第千三百六十話「ひまりちゃんの進路」
ようやく学年末試験が終わった。俺としてはもっと長く続いてくれても良かったんだけど終わってしまったと言うべきか。試験期間中は午前中で学園が終わる。だから午後から思いっ切り百地流の修行が出来た。でも学園が通常授業に戻ったらまた午後から修行三昧が出来なくなる。
「あっという間の試験期間でしたね。皆さんの出来はどうでしたか?」
「う~ん……。手応えはあったと思います!」
「「「あははっ……」」」
薊ちゃんの根拠がない自信に皆も苦笑いしか出来ない。試験期間中は自己採点するよりも次の試験の最後の勉強を頑張っていただろう。だから皆自己採点はまだしていないと思う。これから土日だからその間にでもするだろう。となれば今はまだ自分の点数は分からないわけで、現段階で自信があるとすればそれは根拠のない自信に過ぎない。
ただまぁ自信があることは良いことだ。あまりに実力が伴わない過剰過ぎる自信は困ったものだけど、少し自分の実力より上くらいの自信ならむしろ持っている方が良いかもしれない。
この世界の伊吹は自信の方があり過ぎて実力が伴わない奴だった。だから最悪の『俺様王子』になっていた。でもあれは極端過ぎだとしてもあまりに自信がなさ過ぎるのも困る。例えばひまりちゃんとかりんちゃん辺りがそうだろう。
二人は勉強も出来るし家事や料理などから女の子の趣味になるような物まで色々と出来る。でも二人はあまりに自信がなさ過ぎる。ひまりちゃんなんて学年二位くらいの学力があるのにあれだけ自信がなさそうにしているから、勉強が出来ない子達からしたら、あまりに謙遜が過ぎれば嫌味に見える状態に陥っているかもしれない。
それ以外にも料理が出来たり、お裁縫が出来たり、色々とそういった面でもクラスや学年に貢献してきた部分もあるだろう。でも本人達があまりに自信がなくて恐縮し過ぎている。あれでは人によっては嫌味だと思われても仕方がない。
逆に薊ちゃんはいつも自信に溢れている。出来ないことまで自信満々だ。それもやったことがないから出来るか分からないんじゃなくて、過去に何度も失敗して出来ていないことが明白なことに対してまで自信満々なのが不思議だ。その後で練習して出来るようになったとかならともかく、一切練習もせず進歩してないのに自信満々なのはどうかと思う。
紫苑も割りとそのタイプかなとは思うけど、紫苑は出来ないことは出来ないとあっさり認めるというか、人にやらせれば良いと考えているような節がある。だから薊ちゃんのような『自分は何でも出来る!』という自信満々ともまた違うんだろう。
「それでは帰りましょうか」
「おい咲耶。ちょっと顔を貸せ」
「「「…………」」」
俺達が帰ろうとしていると伊吹が声をかけてきた。前までだったらこんな偉そうに言われたら無視していたかもしれない。ただあれ以来学園に来ていなかった伊吹に俺も多少は思う所があったのかもしれない。
「わかりました。皆さんは先に帰っておいてください」
「いえ!待ってます!」
「お待ちしております咲耶様!」
伊吹の用件が何か分からない。用件が分からないからどれだけ掛かるかも分からない。だから皆には先に帰っておいて欲しいと伝えたんだけど待っていると言われてしまった。それならば早めに済ませて戻ってこようと心に決めてから伊吹と向き合った。
「それでは近衛様、手短にお願いしますね」
「……ついてこい」
伊吹は俺の言葉には答えずに歩き始めた。また戻ってくるつもりなので荷物は置いたまま伊吹の後を追いかける。何かその背中は丸まって縮んでいる。前までの根拠のない自信に溢れていた伊吹と同じ人物とは思えない。そんな伊吹の先導で連れてこられたのは校舎裏の雑木林だった。ここなら人に話を聞かれる心配もないだろう。
「咲耶……、今からでも遅くない……。俺様と結婚しろ!」
「はぁ……。またそのお話ですか?それはお断りしたはずですが?」
伊吹の用件を聞いてうんざりしてしまった。またその話を蒸し返すのか。それはもう散々聞いたしこれから何度聞かれても俺の答えは変わらない。何故俺が伊吹なんかと結婚しなければならないのか……。
「咲耶!真面目に聞け!今ならまだ間に合う!まだ間に合うんだよ!」
「何がどう間に合う、間に合わないと言われているのでしょうか?それが分からないことには近衛様の言われていることは私にはさっぱり伝わりませんよ?」
ただひたすら『まだ間に合うから結婚しろ』と言われても意味が分からない。物凄い理由や事情があろうとも伊吹と結婚する気はない。だけどその説明もちゃんとされないのならそもそも何を言っているのか、何が言いたいのかも分からないままだ。それでは答えようがないだろう。
「今ならまだ俺様と結婚すればあのババアも俺様の廃嫡は撤回するし九条家や九条グループを潰すのもやめる!今ならまだ間に合うんだよ!」
なんだ……。そんな話か……。それは結局伊吹が自分が近衛家の嫡男に返り咲きたいって話じゃないか。それを俺と婚約、結婚を手土産に近衛母、靖子に認めさせるっていうだけの話だろう。
「はぁ……。そのようなお話ですか……。近衛様……、いえ、伊吹様との婚約も結婚もお断りいたします。それでは御機嫌よう」
「待て咲耶!俺様の話を聞け!」
まだ何か言って引きとめようとしてくる伊吹を放って俺は教室へと戻ってきた。教室には皆が待ってくれていたので荷物を片付けて帰る準備をする。
「お待たせいたしました皆さん。それでは帰りましょうか」
「咲耶ちゃん、近衛様は何のお話だったんですか?」
「あぁ……、いつもの自分と婚約・結婚しろとか、まだ間に合うとかそんなお話でしたよ」
「「「うわぁ……」」」
皆はそれを聞いてドン引きしたような表情を浮かべていた。さすがにこれだけ断られているというのに未だにしつこく言い寄ってくるなんてドン引きだろう。俺だってそう思う。当事者じゃなかったとしても絶対に思うはずだ。ましてや今俺は当事者だから余計にそう思ってしまう。
「ただのいつも通りの要求というだけなんでしょうか?」
「皐月ちゃん?」
でも皐月ちゃん一人だけ皆とは違う反応だった。顎に手を当てて考え込んでしまっている。
「恐らく靖子様に軟禁されている伊吹様が返り咲くためには咲耶ちゃんに接触出来る試験期間の間にこの話をして、どうにかして咲耶ちゃんと婚約を取り付けるくらいしか方法はないと思います。でも本当にそれだけなんでしょうか?」
「う~ん……」
皐月ちゃんに言われて考えてみる。確かに色々と妙だなと思う所があるのは俺の頭にもよぎった。
もし伊吹が嫡男に返り咲きたいだけで、そのための方法として俺との婚約・結婚を利用したいというだけにしては少し腑に落ちない部分がある。本当にそれが目的なら何故試験の初日から登校してきていたというのに最後の今日だけ声をかけてきたのか?
以前の伊吹の性格からすればそんなことを考えていれば試験の間中毎日ずっと声をかけてきていたはずだろう。それなのに伊吹は今日の放課後にしか声をかけてこなかった。軟禁されている間に性格や行動が変わったという可能性もあるかもしれないけどそれにしては妙だ。
またしきりに言っていた『まだ間に合う』という言葉……。伊吹との婚約・結婚が間に合うとか、伊吹が嫡男に返り咲くのが間に合うという意味かと思っていたけどそれだけだろうか?その解釈で何もおかしくはないはずだ。でも何か伊吹の必死さがそういう感じではなかったような気がする。そういう部分も含めてあったとしてもそれが全てではなかったような……。
「確かにただ自分が返り咲きたいとか、自分との結婚が間に合うというだけではない必死さのようなものがあった気もします。ですがそれが何なのかはこちらで考えていても分かりませんよね」
「そうですね……。でも九条家や九条グループが潰れるとか潰すのをやめると言われていたのが少し気になります」
「それはまぁ……」
確かに九条家や九条グループの破滅とかそういう話だとすれば俺一人で勝手に判断するわけにもいかない。伊吹と婚約や結婚をしたからといってそれが止められるのかという話ではあるけど、ゲームのシナリオ的に考えてもそういったキーワードは決して無視し得ない話だと思う。
ただそうは言ってもだからと言って何故伊吹と結婚したら大丈夫なのかという裏付けにはならない。単純に近衛母が宣言していた通り、九条家を潰してでも俺を山吹と結婚させようとしているのだとしたら、伊吹と結婚して俺が近衛家に入ることを約束すれば近衛母が九条家を潰すのをやめるという話にはなるかもしれない。
でも現状では父や兄から聞いている限りでは九条グループ優勢のまま近衛財閥との経済戦争は推移している。それなら別に無理に伊吹と結婚しなくても九条家や九条グループが潰れる心配はないはずだ。それとももしかして……、近衛母はまだ隠しダマがあって何かを狙っている?伊吹はそれを知っているから俺に言いに来たのか?
「これ以上考えていても分かりませんね……。父には警戒するように伝えておきます。私達に出来ることはそれくらいでしょう」
「そう……、ですね……」
「それでは帰りましょうか」
「「「はーいっ!」」」
今ある情報だけで俺達が考えても分かるはずもない。なら分かるはずもないことを心配して気を揉んでいても疲れるだけだ。警戒を疎かにしてはいけないけど、必要以上に気を張って余計に疲れて判断力が鈍るのも良くない。出来る対策をしながら後はある程度流れに身を任せていないとこちらの身も精神ももたない。
「あっ!九条様!」
「御機嫌よう九条様」
「咲耶っち!」
「……ん。咲にゃん」
「御機嫌よう皆さん」
伊吹と話していたから少し遅めに出てきたけど途中で四組五組のメンバー達とばったり顔を合わせた。いつもの試験終わりだと玄関口もロータリーも凄い混雑している。でもこの学年末は三年生だけ早く試験が行われているのでいつもよりは空いている。
「皆さんは何故このような場所におられたのでしょうか?」
「咲耶っち達がいるかと思って捜してたんだよ!」
「あぁ、そうでしたか。それはすみませんでした。所用があって少し遅くなってしまいました」
そう言えば試験の時はいつも寮のメンバーを九条家の車で送っているもんな。今日も俺達を捜してくれていたのか。でも俺が伊吹に呼び出されていたから少し遅くなってしまった。それで俺達の方が後から玄関口に着いてしまったんだな。
「それでは今回もひまりちゃん、りんちゃん、鬼灯さん、鈴蘭さんを九条家の車でお送りいたしましょう」
「やった!もうちょっと咲耶っちと一緒にいられるんだね!」
「……ん!」
「えっと……、すみません九条様」
「ひまりちゃん、そういう時はすみませんではなくありがとうで良いのですよ」
「あっ、はい……。ありがとうございます九条様」
うんうん。どうせ鬼灯と鈴蘭を送っていくなら同じ寮だからとかそういう野暮なことを言う必要はない。そして友達に送ってもらうのにすみませんなんて言う言葉も必要ない。ただありがとうと言えば良いんだ。それが友達ってものだろう?……まぁ、自分で言っていて悲しくなってくるけど。
そうなんだよな……。俺とひまりちゃんは所詮ただの『お友達』なんだ。俺にとっては大好きなゲームのヒロインだった異性の女の子だとしても、向こうからすれば同性の友達の一人でしかない。ひまりちゃんは俺が同性の同級生だと思っているからこんなに親しくしてくれているだけだ。そこを勘違いしてはいけない。
それは分かってる。分かっているけど……、ちょっと寂しくて辛い。
「車が来てしまいましたね。それでは皆さん御機嫌よう」
「さようなら咲耶様!」
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
「バイバーイ!」
今日はもうある程度他の生徒達も捌けている。俺達は遅めにやってきたんだけど九条家の車は丁度良く到着してしまったようだ。皆に別れを告げてからひまりちゃん達四人を伴って車に乗り込む。
「今日はお友達を送って行くので藤寮、花寮の方へ向かってください」
「かしこまりました」
寮の方へ回ってもらうように伝えてから五人で後部座席で話に花を咲かせる。ひまりちゃん以外の子達は内部進学で受験もない。大学に進学してからの話とか、春休みにどうするとか、長期間部活を休んだら体が鈍るから練習に顔を出すとか、そんな話をしていた。
「ひまりちゃんは来週国公立の受験があるのですよね?」
「はい!」
もう合格が決まっている大学もある。入学金も払っているからこれで失敗しても浪人になることはない。でもひまりちゃんが本当に進学したい先はこれからの受験で決まるのかもしれない。いや、推薦で行きたい学部に合格しているのかもしれないけど……。
ひまりちゃんしか外部を受験しないからあまりその手の話はしてくれない。ひまりちゃんがどこを受けてどこを目指しているのか……。もっと詳しいことをちゃんと聞いてあげておけば良かったかな?でもひまりちゃんもあまり話したくなさそうだったし……、これで良かったのかな?よく分からないや……。




