第百二十九話「藤花学園ライフ!」
杏さんともお友達になって、全ての問題は解決した。そう思っていた十一月の中頃……。でも今日も朝から騒ぎが起こる。
「咲耶ちゃん~!大変ですよ~!まっ、また壁新聞が!」
またしても椿ちゃんが走ってるのか早歩きなのかわからない感じで教室に駆け込んで来た。本来なら緊迫した場面なのかもしれないけど、椿ちゃんのその動きを見ていると本当に慌てているのかわからなくなってくる。
「はぁ……、またですか……。今度は誰ですか?また杏さんですか?」
「そうです。今大路杏さんです。今玄関ロビーで……」
椿ちゃんの言葉を聞いて皐月ちゃん達、すでに登校してきているお友達が皆立ち上がった。皆で揃って玄関ロビーへと向かう。そこで見たものは衝撃の光景だった。
「前の瓦版の記事は全部誤りだ!訂正するよ~!こっちが修正版だ!見てっておくれ!さぁさぁ!藤花ジャーナルの『藤花学園ライフ!咲耶たん特集号』だよ!」
何と杏さんは壁一面に謝罪と訂正と書いた壁新聞を掲げていた。前の記事のどの部分が誤りであったかや、連続撮影された別のカットの写真も載せて、明らかに写真トリックであったことなども示している。完全にちゃんとした訂正だ。
俺はまたてっきり普通のマスメディアみたいに、訂正とかお詫びとか一言小さく一度だけ書いて終わりかと思っていた。ジャーナリストの鑑である杏さんはそういう手法も完全にトレースするものだと思っていただけに、これだけしっかりした訂正記事や謝罪があるとこちらが驚かされてしまう。
「きゃー!見て見て!これ!かわい~ぃ!」
「こっちも見て!素敵よ!」
新しい瓦版を受け取った女子生徒達がそれを眺めながらキャッキャと声を上げる。気になってその記事を覗き込んでみれば……。
「なっ!?」
「うわぁ……」
「これは……」
新しい瓦版に掲載されている写真は……、俺が蓮華ちゃんに抱き付いている写真や、何かウルウルしながら見上げている写真など……、前みたいな悪意ある編集とは違うけど、これはこれでまた性質の悪い編集をしている。
それにエフェクトを追加しているのか、俺と蓮華ちゃんが抱き合っている周りに何かキラキラと星やハートが浮いているように見えたり、ウルウルと見上げている写真には周りに花があしらわれていたりと、変な方向に演出されている。
「ちょっ!杏さん!これはどういうことですか!?」
「えへへ~!良く撮れてるでしょ?あと加工も良く出来てますよね?」
俺がお立ち台に立っている杏さんに詰め寄ったら、何かデレッとだらしない顔になってそんなことを言い出した。っていうか別に褒めても何でもないのに何でこの人はこんなにデレッとした顔をしてるんだ。むしろ俺は抗議に来たというのに……。
「咲耶たんの香りが……。それにちょっと膨れたお顔も可愛い……。あっ!シャッターチャンスだった!」
カシャッ!カシャッ!カシャッ!
急に思い出したかのように杏さんが俺に向けてシャッターを切る。
「ちょっと杏さん!それに……、加工が良く出来ている?杏さんが加工したんじゃないんですか?」
ちょっと気になることも言っていた。まるでさっきの言い方だと別の誰かが加工したように聞こえたので聞いてみる。
「ええ。今うちの写真加工はロコロー氏が担当していて、皆に大人気なんですよ!ロコロー氏は恐らくプロですね!物凄い加工技術をお持ちです!」
「ロコロー氏?」
変なテンションで熱弁する杏さんに首を傾げる。さっきから何を言っているのかさっぱりわからない。
「No.656氏、それがいつの間にかロコロー氏と呼ばれるようになったんですよ!」
「はぁ?」
ますます意味がわからない。この人は何を言っているんだ?
「私の取材と写真!そしてロコロー氏の加工技術があれば!『藤花学園ライフ!』は売り上げ増加!アクセス激増!そして咲耶たんのファン爆増!良いこと尽くめです!」
「え~……、どなたか……、杏さんの言っておられることがわかる方はおられますか?」
「「「…………」」」
俺が後ろの皐月ちゃん達に聞いても、皆もただ首を振っていた。どうやら俺達ではついていけない世界のようだ。
「うわー!いっぱい人だかりだねー!」
「譲葉ちゃん、御機嫌よう」
俺達が玄関ロビーで集まっていると譲葉ちゃんも登校してきたらしい。そしてそこには珍しい人も一緒にいた。
「あの女!またあんなことをしているんですか!今度という今度はとっちめてやります!」
「待って薊ちゃん!?」
今日はたまたま時間が近かったのか、譲葉ちゃんのすぐ後で薊ちゃんもやってきた。そして杏さんの方と人だかりを見て薊ちゃんは勘違いしたのか杏さんの方へと突き進んでいく。少なくとも前の記事の謝罪と訂正を大々的にしてくれているんだから、それに関しては怒ることじゃない。次の瓦版で勝手に俺達の写真を使ってるのは怒ってもいいかもしれないけど……。
「ちょっと貴女ね!」
「あー!徳大寺薊様!はい!どうぞ!『咲耶たん特集号』!」
「え?ちょっ?」
さすがの薊ちゃんも杏さんの勢いには勝てないらしい。ニッコリ笑顔で瓦版を渡されて戸惑いつつその記事に目を通す。
「ちょっと!この記事私と咲耶様の写真が少ないわよ!もっと私と咲耶様の親密な仲をアピール出来る写真を載せなさいよ!」
「でも薊様とのこの一枚なんて他の写真何枚分もの濃密なものじゃないですかね?これ一枚あれば他の写真何枚よりもずっと価値があると思いますよ!」
「そっ、そうね!まぁ?この写真は良い出来だわ。貴女なかなかわかってるじゃない!」
確かに……。杏さんはなかなかわかっている……。薊ちゃんのあしらい方を……。完全に向こうのペースに飲まれてるぞ薊ちゃん……。それでいいのか薊ちゃん……。杏さんに言いくるめられた薊ちゃんは上機嫌で戻ってきた。向かって行った時とのギャップが凄い。
「見てください咲耶様!この写真よく出来ていますね!ほら!まるで私と咲耶様が口付けを交わす手前のようですよ!きゃーーーっ!」
そう言って瓦版を広げて見せるとキャーキャーいいながら頬を押さえてクネクネしていた。薊ちゃんは面白いなぁ。
ちなみにその写真は俺と薊ちゃんが何かを覗き込もうとしている瞬間の写真だと思う。でも偶然その瞬間に薊ちゃんと俺が同時に目を瞑ったようだ。二人で顔を近づけながら目を瞑っているように見える。両方瞑ってたらキス出来ない気もするけど……。
「杏さんとも分かり合えたようでよかったですねぇ」
「えっ!?」
蓮華ちゃんの言葉に驚く。これで分かり合えたと言っていいんだろうか?むしろ何か状況は悪くなったような気もしないでもないけど……。
「咲耶ちゃんに悪いことをしてるわけでもないしー!放っておくしかないんじゃないかなー?」
「譲葉ちゃん……」
でも結局……、杏さんに何か言うことも出来ず、俺達は瓦版を渡されてその場を去ったのだった。
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あれからしょっちゅう杏さんは俺達の周りにやってきては写真を撮っていくようになった。それから瓦版も週一回のペースで配っているらしい。発行日も月曜日に決まったようで、もう藤花学園では月曜朝の名物となってしまった。
記事の内容は俺に否定的なことは書かれていない。それどころかちょっとオーバーなくらい俺を推してくれる記事が目立つ。それはそれでどうなんだと思わなくもないけど、折角好意的に書いて宣伝して悪評を消してくれているのに、こちらから目くじらをたてて怒るのも気が引ける。
結局強く注意することも出来ず、周囲もそんなに悪い印象を抱いていないようだからと今まで野放しのままだ。俺一人拘るのも何か器が小さいようで渋々ながら黙っている。
ただ問題があるとすればどうも杏さんの載せる写真はちょっと百合百合しいというか……。そういうシーンでもないはずなのに、エフェクトや記事でうまく百合百合しいシーンに仕立て上げているというか……。そういう捏造に近いような印象操作は相変わらず上手いようだ。写真も加工が加わってさらに巧妙になっている。
ロコロー氏とかいう人が協力しているみたいだけど……、そのロコロー氏も正体不明で不気味だし……。何か企んでる人だったら大変じゃないだろうか。
でもそうは言ってももう一ヶ月ほど経っているし、今ではあの『藤花学園ライフ!』とかいう週刊新聞を楽しみにしている生徒も多いらしい。発行部数もうなぎのぼりだとか。杏さんはあれを売って儲けているわけじゃない。そもそもお金取ってないし……。何のためにあんなことをしているんだろう……。
「咲耶お姉様!助けてください!」
「静かにしなさい桜。皆さんが驚いていますよ。二年生の教室に押しかけてまで何事ですか」
休憩時間に教室で休んでいると桜が騒がしく押しかけてきた。こいつはいつもうるさくて仕方がない。
「何か咲耶お姉様は頼子様に似てきましたね!今の言い方も態度もそっくりです!」
「えっ!?」
桜の言葉に驚く。そりゃ母と娘が似てるのは当たり前だし、一緒に生活していれば外見だけじゃなくて段々考えや仕草も似てくるだろう。でも桜にそう言われたら驚くに決まっている。俺が母と似ている?あの厳しい母に?
「咲耶お姉様が私のために厳しい言葉で言ってくださっているのはわかります!頼子様も咲耶お姉様に厳しいのは、きっと今の咲耶お姉様が私に感じている気持ちと同じものからだと思いますよ!」
「桜……」
母が俺にあんなに厳しいのは……、俺が見ていてあぶなっかしくて、任せられなくて、それでも信じてあげたくて、でもやっぱり言わずにはいられないから……?
確かに母は厳しいけど、個人的感情とかヒステリックに怒ったことはない。理由や原因があって、それに対して怒ることはあるけど、意味や理由もなく自分の感情のままに怒ることはない。それはやっぱり俺のことを想ってくれているから……?
「あー!咲耶お姉様今頼子様のことを考えて感動していますね!」
「ゴホンッ!……それで?桜は何か用があって来たのではないのですか?」
ちょっと咳払いしてから話題を変える。じゃない。本来の話題に戻す。桜の方から慌てて駆け込んで来たんだから何か用事があるんだろう。
「あっ!そうでした!助けてください!」
「だから何をですか……。それを説明されないことには助言も手助けもしようがありません」
まったく……。桜は騒がしくていけない。二年三組のクラスメイト達も桜のことをチラチラ見てるし、杏さんはカシャカシャと写真を撮っているし……。
「実は私はまだ鷹司様のパーティーのパートナーが決まっていないんです!」
知らんがな……。いっぱいお誘いが来ていて困ってるって言ってただろうに……。その中から好きな相手を選べばいいだろう。
「鷹司様のパーティーはもうすぐだというのに、まだ決めていなかったのですか?貴方はお誘いがたくさんあると言っていたではないですか。その中からどなたか選んでお願いしなさい」
「私にパートナーを申し込んでくるのは男の子ばっかりなんですよ!女の子にお願いしても断られるんです!」
え~……。それこそ知らんがな……。それは桜にパーティーのペアになってくれる女友達がいないのが悪いのであって、俺に言われても知らない。どうしようもない。
「それに咲耶お姉様もまだお相手が決まっていないのですよね!」
「うぐっ……」
桜にもうすぐパーティーなのに……、なんて偉そうに言っておきながら俺も決まっていない。でも俺はいいんだよ。何ならパートナーがいないことを理由に参加を断るという手もある。パートナーが決まってないからまだ可否の返事はしてないからな。会うたびに返事を急かされているけど……。
「私のことはいいのです。それよりも問題は桜の方なのでしょう?」
「ですから私と咲耶お姉様がペアになって出席しましょうよ!」
えぇ~……。嫌だなぁ……。俺もドレスを着て行くのに、桜もドレスで、一見女の子同士のペアに見えるし、無駄に目立つし、しかも自分をリードするのが女装した男とか嫌だわ。あっ!だから皆桜とのペアを断ってるのか。そりゃそうだな。普通の女の子だったらリードしてくれる相手が女みたいな格好してたら嫌なはずだ。
背も俺の方が高いし、自分より小さくて女装している男にリードされる違和感は半端ないだろう。どうやら桜の取り巻きの女子達も、何だかんだ言いながらやっぱり桜のことは珍獣や愛玩動物のように見てるだけなのかもしれないな。そう思うとちょっと可哀想……、は違うか。自分でやってることだし自業自得だな。
「ねぇ!咲耶お姉様!一緒に行きましょうよー!」
「う~ん……」
本当はペアがいないのを理由に鷹司家のパーティーを断ろうと思ってたくらいだしなぁ……。どうせなら俺が男で桜が女だったら……。
「あっ!…………いいでしょう。それでは鷹司様のパーティーには私と桜がペアで出席しましょう。迎えは私が桜を迎えに行きますので桜はいつものようにドレス姿で待っていなさい」
「え?良いんですか?やったー!」
くっくっくっ!桜め。無邪気に喜んでいられるのも今のうちだ。俺は面白いことを考え付いたぞ。あとはどうやって母を説得するか。あるいはこっそりやるか?こっそりだと後で怒られるかもしれないな。何とか説得方法を考えておかなければ……。