隠し財宝よ!」
「生島様……、それは持っていても良いのでまずは上に戻りましょう」
「……そうね」
一瞬浮かれた水仙だったがこの女がいたのだということを思い出して表情を厳しくした。確かにただの斜面だからここに落ちたと言ってもどうということはない。だがここから他へ移動するのは難しい。まずは元の獣道に戻る必要がある。
「二人とも~!大丈夫か~?」
「はい!伏原様!大丈夫です!今からそちらに戻ります!」
「…………」
水仙は両手で手箱を抱えている。それほど大きな物ではないのだが絶対に他の者に奪われるわけにはいかない。だから両手でしっかり抱えていた。そんな状態でこの崩れる腐葉土の斜面を登れるはずはなかった。だが本来は登れるはずがない斜面を水仙はスイスイと登って獣道へと戻ってこれた。
水仙は手箱に夢中で気付いていない。しかし上からその様子を見ていた土筆には分かった。もし土筆がここに落ちていたら両手両足を使ってもそう簡単に登れるものではなかったはずだ。それなのに水仙は両手に手箱を抱えたまま上の空だったのに苦もなく登ることが出来た。それは咲耶の補助があったからだ。
もし咲耶の補助がなければ水仙と土筆だけではどうにもならなかったかもしれない。下手に救助しようとしたら土筆まで嵌って二人で動けなくなっていたかもしれない。それを簡単に解決出来たのは咲耶のお陰だ。しかし助けられた当の水仙はまるでそのことに気付いていない。
「二人とも無事か!?」
「はい。私は大丈夫です。生島様は……」
「うるさいわね!大丈夫よこれくらい!」
手箱を抱えたまま水仙は二人から距離を取った。折角手に入れた平家の隠し財宝かそれに関わる情報だ。この二人に奪われるわけにはいかないと体で手箱を隠して守っていた。
「ほうか。ほんならええけど……。ほんでそれは?」
「これは私のよ!私が見つけたんだから!」
手箱を狙っている土筆に水仙は精一杯の威嚇をした。立ち上がると体の後ろに手箱を置いて両手を広げて立つ。
「オオアリクイの威嚇みたい……。可愛い……」
「は?ちょっとあんた!今なんか言った!?」
「いいえ?何も申しておりませんが?」
水仙は長尾咲耶の方も向いて威嚇する。例え二対一であろうともこの宝を渡すわけにはいかない。
「別にそんなもん取れへんがな。せやけどそれが何か確認する必要はあるやろ?」
「…………私が確認するからあんた達はあっち行ってなさいよ!」
「まぁまぁ!ええやん!取れへんさかい見るだけ見せたってや。うちらは離れた所から見てるだけでええから。な?」
「チッ……。じゃあそこから動くんじゃないわよ!ここで開けるから」
水仙は中身も独り占めしたいと思っている。だが全て一人でやろうとしたら失敗するかもしれない。というより何よりも実は一人でこの手箱を開けるのが怖いのだ。まさか煙が出てきて老人になるとは思っていないが、もし開けたら平家の落人の遺体の一部とかだったら怖すぎる。そしてそういった物だけではなく虫などが入っていても気持ち悪い。
一人で見る勇気がないから虚勢を張りつつ二人にも近くに居て欲しかった。だから土筆の申し出は実は水仙の方こそ助かるものだった。
「それじゃ開けるわよ……」
「煙が出てもうちらくらいの距離やったら平気かな。何かあったらすぐに離れる用意しときや長尾はん」
「ちょっ!開ける時になってそんなこと言うなんて……、あっ!」
「「あっ……」」
まだ覚悟が決まっていなかった水仙だったが土筆の言葉を聞いて一層躊躇ってしまった。開けようとしつつ躊躇ったために紐を解いた手箱を落としてしまった。蓋だけ水仙の手に残り底が落ちる。そして出てきたのは……。
「え?これは……、地図!?」
「確かに地図っぽいなぁ」
「これは……」
落ちた手箱の中に入っていた物は地図のようだった。詳しく精密に描かれた地図ではなくまるで暗号のように抽象的に描かれた地図に印が入れられている。
「やったわ!これよ!これこそが平家の隠し財宝のありかを示す地図なんだわ!」
「「う~ん……」」
水仙はこれこそが財宝の隠し場所を示す地図だと気が付いた。しかし二人は事の重大性が分かっているのか分かっていないのか反応はいまいちだった。
「これは私の物よ!そして財宝も私の物よ!」
「あっ!生島!勝手に一人で行ったらあかん!」
「うるさい!私の財宝を狙う泥棒め!私が一人で財宝を手に入れるんだから!」
「あ~……、一人で行ってもうた……。どうする?長尾はん……。いや、九条咲耶はん?」
上にあった地図だけ掴んだ水仙は山の奥の方へと駆け出していった。それを見送ってから土筆は咲耶の方を見た。九条門流の堂上家の娘である土筆は当然九条門流の集まりで咲耶を見たことがある。あまり接したことはないがこの派手な顔を忘れるはずもない。
「確かに手箱や地図ですが……、これが平家の隠し財宝に繋がっているとは思えませんね……」
「せやな、九条咲耶はん……。あぁっ!もう面倒臭いわ!九条って呼ばせてもらうで!あと敬語もなっしや!ええな?」
「ええ。構いませんよ。それで土筆ちゃんはどう思いますか?」
「まぁうちも九条と同意見やな。これは平家の隠し財宝っちゅうには新しすぎるで」
「ですよね」
手箱も、一瞬しか見えなかったが中に入っていた地図も、平家の隠し財宝というには新しすぎる。八百年以上も昔の物であったならばこんな簡単に見つかるとは思えない。もっと深い所にでも埋もれていなければおかしい。仮に斜面が崩れたために地表近くに出てきたのだとしても、それならそれで綺麗で新しすぎる。
「ただ……」
「ただ?」
「平家の隠し財宝やそのありかを示す地図にしては新しすぎますが子供の悪戯にしては手が込みすぎている気がします」
「う~ん?せやけど九条、地下家や多少とは言うても堂上家も通う菊皇学園からこんな近くやで?それくらいの家のもんやったらこれくらい朝飯前やろ?」
確かに一般人が悪戯でやるにしては手が込みすぎている。手箱も決して安物ではなくそれなりにちゃんとした物のように思える。誰かに発見されるとも分からないこんなお宝ごっこの悪戯のためにこれほど手の込んでお金のかかった悪戯をするだろうかという咲耶の疑問も尤もだった。だがここは菊皇学園の裏山だ。
菊皇学園に通う生徒はほとんどが地下家、一部とはいえ地方在住の堂上家も通うことがある。伏原家は堂上家として特別裕福ということはないが貧乏ということもない。その伏原家でもこの程度の悪戯なら余裕で出来る。
「それはそうかもしれませんが……。これは悪戯で隠していたというより何か意図があってしていたことのように思えるのです。それから……」
「それから……?」
一体まだ何があるというのか。土筆はゴクリと真剣な表情で喉を鳴らして咲耶の言葉を待った。
「生島様が持っていったと思われる地図と同じ地図が他にも数枚この手箱に入っているのですよね……」
「せやねんなぁ……。これがなぁ……」
そうなのだ。水仙は一番上の地図だけ持ってすぐに逃げてしまった。だから中身をちゃんと確認しなかったのかもしれない。残った咲耶と土筆は手箱の中身を確認した。その中には恐らく水仙が持っていったであろう地図と同じ地図が複数枚入っている。
「これは多分『アレ』っぽいなぁ……」
「ですよねぇ……」
土筆が肩を竦めると咲耶もヤレヤレと首を振っていた。そしていつまでも放っているわけにはいかないと二人は水仙を追いかけ始めたのだった。




