第千三百二十七話「バイオレンスルートを終えて……」
バイオレンスルートも無事に乗り越えて日常が戻ってくる!……はずだった。でも日常が戻ってくるどころか躑躅まで離れにやってきてさらに非日常が深まったような気がする。
とはいえ普段の生活は母屋と離れは別だし俺と躑躅が関わる場面はそう多くはない。昨日は離れに引っ越してきた初日ということで夕食は母屋でうちの家族と一緒に皐月ちゃんと躑躅も食べたけど、今朝はいつも通りに俺は睡蓮と一緒に百地流の朝練に行ってから学園へと登校してきた。
教室に入るとここ最近の通り皆はもう登校してきていて皐月ちゃんも普通に居た。軽く躑躅との様子を聞いてみたけど今までの生活と特に変わりはないらしい。ただ躑躅が一緒に朝食を摂って同じ車で登校してくるだけで、それ以外に何か変わったというほどではないと言っていた。
「お~っほっほっほっ!わたくしが来て差し上げましたわよ!咲耶お姉様!」
「え~……、御機嫌よう百合ちゃん……」
そして今朝は何故か朝っぱらから百合が三組にやってきた。いや、別に来ても良いんだよ?同じ学園生なんだから来てはいけないという理由はない。でも俺が他のクラスを訪ねる時のようにある程度遠慮して隅の方でこっそり用事を済ませるのなら良いけど、百合の場合はやってきたら大変な騒ぎになってしまう。
朝の登校時間であちこち混んでいるし人も苛立っているだろう。そんな中で大きな騒ぎは起こすべきじゃないと思うんだよ。
俺が他のクラスに行く時は目立たないように隅の方を歩いて、こっそり相手にだけ伝えて手早く用件を済ませる。嫌われ悪役令嬢だから俺がいるだけで目立って嫌がられるということもあるだろうけど、そういう時の俺は気配を消してコソコソしているからもしかしたら相手のクラスの生徒達に訪ねて行ったこと自体気付かれていないんじゃないかと思う。
それに比べて百合はそれはもう自己主張が凄い。今の登場でも分かる通り自分の存在をアピールして撒き散らしながら歩いている。それはさすがに朝の忙しい時間には迷惑だと思うんだよ。
「それでこのような朝に一体どうされたのでしょうか?」
「そうですわ!咲耶お姉様!酷いですわ!酷いですわ!」
いや……、何が?
百合は俺の所にやってくるとポカポカと胸を叩いてきた。何で皆俺の胸をそうポカポカ叩くのか。別に痛くはないんだけど出来ればやめて欲しい。
「え~……、私は何か酷いことをしてしまったのでしょうか?一体何をしてしまったのでしょうか?」
「わたくし知っておりますの!咲耶お姉様は躑躅と同棲しているのでしょう!わたくしも咲耶お姉様と同棲しますわ~~~っ!」
「「「えっ!?」」」
百合の言葉を聞いてクラスメイト達が驚いた表情を浮かべていた。違うから!誤解ですから!
「ちょっと百合ちゃん!?そのような誤解を与える言い方をしてはいけませんよ!?確かに躑躅ちゃんも九条家の敷地内で暫く暮らすことになりましたが、離れで皐月ちゃんと一緒に暮らしているのであって私との同棲ではありません」
「「「あぁ……、そういう……」」」
ふぅ……。危ない危ない……。俺がすぐに言い訳をしたから事なきを得たようだけど、もしあのまま変な勘違いの噂が広まっていたら大変なことになる所だった。いや、あるいは百合がすでにあちこちで言い触らしていて誤解が広まりかけている可能性もある。早めに手を打っておかないと……。
「そんなことはどちらでも構いませんわ!」
いや……、俺が構うんですけど……。それにそんなことで済ませて良いような簡単な違いじゃないですよね?凄く重要で大きな違いですよね?
「とにかくわたくしも咲耶お姉様と一緒に暮らすのですわ~~~っ!」
「あ~……」
「「「…………」」」
どうしたら良いのかと思って皆の方を見てみた。でも皆はちょっと引き攣った笑みを浮かべながらスッと視線を逸らせた。それは……、良い案もないしどうしたら良いか分からないから俺が勝手にどうにかしろということか……。うわぁ~ん!皆の薄情者~~~っ!!!
「百合ちゃん……、西園寺家については色々と事情があってのことで、皐月ちゃんも躑躅ちゃんも決して本人が望んで今の状況にあるわけではないのですよ。それなのにそのように言っては百合ちゃんの側近である躑躅ちゃんを悲しませてしまいますよ」
「……そうなんですの?躑躅?」
「うぇっ!?わっ、私ですか!?」
それまで百合の後ろに居たけど静かにしていた躑躅に全員の視線が集まった。急に話を振られて躑躅の方が戸惑っている。というか躑躅って大体いつもこういう感じになると最初に俺に突っかかってきていると思う。でも今日は何も言わずに大人しかった。
やっぱり大好きな皐月ちゃんと一緒に暮らせるようになったから落ち着いたのかな?前までは大好きな皐月ちゃんと一緒に暮らせていなかったから俺に対しても当たりがきつかったのかもしれない。
「え~……、百合様もご一緒に九条家のお世話になれば良いと思います!」
「そうですわよね!ほら!お聞きになりましたでしょ?咲耶お姉様!」
「あ~……」
躑躅め……。やってくれる……。躑躅は俺のことは大嫌いで皐月ちゃんと百合のことは大好きだ。つまり躑躅にとってはこれで大好きな皐月ちゃんと百合と一緒に生活出来て、大嫌いな俺は困ることになる。完璧な解答はこれだ。安易に躑躅に振ったのが間違いだったか……。
「それについては九条家と一条家の話になりますので私ではお答え出来ません。百合ちゃんのご両親、一条家のご当主様にお尋ねの上で九条家のご当主に問い合わせてください」
「わかりましたわ!それでは失礼いたしますわね!行きますわよ躑躅!お~っほっほっほっ!」
「はい!百合様!……皐月お姉ちゃん、また後でね」
う~ん……。躑躅は可愛らしくなったものだな。皐月ちゃんに対してはな……。百合に対しては以前からあんな感じだったし俺への当たりは相変わらずきつい。ただまぁ……、実頼のせいで皐月ちゃんとうまく接することが出来なかった障害がなくなって、皐月ちゃんに対して素直に甘えられるようになっただけ躑躅にとっても今回の件が片付いたのは良かったんだろう。
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お昼休みに……、俺は何故か空き教室に連れて来られていた。相手は三つ葉、南天、木天蓼だ。今日のお昼に食堂で食事を摂っていると三つ葉達に呼び出された。食事を終えてから連れてこられたのがこの空き教室だったというわけだ。
「え~……、それで……、これは一体何事でしょうか?」
「「「…………」」」
三人に呼び出されて空き教室に入ったんだけど何故か先ほどから三人は黙ってこちらを見ているだけで用件を言ってくれない。とうとう痺れを切らせて俺からそう聞いたんだけどやっぱり答えてくれなかった。
向こうから用件を切り出してこないことにはこちらはどうすれば良いのか分からない。でも相手は用件を切り出してこない。そんな場合どうすれば良いのか?
そもそも何故この三人が俺を呼び出したのか?それを考えたら答えが出るんじゃないかと思って思い当たることを考えてみる。そして俺は一つの可能性に思い至った。
この三人の共通点は何か?三つ葉と南天なら今まで何度も話してきた同級生の友達だ。でも木天蓼は先日初めて会って言葉を交わしたのであってこれまで俺と木天蓼に接点らしい接点はなかった。どこかのパーティーでお互いに出席していて顔を見たことはあるとか、挨拶をしたことがあるとしてもそれは友達とは言えない。
じゃあこの三人の共通点、そして俺を呼び出す理由は何かと言えば……、それは先日のバイオレンスルートにおいてこの三人が俺のために色々と動いてくれたことだろう。三つ葉と南天が学園で色々と奔走してくれて、木天蓼が下橋が鉢を落とす所の証拠映像を偶然撮影していた。それを知った三つ葉と南天が九条家に証拠の提出と木天蓼の保護を申し出てくれたんだ。
そう言えば先日はバタバタしていたけどこの三人と朝の行列で会った時にその件に関して何かお礼をしなければならないと話した。もしかしてそのことじゃないのか?
自分からお礼の催促をするのははしたないとか言い難いというのがあるだろう。でも俺は三人にお礼をすると約束した。それなのに俺から何も言ってこないから三人が業を煮やしてこうして俺を呼び出したんじゃないだろうか?そう考えたら全ての辻褄が合う。むしろこの三人の共通点なんて他に思いつかない。
「えっ……、え~……、お三方とも先日はありがとうございました。そのお礼も先延ばしになってしまって申し訳ありません。折角のこのような場なのでお三方には先日のお礼についてお話出来ればと思うのですが……」
「はいっ!デートをお願いします!」
「あっ!この子本当に遠慮しない子だねー!それじゃ私もー!」
「ちょっと南天まで……。すみません九条様……。ですがよろしければ私もデートでお願いします」
「えっ……、え~……。はぁ?」
どうやら俺が切り出した用件で合っていたようだ。三人はそのことを言いたかったけど自分からお礼を催促するのは憚れるからずっと黙っていたんだな。それは良い。確かに三人にはお世話になったしお礼をすることは吝かではない。むしろこちらから是非したいと思っていた。ただ問題なのは三人の希望だ。三人の言っていることが良く分からない。
デートってあれか?付き合っている男女や、これから交際を考えている男女がお互いを知るためにするとか、お互いの絆を深めるためにするというあの……?
「え~……、誤解のないように念のために確認しておきますが、デートというのは一般的に恋仲の男女がしたり、これから付き合おうと思っている男女がするデートでしょうか?」
「男女だと決まっているわけじゃないと思います!」
「そうです!今の世の中で男だとか女だとか言ってたら怒られてしまいますよ!」
「アッハイ……。すみませんでした……」
何故か怒られてしまった……。まぁ確かに最近の世の中では『男』とか『女』とかに関わることを安易に言うとすぐに炎上してしまう。難癖だろうとか、そこまで言ってたらキリがないということまで何でもケチをつけようとしているのかと思う部分もあるけど、少なくとも芸能人や政治家はその発言には注意した方が良いだろう。
そして素人であってもSNSなどで安易に不特定多数に発信出来るようになった現代では、そんなつもりはないとか、まるで言葉狩りだと思うようなことにまで突っかかってくる相手がどこからか出てしまう。そして一度炎上して話題になれば炎上が炎上を呼び、本人が自殺するまで追い込まれるなんてことも有り得る。
俺の言った『男女がするからデートだ』という言い方も確かに悪かったかもしれない。現代では男性同士、女性同士でもデートをするものだと思っておかなければ、下手に余計なことを言えばそういった団体から炎上させられてしまう。
「え~……、まぁつまり……、私と一緒に買い物に出掛けたり、遊園地などでアトラクションを楽しんだりしたいということで良いのでしょうか?」
「そうです!そういうのがしたいんです!」
この木天蓼って子、結構グイグイくるな……。何か最初は儚い感じかと思ったけど、いや……、最初に行列で会った時からこんな感じだったか。
「いつどこに行くかや何をするかはまた後で決めるとしても、九条様がお礼をしてくださるというのならそういうことをお願いしたいという希望です」
「わかりました……」
確かに俺は出来ることならこの三人にお礼をしたいと言った。そして三人は俺と所謂『一緒にお出掛け』をしたいと希望した。ならば俺が出来ることはそれに応えてこの三人とお出掛けすることだろう。俺の日程や都合さえどうにかすればその願いを叶えることは難しいことじゃない。それなのに嫌だから他のお願いに変えてくれなんて言えるはずもない。
「やったーっ!言ってみるもんだねー!」
「私が最初に言ったお陰なんですから先輩二人は私に感謝してくださいね!」
「木天蓼……、貴女なにか最初の頃と人格まで変わったのかと思うほどの変わりようね……」
そうなのか……。俺は木天蓼のことをあまり知らないけど三つ葉もそう感じてるようだ。俺も何か木天蓼のキャラってこんな感じじゃなかっただろとどこかから声が聞こえてくるような気がしている。
それはともかく俺は出来る限りのお礼はしたいと言い、三人はその希望を伝えてきた。実現不可能な希望だったら俺も断っただろうけど、というか断るしかなかったけどこのお願いなら実現不可能ということはない。それなら俺は三人に報いるために全力でそれに向けて取り組むだけだ。
「それでは……、具体的なお話はゆっくり詰めていきましょうか」
「「「はいっ!」」」
いつ、誰と、どこへ行って何をするのか。これは重要なことだ。その話をじっくり詰めようと四人で顔を突き合せてこれからについて話し合うことにしたのだった。




