第千三百話「ひまりちゃんとデート」
ひまりちゃんがまた絡まれてはいけない。ひまりちゃんは主人公体質だから絡まれたり巻き込まれたりしやすい。そんなわけで俺も同行してお買い物に行くことになった。
「それでひまりちゃんはどこで何を買われる予定だったのでしょうか?」
「え?あっ!そっ、そうですね……」
俺が声をかけると驚いたようにしどろもどろになっていた。もしかして言い難い物を買おうと思っていたのだろうか?それなら俺が同行を申し出た時に断りそうなものだ。それがないということは俺が同行しても大丈夫なんだと思うけど……。
「えっと……、お菓子作り用の調理器具と材料を少々……、あと日用消耗品も買い足そうと思っていたんですけど……」
「――ッ!?」
ひまりちゃんの言葉に今度は俺の方がぎこちなくなってしまった。
「そっ……、そうですか……」
「はっ……、はい……」
「にっ……、日用消耗品……」
日用消耗品ってあれだよな?歯ブラシとかそういう意味だよな?違うよ。俺が思ってるのとは違うはずだ。まさか下着とかじゃないはずだ。
「あっ……、あの?九条様?」
「ひゃいっ!」
「きゃっ!?」
俺が一人で自分の世界に入って考え事をしているとひまりちゃんに不審がられてしまった。それで裏返った声が出てしまったんだけどそのせいでひまりちゃんを驚かせてしまったようだ。
「あっ!あっ!すっ、すみません!大丈夫でしたか?」
「あっ、はい。大丈夫です。少し驚いてしまっただけです……」
「そっ、そうですか……。あははっ……」
「あははっ……」
何かひまりちゃんの態度が滅茶苦茶余所余所しい……。やっぱり……、日用消耗品って下着なんじゃ?そして俺の中身が男だと知っているから、下着を買いに行くのに男が同行しているからこんなぎこちないんじゃないのか?
それなら最初に誘った時に断れば良い?そんなのひまりちゃんの性格だったら無理だろう。友達が同行を申し出てくれたのに無下に断れるような子じゃない。本当は嫌だと思っていても了承してしまうのがひまりちゃんという子だ。
「あっ!えっと……、まずはあそこの雑貨屋さんへ行きましょう!」
「え?あっ、はい。そうですね」
何か気まずいまま歩いているとひまりちゃんが雑貨屋を示した。元々は大体百円均一だったお店だ。今では百円以外の商品がかなり多くて最早百円均一のお店ではない。お店の方も百円均一ショップという看板はもう掲げていない。だから『ダイタイ百円ソウ』だ。
「へぇ……。うわぁ~」
「あっ。九条様は『ダイタイ百円ソウ』は初めてですか?」
俺が店内を見回しているとひまりちゃんがそんなことを言ってきた。
「わっ、私だってこういったお店に来たことくらいありますよ!」
「ふふっ。そうですか」
ひまりちゃんに笑われた!?俺だって前世は一般庶民だったんだ!ここ以外の百円均一ショップも含めてお世話になっていた!ちゃんと来たことあるんだからね!
「えっと……、製菓コーナーはこっちですね」
「うわぁっ!うわぁっ!」
なんか俺の知ってる『ダイタイ百円ソウ』と違う!品揃えが!お値段が!何もかも違う!
いや、来たことあるよ?本当だよ?前世の時は来たことがある!……たまにだけど本当にあるんだから!
「う~んと……」
「おや?」
ひまりちゃんは製菓コーナーを見ている。何かお菓子作りをする調理器具でも探しているのだろうか?ひまりちゃんがパレットナイフを持っていたので俺も何気なく手に取ってみた。
「このパレットナイフは駄目ですね」
「え?」
「パレットナイフはもっとこう……、柔らかさというかしなりがある方が良いです。このパレットナイフはカチカチで曲がらないので使い難いと思いますよ」
ナッペする際のパレットナイフはこう……、しなるというか曲がるというか、そういう柔らかさがないと使い難いと思う。こんな硬いパレットナイフではプロのパティシエでもナッペしにくくて失敗するかもしれない。少なくともいつものように綺麗にとはいかないだろう。
「あぁ……。えっと……、私はさすがにデコレーションケーキとかは作れませんから……」
「あっ……。すみません。出すぎたことを……」
苦笑いしながらパレットナイフを戻したひまりちゃんを見てようやくドン引きされていることに気付いて頭を下げた。ひまりちゃんはひまりちゃんなりに考えて買い物をしている。それなのに横から俺に偉そうに言われても気分が悪いだけだろう。俺はそんなことも気付かず偉そうに余計なことを言ってしまった。
そもそも聞かれてもいないのに薀蓄だのご高説だのをのたまわれても聞かされた方が困る。誰も聞いてないのに勝手に偉そうに語りだして、無視するわけにもいかず相手もこうして苦笑いするくらいしか出来ないだろう。俺はまたやってしまった……。
「これと……、これと……、あとは……」
ひまりちゃんは事前に買う物をリストにしていたようだ。リストを確認しながら商品をテキパキと選んでいく。ほとんどは型などを買っている。例えば紙製のマフィンカップとかパウンドケーキ型とかのような商品が中心のようだ。
まぁ学園や寮の厨房を借りればほとんどの道具や食材はあるわけで、特別に自分が使いたい材料とか型があるならそれを用意するだけで後は寮の物を使えば大体足りるはずだ。だからひまりちゃんが買っているのもほとんどは使い捨ての型なんだろう。これならこの型で作ってそのまま相手に渡して使い捨てに出来る。こういうのは百円均一の安い物で十分かもしれない。
「私が必要なものは揃いました。九条様は何か見る物はありますか?」
「え?いえ……、私ももう十分ですよ」
正直百均に来ても買う物も見る物もない。確かに安くて庶民の味方とも言えるかもしれないけど品質は本当に最低限だ。ここで何か買わなくてもうちにある物で十分だしこれといって欲しい物も見たい物もない。
「それではお会計に行きましょうか」
「はい」
ひまりちゃんと二人でお会計に向かう。何か今日の『ダイタイ百円ソウ』はスーツ姿の大柄な男性客が多いな。しかも俺達の移動に合わせるかのように周囲についてきているかのようだ。
「……え?あの……、これはどうやってお会計すれば良いのでしょうか?」
「え?九条様はセルフレジは初めてですか?」
「セルフレジ?」
何だ?店員は立っているけどお会計をしていない。そして客達が呼ばれた場所の機械の前に立って何かしている。もしかして……、セルフレジって客が自分でレジ操作をするのか!?そんなことがあるのか!?
「ふふっ。やっぱり九条様はこういったお店には来られたことがないんですね」
「なっ!?あっ、ありますよ!知っております!セルフレジですよね?もちろんよ~く存じております!それでは私がひまりちゃんの代わりにセルフレジでお会計をいたしましょう!」
「え?あっ……」
本当に来たことあるもん!前世だけど!だから俺はひまりちゃんの買い物籠を奪うとセルフレジの前に立った。さぁ……、ここからが勝負だ。どうすれば良いんだ?チラチラと隣のレジでしている操作を盗み見れば大体分かるはずだ。レジの機械にも表示が出ている。あとはそれに従ってやればどうにか出来るはずだ。
「えっと……、これ?」
機械のタッチパネルを操作する。これは書いてある文字を読めば大体分かる。ボタンを押して……、とうとう商品を通すことになった。これから……、ここからが真の勝負だ!
「えっと……、えっと……、あっ!こうですね?」
ピッ!
「やった!やりましたよひまりちゃん!」
やった!商品が通った!品名と料金が出ている!これで良いはずだ!
「ふふっ。ええ、うまく出来ていますよ、九条様」
「あっ……」
しまった。こんなに喜んでいたらまるでセルフレジを初めてやった子供みたいに思われるじゃないか。落ち着け。な?前世庶民だった俺にはこんなもの常識でお手の物だ。そうだろう?
「コホンッ……。え~、それでは続けていきますね。えいっ!」
ピッ!
「あはっ!やりました!今度は一回で通りましたよ!見ていただけましたか?」
「はい。それはもう」
「ふふっ。あの子可愛い」
「見て見て!きっとお嬢様が初めてセルフレジをされてるのよ」
「後ろにメイドさんと護衛がついてるもんね。どこのお嬢様なんだろ?」
「っていうかあの人どこかで見たことない?」
「あっ!私もそんな気がする!」
しまった……。あまりはしゃいでたら田舎者だと思われてしまう。平常心、平常心……。
「はい。出来ました!」
「あっ。あとは清算なので私がやりますね」
「はい」
さすがにこれで俺がおごってやるぜとはいかない。そもそも俺は現金を持っていないじゃないかというのもあるけど、ひまりちゃんのお買い物に来たのに勝手にお金を出すなんて失礼だろう。こういう所はきちんとしないと変に拗れたら人間関係崩壊の原因になりかねない。
「あっ!思い出した!和洋の色々な楽器で演奏してるガールズバンドの子だ!」
「「「「「ああぁ~~~~~っ!」」」」」
清算を終えた俺達が店を出ると店内から大きな声が聞こえてきた。もしかして俺がモタモタしていたから田舎者だと思われて笑われてるのかな?やっぱり知らないなら知らないって正直に言った方が良かったかな……。
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最初のお店を出た俺達が街を歩いていると段々と良い匂いがし始めてきた。そろそろお昼時だしこの辺りは食べ物屋さんが多いようだ。
「良い匂いがしてきましたね。まだお昼には少し早いですが昼食にしましょうか?」
「え?あっ……。えっと……、私はもともと外食せずに買い物を済ませてすぐ帰るつもりだったんですけど……」
「それはこの後に何かご予定がおありなのでしょうか?」
「いえ……、予定はありませんが……、外食すると費用が嵩むので……」
なるほど。寮に戻って食べれば食費はタダだ。ひまりちゃんの実家の事情から考えたら出来るだけ余計なお金は使いたくないということだろう。それならば……。
「え~……、それでは私の都合でお昼に付き合っていただくので支払いは私にお任せください。それではどのお店に入りますか?」
「え?あの……、よろしいんですか?」
「ええ、もちろん」
奢ってやるぜなんて下手に言えば相手を馬鹿にしているのかと受け取られかねない。だから奢る時には理由や説明の仕方というのは非常に重要になる。下手に奢るとだけ伝えたら『貧乏人だと思っているのか!』とか『馬鹿にしているのか!』と怒る相手もいるだろう。
もちろんひまりちゃんはそんな風に怒ってこないとは思うけど、だからって何も思わず黙って奢られているわけでもない。きっと内心では色々と思っているはずだ。だから強引でも無理やりでもひまりちゃんが納得出来る理由を用意しなければならない。それがとってつけた理由だろうと何だろうと良い。二人の間で『だから良いのだ』という合意が出来れば良いんだ。
「えっと……、それではあちらで……」
「え?あそこでよろしいのですか?」
ひまりちゃんが指差したのは『教祖様バーガー』だった。ファーストフードといえばここ!というくらいこの国でも馴染みは深い。ただし昔は安い、早い、まずい、だったけど今は高い、遅い、まずいの三拍子が揃っている。
何故か客が大勢並んでいるから非常に待たされる。注文まで散々時間がかかるのに注文してからも商品が出来るまでにまた時間がかかる。だから非常に遅い。そしてそれだけ待った出来立てホヤホヤの商品はあまりおいしくない。それなのに少し注文したら千円、千五百円かかる。滅茶苦茶高い。
千円あれば定食屋でおいしい食事が食べられる。何故スーパーで百円以下で売っているハンバーガーよりまずいハンバーガーを千円以上も出して、長時間並んで買いたいのか意味が分からない。
「あっ!すみません!やっぱりあっちで良いですか?」
「え?えぇ……、って、えぇっ!?あっ、あそこですか!?」
ひまりちゃんが指差したのは食券を買ってカウンターに置くと牛丼が出てくるお店だった。いや、前世では俺はかなりお世話になった。だから懐かしいお店なんだけど女の子二人で入るお店じゃねぇわなぁ……。
「ひまりちゃん?もしかしてなるべく安くあげようとか思っておられませんか?」
「あっ……、あははっ……」
やっぱりそうか……。俺が奢ると言ったからなるべく安い店にしようと選んだんだな。そんなこと気にしなくても食べたい物を食べたって普通のお店が並んでるここらじゃ金額なんて知れてるのに……。
「はぁ……。それではお店は私が選ばせていただきますね!」
「あっ!ちょっ!九条様!?」
もうひまりちゃんには任せておけない。このままじゃとにかく安い店を選んでしまいそうだ。そう思った俺はひまりちゃんの手を取るとしっかり握って昼食に丁度良いお店を探して歩き始めたのだった。




