表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/1418

第百三十四話「見られた」


 校長室での話し合いはうまくいった。ルンルン気分で廊下を歩く。もしかしたらちょっとスキップしていたかもしれない。


「ふんふふ~ん♪」


 さっきの提案はとてもうまくいった。校長も理事長も俺みたいな子供の言うことでも真剣に受け止めてくれたみたいだし、生徒一人一人の声に耳を傾けてくれるとても良い学園じゃないか。


 五北会には両親から働きかけるようだ。俺が今向かっている五北会の子供達に話す必要はない。いくら子供と話し合って説得してもお金を出すのはその両親達だからな。


 だから高等科と五北会にはうちの両親が働きかけることになっている。俺と兄はとりあえず初等科と中等科と理事長に話を通しただけだ。普通なら五北会で先に話し合って、正式に五北会で決めてから学園に提案するのかもしれない。でも今回は九条家は単独でもやると決めている。だから母は俺に学園に提案してみろと言ったんだ。


 他の五北会の家からすれば面白くないかもしれない。五北会を通さずに九条家が勝手に、先に学園に提案して話を進めていたら気分を害する人もいるだろう。でもそれも含めて母は食堂改革や食堂の建て替えを進めるためにあえてそうしたに違いない。


 九条家が勝手にやって面白くないと思っている者がいたとしても、いや、面白くないと思っている者ほど、このまま九条家主導で食堂の建て替えが行なわれるのは嫌なはずだ。でも元々五北会でも食堂の老朽化が話題になっていた。なら建て替え案を潰す理由はない。


 ならば面白くない者達の取れる手段は限られている。それは……、自分達が主導して建て替えを実現することだ。建て替え案や予算などあらゆることにリーダーシップを発揮して率先してやるしかない。そうして九条家の存在感を消す以外に方法はないだろう。


 母は反応の遅い五北会の尻を叩くためにあえて今回こんな風にしたような気がする。自分が多少反感を買っても、それでも周囲を動かすためにあえて憎まれ役を引き受ける……。


 母は……、誤解されがちだけど……、人のためを思って自ら進んで憎まれ役も汚れ役も引き受ける素晴らしい人だ。普通は自分の体面や世間体を気にしてそんなことは出来ない。でも母は自分の悪評も甘んじて受け入れて、全体のために自らを犠牲に出来る人だ。


「御機嫌よう」


 考え事をしているうちに到着したサロンの扉を開ける。


「咲耶ちゃ~~~ん!」


「むぎゅぅっ!」


 すると俺はいきなり何かに思いっきり締め付けられた。最近では多少後ろからの不意打ちとかでも気配を察知するかのようにわかるようになってきたのに、そんな俺でも今の攻撃はまったく感知出来なかった。一体どんな手練だろう。


「遅いからお姉さんとっても心配してたのよぉ~~!無事でよかったわぁ~~~!」


「かっ、茅さ……、くるし……」


 ギュウギュウと首を絞めてくる刺客の腕を必死にタップするけど離してくれない。やばい……。良い所が絞まってる。意識が……。




  ~~~~~~~




 あ~、酷い目に遭った。茅さんって何か暗殺術とかでも習ってるんだろうか。他の人の気配なら最近なんとなく感じられるようになってきたのに、茅さんの待ち伏せだけは一切感知出来ない。しかも毎回良い所を絞める。


 首を絞めようと思っても素人が絞めたって、中々絞め落としたり、ましてや殺したりなんて出来ない。うまく絞めないと中々効果がないのが首絞めだ。


 ただし師匠のように優れた腕を持つ人なら、指数本で首筋をちょっと押さえただけで相手を気絶させたり出来る。頚動脈とかの血流を押さえて頭に血が回らないようになると意識を失うとか何とか……。理論とか詳しいことはわからないけど、確かに俺はそれで何度も師匠に落とされているから、意識を奪うだけなら割と簡単なんだろう。


 茅さんが俺を絞める時もいつも良い位置を確実に絞めてくる。あれが狙ってじゃなくて全て偶然で、というのは無理があるだろう。茅さんも何かの達人である可能性は高い。


「あの……、茅さん……」


「駄目です!」


「まだ何も言ってませんが……」


「駄目です!」


 俺がまだ何も言ってないのに断固拒否の姿勢を貫かれてしまう。扉を開けた瞬間に絞め落とされかけた俺は、そのままズルズルと引き摺られて茅さんと一緒にいつもの席に座っている。そう、一緒に……。


 向かいあってとかじゃない。一緒に座っている。茅さんが席に座り、俺はその膝の上に抱えられるように乗せられている。明らかにおかしい……。何か他のサロンのメンバーも遠巻きに見て見ぬ振りをしてるし……。明らかにおかしいけど触れてはいけないとばかりに黙って知らん顔をしている。


「私はとても心配したんですよ!サロンに来てみれば咲耶ちゃんがまだ来ていないなんて……。私に何の連絡もなく突然いなくなって、あんなに心配をかけたのですから!今日はずっとこうしています!」


 いや……、何かちょっと良いこと言ってるような振りして滅茶苦茶なこと言ってるよね?


 俺が何か行動するたびに全て茅さんに報告しなければならない義務もないし、ちょっと所用で遅れることもあるだろう。遅れたっていっても校長室で話してたのもそんなに長い時間じゃないし……。


 たぶん茅さんは本気で言ってるんじゃなくて、それにかこつけて俺に構ってるだけだとは思うけど……。強引な茅さんに問答無用でここまで言われたら中々逆らえない。本気で嫌ならもっと抵抗もするけど、俺だって別にそんなに嫌じゃないしね。


 もちろん二年生にもなって中学一年生の少女の膝の上に乗せられてるなんて恥ずかしいけど、周囲に見られて恥ずかしいということ以外に不満はない。むしろうれしい。


 茅さんの体は温かくて柔らかい。それに良い匂いがしている。そっと優しく体や頭を撫でられたら気持ち良い。やや横向きに、お姫様抱っこに近いような感じで膝に乗せられている俺は、少しだけ茅さんの方に体を預けて頭を乗せた。


「はぅっ!さっ、咲耶ちゃんがこちらに身を預けて!」


「茅さん、とっても温かいです……」


 何か……、開き直ったらとっても快適なような気がしてきた。トクントクンと茅さんの鼓動が感じられる。何だかとても安心する。赤ん坊がベッドやベビーカーに乗せられるより、人に抱かれる方が泣き止むというのもわかるというものだ。


「咲耶ちゃん!良いのね?良いのね?もうお姉さん我慢の限界よ!今すぐうちへ行きましょう!今夜は帰さないわよ!」


 俺を抱えたまま本当にお姫様抱っこで立ち上がった。


「って、ええぇぇぇっ!?」


 ありえなくない?男でも座った姿勢の上に人を乗せていて、それをそのまま抱え上げて立ち上がるとか難しいと思うぞ?それなのに、中学生の茅さんが、二年生の俺を膝に乗せた姿勢のまま立ち上がるってどんだけパワフルなんだよ!?火事場の馬鹿力か?


「待ちなさい!」


「咲耶様は連れて行かせませんよ!」


 茅さんの前に派閥や門流から離れて飛んできた皐月ちゃんと薊ちゃんが立ちはだかる。でも待って欲しい。今はそんな場合じゃない。


「待ってください!スカート!スカートの中が見えてしまいます!茅さん下ろして~~~っ!」


 スカートごと膝の裏を抱えてくれているのならスカートが捲れることはない。でも椅子で茅さんの上に乗っていた俺の膝の裏を直接抱えている。だから立ち上がった拍子にお尻側のスカートが垂れている!明らかに!この姿勢のまま俺の足側に人が立てば……、下着が丸見えだ!これはやばい!恥ずかしい!


「咲耶様!今お助けします!」


「邪魔しないで頂戴!」


「咲耶ちゃん!」


「ふえぇ……、もう下ろしてぇ~~っ!」




  ~~~~~~~




「はぁ……」


「どうかしたのかい、咲耶?もしかして初等科で食堂の提案がうまくいかなかったのかい?」


 帰りの車の中で……、つい漏れた盛大な溜息に兄が食いついてきた。でも今はそっとしておいて欲しい。


「いえ、食堂の件に関してはうまくいったと思います。校長も理事長も学園で検討すると言ってくださいました」


「そっか。それはよかったじゃないか。それならどうして溜息なんて?」


 それは言えない……。五北会のサロンで、茅さんにスカートが捲くれた状態のままお姫様抱っこされて……、モロには誰も見てないと言ってたけど、それは慰めであって嘘かもしれないし、しかも伊吹が俺の足元の方へ回ろうとしていたから、茅さんに抱えられたままその顔面を蹴り飛ばして失神させたとか、そんなことは口が裂けても言えない。


「ああぁぁぁぁぁ~~~~~っ!」


 思い出した俺はまた顔を覆って体を折り曲げて蹲った。車のシートに座ってるから上半身を丸めただけだけど、両手で顔を隠してとにかく丸まる。


 茅さんに抱えられたところまではまだいい。それでも恥ずかしいけどまだ我慢出来なくはない。でも……、下着が見られたかもしれない。それも男子生徒達にまで……。皆は見てないっていうけど本当だろうか?どこまで本当かはわからない。あくまで皆の自己申告だ。


 気を利かせて見てない、見えなかった、と言っている者もいるかもしれない。それに仮に完全にモロに見えていなくても、かなり際どい状況ではあっただろう。この俺が……、男共に……、パンチラないしはそれに非常に近い際どいラインまで見られた。それを思うと恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


 それに……、あの伊吹のスケベ野郎!あいつは絶対俺の足元に回って下着を覗こうとしていた。そうに違いない。でなきゃあの騒動の時に、何で茅さんの右側に回って、俺の足元側に移動してたんだって話になる。


 俺の下着を覗こうとする以外に、あの騒動の中でわざわざ移動して俺の足元側に回る理由はない。そうだろう?違うとしてもそう思われても仕方がない行動だ。


 だから俺は伊吹の顔面を思い切り蹴ってやった。もちろん茅さんに抱えられたままだから威力は相当低い。でも顎先を鋭く蹴ったから首がグルンとなった伊吹はいつも通り失神した。俺の下着を覗こうとしたんだから当然の報いだ。あれには他の女子達からも非難が集まっていた。女子は全員俺の味方だった。


 伊吹を蹴り飛ばしたことはいい。男子は気まずそうに、女子は明らかに俺の味方をしてくれている。何も問題はない。ただ……、いくらすぐに蹴り飛ばしたとはいっても伊吹に見られたかもしれない。そう思うとこう……、ゾワゾワと鳥肌が立って気持ち悪くなってしまう。


 何か……、何とかする方法はないだろうか?伊吹の記憶を消す?どうやって?記憶喪失になるほど頭を殴るか?いや……、いっそ脳の記憶を司る部分を切除するか?その後でその部分を焼却すれば完全に消去したことになるだろうか?


「咲耶?何か黒いオーラのようなものを感じるんだけど?」


「お兄様は超能力者か何かだったのですか?」


 顔を覆ったまま丸まってる俺の気配とかオーラを感じれるのか?良実君は超能力者だったのかもしれない。そう言えば時々こちらの考えていることを読み取ってるのかと思うような時もあるもんな。心を読む力があると言われても信じられそうな気がする。


「超能力者じゃないけど、咲耶の機嫌くらいならわかるよ。何があったのかは知らないけどほどほどにね」


 何があったか知らないのなら気安く言わないで欲しい。俺は男に下着を見られたかもしれない。もう恥ずかしすぎて生きていけない!




  ~~~~~~~




 これからはスパッツでも穿こうかな。タイツ……、じゃ意味がないし……、ブルマ……、も恥ずかしい。スパッツでもピッタリしすぎていて実質見られているのと変わらなくない?じゃあどうする?袴か?もんぺか?恥ずかしいラインがくっきり浮かばないような、だぼだぼのパンツルックが良いかな……。


 そう言えば前世でスカートの下にジャージを穿いているのを見たことがあるぞ。男の立場から見てみれば可愛くないと思ったものだけど、女子の立場から考えれば下着が見られる心配がない。とても素晴らしい。これからはスカートの下にジャージを穿いていくか?


「それで、学園への提案はどうだったのですか?」


 夕食の席で母に早速聞かれたので兄と顔を見合わせてから答える。


「はい。私は初等科で校長と理事長にお話をしましたが、学園で正式に検討するとお返事をいただきました」


「僕もです」


 俺達の返事に満足したのか母は頷いていた。


「そうですか。今日臨時に開いた五北会の会合でも概ね同意は得られました。まだ正式に決定したわけではありませんが、恐らくほぼ確実に食堂の建て替えは行なわれるでしょう。ただ咲耶の言う予約制度についてはまだ話し合う余地がありますので、あの案のまま正式決定とは言えません」


「はい。わかりました。ありがとうございます」


 俺が母に頭を下げると母も少し目を瞑って小さく頷いた。


「咲耶!パパは!パパとの約束も忘れちゃいけないよ!」


「はい。わかっていますお父様」


 父とお出掛けして一日『パパ』と呼ぶだけでこれだけ大金がかかることをしてくれるんだ。父は俺に甘すぎる。父親は娘に甘いとはよく言うけど、この父は甘すぎる。まぁそのお陰で助かるのは俺なんだから文句はないけど……。


 ともかく食堂の改革は進みそうだ。来年度からは皆で美味しく食堂が楽しめるようになったらうれしいな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 彼女のパンティーが見られていることについての非常に多くの邪悪な考え。 その後、朔夜様は悪役モードに戻ります。 好き
[一言] 実はシャッター切られてそう( ˘ω˘ )
[一言] 伊吹の目をくり貫かなきゃ・・・(使命感)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ