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第百三十一話「男装の麗人」


 入り口から入って来た一団に、パーティー参加者達の視線は釘付けになった。理由はもちろん五北家のうちの四家もの子供達が集まっているからというのは間違いない。それに連れているのは七清家のご令嬢や、七清家に準じる正親町三条家のご令嬢がいるからでもある。


 しかしそれだけではない。それらも確かに注目に値することではあるが何よりも視線を集めていたのは一組の男女だった。


「あれが二条家のご子息か……。本当にあのような格好を……」


「二条家のご子息をリードしているのは……、あれは……」


「九条家の……」


 桜はすでに社交界デビューを果たしている。そして常に女装だ。その噂はあっという間に社交界に広がりほとんどの者は、直接見たことはなくとも話としては知っている。


 しかしいつもは一人で女装している二条桜が今日は男装の麗人にエスコートされていた。エスコートしている方が女性であることは明らかだ。その人物がかの有名な九条家のご令嬢であると知らなくとも一目見ればそれが女性であるとすぐにわかる。


 長い髪を纏めて丸めて巻き上げ、ややサイドテールのように垂らしている。セミフォーマルの男装ではあるが、まだ小学生とは思えない艶のある麗しい顔は誰がどこからどう見ても女性だとわかってしまう。男装してキリッと格好良く決めている。しかしその格好良さがさらに少女の美しさを際立たせていた。


「かわいい……」


「いっそ美しいとすら言えるわね」


 会場中のあちこちからほぅっと溜息が漏れる。特に女性陣から九条咲耶に熱い視線が送られる。各家の子供達は可愛い可愛いと言い合い、母親達はうっとりとその姿を眺める。女性だけの歌劇団の男役にうっとりするように、女性はそういう者に惹かれてしまう部分があるのかもしれない。


「皆様、本日は鷹司家のパーティーにお集まりいただき……」


 会場の中央に到着した一団の中から鷹司槐が一歩前に出て挨拶を始める。主催者である槐はフォーマルを着ている。しかし……、近くにいる九条咲耶が眩しすぎて主催者である槐を完全に食ってしまっていた。大人も子供も女性達の視線を釘付けにしているのは男装した咲耶であり、あまりに目立ち過ぎている。


 鷹司槐の挨拶が終わり、人が動き始めると一斉に咲耶の周りに人が集まる。女性ばかり……。


「ごきげんよう九条咲耶様!そのお姿とっても神々しいです!」


「こっ、こうごうしい……?ありがとう……?」


 いきなり集まってきた女性達にたじろぐ咲耶だが、その姿すらビシッ!と決まっている。本人の気持ちとしては驚いてたじろいでいるつもりだが、それを見ている女性達からすれば余裕の態度で女性と接しているようにしか感じられない。


「もー!何なのよ!この女達は!普段咲耶様に近寄りもしないくせに!」


「本当に……、それだけ咲耶ちゃんの人気が上がっているのは良いことですけど……、少し腹立たしいですね」


 咲耶に殺到してきた女性達に押し退けられた薊と皐月は少し離れてその様子を見ていた。いつもは無視しているくせに今頃咲耶様の魅力を理解して殺到してきたのかと思うと腹立たしい。


「あーん!咲耶お姉様は私のパートナーですよー!」


 そして桜は何とか女性達の間に割って入ろうとしていたが……、無理だった。こういう時の女性のパワーというのは信じられないほど凄まじい。


 例えばバーゲンやセールに群がる女性達……。あるいはアイドルや俳優に群がる女性達……。どれもとんでもないパワーを秘めており、普段か弱い振りをしている女性でもその時ばかりは男性を凌駕し、おばちゃん達とも渡り合う。それは普通の男性では到底太刀打ち出来るものではなかった。


 カシャッ!カシャッ!カシャッ!


「女性に囲まれて余裕の対応をする咲耶たんいい!いただき!」


「ふん!簡単に掌返しをするような者達に咲耶ちゃんが靡くはずがありません!」


 茅は最初からそのような人の渦に入るつもりはなく、少し離れた所からその様子を冷めた態度で見詰めていた。そして本来の家格では呼ばれないはずの杏は、茅の口添えで記者としてパーティーに入り込み写真撮影をしていた。


 もちろん写真を公開する場合は一度鷹司家が検閲して、写っている人の同意がない物に関しては勝手に顔や姿を公開しないことは約束させられている。杏はそれを横暴だの報道規制だのと抗議したが聞き入れられず、認めないのならパーティーに入れないと言われたら従うしかない。


 ただし例外が存在し、咲耶に関しては茅が許可すれば公開してよいこととなった。


 槐も何故茅が許可したら咲耶の写真を勝手に公開しても良いことになっているのかはわからないが、茅が堂々と、さも当然のように、そしてそういう取り決めや約束や権限でもあるかのようにそう言い張れば、それに頷くことしか出来なかった。


 それに……、それはそれで面白そうだと槐は思った。別に咲耶の写真が公開されても槐には何の不利益もない。もし何か困るとしてもそれは咲耶であって槐ではないのだ。だから槐もその条件を飲んだ。それで何か面白いことでも起こらないかなという期待もある。


 パーティーが始まって以来暫くの間は咲耶にご令嬢や奥様方が群がるという状態が続いたが、ダンスの時間になりホールの中央が広く空けられる。最初に踊るのはもちろん一緒にやってきたペアだ。


「もう!咲耶お姉様!桜のこと放ったらかしでしたよ!」


「ごめんなさい。それでは桜様、お手を……」


 ふっと微笑んで手を取る咲耶に桜はドキッ!としてしまった。憧れではあったが、年上のお姉ちゃんとか親戚のお姉ちゃんという感情しかなかった。しかし……、今、桜は別の扉を開いた。


 恋愛感情が、とかそういう話ではない。桜は確かに可愛いものや綺麗なものが好きだ。その気持ちは今も変わらない。だが……、何も女の装い、女装だけが可愛いわけでも綺麗なわけでもない。真に美しい人は例え男装していようとも美しい。


 肝心なのは見た目や表面的な装いではなく、その内に秘めたる内面だ。その内側が美しければ、例えどのような姿をしていようとも、それこそボロを纏い薄汚れていようとも美しい。


 桜は今夜そのことを知った。




  ~~~~~~~




 ダンスが始まると周囲でそれを眺めていた大人達から感嘆が漏れる。咲耶は見事に桜をリードし、男性パートを完璧に踊っている。周りで踊っている他の男児達が引き立て役の芋のように見えてしまう。


「いたっ!近衛様!足踏んでます!」


「お前が合わせろ!」


 近衛伊吹はパートナーの女の子の足を踏む始末。とてもダンスが上手いようには見えない。今までのパーティーでは確かにうまく踊っていたと思ったのに、今日は相手が悪いからだろうか?伊吹のペアの相手もまた自己主張の強いと噂の徳大寺薊嬢だ。そんな二人がうまく踊れないのは止むを得ないのかもしれない。


 鷹司槐と西園寺皐月のペアは無難。確かに大きなミスもないが目を惹くものもない。卒なくこなしているのはさすがというべきかもしれないが、見ていても上手いなという感想以外は出てこない。


 そして……、もう一組、意外なペアが注目を集めていた。九条良実と正親町三条茅のペアだ。特に話題になることもなかったそのペアは、とても華のある踊りをしていた。独特のアレンジが加えられているが、それは派手ではあるが嫌味ではなく、非常に目を惹き目立つ。


 咲耶・桜ペアが優雅で美しい踊りだとすれば、良実・茅ペアは激しく情熱的だ。その二組だけは群を抜いて目立っていた。一曲目が終わり、曲調が変わってもその二組が目立つことは変わらない。三曲目が終わって、惜しまれつつもペアが変わる。その二組には大人達から盛大な拍手が送られた。


「咲耶様!次は私と踊ってください!」


「ずるいわよ!次は私とお願いします!」


「ふんっ!急に咲耶様に擦り寄って!私は『藤花学園ライフ!』の第一回咲耶たん特集の時からのファンなのよ!貴女達とは年季が違うわ!」


「あら!それで言うのなら私は去年の運動会の後からファンですわよ!」


「何よ!」


「やる気!」


 次の相手になるべく咲耶の周りに一斉にご令嬢達が集まり始めた。しかし咲耶は慌てることなく余裕の流し目で微笑みながらご令嬢達を止める。


「ごめんね。次のダンスのお相手はもう決めてあるんだ」


「「「「「あぁ~ん!咲耶様~~!お待ちになってぇ~!でも素敵~~~!」」」」」


 群がるご令嬢達の誘いを断ると咲耶は薊と皐月の前に立った。


「薊ちゃん、皐月ちゃん、私と踊っていただけますか?」


「三人で……、は無理でしょうね。それでは薊さん、お先にどうぞ」


「えっ?良いの?皐月は?」


 三人で踊るのはさすがにおかしい。しかし咲耶はどちらかを先にとは選べなかった。だから二人に声をかけたのだが皐月はあっさり先を薊に譲った。


「別に後でも先でも変わりませんもの。咲耶ちゃんと踊れるのなら……、あとでゆっくりじっくり踊るのも良いでしょう?」


「あっ!それじゃ私が後で!」


 何故か皐月が先を譲ると薊も後に回りたがる。人が選んだ方がより良く思えてしまうのは人の心理だろうか。


「あら?じゃあ私が咲耶ちゃんと先に踊るわ!ね?」


「茅さんは二人の後で……、最後をお願いしようと思っていたのですが……」


 咲耶は少し肩を竦めて目を瞑る。結局何やかんやと揉めて、薊、皐月、茅の順番で踊ることになった。


 最初に踊り出した薊と咲耶は、とてもさっきは足を踏んだの踏まれたのと言っていたとは思えないほどに、完璧に、情熱的に踊っていた。派手な薊に相応しく、薊を引き立てるように咲耶が踊る。先ほどの優雅な踊りと打って変わったその姿に観衆は驚いた。


 次に踊った皐月とはまた優雅に、美しく。槐と皐月が踊っている時はミスはないが目立つ所もない無難な踊りだと思った。それが咲耶と踊ればこれほどまでに変わるのかと驚かずにはいられない。


 そして最後に登場したのは茅だった。茅との踊りはまた激しいものかと思ったが……、しかし今度の茅はとても艶のある踊りで、男達の視線を独り占めしてしまった。先ほどの情熱的な踊りとは違い、艶やかに、色気たっぷりに、とても中学生とは思えないその色気に惑わされる男が続出してしまった。


 カシャッ!カシャッ!カシャッ!


「いい!いいよ咲耶たーーん!咲耶たん萌えーーーっ!」


 ダンスを断られたご令嬢達は……、悔しがるどころかますますその姿に見惚れてしまう。自分達がダンスを断られるのも仕方がないと思ってしまった。認めてしまった。あまりに格が違いすぎる。


 でも……、ほんの少しだけ……、自分も咲耶様と踊ってみたい。それはまるで白馬の王子様が現れることを夢見る乙女のように……。


 そんなものがいるはずがない。それは御伽噺だ。それがわかっていても……、少しだけ……、自分にも王子様が現れないかと少しだけ期待してしまう少女のように……。


 結局茅と踊り終わっても踊りの申し込みが殺到した咲耶は、断りきれずに何人かとだけ一曲ずつ踊った。幸運にも選ばれたご令嬢達は杏に写真を頼み、撮影してもらいそれを一生の宝にした。


 かなり踊った咲耶はついには壁際に下がり、パーティーもやがて終わりを迎える。最初は男装したご令嬢と女装した御曹司が現れて動揺したパーティーだったが、終わってみれば誰もが咲耶に魅了された。興奮さめやらぬうちに解散となったのだった。




  ~~~~~~~




 日曜日を挟んで週が明けた月曜日、藤花学園の玄関ロビーには物凄い人だかりが出来ていた。


「さぁさぁ!今週の『藤花学園ライフ!』は鷹司様のパーティー特集だよー!しかも!このパーティーでは物凄い驚きの連続だったよ!気になる人はこの瓦版を見ておくれー!枚数には限りがあるよー!早い者勝ちだー!」


「一枚ちょうだい!」


「こっちもよ!」


「おーい!こっちもだ!」


「へい!」


 杏は次々と瓦版を配っていく。今週号は土曜日にあった鷹司家のパーティーの様子が特集されていた。当然そこには男装して踊っている咲耶の姿がたくさん載せられていた。


「きゃー!素敵!」


「はぁ……、私もこの咲耶様とおどりたーい!」


「露出は少ないけど……、これはこれで……」


「あっ!男子さいてー!露出とか言ってるー!」


 瓦版を受け取った者達はその写真や記事の内容を見て感想を話し合う。確かに咲耶は男装しているために肩どころか手や足ですらほとんど出ていないが、それはそれで何かこう……、クルものがある、と男子達は話し合っていた。それが高じて変な扉を、つまり男同士の扉を開けなければいいが……。と心配する者も一部にはいた。


「やってるわね。私達の分もあるんでしょうね?」


「もちろん薊様の分はありますよー!はいどうぞ!それからこれは他の方達の分です!」


 いつも瓦版を配り出した後で登校してくる薊は、玄関ロビーで瓦版を受け取っていくのが役目になっていた。他にもグループの子達の分もまとめて受け取る。普通はそうやってまとめて受け取ることは出来ないが、記事の対象である咲耶様とそのグループだけは、いや、それに加えて写真の加工を行なっている茅だけは、この場に来なくとも新聞が渡されることになっている。


「ふーん……。まっ、まぁ?良く出来てるじゃない」


 いつも皆より少しだけ早く新聞を読める薊は、掲載されている咲耶と踊る自分の写真を見てニヤニヤしながら教室へと向かったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 杏が大気圏を突破した
[一言] 気づいたら茅さんが本当の家族(義姉)になってる未来がありそう(゜ω゜)
[一言] 平和だなぁ…杏ちゃんもお嬢様のはずだけど口調それで良いのか
感想一覧
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