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第千三百二十一話「ごめんなさい」


 警察の事情聴取なども終えて久しぶりに家へと戻ってきた。何か色々なことがあってまだ気持ちも落ち着かないし考えも纏まっていない。だけど今はそんなことは全部忘れてお風呂に入ってゆっくりしたい。いい加減何日もお風呂に入っていなかった体が気になる。もう既に何人も俺の激臭の犠牲になってしまったし……。


「「おかえりなさいませ咲耶お嬢様」」


「「「「おかえりなさいませ咲耶お嬢様」」」」


「あっ……、えっと……、ただいま戻りました」


 家に着くと行儀見習い達に出迎えられてしまった。もちろん出迎えられることはおかしくない。グループの皆が西園寺邸に来ていたようにもう学園は終わっている。だから行儀見習い達も学園を終えて九条家に来ていても不思議はない。そして行儀見習いなんだから俺が帰ってきたら出迎えるのも当然だろう。


 ただ……、何か分からないけど凄い圧のようなものを感じる。これは一体……。


「さぁ咲耶お嬢様……」


「それでは……」


「「汚れを落としましょうね」」


「え?え?あの……?」


 ガシッ!と両脇を海桐花と蕗に掴まれてしまった。そしてそのまま俺の部屋ではなく別の場所へと引き摺られている。一体どこへ……、と言うつもりはない。汚れを落とすという言葉と向かっている方向からお風呂場に連れて行かれようとしているのは分かっている。そして俺も早くお風呂に入りたいとは思っていた。でもまさかこのまま行儀見習い達と?


「咲耶お嬢様、お召し物を失礼いたしますね」


「あっ!ちょっ!自分で脱げますから!」


「駄目です!椛さんはいつもされてますよね?」


「私達はこういう勉強や練習のために九条家に通ってお仕えしているんです!」


「だから抵抗しないでお任せください!」


「ひぃ~~~っ!そんなことを言われましても~~~……」


 行儀見習いの子達は絶対に譲らないという固い意思を示してきた。何があっても絶対に譲らないのだという強靭な意思を感じる。そして強引に俺を脱がせてくる。


 確かにいつも俺がお風呂に入る時には椛か柚が一緒で、二人は俺の服を脱ぐのを手伝ってくれている。俺は必要ないといつも言ってるんだけど二人は必ず俺の服を脱がせようとしてきて押し問答が起こるのはその通りだ。でも椛や柚にいつも全て脱がせてもらっているわけじゃない。どちらかと言えば俺がうまく逃げて一部だけ手伝ってもらうだけだ。


「多少は椛や柚に手伝ってもらう部分もありますが大半はいつも私が自分でしております!このような揉みくちゃになどされません!」


「それも間違いではないでしょう!ですが私達は以前にも見ましたから!」


「そうです!前に椛さん達と一緒にお風呂に入った時に見せていただきましたから!」


「あの時はたまたまです~~~!」


 確かに少し前にも行儀見習い達に業務を教えるためか何か知らないけど一緒に入った。その時は椛に脱がされていたからそれが通常の業務なのだと思ったのかもしれない。でもそうじゃない。普段は俺と椛の攻防で大体俺は自分で脱いでしまっている。ただ一切手伝わせないと椛の立場もないだろうから一部だけ手伝ってもらってお茶を濁しているだけだ。


「そんなことはどちらでも良いんです!」


「私達が手伝いたいから手伝う!」


「「ただそれのみ!」」


「ちょっ!待っ……、アッー!!!」


 その後俺は……、行儀見習い達に裸に剥かれて浴場に連れて行かれて全身を洗われてしまった。それはもう……、恥ずかしくて人に言えないような所まで隅々まで…………。




  ~~~~~~~




「はぁ……」


 部屋で寛いでいると自然と溜息が出てしまう。先ほどのお風呂での出来事……。絶対人には言えない!恥ずかしすぎる!あんな……、あんな隅々まで洗われてしまうなんて……。俺もうお嫁に行けない!


 あっ……。最初からお嫁に行く気なんてなかったから良いのか。


 いや!良くないだろ!お嫁に行かなくてもあれは恥ずかしすぎる!お嫁に行く気がないからお嫁に行けないようなことをされても良いという話にはならない。そこは間違えちゃ駄目だ。


「咲耶お嬢様、旦那様と奥様がお呼びです」


「はい。わかりました。今参ります」


 柚が呼びに来たので部屋を出る。本当ならもっと早くに呼び出して話をしたかったはずだろう。でも俺が何日も山奥で潜伏生活を送っていたからせめてお風呂に入る時間くらいは待ってくれたに過ぎない。少し緊張しながら俺は父と母が待つリビングに入った。


「ただいま参りました」


「うん。まぁ座りなさい」


「はい……」


 いつもなら俺に甘いはずの父ですら表情が厳しい。母にいたっては完全に眉間にシワが寄っている。そんなにシワを寄せていたら跡が残って老けますよなんて冗談でも言える雰囲気じゃない。


 父に促されてソファに座る。俺の向かいには父と母、隣の側面には兄が座っている。三人に厳しい表情で見られていて非常に座り心地が悪い。でも逃げるわけにはいかない。三人がこんな表情をしている理由も分かる。そしてそれは俺が原因だ。だから逃げるわけにはいかない。


「咲耶……、パパが言いたいことは分かるね?」


「え~……、入江先生を助けて逃げた際にお父様やお母様、九条家を頼らなかったことでしょうか……」


 それしかない。それしか思いつかない。そもそも元は無関係だったはずの俺が枸杞の暗殺に巻き込まれて付き合ったこと自体が悪いと言われるかもしれないけど、それよりも何よりも両親や兄が怒っているのは俺が九条家を頼らずに枸杞と二人で山奥に逃げたことだろう。


「端的に言えばそうだね。咲耶……、入江先生を助けたことは良いよ。鉢が落ちてきたことも、車が突っ込んできたことに気付いて庇ったことも良い。咄嗟に人を助けるのは普通のこと、いや、素晴らしいことだとパパも思うよ。でもね……、その後がいけない。どうしてパパやママに連絡もせずあんなことをしたんだい?」


「それは……」


 バイオレンスルートでは人に助けを求めるような選択肢を選べば死亡エンド一直線だ。例えば警察だけじゃなくて無患子の実家である久世家に助けを求めようとしたらそれでも死亡エンドになる。基本的に誰かに連絡するとか、助けを求めるとか、その手の選択肢は全て死亡フラグだと思う必要がある。


 もちろんシナリオの中で主人公・藤原向日葵や無患子を助けてくれる人も出てくる。でも自分からそういう人に助けを求める選択肢は死亡フラグだ。結果的に助けてもらえることはあるけど、それを自分から選んではいけない。それはゲーム『恋に咲く花』の無患子ルート、通称バイオレンスルートにおいて絶対の法則だ。


 だけどそれを両親や兄に説明して理解してもらえるか?


 答えは否!そんなことで納得してくれるのならとっくにそう説明している。そんな説明じゃ理解してもらえないから困ってるんだ。


 この世界がゲーム『恋に咲く花』の世界に酷似していて、ゲームのシナリオ通りに動いた方が安全で確実だと思ったからそうしました、なんて言って誰が納得してくれるというのか。俺の正気が疑われるか、ヤバイ薬でもやっていると思われるのが関の山だ。


「敵は……、こちらの電話内容や位置情報を把握している前提で動いておりました。お父様やお母様に連絡すればそこから敵に情報が流れこちらの行動が筒抜けになっていたでしょう。まずは敵の目を掻い潜ってやり過ごすためにはあれが最善の行動であったと自負しております」


「「「…………」」」


 俺の言葉に両親と兄は無言で顔を見合わせていた。その表情が怒っているというより何か変なものを見るみたいな目になっている気がする。


「はぁ……。どうしてこんな子に育っちゃったのかなぁ……。パパには分からないよ……」


「昔から変な子だとは思っておりましたが……、まさかここまでとは……」


「あのね咲耶……、確かに咲耶が言うように盗聴されてたり位置情報を知られてバレるかもしれないとして……、それでも九条家の屋敷に帰ってきたらもう安全でしょ?それなのに何故山奥に篭る必要があるのかな?」


「お兄様……」


「ね?分かった?」


 兄よ……。本気で言っているのか?そんなの家族まで危険に晒されるだけでまったく駄目駄目すぎるだろう!そもそも九条家に帰ってきたら敵が九条家に侵入して襲ってくるだけだ。今回はたまたま山に来たのはド素人のチンピラとそれを率いる半素人くらいの奴だったから良かったけど、ゲームのシナリオ通りにプロ軍人が来ていたら家族まで殺されていたかもしれない。


 山に篭って時間があったから俺が嫌がらせのトラップを仕掛ける時間も場所もあった。でも九条家に俺がトラップを仕掛けるわけにはいかない。そうなると侵入者達といちいち戦って制圧しなければならないわけで、トラップで敵の戦力を削れる山で戦うよりこちらの損耗が大きくなる。


 もちろん俺だって九条家の護衛達を信じていないわけじゃない。だけど護衛が任務である者達と、殺しのプロである軍人では能力や方向性が違う。いくらうちの護衛が腕利きだったとしても殺しに来ているプロ軍人と戦えば無傷では済まない。一体どれほどの犠牲が出ていただろうか。


「お兄様、それは下策過ぎます。九条家ではトラップは仕掛けられません。それに護衛達にも、それどころかお父様やお母様にまで被害が及んでしまうかもしれません。そんなリスクを冒して九条家で迎え撃つなど以ての外です」


「「「…………」」」


「はぁ~~~……」


 何かまた三人で顔を見合わせてから深い溜息を吐かれてしまった。俺の言っていることは合理的判断に基づく最善のはずだ。ゲームのシナリオとか関係なく百地流で身に付けてきた技術と知識から照らし合わせても間違いなく正しい。


「そもそもだね咲耶……。咲耶達が我が家に辿り着いていれば相手は諦めるしかなかったんだよ。白昼堂々とこれだけ護衛がいる人の家を襲うわけないだろう?そんなことをすれば実頼翁はもう言い逃れのしようもなく犯罪者だ。だからうちに駆け込んでいればそれで終わりだったんだよ」


「……え?いや……、そんなはずは……」


 いやいや。それはおかしいだろう?だってバイオレンスルートだよ?家に逃げ込んだだけで諦めて終わりなんてあるはずがない。家にプロ軍人達が押し寄せてきて皆殺しにされるエンドになってもおかしくない。それだったら敵を有利に迎え撃てる場所で待ち伏せした方が良いはずだ。


「今回の手口を見てください。実頼翁は証拠も残していて明らかに犯罪行為をしていると分かっているのに入江先生と私を殺そうとしてきたのですよ?その舞台が九条家になったとしても実頼翁なら……」


「咲耶が入江先生を連れて隙のある場所に行ったから実頼翁もここぞとばかりに杜撰な計画で動いたんだよ。咲耶が入江先生を連れて九条家に逃げ込んでいれば実頼翁も今回はそこで諦めたはずだ」


 う~ん……。それはどうなんだろうか。ゲームのシナリオを知っている俺からするとそれはないように思える。もし九条家に逃げ込むことを選んでいたらゲーム通り最悪の結末を迎えていた可能性が高かったはずだ。九条家にプロ軍人達が押し寄せ、護衛も父も母も兄も皆殺されて俺と枸杞も死亡エンドだったと思う。


 ただ父の言っていることも分からなくはない。普通の人からしたらそう考えるだろう。実頼は俺と枸杞が逃亡して山奥に行ったから今なら殺せると思って杜撰でも急いで暗殺することにした。九条家に逃げ込んで身の安全を確保していたら諦めていたかもしれない。


 これはもうどちらも証明しようがない話だ。もし九条家に逃げ込んでいれば……、その仮定は最早意味を成さない。この場に実頼が居て直接、俺が九条家に逃げ込んだ場合のことを聞いたとしても実際にどうなっていたかとはまた別の結果になる可能性だってある。今更考えても答えは出ない。


「私は九条家に逃げ込もうとも実頼翁は暗殺の手を緩めず刺客を送り込んできていたと思います」


「「「はぁ…………」」」


「どうしてこんな子に育っちゃったんだろうね……」


 また三人で呆れた顔をしながら溜息を吐かれてしまった。そんなに俺の言っていることはおかしいだろうか?ゲームのシナリオを抜きにしても今回実際に実頼が行ったことを見れば俺の判断が正しかったと思うけどな。


「とにかく!今回は百地さん達がついてくれていたからパパ達も心配せずにいられたけど、もし百地さん達がいなければパパ達はそれはもう大変なことになっていたと思うよ!咲耶はそのことを考えていなさすぎる!」


「やはり……、師匠とエモンさんがついてくれていたのですね」


 俺はまったく気付かなかったけどやっぱり師匠とエモンが俺達を見守ってくれていたようだ。もしかしたら敵が引っかかった罠というのも師匠やエモンが仕掛けたものかもしれない。だって俺はちょっとした嫌がらせ程度の簡単なトラップしか仕掛けていない。そんな罠だけで敵が全滅に近い損害を出したなんておかしいと思っていたんだ。


「咲耶の判断が正しかったか間違っていたかは分からない。今となっては検証しようもないことだ。それでも咲耶の身が危険だったらパパやママ、良実だって心配するんだよ!咲耶はそのことをちゃんと分かっていない!親に心配をかけるものじゃない!」


「ぁ……」


 そうか……。俺はこの世界ではまだ十八の小娘だ。精神的には前世の成人男性だし、この世界でも百地流で生きていく術を学んできた。だから俺は大丈夫だと思っている。だけどそれは俺の自己判断だけであって、例え俺がキャンプや登山に詳しいプロだったとしても両親が心配するのとはまた別の問題だ。


 両親なら子供のことを心配するのは当然だろう。それもまだ学生で、しかも今の俺は女性の肉体だ。それで心配するなという方が無理な話だろう。俺はそのことをすっかり忘れていた……。


「ごめんなさい……、お父様、お母様、お兄様」


「「「…………」」」


「まぁ……、分かれば良いんだよ。今回は百地さん達もついてくれていて大事なかったんだ。ただパパやママや良実の気持ちも忘れないでいて欲しいんだよ」


「はい……」


 前世の俺は家族というものが希薄だったと思う。誰かを本気で愛するということもなかったかもしれない。この世界でも、九条家でも似たようなものだと思っていた。お金持ちの家族なんて上辺だけで実際には家族愛なんてないなんてどこか冷めた目で見ていたかもしれない。でもそうじゃなかった。


 俺は今までだってこの父に、母に、兄に、愛されて育ってきたじゃないか。その両親や兄が俺の身を心配しないはずがない。そのことを完全に忘れてしまっていた。


 俺は絶対大丈夫だと思っていたけど、それで両親や兄が心配しないということにはならない。例え安全だと思っていても心配するのが家族だというのに、ましてや家族にも内緒にして安全かどうかも分からないままほっつき歩いていたんだ。心配をかけてしまっていたに決まっている。


「ごめんなさい……。ごめんなさい……」


「もうこのようなことは二度とするのではありませんよ?」


「はい……、お母様……」


 ようやく微笑んでくれた母の表情はとても優しいものだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 二度と……無理じゃないかなぁ クレイジーニンジャからは逃げられない
[一言] 咲耶様丸洗い。まぁ行儀見習いの子たちにも心配かけてたからこれくらいはね・・・ そして両親、家族に謎判断を詰められる、それはそう・・・ 咲耶様はゲーム脳とニンジャ脳と前世脳に支配されていたから…
[良い点] ご家族に愛されてますね咲耶様。 私から見たら咲耶様の判断は間違いではなかったと思いますが、それでもやはり家族を心配させては駄目ですよね。 でも既に近衛連合にケンカ売ってる状態だから頭が痛い…
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