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第百三十三話「話し合い」


「咲耶のやりたいことはわかった。でもそれをするには色々と問題点があるよ?」


「はい。これで完全であるとは思っていません」


 俺が予約制の導入について父に話すと、父は経営者の顔になって目を瞑った。五北会、いや、何なら九条家が全額負担したってそれは九条家から見れば微々たる出費だ。でもメリットもなく、それどころか批判されかねない制度の導入に大金をかけることほど馬鹿なことはない。


「簡単に予約というけど……、それはどうするつもりなんだい?五北会がお金を出すからと無条件に優先的に咲耶が予約を取れるようにするのかい?」


 父は目を開けて俺を試すような目でじっとこちらを見ていた。ここでただ自分だけが優先されたいなどと言えば馬鹿な子供だと思われてそれでおしまいだろう。だから俺はこれまで考えていた案を説明する。


「いえ、予約についてはいくつか案を考えています。例えば……」


 まず、普通に考えて予約が受付開始から先着順で決まるのなら、絶対に受付開始時間にアクセスが殺到するだろう。誰だって同じお金で、より良い物が食べられるのならそちらを食べたいはずだ。食堂費は全校生徒からも徴収されているけど微々たる金額でしかない。実質的にあの大きなお金がかかっている食堂の運営は五北会のお金で賄われている。


 でも一般生徒からすれば自分達も食堂に関してお金を徴収されて払っているわけで、それなのに事前予約を申し込めたら良い料理が食べられて、予約出来なければ、大しておいしくない今まで通りの食堂のメニューを食べなければならないのならば不公平に感じるだろう。


 それに先着順となれば人を使って予約を取ろうとする人も増えるはずだ。派閥や門流の者達に命令して予約を取らせて、予約が取れたら自分が行く、なんて者が必ず出てくるだろう。


 だから予約が殺到した場合は抽選の方が良い。抽選でも当選確率を上げるために派閥の者達にたくさん申し込みさせる可能性はあるけど……、そこまで言ってたらどうしようもないからな。


 ただ完全に抽選だとそれはそれで困る。主に俺達が……。そこで完全に全席抽選ではなく、予約優先権というものを設定する。


 例えば、毎日五十席予約席を用意したとしよう。二十席は抽選予約分だ。そして三十席は優先権分とする。仮に一ヶ月に食堂が二十日で三十席とすれば一ヶ月で六百席だ。その六百席分の優先権を寄付一口につき一席として優先権を与えれば良い。


 一口一万円で寄付を募り、寄付の口数に応じて予約優先権が貰える。別にお金を払ってまで予約優先権が欲しくない者は寄付しなければいい。どうしても優先的に予約を確保したい者は寄付すればいい。寄付で集まったお金は新設された予約システムの経費に充てる。設備代とかシェフのお給料とか食材代とか……。


 寄付金が足りなければ、足りない分だけ五北会から不足分を補填して、その分の予約権は五北会が行使出来ることにすればいい。それなら毎月安定して最低限の経費は賄えるし、お金を払ってでも予約を確保したい人は寄付する。


 どれくらい寄付が集まるかわからないけど……、逆に寄付が殺到しすぎたらたくさんの口数を寄付した人の口数を減らしてもらうしかないかな。一人で六百口寄付したから予約優先権は全部自分一人のものです、ということをされたら困るからな。


 あまりシステムを複雑にするのは良くないと思うけど、他にも当日予約権のようなものがあってもいいかもしれない。事前予約だとその日のメニューがわからないとか、色々と問題がある。


 定番メニューを事前に予約するだけならそれでもいいけど、その日に仕入れたお薦めメニューやその日限りのメニューというのは当日にならなければわからない。かといって、事前に当日のお薦めを予約しても、自分が苦手なメニューとかアレルギーのある物が出たら大変だ。


 そこでその日の朝に仕入れた食材からメニューが決まって、そのメニューを見た後で予約出来るシステムもある方がいいんじゃないだろうか。


 そうすると……、例えば一日五十席が予約席で、予約優先権の席が二十席、朝の仕入れを見てから予約出来るのが十席、それ以外の普通の事前抽選予約席が二十席、とか、そういう分け方もあるかもしれない。


 実際に何席確保出来るかや、どれくらいの分配が良いかは俺にはわからないけど、とにかくそういった話を父にしてみた。


「なるほど。確かに面白い」


「それでは……」


 父が、ふむっ、と唸る。許可が下りるのかと期待したけど……。


「しかしそれをするメリットは何だ?その金額は決して小さなものではないよ?咲耶のお小遣いでは払えないくらいだ。そのお金をかけてパパは何を得るんだい?」


「それは……」


 そこで俺の言葉が詰まる。確かにこれをしても五北会や父には何のメリットもない。今でも食堂の費用の大部分を負担している。それだけでも学園中から感謝されるべきことであり、それ以上の出資は五北会にとっては何のメリットもない。


 もちろんこちらから『お金を出してやってるんだから感謝しろ』と言うようなことではないけど、学園や生徒達に対して現状でもすでに十分な施しや配慮をしている。相手が何も言っていないのに、こちらからさらにお金のかかることをしようと思う者はいないだろう。


「メリットは……、私達が食堂のメニューに飽き飽きしているので、おいしい食事が出来るようになるとうれしい、ということでしょうか……」


 本当にそれだけだ。俺達が考えていたのは自分達にとっての都合でしかない。そのために両親に大金を出してくれというのだからなんともわがままなお願いだ。俺はようやく自分のその浅ましさに気付いた。


「それはそうだろうね。本来学園の食堂は五北会の子供が通うようには考えられていない。あくまで他の生徒達の食事を改善しようと五北会で決めて援助しているものだ。そんな食堂で食べることをやめて、うちから食事を届けるなり、他の五北会の家がしているようにすればいいんじゃないのかい?」


「うぅ……」


 父の言う通りだ。他の五北会のメンバー達は食堂なんて滅多に行かない。茅さんとかはたまに見た気がするけど……。でも食事はしていなかったかな?五北会クラスの家なら外食に出るか、家から料理を届けさせている。


「ですが食堂以外でお友達とおいしく食事をいただくことが出来ないのです」


「なるほどな」


 俺の言葉に父は黙った。わかってくれたのか?でもここまで言われたら俺ももうおねだりする気はなくなっている。俺はあまりに身勝手すぎた。そんなことのために両親に大金を出してくれなんてもう言えない。


「咲耶の気持ちはよくわかった。でもな、パパにもメリットが欲しいのだよ」


「はぁ……?」


 父は何を言っているんだ?子供のわがままにそんな大金は使えないと、そう言えば済む話だろう?俺だってそれはもう十分わかった。だからもう撤回しようと思っている。


「わからないかい?じゃあはっきり言うよ?」


「えっ、ええ……」


 一体父は何を言うつもりなのか……。やっぱり俺は怒られるのか……。それならこちらから先に撤回した方が……。


「咲耶のお願いを聞くんだからパパも見返りが欲しいんだよ。具体的に言うなら……、今度一日パパとデートしよう!咲耶と一日デート出来る権利だ!それとその日は一日中パパのことを『パパ』と呼ぶこと!それならお金を出そう!食堂の改善くらいいくらでもしてあげよう!」


「えぇ……」


 この親父は何を言ってるんだ?俺と一日デートっていうかお出掛けして、その日一日俺がパパって呼ぶだけで、何千万だかの初期費用をポンと出すというのか?


 薊ちゃんや皐月ちゃんが今家を説得出来ているかどうかによって金額は変わるだろうけど、もし他の家が一切出さないと言えば、下手をすれば億単位がかかるかもしれない。まぁ流石にそこまではいかないだろうけど、それでも何千万かは確実だろう。


 それを……、俺と一日お出掛けしてパパと呼ばれるためだけに出すのか?やっぱりこの親父はチョロすぎやしませんかね?


「私はとても助かりますが、そのようなことでよろしいのですか?」


 チラリと母の方を見てみる。父はこんなだからそれでいいのかもしれないけど、さすがに母はこんな話許可しないんじゃないかと思ったけど……。


「良いですよ。食堂改革。どの道そろそろ何らかの手を打たなければならなかったのです。どちらにしろ刷新するというのなら、咲耶が提案したということにして学園に掛け合いなさい。そういうことをするのも経験と勉強です。それに制度も良く出来ています。寄付を集めてランニングコストを集めようというのも面白い考えです」


 おおっ!母まで許可してくれるとは……。父とは理由がまったく違うようだけど……。というか母は何か手を打たなければと言っていたな。どういうことだろう?


「お母様、手を打たなければというのは?」


「咲耶の言う通り、食堂しか集団の席がないのは前から問題になっていました。ですので五北会の者はあまり近寄らなかったのです。それに食堂の老朽化やシステムの古さが問題になっていました。もう制度が出来てから長い間変更が加えられていませんでしたからね。だから元々そろそろ食堂の改修も検討されていたのです」


「なるほど……」


 俺は食堂の改修までは考えていなかったけど、どちらにしろ老朽化した食堂の刷新が急務だったのなら、その時に一緒に新しいシステムを導入するというのは悪くない。むしろそういう時でもないと切り替えるのは難しいだろう。


「咲耶が直接学園に申し出てみなさい。一先ず新年度までに小中高で、先ほど咲耶が言った改革案を導入し、その結果も参考にして新しく食堂を建てます。新しい食堂には先に導入した改革で得られた経験からより良い方法を導入しましょう」


「はいっ!」


 老朽化した食堂の建て替えだと潰している間は食堂が利用出来なくなってしまう。そこで新しい場所に新しい食堂を建てるようだ。それまでに今の食堂で俺達の案を試して、そこで得られた経験を新しい食堂に導入する。とても素晴らしい。何か本格的なプロジェクトになってきた。


「それじゃ中等科には僕の方から言ってみようかな?」


「そうですね……。良実が中等科に話をつけてみなさい」


 こうして、俺と兄は初等科と中等科にそれぞれこの改革案を提案することになったのだった。




  ~~~~~~~




 翌日学園でいつもの皆と話し合う。徳大寺家と西園寺家は五北会が出資するのなら、ということで落ち着いたようだ。薊ちゃんと皐月ちゃんは説得出来なくて申し訳ないと言っていたけどそんなことはない。五北会がやるのならと言質を取ってくれただけでも十分だ。


 父や母の話からして、五北会の家の間でも食堂の老朽化やシステムの古さは話題になっていたようだし、きっかけさえあれば五北会も食堂改革は吝かじゃなかったんだろう。


「それでは少し校長室に行ってきますね!」


「咲耶様、頑張ってください!」


 他の五北会にはまだ話は通していないけど、九条家と徳大寺家と西園寺家がやるなら乗ると言っているだけでも十分だろう。父も最悪費用は九条家が出しても良いと言っている。


「失礼します。九条咲耶です」


「どうぞ……」


 朝、担任の先生に、今日話があるから校長と理事長を呼んでおいて欲しいと伝えておいた。校長室に入るとすでに二人とも待っていたようだ。ちなみに理事会や理事長室は初等科にはない。同じ敷地内にはあるけど、初等科には理事長室はないから、今日の話し合いは初等科の校長室でということになっていた。


「そっ、それで……、お話というのは何でしょ……、何かな?九条咲耶様、……さん」


 何か校長がしどろもどろになっている。校長は子供と接するのが苦手なのかな?まぁ他の教師と違って生徒と接する機会もあまりないだろうしね。


「はい。実は食堂改革の案を纏めてまいりました。まずはこちらを……」


 そう言って俺は書類に纏めた意見を校長と理事長に手渡す。基本的には俺が家で両親に話した内容をわかりやすくまとめているようなものだ。一部は両親に言われてより実用向きにした部分もある。さらさらと目を通していった校長と理事長の顔が驚愕に変わる。


「こっ、これは……」


「いかがでしょうか?五北会でまだ正式に話し合われてはおりませんが、九条家は単独でも費用を負担しても良いと両親から返事を頂いております。また五北会がするのならば、という条件で徳大寺家と西園寺家にも賛同して頂いております」


 まぁ……、徳大寺・西園寺両家にはこの案は見せてないけど……。薊ちゃんと皐月ちゃんが口頭でいくらか説明したはずだ。だからこの案に同意してくれたと受け取っても良い、ということにする。


「これから理事会や五北会で色々と話し合わなければならないとは思いますが……、元々五北会でも食堂の老朽化は検討対象になっていたと伺っています」


「つっ、つまりこれは九条家からの正式な提案と受け取ってよろしいと?」


「はい」


 俺がにっこり微笑むと校長と理事長が顔を見合わせていた。


「わっ、わかりました!学園として直ちに検討に入らせていただきます!」


 頭を下げる二人に挨拶をして校長室を出る。


「ふっ……、ふふっ……、やった……、やったぁー!」


 どうやらうまくいきそうだ。これで来年度からは皆で食堂でおいしい食事が食べられるかもしれない。



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― 新着の感想 ―
[一言] 今日話があるから校長と理事長を呼んでおいて欲しいと伝えておいた。 校長と理事長を呼んでおいて...??
[良い点] ロジスティクスとビジネスの問題に関するすべての議論とともに、あなたの以前の仕事の痕跡が見えます。 それはいいですね。
[一言] ママさん的にはきちんと理由なども考慮してたら通して良いのかな。
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