第千三百四十話「三つ葉とのデートのコンセプト」
「ふ~……」
南天を家に送り届けてから俺が乗り込むと車は九条家へと走り始めた。シートに深く座って背中を預けてやや上を向きながら俺は息を吐き出した。
うまくいった。うまくいったはずだ。
デートというのはコンセプトを明確にして日頃は味わえない『非日常』を相手に味わってもらうことが大事だと思う。木天蓼の時は俺のリードこそ失敗したけどそのやり方には気付かされた。
木天蓼の時は途中から木天蓼がリードしてくれて、地下家のお嬢様なのに庶民の生活を味わうという『非日常』をデートで経験するというものを教えてくれた。それを参考にして今回は木天蓼の時とは違う形を実現しようと思って考えたコンセプトが今回の『お姫様接待』だ。
南天も地下家のお嬢様だから日頃は庶民の生活などとは無縁の生活を送っているだろう。そう考えたら南天にも庶民生活を味わうデートを提案しても『非日常』の体験ということは出来たと思う。でも木天蓼と同じデートコースでは駄目だ。
木天蓼が三つ葉や南天にデートのことを詳細に話しているかどうかは俺には分からない。もしかしたら木天蓼は何も言っていなくて、俺が南天も同じような『庶民の日常生活体験コース』を選択しても気づかれなかったかもしれない。でも三人で話をしていてすでに木天蓼の時のデートの情報は共有されている可能性もある。
他の人と同じような内容やコンセプトのデートをされたと知ったら南天も怒るだろうし、木天蓼はデートプランを真似されて気分が悪いだろう。そしてそれを聞いて明日の三つ葉も同じ内容やコンセプトだったとしたら三人に怒られてしまう。お礼のはずなのにそんな手抜きは許されない。だから南天はコンセプトを変えて『お姫様接待』プランにした。
今回のデートはそれなりに良く出来たと思う。俺にしては中々良いデートだったんじゃ……、いや!違うよ?俺は前世で女の子と付き合ったことがあるしデートしたこともある!どどどっ、童貞ちゃうわ!
ただ前世でのデートの大半は『学生だから許される』というものだった。それこそいつも行くようなファストファッションのお店に行ったり、ファーストフードを食べたり、そういった『あまりお金も時間もない学生のデート』のようなものがほとんどだ。所謂大人のデートというのはあまり経験がない。
それを思えば今日のデートはうまく出来た気がする。とはいえ何も問題がなかったかと言えばそうじゃない。むしろ問題だらけだった。一番の問題が『そもそも本当にお姫様接待出来ているのか?』ということだ。
今回のコンセプトは何度も言うように南天を『お姫様接待』することだった。先週の木天蓼とのデートを終えてから急遽考えて準備したにしてはそこそこ出来たように思う。でもそれはあくまで自画自賛であって相手であった南天もそう思ってくれているかどうかは分からない。
一週間もない時間で慌てて準備したにしては出来る限りのことはしたつもりだ。でも今日のデートは『お姫様接待』というか『九条家のご令嬢の日常体験』という感じだったんじゃないだろうか?
俺が良く行く店に連れて行き、良く食べる料理を食べてもらう。途中からはほとんどただの俺の日常を体験してもらっただけに過ぎなかったような気がする。それで果たして地下家のご令嬢である南天にとって『非日常』や『お姫様接待』が出来たと言えるのだろうか?
もちろん南天が地下家のご令嬢とはいえ下位地下家である赤尾家と上位堂上家である九条家の日常には多少の差はあるだろう。今日行った店だって九条家にとっては気軽に行く店でも、赤尾家にとっては普段利用はしないけど特別な時にちょっとパーティーや贅沢で利用するとか、それくらいの差はあったかもしれない。
でもそれが『非日常』だったか?と聞かれれば疑問だ。『お姫様接待』だったか?と聞かれればそれほどでもないということになるかもしれない。
「はぁ……。せめてもう少し前に気付いて準備出来ていれば……」
一週間前の木天蓼とのデートで気付いてからプランを考えて、それから予約などの準備を進めた。さすがに九条家といえどもその程度の時間では出来ることに限りがある。せめて一ヶ月前から準備をしていたのならもっと地下家のお嬢様でも驚くような『非日常』を準備出来たかもしれないけど……、一週間ではこれが限界だった。
「ですがそれよりも問題は……、明日ですね……」
そうだ……。過ぎたことを今更悔やんでも仕方がない。南天とのデートはもう終わった。今更取り返しもつかないんだから反省はしても後悔している暇はない。それよりも問題なのが明日の三つ葉とのデートだ。
南天は地下家のご令嬢といっても下位地下家だからまだ良かった。下位地下家の日常がどんなものかあまり分からないけど、少なくとも今日行ったようなお店に毎日通うというようなことはない……、と思う。
例えば今日行った料亭やレストランは誰かの誕生日などの特別な日にだけ行くとか、服やドレスも大きなパーティーの時だけ仕立てに行くとか、日常で使うのではなく特別な時にだけ少し利用するくらいの差はあるはずだ。下位地下家と上位堂上家ならそれくらいの差はあるだろう。あるよな?
九条家なら父がふと思い立って『今日は料亭に行こう!』とか『レストランに行こう!』と言えばその日に急に行くこともある。服もドレスも日頃から仕立ててもらっている。だから今日のデートは『お姫様接待』というか正直な所、『九条家の日常体験』みたいになっていた。でもこれが成り立っていたのは赤尾家と九条家、下位地下家と上位堂上家だったからこそだ。
明日のデート相手である三つ葉の西村家は地下家の中でも結構上位に入る。トップというわけではないけど先頭集団とか二番手集団に含まれるくらいで、上位、下位で分ければ確実に上位に入るだろう。南天の赤尾家は下位地下家だったから今日の『九条家の日常体験』でもある程度誤魔化しが利いた。だけど西村家の三つ葉にそれは通じないはずだ。
下位地下家の南天にとっては今日のデートコースは庶民で言えば『たまの贅沢』くらいだったと思う。月に一度の自分への御褒美贅沢とかそういう感じだろうか。それに比べて上位地下家である三つ葉には今日のデートと同じことをしても『思い立った日のプチ贅沢』くらいにしかならない。
南天にとっては今日のことがいつもはスーパーの百円ケーキを買って食べるのに、給料日の帰りだけそこそこ高級な洋菓子店でケーキを買って帰るみたいな感じだったとすれば、三つ葉にとっては今日のことなんてコンビニやスーパーで売っている少し高めのケーキを買ったプチ贅沢という程度の感覚差しかないと思う。
もちろんそもそもまったく同じデートプランやコンセプトでやろうとは思っていない。明日の三つ葉にも南天と同じような体験コースをさせても二人は仲が良いから絶対話題になるだろう。その時に同じようなコースで同じようなことをしたとあっては二人を怒らせてしまう可能性が高い。お礼なのにそんなふざけた扱いをするわけにはいかない。
「一応考えて準備しましたが……、本当に大丈夫でしょうか……」
「…………」
俺の独り言に椛はただ目を瞑って無言を通すだけだった。椛に問いかけているわけではないのでそれを理解している椛が黙っているのは当然の反応だ。
三つ葉には南天と同じコンセプトは通用しない。そもそも上位地下家のご令嬢である三つ葉には今日のデートコースでは物足りないだろう。かといって一週間で考えて準備するにしては上位地下家である西村家のご令嬢に『お姫様接待』出来るほどのデートは組めない。
もし三つ葉が満足するほどの『お姫様接待』をしようと思ったら数ヶ月前から準備は必要だろう。俺にとっても『非日常』であるくらいのレベルのことは用意しなければ、上位地下家のご令嬢が満足する『非日常』や『お姫様接待』は出来ない。だから明日は別のコンセプトで行く。その誤魔化しがどこまで通用するか……。
「はぁ……。本当に大丈夫でしょうか……」
もう何度目になるか。俺はまた同じ言葉を口にしていた。でもそう言わずにはいられない。あぁ……、明日のデートは不安だ……。
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あっという間に日曜日の朝になってしまった。気になって中々寝付けなかったのに時間だけはどんどん進んで行く。不安で気持ちが焦っているのに時計の進みは早い。百地流の朝練でも師匠に怒られてしまった。やっぱり俺はまだまだ未熟者だ。
「はぁ……」
「咲耶様……、本当にこのような格好をされるおつもりですか?」
「はい……」
「そうですか……」
朝練も終えて三つ葉とのデートに向けて準備をしている。椛に着替えを手伝ってもらっているけど椛は難色を示していた。やっぱり今日の俺のデートプランというか、考えが間違っていたのかもしれない。でも今更やっぱり変えますとは言えない。今日のために準備してきた。いきなり変えて元の予定より良い物が準備出来るとは思えない。
「もう……、これで行くしかないのです……」
他に良いプランがあって十分に準備する時間があるのなら変えても良いだろう。でも他に良い案があるわけでもなければ、今日これからすぐに行かなければならないので準備する時間ももうない。そんな状況で思いつきで慌ててプランやコンセプトを変えようとしても余計に失敗する。だからもう……、今日はこれで行くしかないんだ。
「咲耶様が人前でこのようなお姿をされてはきっと大変なことになると思いますが……」
俺にはボソッと呟いた椛の言葉が聞こえていた。俺みたいな奴がこんな格好をして外を歩いていたら良い恥だと言われたようだ。それは分かっている。分かっているけどもう今更コンセプトを変える暇はない。そんなことは俺が一番分かっているんだから……。
「はぁ……。どうしてこんなコンセプトにしてしまったのでしょうか……」
「…………」
椛は何も答えてくれない。それはそうだ。これを考えたのは俺自身だ。俺が勝手に考えて決めたのにそれをどうしてと聞かれても椛に答えようなどない。
「どうでしょうか?それらしく見えますか?」
「はい。咲耶様は完璧です。完璧すぎて問題なわけですが……」
準備を終えたので鏡の前で少しポーズを取ったり、横や後ろも確認していく。特に問題ないように思える。俺にとっては慣れ親しんだ感じに近い。でも椛はまだ何か言いたそうだった。きっと俺のこの姿があまりに似合ってないとか、コンセプトからして失敗していると思っているのかもしれない。
「とにかくもうあまり時間がありません……。このまま向かいましょう」
「かしこまりました」
三つ葉との待ち合わせの時間までもうそれほど時間がない。今更グダグダ言っても仕方がないので覚悟を決めた俺は椛と一緒に家を出て車に乗り込むと西村家へと向かった。
西村家のお屋敷は少々控え目だ。もちろん前世の俺から見ればこれでも十分立派なお屋敷に入ると思う。だけど上位地下家のお屋敷なんだからもう少し大きいとか何かあっても良いんじゃないかと思ってしまう。
まぁお屋敷なんて大きければ良いというものじゃない。特に貴族家なんて歴史を重んじるものだ。どこぞの五北家じゃないけど近代建築のモダンなものなんてあまり評価されないと思う。歴史がありそうな古い建物の方が評価されるだろう。古くて小さくても歴史的建造物とか重要文化財とかの方が自慢になる界隈だ。
西村家のお屋敷だって広さは大きなものじゃないけど歴史的に価値のあるものなのかもしれない。そう考えると下手に建て替えて広くとも近代建築な家よりもよほど立派だろう。
「御機嫌よう西村様」
「ごっ……、御機嫌よう九条様……。そのお姿は……?」
西村家の前に到着すると三つ葉はもう表で待っていた。他に何人か家人がいるけど赤尾家のように大勢が総出で待っているという感じではない。そして俺の姿を見た三つ葉は驚いた表情を浮かべていた。まぁそういう反応になるかもしれないとは思っていた……。
「はい。本日は私はこのような装いで西村様……、いえ、三つ葉ちゃんをエスコートしたいと思っております」
「みっ、三つ葉ちゃん!?あぁ!九条様のお口から私の名前が出てくるなんて……」
三つ葉は俺の格好のことよりも呼び方の方に強く反応していた。つまり俺の今の格好なんて大した問題じゃないということだろう。それはそうだよな……。そうだよ……。今の世の中ではパンツスーツとかも普通だ。だから今日の俺が男装っぽいとしても何も問題ないはずだ!
そう……。今日の俺のコンセプトは『男装の麗人によるエスコート』だ!
某歌劇団のような男装した男役が女性をエスコートする。ただ男性が女性をエスコートするのではない。あくまで『男装の麗人』だからこそ意味がある!はずだ!たぶん?
もちろん俺は自分が『麗人』などではないことは分かっている。でも重要なのはそこじゃない。女性が男装っぽくして男役として女性をエスコートするという『非日常』を演出しているんだ!だから今日の俺は中身が男性の女性でもないし、肉体的に女性でもない。今日の俺は『男装した女性』だ!そのことを忘れずに成り切る必要がある!
「それでは三つ葉お嬢様、まいりましょうか」
「はっ、はひっ!」
俺が手を差し出すと三つ葉はその上に手を乗せてくれた。よしよし!良いスタートは切れたようだな!




