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第千三百十話「うんがついてる」


 終わった……。やってしまった……。


 俺はただ枸杞が意識を失った時にうっかり漏……、出てしまったんじゃないかと思って念のため少し確認しようと思っただけだった。だけどその確認をしている時に目を覚まされてしまったら確実に俺が意識のない相手のお尻を触っていたと勘違いされるはずだ。俺だって逆の立場だったらそう思うだろう。


 でもだからって枸杞が漏……、出してしまったかもしれないから確認してましたなんて言えるか?言えるわけがない。しかもそれで本当に出てしまっていたのだとしたら枸杞の尊厳まで破壊してしまう。出来るだけこちらは気付いていない振りをして、その間にこっそり本人に始末してもらうのが一番良いはずだ。


「咲耶……、もういいの……。もういいのよ……。そういうこともあるわ……」


「えっ!?それはもう……、やっちゃったものは仕方がないってことですか!?」


 俺がそんなことを考えていると枸杞の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。そういうことっていうのはつまり『そういうこと』だよな?まさか枸杞の方からあっさり認めて告白してくるとは……。俺は思わず枸杞から一歩退いてから自分の手と枸杞のお尻を何度も見てしまった。


 いや……、うんがついてるとか、臭いが移ってたらどうしようとか、さすがにそこまでは思っていない。でもいくら相手の服越しとはいえうんを触ってしまったとしたら普通こういう反応や動作をしてしまうものだろう。


「誰にでもそういう失敗くらいあるわよ。ね?」


「えっと……、そう……、ですね?」


 枸杞はそれはもう悟りきった表情でそう言い切った。これはあれだ。間違いなく放出してしまった人の態度だ。


 確かに誰にでも経験はあるだろう。もちろんおむつをしていたような頃は全員垂れ流しだ。でもそれだけじゃなくて大人になってからも経験したことがある人はかなり多いと思う。


 通勤電車で少しお腹の調子が良くなくて……、でも途中下車してトイレに行くと仕事に遅れてしまう。その葛藤の間に急行電車は発車し停車駅間が長い区間に入った途端にお腹がピークを迎える。次の駅まで遠すぎて耐え切れずに……、なんて経験がある人は一定数いるだろう。


 またそこまで切羽詰った状況じゃなかったはずなのについ出てしまうこともある。家とかでいつでもトイレに行ける状況だったはずなのに、ちょっとガスを出すつもりで実まで出てしまって下着を汚してしまったなんて経験はかなりの人がやらかしたことがあるはずだ。


 放出してしまった時……、人は諦めの境地に至る。周囲は凄い騒ぎになってしまうけど、やらかした本人はもう悟りを開いて御釈迦様になる。枸杞の表情はまさにそれだ。全てが終わってしまった後の何とも言えない開放感と諦めの境地……。


「やってしまったなら……、えっと……、処理をしたりはしなくて良いんでしょうか?私はまた暫く離れておくのでその間に処理しておいてもらうということで……?」


 ただやってしまったからといってずっとこのまま放っておくというわけにはいかない。出来るだけ早く処理しなければ余計後が大変だろう。でも俺がここに居たら枸杞も処理出来ないだろう。さすがに人に見られながら処理するなんて恥ずかしすぎる。


「そうね……。お互いに少し時間を置いて頭を冷やした方が良いかもしれないわね」


「はい……。わかりました……。それでは私は少し離れておきます……」


 完璧に悟りを開いた表情である枸杞がうっすら微笑んでいるようにも見える表情でそう言った。これはもう駄目だ。出来るだけ早く俺はこの場から離れた方が良いだろう。そう判断して俺は一度藪の中へと入りこの場から離れることにしたのだった。




  ~~~~~~~




 正直に言うとどれくらい時間を空けたら良いのか分からない。俺だったらかなり短い時間で脱いで実だけ捨てるだろう。でも硬いうんだったら良いけど柔らかいうんだったら下着まで大変なことになっているかもしれない。枸杞は一人で水場まで行って洗うということは出来ないはずだし替えの下着も持っていないだろう。一体どうするつもりなんだろう?


 そんなことを考えながら周辺を歩いて、気が向いたら少し罠を設置しているとそこそこ時間が経っていた。これくらい経てばさすがに処理も終わっているだろう。


 戻ったらもうこの話題は出さない。人の傷を抉るようなことをしてはいけない。こんな極限の状態で、しかもちゃんとフォローせず枸杞を放置していった俺の落ち度だ。だからこれ以上傷つけるようなことはせずそっとしておこう。


「枸杞……」


「ああ、おかえり咲耶」


 お?何か枸杞の態度が明るい……。これはあれかな。あえて明るく振る舞ってるっていうやつかな。それが何だか余計に痛々しい。でも俺はもう出来るだけそのことには触れないでおこうと決めたじゃないか。だったらこっちも自然に振る舞っておこう。


「え~……、ただいま……。お昼を過ぎてしまいましたが食べられそうですか?」


「そうね。お腹が空いたわよね。それと咲耶、口調が戻ってるわよ」


「あっ……、気をつける……」


 いかん……。何をやっても何を話しても全てうん放出に繋がってしまっている気がして落ち着かない。ご飯を食べるというのもそれに繋がっている話題だ。単純に森の中では出来なくて我慢してるうちに放出してしまったのならまだ良い。でもそうじゃなければ……。


 慣れない森の中で変な物を食べながら過ごしているんだ。お腹を下してしまっているのだとしたらこれから食べる物も気をつけなければならない。じゃあ食べ物も気をつけて選ぼうねという話題になれば当然お腹を下しているという話題に繋がってるわけで……、何を話してもドツボな気がして会話が不自然になってしまう!助けて神様!


「…………」


「…………」


 二人で無言で栄養食品を食べる。何か滅茶苦茶気まずい。でも食事中にあまり会話をするものでもないだろう。というか食事中にまた放出の話になったらと思うと下手なことを言えずに話せない。


「咲耶……、そんなに気にしなくても思春期なら誰にでもあることよ。私は気にしてないから、ね?」


「え?思春期は関係ないのでは?」


「え?」


「……え?」


 おかしい。何かが噛み合っていない。しかも枸杞はまるで俺に気を使っているかのようだ。普通こんな時は俺が枸杞に気を使う場面だろう。


「え~……、枸杞が頭を打って倒れた瞬間に漏……、出してしまった話ですよね?」


 ええい!ままよ!このままでは埒が明かない!俺は思い切って枸杞に直球で聞いてみた。


「…………は?はぁっ!?えっ!?ちょっ?待って……。待って。どういうこと?」


「いや……、ですから……」


 俺は何と言ったものかと思いながらも枸杞が朝から我慢していて、さっき倒れて頭を打った拍子にぶっぱしてしまったことを伝えてみた。


「いや!いやいや!違うから!私はてっきり咲耶が私のお尻に興味があって、意識がない間に触ってしまったことを気にしてると思って……」


「はぁ?いくら私でも意識のない相手の体を無断で触ったりはいたしませんよ……」


 枸杞は俺のことを何だと思っているんだ。確かに俺は中身が男で女性に対して性的興味がある。でも意識のない相手に悪戯しようなんて思わない。それに枸杞は頭を打って気絶していたんだ。そんな相手にそんな危険なことはしない。


「咲耶こそ私を何だと思ってるのよ!?いくら何でも漏らしたりしないわよ!?」


「あ~……。ですよね~……。失礼いたしました……」


「あっ……。私もごめんなさい……。咲耶が意識のない相手に悪戯するような子じゃないのは分かってるわ」


 お互いに頭を下げ合う。どうやら俺達はお互いにとんでもない勘違いをしていたようだ。


「ぷっ……」


「あはっ……」


「うふふっ!」


「あはははっ!」


 そしてお互いに顔を見合わせて笑い合った。実に滑稽だ。今から冷静に考えたらあまりにおかしすぎる。でも自分が当事者としてその場に居たらこんな勘違いをしてしまっても止むを得ない。ちょっとした勘違いや思い違いがどうしてこんなことになるのか。でも実際にこうなるのだから面白い。


「は~……。笑った笑った」


「ふふっ。やはりお互いにちゃんと伝えないといけませんね」


「まったくね。あと咲耶、口調がまた戻ってるわよ」


「あっ……。ごめん」


 俺の方から砕けた口調でいこうと言ったのについついお嬢様っぽくしゃべってしまう。まさか俺の身にはもうお嬢様らしい口調や仕草が染み付いて……。


 いやいや!違うから!俺は男の中の男だし!ただちょっと演技をしてお嬢様らしく振る舞ってるだけだ!相手が学園の教師だからと思ってつい演技が出てしまうだけで俺の中身はこんなにも男らしい口調だから!


「それで枸杞はこの食事で大丈夫?」


「え?ええ。あと何日かくらいなら同じ物でも大丈夫よ」


 お腹の調子が悪いわけじゃなくて良かった。そのついでに食事についても話しておく。俺だけだったら食料は現地調達でもなんとかなる。でも流石に枸杞に現地調達の食料を食べさせるというのは難しい。例えば俺なら蛇は貴重なタンパク源だけど枸杞に蛇を食べさせるのは無理だろう。


 一応栄養食品をバランス良く摂っているから栄養面での心配は今の所ないと思う。でもゼリー状の物ばかりとか、クッキーやビスケット状の物ばかり食べているのはあまり良くない。それにそういう物ばかりだとお腹の調子も悪くなってくるだろう。


 そう長い時間をかけるつもりはない。敵も馬鹿じゃないから明日の夜くらいには奇襲を仕掛けてくるんじゃないかと思う。俺達の車がこの山の辺りで消息不明になっていることは向こうも把握しているだろう。そこから近辺を順番に捜しているとして早ければ今夜、遅くとも明日の夜には俺達を見つけて襲ってくると思う。


 明日、明後日で決着がつくのならば食料の心配はない。二人で三食食べても買い込んだ食料は十分足りる。栄養面も心配はない。心配があるとしたら食べ物の偏りによってお腹の調子が悪くなるとか、食物繊維不足で便通が乱れることくらいだろうか。それも一日、二日のことならどうにかなるけど、万が一敵がやってくるのが遅ければあと何日こんな生活を送ることになるか分からない。


「早期決着のために早ければ今晩、遅くとも明日の夜には追っ手が来るようにしたつもりだけど……、万が一もっと長引いても耐えられそう?」


「うん……。私のせいだしね。むしろ咲耶まで巻き込んでしまってごめんなさい」


 俺は一週間くらい山に篭ってもどうってことはない。たぶん本気になれば一ヶ月でも二ヶ月でも山に潜伏出来るだろう。そもそも俺の当初の目標は近衛家や鷹司家に追われることになっても山でも海でも潜伏して逃げ切れるようになることだったわけだし。


 師匠と百地流のお陰で今の俺はただ逃げるだけとか、山生活を送れというだけならいくらでも出来る。もちろんそれだけ山生活を送ればお嬢様らしさは全て失われるだろう。お風呂にも頻繁に入れずに薄汚れるだろうし服もボロボロになる。全身汚れだらけで着ている物も襤褸になって九条家のお嬢様としての尊厳は失われる。でも逃げるだけなら可能だ。


 今の状況は枸杞を連れている上にバイオレンスルートに入ってしまっている。ただ逃げれば良いというものじゃない。バイオレンスルートでは逃走を諦めてというか、散々逃避行をした上で舞い戻って黒幕を倒さなければならない。これがバイオレンスルートである以上は黒幕、西園寺実頼との対決は避けられないだろう。


 そもそもずっと逃亡生活を送るつもりもない。そのうち元の生活に戻ろうと思ったら結局実頼との対決は避けられないわけで、それならさっさと決着させる方が良い。そのために敢えて俺達の居所を少し遅れて向こうが把握出来るように逃げてきたんだ。


 本気で逃げて完全に姿をくらませるつもりならこんな方法は取らなかった。枸杞の車で逃げればナンバーから大まかな場所を特定されてしまう。それが分かった上で、いや、敢えてこの場所を見つけさせて誘い込むために足取りが分かるように逃げてきたんだから……。


「枸杞のせいじゃない。悪いのは相手だ」


「咲耶……、ありがとう……」


 おためごかしでも嘘でもなく俺は本心からそう思っている。この日も枸杞と一緒に抱き合って眠って寒さを凌いだ。夜に奇襲してくるかと思って警戒していたけどそんな様子もなく、俺達は逃亡生活三日目の朝を迎えたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] おっ、咲耶様の勘違いが・・・誤解が解消された! やはりちゃんと話し合うことは大切だなあ
[良い点] つい口調が戻る咲耶様。 やはりいつもの口調だと落ち着く。 [気になる点] 敵が来ないのか、トラップだらけで来れないのか…
[良い点] 枸杞の尊厳はギリギリ守られた! [一言] 一方その頃敵の追っ手は……
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