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第千三百一話「九条様とデート気分」


 大体百円っぽい雑貨屋に来た向日葵は製菓コーナーを探していた。コーナー自体はすぐに見つかったので目当ての商品を探す。


「う~んと……」


「おや?」


 向日葵は何気なく商品を手に取ったりしながら目的の物を探していた。別に手に取ったからといって買おうと思っているわけではない。ただ興味があったり手持ち無沙汰なので触ったりしているだけだ。しかしそれを見て九条様が反応された。


「このパレットナイフは駄目ですね」


「え?」


「パレットナイフはもっとこう……、柔らかさというかしなりがある方が良いです。このパレットナイフはカチカチで曲がらないので使い難いと思いますよ」


 向日葵が何気なく手にしていたパレットナイフを見て九条様がそう言ってくださった。確かに硬い。それが良いか悪いかは向日葵には分からないが、デコレーションケーキもプロ並である九条様がそう言われるのであればそうなのだろう。ただ向日葵はこれを買おうと思って見ていたわけではない。


「あぁ……。えっと……、私はさすがにデコレーションケーキとかは作れませんから……」


「あっ……。すみません。出すぎたことを……」


 手に持って弄んでいたパレットナイフを戻すと九条様が頭を下げられた。向日葵は慌てて訂正する。


「いえ、私の方こそすみません。これを買いたかったわけじゃなくて何気なく触ってしまっていただけなんです」


「そうでしたか」


「「…………」」


 折角九条様が親切にアドバイスしてくださったというのに余計なことを言ってしまった。気まずい空気の中、それでも買い物をしないわけにはいかずに向日葵は目的の物を選んで籠に入れていく。


「それではお会計に行きましょうか」


「はい」


 一通り買いたい物は選び終えた。清算をしようと会計に向かうと九条様が驚かれたような表情をされていた。一体何事かと向日葵は思ったがその反応を見てようやく分かった。


「……え?あの……、これはどうやってお会計すれば良いのでしょうか?」


「え?九条様はセルフレジは初めてですか?」


「セルフレジ?」


 九条様はポカンとされている。九条様ほどの方がセルフレジのような店など利用したことがないのは当然だ。向日葵は今更そのことに気が付いた。


「ふふっ。やっぱり九条様はこういったお店には来られたことがないんですね」


「なっ!?あっ、ありますよ!知っております!セルフレジですよね?もちろんよ~く存じております!それでは私がひまりちゃんの代わりにセルフレジでお会計をいたしましょう!」


「え?あっ……」


 九条様はいつも店員が付きっ切りで全てしてくれるような店にしか行かれたことはないだろう。だからこういった庶民的な店は珍しいに違いない。そう思って少し微笑ましい気持ちになった。その反応を見て勘違いされたのか九条様は籠を持つと自分でレジをすると言って清算機の前に立った。


「えっと……、えっと……、あっ!こうですね?」


 ピッ!


「やった!やりましたよひまりちゃん!」


「ふふっ。ええ、うまく出来ていますよ、九条様」


 レジを操作してバーコードを読み取った。初めてセルフレジでバーコードを読み込ませた九条様はまるで無垢な少女のように無邪気に喜んでおられた。それを見て向日葵も、周りの店員や客達も、全員がほっこりした気持ちになってそれを見守る。


「あっ……」


 それに気付かれたのか、九条様は頬を赤らめられて少し恥ずかしそうな表情をされると再び何でもなかったような顔をしてレジに向き合われた。そして真剣な表情をされるとまた商品を通された。


「コホンッ……。え~、それでは続けていきますね。えいっ!」


 ピッ!


「あはっ!やりました!今度は一回で通りましたよ!見ていただけましたか?」


「はい。それはもう」


 九条様は何でも出来る。それは間違いない。しかし知らないことまで知っているはずもないし、やったことがないことの要領が分かるはずもない。一度でもやればすぐに何でも身に付けてしまうのは天賦の才だと思う。しかし九条様が今何でも出来るように見えるのはそれだけ数多くのことにチャレンジして身に付けてこられたからだ。今の九条様があるのは九条様の努力の結果でしかない。


「本当に凄いなぁ……」


 向日葵はお嬢様でありながらこんなことにも挑戦していく九条様に心からの尊敬の眼差しを向けていた。そしてレジの清算を終えて店を出た時、後ろから凄い声が聞こえてきた。


「あっ!思い出した!和洋の色々な楽器で演奏してるガールズバンドの子だ!」


「「「「「ああぁ~~~~~っ!」」」」」


 店員や客達も今頃九条様の正体の一部に気が付いたらしい。一般の人にとっては九条様はガールズバンドでテレビに出たことがある人というくらいの認識だろう。それももう何年も前にたまたま少し何度か出たことがあるだけだというのに未だに話題になっている。覚えている人も多い。


 そんなある意味有名人である九条様が来店したことでちょっとした騒ぎになっている『ダイタイ百円ソウ』を後にして二人は街を歩き始めたのだった。




  ~~~~~~~




 街を歩いていると賑やかになってきていた。まだお昼の少し前だが店は徐々に混み始めている。本格的に混雑する前に先に食べに行く人が集まり始めているからだ。


「良い匂いがしてきましたね。まだお昼には少し早いですが昼食にしましょうか?」


「え?あっ……。えっと……、私はもともと外食せずに買い物を済ませてすぐ帰るつもりだったんですけど……」


「それはこの後に何かご予定がおありなのでしょうか?」


「いえ……、予定はありませんが……、外食すると費用が嵩むので……」


 九条様にお昼を誘われたが向日葵は元々外で昼食を食べるつもりではなかった。手早く買い物を済ませてお昼の時間中には寮に戻って寮の食事を摂るつもりだったのだ。安い店もあるとはいえ余計なお金は使いたくなかった。しかし九条様に説得されて奢ってもらうことになった。


「えっと……、それではあちらで……」


「え?あそこでよろしいのですか?」


 九条様が奢ってくださると言われたので向日葵は目に付いたファーストフードチェーン店『教祖様バーガー』を指差した。そして……。


 その日、向日葵は思い出した。ファーストフードとはお手軽であってもお手頃ではない恐怖を……。他所の子のラッキーセットを見ながら羨ましそうにしている弟妹達にラッキーセットを買って上げられない屈辱を……。


「あっ!すみません!やっぱりあっちで良いですか?」


「え?えぇ……、って、えぇっ!?あっ、あそこですか!?」


 クルリと向きを変えて向日葵が指差したのは牛丼チェーン店だった。あそこならワンコインプラス少しで二杯頼める。小さい弟妹達なら一杯を二人で分けても丁度良い。あそこなら全員が食べられる!しかしその情報は少し古い。値上げに次ぐ値上げで今やその値段は過去の物となっているが、最近こういった店に行っていなかった向日葵はそこまでは把握していなかった。


「ひまりちゃん?もしかしてなるべく安くあげようとか思っておられませんか?」


「あっ……、あははっ……」


 九条様に指摘されて向日葵は苦笑いしか出来なかった。もちろん九条様の懐を心配しているわけではない。ただ悲しいかな向日葵に染み付いた習性のようなものだ。それがどうしても安くてたくさん食べられる物を選ばせてしまう。


「はぁ……。それではお店は私が選ばせていただきますね!」


「あっ!ちょっ!九条様!?」


 九条様は呆れたとばかりに肩を竦められると向日葵の手を取って歩き始めた。まるで恋人同士のように手を繋いで歩いている。そのことにばかり意識がいっていた向日葵は九条様がどこへ向かっているのか。どんなお店に入ったのか見ていなかった。


「ふぅ……。とりあえず今日はここにしておきましょうか」


「って、えっ!?こっ、こんなお高そうなお店なんですか!?」


 やってきたのは高級そうなイタリアンの店だった。向日葵や花梨だったら絶対に選ばないし入らない店だ。しかし九条様はもうここだと決めてしまわれている。今更出て行くわけにもいかない。


「ここはリストランテではなくトラットリアなのでそれほど畏まらなくとも大丈夫ですよ」


「はぁ……?」


 正直何を言われているのか良く分からない。ただ周囲はそれなりに着飾った客層ばかりで先ほどのハンバーガーショップに集まっていたような馬鹿騒ぎしていた頭の悪そうな若者達や、牛丼チェーンに居たようなスーツや作業着の男性中心の店とは明らかに雰囲気が違う。


 向日葵には何が何やら分からないうちに九条様の真似をして注文も終わり、気が付けば食事が始まっていた。


「いかがですか?」


「とっても美味しいです!でも……、少しマナーに自信がないです……」


 向日葵がいつもパーティーなどである程度それらしく振る舞えているのは事前に予習しているからだ。花梨にも習っているし九条家のパーティーなどはそのパーティーで必要なマナーを中心に事前に教えてくれている。予習しているから何とかなっているのであって、そういった事前情報なしでいきなりマナーを守ろうと思ったら向日葵には自信がなかった。


「それほどガチガチに考えなくとも大丈夫ですよ。マナーに厳しい格式のお店でもないようですし、そもそもひまりちゃんはマナーもちゃんと出来ておりますよ」


「そんな……、私なんてまだまだで……」


 九条様は向日葵が自信を持てるようにそう言ってくださっているが向日葵は自分なんてまだまだだと思っている。ただそう言われて周囲を見てみれば、お洒落でマナーもきちんとしていると思っていた他のお客さん達も、割と普段着に近い服装だったり、向日葵から見てもマナーが出来ていない人も多い。


 雰囲気に呑まれていただけでむしろ周囲から見れば向日葵の方が綺麗にマナーが出来ていると思われていた。九条様の一言で周囲を見れる余裕が出来た向日葵はそこからは落ち着いて食事を楽しめたのだった。




  ~~~~~~~




「椛、お会計はお願いしますね」


「かしこまりました」


 食事を終えて会計を済ませる。九条様は日頃あまり現金を持ち歩いていないことは以前から聞いて知っている。椛さんがカードで支払いを終えて店を出た。


「あのお店はいかがでしたか?私も初めて来たのですが……」


「はい!とってもおいしかったです!」


 それは嘘ではない。最初こそ緊張していたが周囲も自分とそう変わらないと気付いてからはリラックスして食事を楽しめた。味は寮や学園の食堂には及ばないがそれでも向日葵にとっては十分に美味しいお店だったと言える。


「そうですか。それは良かったです。それではお買い物の続きと参りましょうか」


「はい。後は生活雑貨というか日用消耗品を……、あっ」


「え?」


 残る買い物は日用消耗品だけだ。それらを買いに行こうと言おうとした時、向こうから歩いてくる相手を見て向日葵が声を上げた。それにつられて九条様も振り返る。


「うふふっ。御機嫌よう、咲耶ちゃん、藤原さん」


「まぁ!御機嫌よう椿ちゃん。奇遇ですね」


「えっと……、御機嫌よう、北小路さん」


 向こうからやってきたのは椿だった。向日葵はなんとなく偶然ではない気がしていたが九条様は偶然だと思っているらしい。そして椿もそれに合わせて偶然を装っていた。


「そうでしたか。お二人はこれから雑貨を買いに。それは私も同行して良いでしょうか?」


「私は構いませんが……」


 これまでのことを簡単に説明すると椿もついてきたいと言い出した。九条様がチラリとこちらを見ているので向日葵も頷いた。


「私も大丈夫です」


「そうですか。ありがとうございます。お二人のお邪魔をしてしまったみたいですみません」


 まさかここで断れるはずもない。そして椿の目は若干笑っていない気がした。とりあえず三人で日用消耗品を売っている雑貨店にやってきた。


「え~……、ここはランジェリーショップでは?」


「え?ええ。そうです。日用消耗品を買おうと思って……」


 やってきたのは九条様が言われる通りランジェリーショップだった。ただ高級な専門店と違い若者向けのこういった店にはそれ以外にも色々と置いてある。このお店で向日葵が欲しい目的の物は全て揃うのでこの店だけで残りは全部済ませるつもりだった。


「さぁ咲耶ちゃん、入りましょう?」


「うぅ……」


「……?」


 何か中々店に入ろうとしない九条様を椿が引き摺るように店に押し込み、何故か顔を赤くされている九条様にあれこれと下着を見てもらっていた。椿が背中を押してくるので向日葵も仕方なく九条様に悩んでいる下着を見せて選んでもらったりしている間にあっという間に時間が過ぎ、目的の下着の替えやタオルを買ったので店を出た。


「ありがとうございました、九条様、北小路さん」


「いっ……、いえ……」


 九条様はまだお顔が赤い。もしかして熱でもあるのかもしれない。それなのに自分の買い物についてきてくださったことに向日葵は感謝していた。


「それは良いですが……、藤原さん?こっそり抜け駆けは良くありませんよ?うふふっ」


「――ッ!?はっ、はひっ!」


 九条様が見ていない隙にそっと目が笑っていない椿に耳元でそう囁かれて、向日葵はカチコチになりながら九条様に送られて花寮へと帰ったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 咲耶様とお買い物してー、咲耶様と楽しくお食事してー これは間違いなくデート・・・デートですよ <0> _ <0> 見ているぞ・・・ 違うんです、これは運命力だけで引き当てただけで、抜け駆けと…
[良い点] あまりにもタイミングが良い登場! 椿ちゃん…もしかして見てた? 咲耶様にセクハラできる場面で出てくるのはさすがだ!
[一言] 椿ちゃん恐ろしい子
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