第千三百四十二話「ビッグなサプライズ」
「ここですか……?」
「はい。それではお手をどうぞ、三つ葉お嬢様」
「はい。ありがとうございます」
九条家の車が乗りつけたのは有名なホテルだった。だが最高級、最上級というほどではない。それなりに上位ではあるが最上位とは言えない有名な高級ホテルの、それなりに有名な昼食のビュッフェだった。
ホテルやビュッフェに不満はない。西村家ではそう気軽に利用出来ないのは確かだ。何かある日の特別……。例えば誰か家族の誕生日でやってくるとかそういうレベルのホテルとビュッフェだ。それは決して気安いものではない。だが三つ葉は何とも言えない気持ちになった。
決してこの昼食に不満があるわけではない。しかし南天の時は最高級の料亭とホテルのレストランだったのではないのか?それなのに何故自分の時は『そこそこ高級なホテル』の『そこそこ有名なビュッフェ』なのか。どうしても南天から聞いたデートとの落差を意識してしまう。
南天と同じデートがしたいわけではない。だが南天が連れていってもらった店と同レベルの店は他にもあるだろう。それが唯一の店だったわけではないはずだ。それなのに自分の時とのこの落差はあまりに大きすぎるように思う。それはつまり南天は九条様の『特別』で、自分はそこらのホテルのビュッフェでも良い存在なのではないか。そう考えてしまう。
九条様にはそういった考えはないかもしれない。いや、ないだろう。それは分かる。そう思ってしまっているのは自分が僻んでいるだけだ。しかし南天と同じ店ではなくとも同レベルかそれに近い店やホテルはあったはずなのにどうして自分の時はこれほどレベルが落ちているのか。そう思わずにはいられない。
自分は嫌な女だ。九条様が直接言われたわけでもなく勝手に南天から聞いたデート内容と比べて、勝手にがっかりしている。だが九条様が無意識に南天と自分の扱いに差をつけてしまって、それに気付いておられないのだとしたら……、そう思うと怖い。それはつまり南天は大事で自分は大して大事ではないと思われているということだから……。
「三つ葉お嬢様?どうされましたか?」
「あっ……、いえ……」
つい自分の考えに没頭してしまっていた。九条様に声をかけられて慌てて現実に戻ってくる。
「お口に合いませんでしたか?」
「いえ、とてもおいしいですよ?」
「……」
「…………」
何となく気まずい。本当に味は悪くないし口に合っている。西村家でもたまにしか来れないようなホテルだ。まずいはずがない。むしろいつも食べている物に比べればおいしい。実は学園の食堂の料理が日頃食べている料理の中で一番おいしいのだがそれを抜けばではあるが……。
昼食の間も続いた九条様の軽快なトークのお陰で次第にそういった暗い気持ちも晴れてきた。よくよく考えてみれば九条様が南天が大事で自分は大事ではないなどとこんな分かりやすい差をつけるはずがないのだ。
もし扱いや気持ちの差があるのならこんな方法であからさまに知らせてくるはずがない。それならばその前に言葉で言われるはずであり、何も今回のデート中に突然こんな方法を取られる理由がないことに気が付いた。そして九条様は南天と自分のどちらが大事か、大事ではないかなど考えられるようなお方ではない。
そもそもで言えば南天が最上級のおもてなしをされるほど大事にされていて、自分はおざなりなデートをされるというほど両者に差があるはずがない。どちらも軽く扱われるというのなら分かるがどちらかが大事な人であるということはないのだ。それではこの扱いの差は何なのか?少し冷静になった三つ葉はそこに思い至り気が付いた。
今回は三人が連続でデートに連れて行ってもらえることになった。そして一番手だった木天蓼の時は途中から木天蓼がエスコートすることになり、本当に庶民的な普通の買い物のようなデートをしている。そして二番手の南天は超高級な最上級のおもてなしを受けている。
九条様は今回の三人とのデートで同じスタイルで同じデートコースは選ばれていない。だから木天蓼と南天では大きな違いがあった。それならば自分とのデートの時も二人と大きな違いがあって当然ではないか。それなのに南天の時のデートと同じ料亭や高級ホテルを選ばれるはずがない。これには何か大きな意味があるはずだ。
迎えに来てくださった時から九条様は男装をされていた。この時点で男装の麗人によるエスコートがコンセプトかと思った。だが九条様ともあろうお方がただ男装の麗人でエスコートするだけのはずがない。きっと何かあるはずなのだ。そう考えたら今日のデートコースや昼食を思い浮かべて何となく見えてくるものがあった。
買い物に行ったのもやや高級というだけで普通の繁華街やショッピングモールであり、昼食にやってきたのもやや高級なホテルのビュッフェだった。これが一体何を意味しているのか。
木天蓼の時は庶民の学生のようなデートであり、南天の時は上位堂上家である九条家のご令嬢としてのデートだった。そして今日……、三つ葉を連れてのデートは……。
「これは……、まさか……」
「三つ葉お嬢様?」
三つ葉は気が付いた。これは……、今日のデートのコンセプトは庶民の大人初デートだ。そうに違いない。
普通の庶民デートというのは木天蓼の時と同じように思える。だが決定的に違う部分がある。それは木天蓼の時のデートはまるで貧乏な学生のようなデートだったのに対して、今日の三つ葉とのデートは少し贅沢な大人のデートだ。
例えば付き合い始めて間もない頃、あるいは付き合う前のデートでみすぼらしいデートは出来ない。そんなことをすればフラれる確率が上がってしまう。だから最初のデートでは男性の方も気合を入れて奮発する。今日のデート内容はまさにそれではないか。
庶民が日頃行くよりはやや高級な店を回り、普段は利用しないホテルのビュッフェに行く。これは初デートで女性に良い格好をしようとして少しだけ奮発した男性そのものだ。
「そうだったんですね……。ふふっ!」
三つ葉は一人で納得するとウンウンと頷いて笑顔が戻っていた。今日の演出はつまり自分と九条様の初めてのデートらしくしてくださっているのだ。
なにもお金のかかるデートだけが良いデートではない。立場や年齢によっても使えるお金は変わってくる。だから大事なのはお金をいくらかけてくれているかではなく気持ちがどうであるのかだ。そして今日のデートで九条様は初々しい初デートを演出してくださっている。それが答えだ。
気持ちのない相手とのデートであればおざなりなデートに終始されるだろう。だが気持ちのある相手とのデートであれば色々と考えて、工夫して、それでも浮ついた気持ちで初々しいデートになるはずだ。今日のデートはそれに違いない。そう思うと自然と三つ葉に笑顔が浮かんできた。
「さぁ九条様!それでは午後からも楽しみましょうね!」
「え?えぇ……、はい……」
急に笑顔になって張り切ってそう言った三つ葉に九条様はポカンとした表情をされていたのだが、当の三つ葉はそれには気付かずに一人でニマニマと浮かれていたのだった。
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ホテルのビュッフェで昼食を済ませて午後からも買い物に出掛けた。しかしデパートや有名ブランド店などの微妙に高級ではあるが高級過ぎないデートが続いている。木天蓼の庶民デート、南天の上位堂上家デート、今日はその中間のようなデートだ。
「三つ葉お嬢様、そろそろ移動いたしましょう」
「え?どちらへ行かれるんですか?」
その問いには答えられず九条様はにっこりと笑われた。このままこの辺りをウロウロして夕食を頂いて帰るのかと思っていた。だが九条様に言われて車に乗り込むと高速に乗って川を越えて隣の県へとやってきた。あるいは車よりも電車の方が移動時間は短かったかもしれない。だが九条家のご令嬢が電車で移動など有り得ない。
「……え?ここは……」
「まいりましょう、三つ葉お嬢様」
「あっ……、でも……、こんな時間からですか?あら?というか人の姿がありませんよね?」
ここは隣県でも有名なネズミが支配する王国だった。咲耶達の推しであるニャンちゃんの最大のライバルのテーマパークとも言える。だがいつもなら人でごった返しているはずのそこに今は人の姿はほとんどなかった。
「本日は三つ葉お嬢様のために貸切となっております」
「…………え?……え?」
三つ葉は一瞬何を言われたか意味が分からなかった。このテーマパークを貸し切った?今日、自分のためだけに?それは……。
「もう!九条様!これが……、今日のサプライズだったんですね!」
「ふふっ。それではまいりましょう、三つ葉お嬢様」
「はいっ!」
実はこのテーマパークは夜ならば比較的安い料金で貸切に出来る。とはいえ普通の人が個人で払うには厳しい金額ではある。そして何よりも日曜日というのが問題だった。客の多い日時に貸切をするということはテーマパーク側にも大きなリスクが伴う。それをいつから計画されていたのかは分からないが、デートの話が出てからでもそれほど経っていないというのに貸切に出来たことがそもそも凄い。
あちこちにいる人は全てキャストでありそれ以外は九条様と自分とお付きの者達しかいない。貸切のテーマパーク内でも護衛が離れないのでそれは仕方がないがそれ以外は自分達だけの貸切だ。
「普通なら恋人がデートで来たら別れる鬼門のデートスポットなのに……、これなら別れる心配もありませんね!」
「ふふっ。三つ葉お嬢様ったら」
このテーマパークは混み過ぎていて初々しい恋人がデートでやってくると別れると評判だった。家族連れなどであれば子供達のために親が我慢するので耐えられるが、まだそれほど深い関係ではない恋人同士で来ると混雑のイライラと間が持たないことで別れる原因になってしまうのだ。そのことを言うと九条様も笑っておられた。
「どれでもすぐに乗り放題ですから普段は乗れないだけ乗りましょう」
「そうですね!凄く楽しみです!」
三つ葉は童心に帰ってはしゃぎまくった。西村家ではこのテーマパークを貸切にすることは出来ないだろう。費用は捻出出来なくもないかもしれないが、実際にそれだけの費用をかけてやることはない。人の姿が少ないテーマパークは少し物寂しくはあるが、それよりも好奇心とうれしさが勝っていた。
普通なら数時間しかなければ待ち時間と移動時間で乗り物などほとんど乗れない。だが今日はどれでも乗り放題だ。自分達が行くとすぐに乗れる。あまりに快適なテーマパークに三つ葉は時間も忘れて楽しんだ。
「あ~っ!こんなに自由にたくさん乗ったのは初めてです!」
「楽しんでいただけて良かったです」
ちょっと奮発した初デートなどではなかった。滅茶苦茶奮発した凄いサプライズが待っていた。三つ葉はもう感動しっぱなしだった。しかしそれで終わりではない。
「さぁ三つ葉お嬢様、パレードが始まりますよ」
「え?まさか……」
九条様に手を取られて移動するとそこには……、自分達の、いや、三つ葉のためだけにパレードが開かれていた。そして派手に花火が打ち上がる。本来貸切にしてもパレードや花火はついていない。これは咲耶が別料金で申し込んだのだがそれは三つ葉の知る所ではない。だが自分のためだけに花火が上がりパレードが行われる。その特別に何も思わないはずがなかった。
「九条様……、ありがとうございます……」
「三つ葉お嬢様……」
感動のあまり涙を流してしまった三つ葉の目元をそっとハンカチで拭ってくれる。その手はあまりに優しく、素敵な笑顔を向けてくれている。それを見ているとついつい勘違いしてしまいそうになる。九条様も自分のことを特別だと思ってくれているのではないかと……。
そんなことがあるはずがない。今回は三人がデートしてもらえることになり、九条様なりに自分達を三者三様に楽しませようと思って色々と企画してくださっただけだ。しかしこんなことをされたら勘違いしてしまいそうになっても仕方がないだろう。これで感動しない女の子はいないのだ。それもこんな美しい男役の男装の麗人にエスコートされて恋に落ちるなというのは無理がある。
「九条様……、今日だけは……、恋人のようにその胸に甘えて良いですか?」
「…………」
そう言った三つ葉の言葉には答えず……、九条様はただ優しげな笑みを浮かべて三つ葉を抱き締めてくださった。二人で肩を寄せ合い、九条様の胸に頭を預けながら、三つ葉は一生のうちでもう二度と体験することがないであろう特別なパレードをいつまでも観ていたのだった。




