第百三十二話「食堂改革」
鷹司家のパーティーも無事に乗り切り、冬休みもあっという間に終わって三学期が始まる。
それにしても鷹司家のパーティーで茅さんのペアが兄だったとは驚いた。ずっと茅さんのペアが姿を現さないから、適当に脅迫してペアにした人をそこらに放ったままにしてたのかと思ったけど、まさか良実君が茅さんのペアだったなんてな……。
最初はペア同士で踊るからダンスが始まってようやくペアだってわかったけど……、終わってみれば納得もいく。正親町三条家なら九条家の嫡男である兄の相手として不足はない。それにあの暴走しがちな茅さんを抑えられる人物も限られているだろう。そう考えてみれば兄は適任だったかもしれない。
……あれ?じゃあ……、もしかして将来茅さんは兄と……?
「――ッ!?」
その姿を想像すると……、胸がズキリと痛んだ。何か……、うまく言えないけど……、とても嫌な気分だ。
どうしてだろう?兄と茅さんがくっついても何もおかしくはない。家格、立場、年齢、それに二人の関係性や交流……。十分あり得る未来なのに……、俺は何故かそれを見たくないと思っている……。
茅さんがそれで幸せなら……、茅さんの幸せを祝ってあげなければならないのに……。俺はとても嫌な奴だな……。人の幸せを素直に喜んであげられないのは最低な人間だ……。
「咲耶?もう行くよ?」
「あっ、はい!」
考え事をしていると兄に急かされてしまった。慌てて車に乗り込む。始業式の日から遅刻するわけにはいかない。まぁいつも早めに到着しているからちょっと遅れたくらいじゃ遅刻はあり得ないけど……。
兄が中等科にあがってからはさらに学園に行く時間が早くなった。俺は先に初等科で降りて、その後で兄が中等科まで送られるからだ。だから初等科に着く時間は兄も初等科だった前年度よりも早くなっている。兄が中等科に着く時間が前年度の俺達が学園に着いていたのと同じくらいの時間になる。
「今回の旅行も楽しかったね。咲耶はいつの間にあんなにウィンタースポーツが得意になったんだい?」
「あはは……、得意というほどではありませんが……。本当に楽しかったですね……」
冬休みは恒例の家族旅行に出かけた。今年は赤道付近や南半球には行かず、北半球で寒い冬を過ごした。母は寒いのはあまり好きではないようだけど、毎回、毎年、似たようなことをするのも好きではないようだ。
家族旅行の予定から行き先まで全て母が決める。だから母が本気で寒いのが嫌なら暖かい所に行くことを選択するだろう。でも母は去年は暖かい所に行ったから今年は寒い場所に行くことにした。国内だけど雪山に行って、スキーやスノーボードを家族で楽しんできたというわけだ。
俺も前世ではスキーやスノーボードも少しだけしたことがあったけど、本当にちょっとやってみただけでとても上手とは言えないレベルだった。でも今回は違った。ちょっと練習したらスイスイ滑れるようになったんだ。多少は前世の経験が助けになっているとしても、明らかに前世の俺よりもよく滑れていた。
もしかしてだけど……、咲耶お嬢様って本当はとてもハイスペックだったんじゃないかという気がしてくる。良実君も運動神経も頭も良いし、父や母も大人だから無茶はしないけど、上流階級のお貴族様としては様々なことを嗜んでいる。
ゲームでは咲耶お嬢様はドジでおっちょこちょいで、運動神経も鈍くて、ちょっとおバカな女の子だったけど……、咲耶お嬢様の身体能力や頭脳そのものはかなり優れたものだった……、のかもしれない。
俺の前世の知識と、師匠の下で開花した咲耶お嬢様の能力が合わさったことで、あまり経験がなかったスキーやスノーボードもスイスイ滑ることが出来た、というのが考えすぎということはないだろう。
「それじゃ咲耶、いってらっしゃい」
「いってらっしゃいませ咲耶様」
「はい!いってきます!」
いつもの道を走って、いつもの時間に学園のロータリーに到着した車から降りる。今日から短い三学期の始まりだ。
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短い三学期が始まってすぐ……、早くも俺の、いや、俺達の我慢の限界に達しようとしていた。
「食堂はもう飽きました……」
「そうですね……。もうすぐ二年間通ったことになりますし……、さすがにこれだけ通えば……」
そう……、俺達の悩み、我慢の限界……、それは食堂に飽きたということだ!二年間も同じところに毎日のように通っていればどんなおいしい料理でも飽きるというものだろう!
そもそもからして食堂の料理はやっぱり質がそれなりでしかない。大勢の生徒に大量に供給するために、手早く、簡単に、大量生産出来るようになっている。そんな方法ではどんな一流シェフが腕を振るって料理してもそれなりにしかならないのは自明の理だ。
「今から準備させれば……、新年度までに改革出来るでしょうか……」
「「「「「かっ、改革っ!?」」」」」
俺の言葉に皆が驚いた顔をして声を揃えて反応する。まぁ改革なんてオーバーな言葉だけど、せめてもうちょっと変えたい。色々と……。
でもどうすればいいだろう……。メニューを増やす……、というのは一見簡単なようで難しい。食材の確保や余ることを考えれば、たくさんのメニューを揃えるというのは大変なことだ。滅多に出ない一品のために、毎日毎日その食材を確保して、余ったら捨てる……。それは日本人として許容出来ない。食材の廃棄は出来るだけなくしたい。
じゃあ同じメニューでも料理の品質を上げるか?どうやって?シェフを変える?増やす?それでは根本的な解決にならない。食堂の料理の品質が上がらないのは何十人、何百人と一度に利用する食堂で、効率的に、大量生産して、一気に供給出来るようにするためだ。
シェフが一つ一つ味を確かめながら味付けするのではなく、決まったレシピで大きな鍋で一度に煮るとか炊くとか、そういう大量生産をしている以上はこの問題はどうにもならない。
かといって、普通のお店とは違うんだから、一度に入れる客を制限して客数や入る時間をコントロールするというわけにはいかない。学校のお昼休みに全員に供給する必要がある。
それと関わるけど、さらに言えばお店での食事と違ってお昼休み中に食べ終わる必要があるという問題もある。注文が入ってから調理するなんて言語道断。そんなことをしていたらお昼休み中に料理が出てきて食べ終わるなんて無理だ。
今の制度だとメニューを選べるとはいっても数量には限りがあり、先に売り切れていたらそれはもう注文出来ない。どんな高級店でも食材が尽きればオーダーは終了になるからそれはいいんだけど……。
「とはいえ……、今更私達が考え付くようなことはとっくに議論されているでしょうし……」
「それは……、そうですね……」
今の制度を作った時も誰かが考えて、コストや実現性、実用に耐え得る制度として作り出したんだろう。今俺が考え付くようなことなんてとっくに誰かが考えたはずで……。
「ですが藤花学園が出来てからかなりの年数が経ちますよね?」
「それは……、藤花学園は由緒正しい学園ですから……」
薊ちゃんが何か考え付いたのかな?椿ちゃんが薊ちゃんに答えているけど、薊ちゃんはますます頷くばかりだった。
「じゃあ……、藤花学園が出来た時は……、今の形になった時はなかったものなら……、当時の人は考え付かなかったんじゃないですか?ね?咲耶様!」
「当時考え付かなかった……、なかったもの……」
薊ちゃんの言葉を考える……。藤花学園の歴史は古い。当然古き良き伝統も守っている。じゃあ……、今の学食のシステムが考えられたのはいつだ?そりゃ平安の昔に!なんてことはないだろう。現代になってから作られたに決まってる。でも……、それはもっと……、そう!技術が発達していない頃の話だ!だったら……。
「例えば……、情報端末による事前予約とか?」
「それ!それですよ咲耶様!」
俺の言葉に薊ちゃんが食いついてきた。確かに昔の未発達な技術では何らかの端末による予約とかは考えられていなかっただろう。昔の予約なんて直接出向いて予約するか、精々が電話予約くらい。でも今ならスマホ一つで予約したり、お店が置いている端末から操作したり出来る。
昔は情報伝達速度も遅かっただろう。いつ何が仕入れられるかもわからなかっただろう。だからその日、食材の仕入れが終わってからしかその日のメニューなんて決められなかったはずだ。
でも今は朝、河岸や市場で仕入れてきたものが朝のうちに知らせられる。それに生産や流通が確保されている今なら、定番メニューの食材なら年中確実に入手可能というものもあるだろう。
今藤花学園の食堂では、お昼休みに食堂に来てからメニューを注文する。それが、もし、事前に予約出来るようになれば、シェフはもっと前から調理に取り掛かったり、確実に必要な料理を必要な量だけ準備出来るんじゃないだろうか?
もちろん完全予約制にするのは難しい。そんなに料理を作って確保しておくのは不可能だろう。基本的には今のまま、大量生産体制で大半の生徒に供給しつつ、数量限定などで予約注文が可能になれば……。
「ですがそれですと予約出来る生徒だけ不公平だという話になりませんか?」
「え?五北会が食堂の費用をほとんど負担しているんですよ?五北会が優先的に予約出来たとして何が不公平なんですか?」
う~ん……。それはそうか。じゃあここは五北会だけ特権で優先的に予約出来て、残りの予約は一般生徒達が予約出来るように?
でも……、本来なら一般生徒まで予約出来るようにしてあげるのは善意のはずだけど……、五北会だけ特別扱いだ!とか特権だ!とか批判されそうな気もするけどなぁ……。
「咲耶様の提案で、咲耶様の善意により、五北会の費用でそれらを賄うのです。当然咲耶様が優先されるでしょう!」
「まぁ……、仮にそれで他の生徒達が納得するとしても……、まずはその費用の確保と学園への働きかけが必要ですが……」
俺達だけでそれが良い悪いと言っていても意味がない。学園だって予算もないのにそんな意見を出されても、うん、とは言えないだろう。そもそもお金を出すのも俺達じゃなくて両親達だし……。
「でも方向性は見えてきましたよ。大人に相談する前にもう少し詳細を詰めましょう」
「そうですね……。皐月ちゃんの言う通りです。まずは私達で考えてみましょう」
人に提案するのに、自分達の意見もなく、ただこうして欲しいなどと夢物語のようなことだけ語っても誰も相手にもしてくれないだろう。まずは自分達がどうしたいのか、それをはっきり示さなければならない。しかもそれは荒唐無稽な話ではなく実現可能で、その方法までこちらが提案しないことには相手は動かない。
俺達は食堂でこれからの食堂改革について始業時間ギリギリまで話し合ったのだった。
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ある程度意見が纏まったから……、夕食の席で父と母に頼んでみる。これはお金のかかることだ。そしてお金を稼いでくれているのは父であり、そのお金を共同で保有しているのは母でもある。だからお金を出してくれと頼むのなら、俺が誠心誠意二人に頼むしかない。
「お父様、お母様……、お願いがあります」
「おぉ!おぉ!咲耶がお願いなんて珍しいな!パパが何でも聞いてあげよう!」
この親父はチョロすぎませんかね?そのうち騙されるんじゃないのか?白紙の小切手を切るような真似はしてはいけないぞ。
「まずはどのような話なのか。それを聞かないことには答えられません。話してみなさい」
「はい。実は……」
さすが母は冷静だな。俺は父と母に食堂改革について訴えた。事前予約制の整備や端末の設置、シェフの増員や仕入先の多様化、食材の確保など……。
単純に事前予約を可能にしてより良いメニューを増やそうといっても、しなければならないことも、必要なものも格段に増える。それらを俺達でざっと考え得るだけ考え、実際にどれくらい用意しなければならないか話し合った。
最初の導入コストとしては五北会の費用から考えれば微々たるものだ。何なら九条家や徳大寺家や西園寺家だけでも賄える。金額や費用としてはというだけで、両親が了承すればだけど……。
それよりも問題はランニングコストだろうか。増えたシェフ達のお給料や買い入れる食材が増えることなど、最初にシステムを導入するより将来に渡って増える負担の方が大きいかもしれない。
一見最初に纏まって払うシステム代の方が高いように思うけど、システムは一度導入してしまえば、あとは維持や修理、刷新で済む。端末などの刷新は何年かごとだとすればそのために積み立てておけば年間辺りの負担は少ないだろう。それよりはやはりシェフのお給料とか、食材代が高いと思う。
他の五北会のメンバーの家は食堂なんてほとんど利用しない。ただ善意で食堂に費用を出しているだけだ。まぁ善意というよりは力を見せ付けると同時に恩を売っているのかもしれないけど……。ただそれだけだから、今以上に余計な負担を負うメリットは感じないだろう。
五北会の承認も、学園の承認もない。そもそもするメリットもない……。だからまずは言いだしっぺである俺達が身銭を切らないと誰も納得しないだろう。そのためには両親を説得しないと……。