第百二十八話「お友達ゲット」
一週間の密着取材とやらの期間が終わったけど……、今大路杏さんは何か変わったんだろうか。私生活まで見せろって言われたけど……、放課後とかほとんど百地流の修行とかだし……、あんなものを見せるわけにもいかない。
っていうか私生活まで見せるとかやっぱりおかしいよな?まぁほとんど断ったけど……。どうしてもっていうからまだ無難で迷惑がかからなそうなグランデの様子だけ同行させたけど……。あれだって本当はあの日はグランデに行く予定じゃなかったのに、杏さんのためだけに予定を変更したし……。
これで少しは静かに暮らせるように……。
「咲耶様!第二弾!第二弾をしましょう!いや!やらせろください!」
「はぁ……」
この前ようやく密着が終わって自由になれたというのに、もう第二弾をやらせろとか言ってくるとは……。こんな調子じゃ俺が落ち着いて生活出来ない。というかそもそも何か趣旨や目的がおかしくなってないか?
いつの間にか俺も杏さんが密着取材がどうこうっていうからそんな風になってたけど、よくよく考えたらあれは密着取材じゃなくて、お互いを知り合うため、そして俺が杏さんの言うようなやましいことがないことを理解してもらうためにやってたんだよな?
結局一週間一緒にいたのに前の記事の謝罪も訂正も受けてないし、もしこのまま私生活を見られ続けるだけで、前の記事の謝罪も訂正もするつもりがないんだったら俺に何のメリットもないんじゃないか?
一週間一緒に居たお陰で杏さんがどういう人かも大体わかったし……。この人は駄目だ……。普通の人なら冗談で言ってるのかな?って思うようなことを本気で言っている。とても真っ当な人とは思えない。
「前の一週間で何も変わらなかったのなら、またすぐに密着取材されても何も変わらないでしょう?」
「大違いです!今閲覧数も登録数も激減してるんですよ!それもこれも咲耶様が裏で手を回しているからでしょう!責任を取って密着取材第二弾を受けてください!」
「閲覧?登録?」
裏で手を回すって言われても何のことを言っているのかさっぱりわからない。まぁ杏さんがわけのわからないことを言うのはいつものことだけど……。
何でも『権力ガー』『不正ガー』って言うけど、俺にそんな力も権限もないことくらい一週間で十分わかっただろうに……。
「一週間で私が何も権力を揮ったり不正を働いていないと証明されたでしょう?」
「一週間くらいで何がわかるというのですか!その間だけ適当に不正しないでおくなり、他の者にやらせるなり、いくらでも方法があるでしょう!権力の監視は常にしているからこそ意味があるんです!」
う~ん……。とても香ばしい……。でもどれほど密着取材を受けても、私生活を見られても、謝罪も訂正もされないなら俺に何のメリットもない。
「結局杏さんはご自身の誤りを認めず、間違った記事の謝罪も訂正も行なっていないではないですか。これ以上杏さんに私の私生活を見せて何のメリットがあるのでしょうか?どれほど見せようとも公開しようとも、杏さんがずっと認めないと言い張り続ける限りそれでは無意味ではないですか?杏さんの間違いや誤りは誰が正すのですか?」
「そんなこともうどうでもいいんですよ!それじゃ前の瓦版の謝罪でも訂正でも何でもします!このままじゃ閲覧数も登録数もひどいことになるんです!今止めないと減少に歯止めがかからないんですよ!」
何を言っているのかはよくわからないけど……、謝罪と訂正をするからと言っていることと、とても真剣で何か困っているようだということはわかった。
「はぁ……、それでは……、まず瓦版が誤りであったと他の生徒達にきちんと広めて訂正してください。それが出来たら考えましょう……」
「駄目です!考えるとか言ったら絶対守らないパターンじゃないですか!これだから権力者は口先だけでどうにかしようとするというんです!約束を守るつもりがないから『考える』なんて言葉が出てくるんでしょう!」
いや……、そこまでじゃないんだけど……。ただやり方とかは前とは違うようにしてもらいたいと思って、考える、と言っただけだ。前のまま同じように密着されたら俺が色々困る。だからそのやり方を変えるために考えましょうと言ったつもりだけど……、この人にはそんな説明をしても効果はないだろうな……。
「前までと同じ密着取材という形でしたらお断りします。あれでは私の生活が困ったことになります。取材するとしても取材対象に最大限の配慮をし、その生活を妨害せず、ありのままにしなければ意味がないのではありませんか?」
「ぐぬぬっ!」
俺に言われると何か葛藤があるのか難しい顔をして杏さんは唸り出した。何だ。一応良心とか分別もあるんだな。杏さんのことだから、権力者にそんなものはない!、とか、公人にはプライバシーはない!、とか言い出すのかと思ったけど……。まぁそもそも俺は権力者でも公人でもないけど……。
「(確かに……、このまま前と同じことをしていてもまた前のように閲覧数や登録数が戻ってくるとは……、そうだ!確か咲耶様は……)咲耶様!」
「はい?」
何か一人でブツブツ言っていた杏さんが急に顔を上げて……、その顔を見て俺はちょっと引いた。
「咲耶様~ん、まずは私とお友達になりましょう?」
「…………え?お友達?」
今お友達って言ったのか?この……、俺と?
「この私と……、貴女が……、対等なお友達になると?」
「ヒェッ!ごっ、ごめんなさい!地下家である今大路家が調子に乗りました!ごめんなさい!お許しください!」
「是非!是非お友達になりましょう!そうですね!私と杏さんはこれからお友達です!やっとわかってくださったのですね!」
やった!お友達ゲットだ!一週間密着されても無意味だったかと思ったけど……、そんなことはなかった!杏さんもわかってくれたんだ!俺が普通の小学校二年生の女の子だって!
あっ、それはそれでどうなんだろうな……。中身成人の男なんですけど……。まぁそんなことはいいや!今は八人目のお友達ゲットを喜ぼう!
「(咲耶様ってチョロすぎません?もしかしてアホの子なんですか?)」
「何かおっしゃられましたか?」
「いいえ!これから私と咲耶様はお友達です!」
うんうん。ようやくわかってくれたようだ。そしてお友達が一人増えたし、何だか良い事尽くめだな!
「そうだ!『咲耶様』なんて遠慮して呼ぶことはないのですよ!もう私と杏さんはお友達なのです!咲耶とお呼びくださいな」
「そっ、そそそ、そんな恐れ多いこと出来ません!?」
杏さんって妙な所で一歩引いてるよな。取材だの何だのという時は滅茶苦茶グイグイくるのに。むしろ横暴とか横柄って言葉が似合いそうなくらい強引なのに、こんな所は奥ゆかしいんだな。
「それでは……、あの……、自分で言うのも何ですが……、『咲耶ちゃん』……、とお呼びください。お友達は皆さんそう呼んでくださるので。私は杏さんのことを杏さんとお呼びしますから」
カシャッ!カシャッ!カシャッ!
「え?」
俺がそう言うと杏さんが連続撮影で俺を撮りまくっていた。ちょっとフラッシュが眩しい。一体何事?
「いい!いいです!咲耶たんいい!もっと!もっとその恥らった顔を!これは絶対売れる!可愛い!咲耶たんの恥じらいショットいただき!」
カシャッ!カシャッ!カシャッ!
「あの……」
何か……、杏さんが香ばしい……。こういう感じの人を一人知っている。ちょっとタイプは違うけど、何か微妙に同類の香りがする気がするのは気のせいだろうか?
「杏さん……、鼻血が……」
カメラで俺を撮りまくる杏さんの鼻からつつーっと赤いものが……。涼しい季節になったからのぼせたということはないと思うけど……。
「ああ!私を心配してくれる咲耶たん!いい!可愛い!閲覧者どもが咲耶様、咲耶様とか言ってるの馬鹿だと思ってたけど、その気持ちがわかった!これはいい!ちょっとアホな子の所もいい!これが天然!」
「え~……、鼻血……、垂れてますけど……」
何か俺の言葉は杏さんには届いていないようだ。あまりに撮影を続けているから、鼻血が制服に垂れそうになっていた。そっとハンカチで拭ってあげるととうとう杏さんは倒れたのだった。
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あー、びっくりした……。杏さんいきなり倒れるんだもんな……。でも倒れてもカメラは落とさず、離さなかった。衝撃も与えないようにちゃんと地面に落とさずキープしていたのは大したものだ。あの根性だけは認めるしかない。
「大変でしたね、咲耶様」
「そうですね……。少し驚きました」
そりゃ小学校四年生が目の前で倒れたとかいう事態になったら誰でも慌てるだろう。まぁ四年生とか関係なく目の前で誰か倒れたら誰でも慌てると思うけど……。
「でも杏さんと分かり合えて、お友達になれてよかったです」
「「「「「えっ!?」」」」」
俺が皆に杏さんとお友達になったことを報告すると、皆何か凄い顔になっていた。ご令嬢としてその顔はまずいと思うんだ。ここに杏さんがいて撮影なんてされた日には大変なことになるからやめた方がいいと思う。
「それもまたあの女の何かの企みじゃないんですか?」
「そうですよ。何か探るためとか近づくための策略じゃないですか?」
「薊ちゃんも皐月ちゃんも心配しすぎですよ。小学校四年生の女の子のすることですよ?そんな陰謀だの悪巧みだのと、漫画やドラマの世界ではないのですから」
皆ちょっとドラマとか漫画の見すぎじゃないだろうか。小学生くらいの子供なんてちょっと一緒に遊べば皆お友達になるようなもんだ。最初はちょっと反発し合っていても、ちょっとしたことですぐに仲良くなったりなんてザラだろう。
「はぁ……、咲耶ちゃんは暢気すぎます……」
「まぁそれが咲耶様の魅力でもありますけど……」
何か二人に呆れられているというか心配されているというか……。小学校二年生の女児に心配される成人男性……。うん、ちょっとシュールすぎる……。
「今大路杏さんって何だか正親町三条茅様に似てたよねー!同類ってやつかなー?」
「「「「「…………」」」」」
譲葉ちゃんの言葉に全員が押し黙る。確かに……、種類は違うけど何となく同類というか……。思い込んだら激しいとか……、自分の目的のためなら周りのことなんて考えないとか、手段も問わないとか、色々と同類かと思うようなところもあるけど……。
「咲耶ちゃんと触れ合えば、きっと今大路杏さんもわかっていただけるはずですよ」
「蓮華ちゃん……」
でも……、そう言えばあの時、杏さんを捕まえて皆で教室で話をした時も、一緒に居て触れ合えば、というようなことを言っていたのは蓮華ちゃんだった。そして今結果として蓮華ちゃんの言っていた通りになった。お互いに知り合えば分かり合える。
蓮華ちゃんの言う通りに杏さんと触れ合ったから、お互いに知り合ったから、こうしてお友達になれたんだ。
蓮華ちゃんはちょっとおっとりして、ちょっとズレたようなことを言うけど、でも……、やっぱり蓮華ちゃんの言うことは正しかった。俺に八人目のお友達が出来たのも蓮華ちゃんのお陰だ。
「れっ、蓮華ちゃん!ありがとう!蓮華ちゃんのお陰で杏さんとお友達になれたのですよ」
「そんなことないですよ。咲耶ちゃんが魅力的だから皆さん惹き付けられてしまうのだと思います」
「蓮華ちゃ~ん!」
どさくさに紛れて蓮華ちゃんに抱きつく。あっ……、何か良い匂いがする。それにや~らかい……。
「あ~!咲耶様の方から抱き付いてもらえるなんて!ちょっと蓮華!代わりなさい!」
「そうだねー。咲耶ちゃんから抱き付いてくれるなんて滅多にないもんねー!」
「それもこれも調きょ……、慣らしの成果ですね」
周りが何か言ってるけど俺の耳には半分も入らない。だって……、蓮華ちゃんが良い匂いでクラクラする。もう離したくない。
「ぎゅーっ!」
「咲耶ちゃん」
俺がピッタリ蓮華ちゃんにくっついても嫌がることなく、優しく抱き締め返してくれる。小学校二年生とは思えない包容力!まさに聖母!
カシャッ!カシャッ!カシャッ!カシャッ!
「いい!いいわよ咲耶たん!これは絶対にバズるわよ!でも私にも抱き付いて~!くやしい!でもシャッターを押す指が止まらない!もっと!もっとよ咲耶たん~~~!」
何か……、聞き覚えのある声と、連続撮影のシャッター音とフラッシュがたかれる中で、それでも俺は暫く蓮華ちゃんに抱き付いていたのだった。